たまご屋の卵は何が生まれるか分からない

りんご飴

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「いらっしゃいませ」

 店のドアベルが鳴って、入って来たのは赤みの強い豊かな髪の女性だった。

「あ、アンジェラ様! いらっしゃいませ」

「はぁ。もうここに来るのも何度目かしら……」

 アンジェラが初めて店を訪れてから、一月ごとに来店を繰り返し、もう四度目だ。

 一緒に来ている護衛の二人とも、もう顔見知りで、にこやかに挨拶をした。
 彼らの傍らには、青い猫と淡い緑色の小さなドラゴンがいる。
 前回の来店で、護衛の二人は使い魔が決まったのだ。
 いつも強気なアンジェラが、この時ばかりはしょんぼりしながら帰って行ったので気になっていた。諦めずに来店してくれて良かった。

「ミュウとピクルスも元気そうだね」

 護衛の二人はニコニコと自分の使い魔を撫でる。
 タンクが二匹に鼻をつけると、二匹ともタンクに飛び付いた。この三匹は相性が良いらしい。

「この子の名前はブルータスとつけました」

「私はエスメラルダと名付けました」

「ブルータスにエスメラルダ……素敵な名前を貰ったね」

 ミュウとピクルスは、それぞれ良い名前を貰えたようだ。
 ミュウはともかく、ピクルスは名付けの時にリュカからダメ出しを受けた子だ。立派な名前をつけてもらえて良かった。

 二匹の首には素敵な装飾の首輪がついている。
 アンジェラの話だと、使い魔に装飾をつけることが流行っているらしい。
 ミュウとピクルス改めブルータスとエスメラルダは、その首輪を誇らしげにビビアナとタンクに見せた。気に入っているらしい。
 使い魔自身が喜んでいるなら、いいことだ。今度街に行ったら、タンクにも可愛い首輪を探してみようか。

 二匹とも主人と仲良くしているようで良かった。

「今日はリュカはいないのかしら」

 アンジェラは店内をキョロキョロ見回して、黒髪の少年の姿を探している。

「リュカは……使い魔を呼ぶ時は近くに来ないんです」

 リュカ曰く、自分がいると使い魔が萎縮して出て来ない可能性があると言っていた。
 リュカの種族は分からないが、魔族と呼ばれる人型の魔物は、通常の魔物から恐れられる存在なのかもしれない。

「残念だわ。せっかく目の保養になると思ったのに……リュカを見てると、他の男が石ころに見えるわ」

「えっ……」

 アンジェラはリュカを好きなのだろうか。
 確かにリュカはとても綺麗な顔をしている。たまに買い出しに街に行くくらいで、年頃の男を見る機会のない、比べる対象がないビビアナでさえ、リュカの容姿に見惚れるくらいなのだ。アンジェラがリュカを好きになっても、仕方がない。
 仕方がないが……。

(何だろう……胸がザワザワする……)

 初めて感じる感情に戸惑っていると、アンジェラはプッと吹き出した。

「ふっふふふ……大丈夫よ。あなたのナイトを取ったりしないわよ。
 ……第一、アレはビビアナしか目に入ってないでしょうに」

「えっ?」

「くくくっ……お子様にはまだ早い話だったわ。
 ほら、ビビアナ!
 さっさとやるわよ! 今日こそは私の使い魔を見つけるんだから!」

「……そうですね。前回から新しい子もだいぶ増えましたし……」

 タンクとリュカが持って来る卵の量が増えた分、生まれる子も大幅に増えた。それにより、何度も通う人に使い魔が決まることも増えたのだ。アンジェラにも十分可能性はある。

「でも焦らないで下さいね」


「分かっているわ。もう四度目ですもの。何度だって通うわよ」

 アンジェラはぐっと拳を握った。

(ふふふっ。今日も気合い入ってるなぁ)

 アンジェラが通うようになってから、第一印象の強烈なイメージとは違った印象を受けるようになってきた。
 繊細で臆病。そんな自分を隠す為に、高慢で攻撃的な殻を被る……決して懐かない、野生の小さな魔物のようだったアンジェラ。
 通うごとにその殻が剥がれて、いろいろな表情を見せてくれるようになった。

「レオニール様のパンジーは……いえ、ディアナは元気ですか?」

 シルトバットのパンジーは、主人のレオニールからディアナの名前をもらったらしい。
 女神ディアナの名前をつけるなんて、レオニールの愛の深さを感じる。

「お兄様は……相変わらずの溺愛ぶりよ。
 ディアナの足にピンクダイヤモンドの飾りをつけて、公式の場ではお揃いの蝶ネクタイまでしちゃって……。
 最近はディアナが居心地がいいようにって、ポケットのデザインに凝っているわ」

