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閑話 ある日のタンク

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「行ってらっしゃい」

(うむ、行ってくる)

 朝食の準備をするビビアナに見送られて、タンクは外へと出かけた。

 朝の散歩は好きだ。
 少し冷たい朝の空気が気持ち良くて、自然に歩き方がピョンピョン弾む。

 森の奥に入るとすぐ、木の下に卵を発見した。
 灰色の縞模様。黄色のマーブル模様。紺色のまだら模様。3つの卵が寄り添うように転がっている。

(今朝は3つか)

 タンクは卵に鼻を近付けてクンクン匂いを嗅いだ。

(うぬぬっ……鼻がツーンとするっ)

 慌てて前足で鼻を擦った。
 新鮮な卵は二つだけ。紺色のまだら模様の卵は時間がたちすぎて、もうすぐ消滅するだろう。
 消滅直前の卵は、鼻の奥を刺激して、ツーンとする。匂いは他の卵と変わらないのに不思議だ。

 最近、森の中で卵の量が増えた。見つけた卵を全部持って帰ると、ビビアナが困ることは知っている。オロオロしてバタバタして、面白い動きをする。
 卵二つ持ち帰るくらいなら、あの面白い動きは見られないだろうか。

(ん?)

 近付いて来る音に耳がピクリと動いた。この足音は小型の動物か魔物だろう。
 普通弱い動物や魔物は、森の奥まで来ない。この辺りに来るということは、迷ったか、追われて来たか。

 気配を消して身を低くして待ち構える。

(キジバトだ!)

 キジバトの群れがやって来た。
 キジバトは魔物と違う普通の動物だが、足の力が強い。逃げ足も速く、蹴り技でホルンラビット程度の魔物なら撃退出来る。

 その足の部分の肉が美味しい。胴体より固めで噛み応えがある。

 少しヨダレが出てしまって前足で拭いた。

(やった! やった! こいつら美味しいから好きだ!)

 タンクはキジバトの群れに飛び付いた。

 一羽、パクり。

(ん~~美味しい!)

 キジバト達はパニック状態だ。騒がしい鳴き声を出して、バタバタと暴れ出した。
 その中の一羽が果敢にもタンクに蹴りをいれようとしている。しかし、すぐにタンクの蹴りをくらって吹っ飛んだ。

 二羽目、パクり。

(頬っぺ、落ちる~~!)

 あまりの美味しさに身体が倒れそうになるのを、踏ん張って耐えた。
 まだまだ食べ足りない。

 キジバトの一羽が、先ほど見つけた卵のある方へ逃げた。

(ああ、こら。そっちに行くな! 卵が傷ついたらどうするんだ!)

 慌てて三羽目をパクり。

(ほわぁ~~っ。いまのヤツ、引き締まってて美味しかった! ……じゃなくて、卵だ!)

 卵の方へ行ったキジバトを追いかける。
 キジバトは卵の近くにいたが、卵に気がついていないようだ。

(よしよし。今すぐ食べてやるからな)

 飛びかかろうとした時、卵から煙が出ていることに気がついた。 
 紺色のまだら模様の卵が消滅していくところだ。少量の煙を出して、卵が消える。いつもなら気にも止めないことだ。

(んん? 煙が多いな)

 最初は少量だった煙は、モクモクと量を増やし、側にいたキジバトに向かっていく。

 タンクの身体がザワリと騒いだ。毛が逆立ってピリピリする。
 キジバトの方向は風向きとは逆だ。それなのに、煙は意思を持っているかのように、確実にキジバトに向かって行った。

(あの煙……よくないヤツだ!)

 確信があったわけではない。タンクの本能が煙の危険を伝えている。

 煙がキジバトにたどり着く。すっと、キジバトの身体に煙が吸い込まれていく。ほんの瞬きの間に煙は消えた。

(ん?? 煙はどこだ?)

