たまご屋の卵は何が生まれるか分からない

りんご飴

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ふわふわの貴婦人

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 契約紋を刻んだ魔物は、各自好きなところで生活し、呼ばれた時にビビアナの元に来る。

「……ねぇ、リュカ。普通、魔物は好きなところに行くでしょう。ここにずっといたりしないよね」

「僕のいたい場所はビビアナの側だから」

 にっこり笑顔で言われてしまっては、何も言い返せない。



 野菜たっぷりのスープを器に注いで、パンを用意する。
 食卓に並べるとリュカがスープにふぅふぅと息を吹きかけていた。かなりの猫舌のようで、毎朝お馴染みの光景だ。

「……ねぇ、リュカ。普通、魔物は調理した物を食べたりしないよね」

「さぁ、どうかな。僕は食べるよ。ビビアナと一瞬に食べたいし」

 にっこり笑顔で言われてしまっては、何も言い返せない。



 夜ベッドに入ろうとすると、リュカも当たり前のように一緒に布団に入ろうとする。

「ちょ、ちょ、ちょっと! リュカ! 普通は男女一緒に寝たりしないのっ!」

「僕は人間じゃないし、ビビアナと一緒に寝たい!」

 いつになく必死なリュカは、強引にベッドに潜り込んで、にっこり笑顔を浮かべた。

「いやいやいや! 流されないから! 布団が必要なら隣の部屋のベッドを使って!」

「ええっ! あんなに毎日一緒に寝たのに、今さら駄目だなんて、ひどいよ!」

「卵の時の話でしょ!」

「卵の僕は良くて、今の僕が駄目なんて、可笑しいよ!」

「可笑しくありません!」

 タンクに協力してもらいながら、リュカを部屋の外に押し出すことに成功した。
 寝る前にどっと疲労が増してベッドに倒れ込む。

「一緒に寝るとか……」

 そんなの、まるで恋人同士みたいではないか!
 リュカは人間ではないが、見た目は美少年で、金色に光る美しい角があって、瞳が綺麗で、優しくて……そんなリュカと恋人だなんて……。

「ないないないないっ!」

 ボッと顔に熱が集まりり、ビビアナはベッドの上をゴロゴロと転がった。



 明朝、頬がむず痒くてビビアナは目を瞑ったまま、意識だけぼんやり目を覚ました。
 頭がまだ覚醒していない状態で、首の辺りに引っ付いた柔らかい毛並みを撫でる。何度か撫でて、ふと違和感に気がついた。

(タンクの毛並みってこんなに柔らかかったっけ?)

 嫌な予感がして、パチリと目を開ける。
 何故か身体が身動き出来ずに、顔だけ少し動かして首もとを見ると、黒い柔らかい髪と、発光する金色の角が目に入った。

「きゃーっ! なんでリュカぁーーっ!?」

 リュカに抱きしめられながら寝ているなんて、夜のうちに何があったのだろう。

「ん……、ビビアナいい子いい子。もう少し寝てよぅね」

 寝ぼけてグズる子供を寝かし付けるように、ビビアナの頭を撫で、ついでに頬にチュッとキスをした。

「りゅかぁーーっ!」

 真っ赤な顔で叫んでも、抱きしめる腕を解いてくれない。それどころか目も開けていない。
 寝ぼけて全部無意識なのだろうか。

「リュ~~カ~~。起きなさぁい!!」

 叫んだ瞬間、金色の瞳が突然カッと見開いた。

「ひっ!」

 驚いてビビアナの喉から可笑しな音が漏れる。

 リュカは腕の中のビビアナをみて、蕩けるような笑みを浮かべた。
 耳元で少し掠れた声でおはようとささやいた。

(ヤバい! 寝起きの色気、いろいろヤバい気がする!)

 心臓が激しく動いて、口から出てきそうだ。
 顔を最大に真っ赤にしながら、身体をカチンコチンに固くする以外に、羞恥に対する対処法がビビアナにはない。

「夜、寂しくなって一緒に寝ただけだよ。頬にキス意外は何もしてないから安心して。
 ビビアナの純潔はまだ健在だよ。近いうち僕が貰うつもりだけど、昨夜は手を出してないから。