 以前聞いていたより、レオニールの使い魔への愛情はパワーアップしているようだ。
 ディアナは暗殺を防いだり、食事の毒を見抜いたり、大活躍らしい。

「ふふふっ。レオニール様に大切にされて、ディアナは幸せね」

 たまご屋から旅立った使い魔の、その後の状況を知ることは少ない。大切にされていることが知れて良かった。

「アンジェラ様、こちらへどうぞ」

 もう四度目のアンジェラは、慣れた仕草で椅子に座り、自分から手を出した。
 アンジェラの手を取ると、身体がガチガチに固くなっている。やはり緊張しているようだ。

「では初めましょう。
 毎回同じ事を言いますが……規則なのでお付き合い下さい。
 使い魔は道具ではありません。使い魔を害すようなことがあれば、あなたの身の保証は出来ません。その場合、もう二度と使い魔と契約出来ない身体となります……よろしいですか?」

「大丈夫よ」

 返事を聞いて、ビビアナは重ねた手のひらに力を込めた。

「さあ、おいで……」

 手のひらに熱が生まれ、熱風が吹く。熱風がビビアナとアンジェラの身体を包み込み、二人の髪を盛大に乱した。

 ……やがて落ち着いた。

 静寂が訪れる。

「……今回もダメなの?」

 アンジェラが力なく呟いた時、何もない空間から火の玉が一つ現れた。二つ、三つと増え、火の玉の円が出来る。一瞬ボッと激しい炎を出し、アンジェラがキャッと小さな悲鳴をあげた。

 消えた炎の変わりに、ふわふわのしっぽの魔物がいた。

「フローラ……あなたが来たのね」

 キツネのような身体で、身体より大きなしっぽを持つ魔物は、先日主人を亡くして出戻ったキュウビだ。
 赤い瞳がじっとアンジェラを見つめている。

「え? ……どういうこと?」

 ポカンとしているアンジェラの顔を見て、ビビアナは小さく笑った。
 何度も通って使い魔を求める人は、いざ使い魔が来てもすぐに状況を理解出来ないらしい。
 アンジェラの反応もそれと同じで、普段の強気で高飛車な表情からは想像もつかない可愛い表情だ。

「この子はフローラ。種類はキュウビです。
 頭が非常に良く、炎を操ります。キュウビの炎は対象物以外は熱を感じません。
 例えば……フローラ、棚の上のキャンドルに火を灯してください。今回は派手な感じでお願いしますね」

 キュウビのフローラは炎の輪を出すと、部屋いっぱいに炎の渦が広がる。部屋が真っ赤に染まり、メラメラと炎の音がする。
 しかし、炎渦巻く中にいるのに全く熱くはない。
 次第に炎の勢いは急激に弱まり、そして完全に消えた。
 たった今、炎に包まれた部屋は焼けた様子もなく、普段通りだ。
 ただ、棚の上のキャンドルには小さな炎が灯っていた。

「……フローラは、私の祖父の時代に、他国のある高貴な方の使い魔になったんです。その方が天に召されて、また戻って来てくれた子です」

 アンジェラは、はっとして驚いた顔をビビアナに向けた。

「……この子が、私の……使い魔になってくれるの?」

「はい。素敵な名前をつけてあげてください」

「私の使い魔……」

 アンジェラの瞳から、ぼとぼとと涙が零れた。
 涙を拭いもせず、隠しもせず、フローラの赤い瞳を見つめながら、涙が止まらなかった。

「あ、りがとう。……私のところに来てくれて、ありがとう」

 フローラはアンジェラの前で、高貴な貴婦人のように優雅にお辞儀をする。

 フローラの優雅な仕草に、遠い記憶を思い出した。



 まだアンジェラが小さかった頃、隣国の式典に招かれたことがある。
 子供特有の好奇心からあちこち動きまわり、気が付くと一人になっていた。初めて来る場所で子供が一人……不安で泣き出しそうになっていると、女性に声をかけられた。

「あら、迷子かしら……」

 優しそうな顔とは裏腹に、女性は厳しく静かな声を出す。

「お嬢さん。元気がいいことは決して悪くはないわ。……けれど、人に迷惑をかけては駄目よ。
 あなたのお付きの者は、今頃とても心配して探し回っているでしょう。そんな彼らが、あなたの行動一つで、罰を与えられるかもしれないのよ。
 ……自分の立場をきちんと理解出来る女性になりなさい」

 その女性に手を引かれ、無事に両親の元に戻ることが出来た。
 彼女の傍らには、ふわふわのしっぽのキツネがいた。
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