 キョロキョロと見回して見ても、煙はないしキジバトに変化もない。

(おかしいな……気のせいじゃないと思うんだが……)

 警戒を解かずに身体を低くした。
 耳がピクリと動いた。
 キジバトが可笑しな動きをしている。何かを吐き出すような、グッグッと喉から音を出した。
 タンクがお尻を上げた瞬間。

『キェェェーーーーーッ!!!』

 キジバトが耳を突き刺す程の大声で鳴いた。
 あまりの大声に、タンクは思わずピョンとその場で跳ねてしまったくらいだ。

(び、び、びっくりなんてしてないぞ!
 うぬぬっ、キジバトめ! 美味だからと調子に乗っりおって! 
 んんん? 何だアレは……)

 キジバトの身体が膨らんでいく。
 タンクの一口サイズだったキジバトは、あっという間にタンクの身体より一回り大きくなった。
 足の爪が太く鋭いモノに変わり、鋭い目が真っ赤に光っている。

(おお~~! メガピジョンじゃないか!)

 先ほどまでただのキジバトだったモノが、あっという間に魔物に変化した。
 煙が吸い込まれたせいなのか、どういうことなのかタンクには分からない。しかし、タンクには変化した理由なんてどうでも良かった。

(デカくて美味しいヤツ来た~~!!)

 普段メガピジョンは森のずっと奥にいる。
 あまりビビアナから離れたくないタンクは、メガピジョンがどんなに美味しい魔物でも、自ら狩りに行ったりはしない。それが、今目の前に現れたら……しっぽがブンブン勝手に揺れた。

(いざ! いただきます!!)

 大きなメガピジョンに向かって飛び付いた。





「あら、タンク。お帰りなさい。ふふふっ、ご機嫌ね」

 揺れるしっぽを見ながらビビアナが言う。

(うむ。お腹いっぱいで満足だ)

 キジバトは美味しいが、タンクにはサイズが小さい。メガピジョンは味はキジバトに少し劣るが、サイズが魅力的だ。  
 メガピジョンがギャーギャー騒いだせいで、残念ながら残りのキジバトはぜんぶ逃げてしまった。一羽くらいビビアナにお土産にしたかった。
 残ったキジバトがどんどん繁殖して、キジバトの楽園が出来れば、タンクもビビアナも幸せになるに違いない。
 美味しいモノをお腹いっぱい食べられることは、実に幸せだ。

 ビビアナに首もとを撫でられて、更にしっぽがブンブン揺れる。

「卵、持って来てくれたのね。ありがとう」

 見つけた二つの卵は、ビビアナが孵卵器にしまった。また新しい使い魔が増えるだろう。

「今朝はリュカも卵を二つ持って来たんだよ。何だか最近、卵の数が多いよね……」

 何かが今までと違う……そんな小さな変化をビビアナも感じているらしい。少し不安そうに言うビビアナを元気付けるように、タンクは身体を擦り付けた。
 ビビアナは少し笑って、タンクを撫でる。

(大丈夫だ。我はビビアナの優秀な使い魔。何があってもしっかり守ろう)

 お腹も心も満たされて、タンクは大きな欠伸をした。
 リュカもいることだし、危険はないだろう。
 部屋の隅にある、ブランケットを敷いたタンクの寝床その1に丸くなった。ちなみにビビアナの寝室に寝床その2がある。

「ちょ、ちょっとリュカ! 離れてよ~~!」

「大丈夫だって、ちょっとだけ。ね?」

 ビビアナにリュカが抱きついて、何やら騒いでいる。頬に口付けられて、ビビアナは頭から湯気が出そうなくらい真っ赤だ。
 最初はビビアナが嫌がっていると思って、二人の間に邪魔しに行っていたが、いつの間にかビビアナから嫌がる気配が少しもなくなった。
 
(主よ……。あの程度の求愛行動で騒いでいたら、先が思いやられるな……)

 二人の攻防を生暖かく見つめて、ため息をつく。
 タンクはお腹いっぱいの幸せの中、眠りについた。

 

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