 ……だからいい加減に離れてくれないかな、タンク」

 リュカのお尻にタンクが噛みついていた。

 タンクのおかげで心臓が口から出なくて済んだ。





 昼もだいぶ過ぎた頃、リュカが何もない空間をじっと見つめた。
 少しだけ目を細め、金の角が淡く光る。

「どうしたの?」

 珍しい様子に首をかしげると、ビビアナをグイッと抱き寄せる。

「えっ? リュカ?」

 今さっきビビアナがいた場所の頭上が強く光り、そこから炎が吹き出した。
 リュカが抱き寄せなければ、ビビアナは頭から炎に包まれていただろう。

「……どういうこと?」

 目の前に激しい炎が燃え上がっているのに、熱が全く感じない。
 炎は渦になって一塊になるとパンッと弾けて消えた。

 炎が消えた場所には、一匹の魔物がいた。

「あなたは……」

 魔物はキツネのような身体で、身体より大きなしっぽがふさふさしている。
 赤い瞳はどこか気品があり、クルンと空中で宙返りをした。
 野生の魔物ではなさそうだ。

「へぇ。キュウビか……」

 魔物はリュカの前に来ると、頭を下に下げる。その仕草は高貴な貴婦人が優雅にお辞儀しているようだ。
 リュカは満足そうに口角を上げた。

「このキュウビ、そこそこ育ってるけど……ビビアナの契約紋じゃないな。それに契約紋が消えかけてる」

「あ! もしかしてあなた……」

 本棚にある、ビビアナの祖父の魔物図鑑で見たことがある。
 祖父が孵したキュウビは、隣国のある高貴な女性の使い魔になった筈。その高貴な女性が寿命を迎え、こうして戻って来たのか。

「あなたは、キュウビのフローラ?」

 祖父のつけた契約名を呼ぶと、キュウビは優雅にお辞儀をする。
 フローラで正解だったようだ。

 通常主人を亡くした使い魔は、そのまま自由に好きなところに消えることが多い。
 このキュウビのように、生まれたたまご屋に戻って来ることは少ない。
 キュウビは長寿な種族だから……というのも関係しているのかもしれない。
 戻って来たということは、また誰かに使える気持ちがあるということだ。

「お役目を全うしたのね。ご苦労様でした」

 祖父の孵した魔物ということは、五十年は使い魔として主人に使えたということだ。五十年連れ添った主人を亡くして、更にまた他の主人に使える意思があるなんて、きっと前の主人との関係が素晴らしく良好だったのだろう。

「私の契約紋を刻んでもいいのかな?」

 フローラはまたお辞儀をする。その度にふさふさのしっぽが揺れて優雅だ。

「じゃあ、いきます」

 ビビアナの濃紺の瞳とフローラの赤い瞳が交わる。五十年刻まれていた祖父の契約紋が外れ、変わりにビビアナの瞳から契約紋が発動する。

「あなたはフローラ。キュウビのフローラ。」

 契約紋が赤い瞳に吸い込まれ、あっという間にフローラの瞳に刻まれた。
 契約名は祖父がつけた名をそのまま使った。
 祖父が孵したキュウビをビビアナが受け継ぐ。祖父のことは顔も覚えていないが、何だか胸が温かい。

「いい人が見つかるといいね。これからよろしくね、フローラ」

 フローラはキュイーンと高い声で一声鳴いて、炎に包まれて消えた。


 うーんと唸ったリュカを見ると、顎に指をかけて何か考えている。ビビアナとさほど見た目年齢は変わらないのに、そんな少し大人びた仕草が似合っていて、ドキリとした。
 こんなことでいちいちドキドキしていたら身が持たない。早く同じ家に他人がいる生活に慣れなくては。

「……どうかした?」

 聞くとリュカの唸りは止まる。

「たまご屋がつける契約名について考えていたんだけど……。
 今のキュウビの契約名はビビアナの先々代がつけた名だよね。ビビアナの先祖にしては、ずいぶん可愛らしい名前をつけたなぁって思って」

「祖父は……昔好きだった女性の名前を契約名に使ってたらしいよ。
 父は、食べ物の名前をよく使ってたなぁ」

 プリンとかチョコとかキャンディとか……甘そうな名前をよくつけていた。見るからに獰猛そうな魔物に、クッキーちゃんだなんて甘く可愛らしい名前をよくつけていた。

「……ビビアナもあらかじめ考えておいた方がいいよ」

 行き当たりばったりな名前をつけている、ビビアナの名付けセンスはひどい物だった。
 ビビアナが契約名をつける度に、隣でリュカがため息をついているのは、もちろん気付いていた。

「……頑張ります」

 他に言葉は見つからなかった。
 
    
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