たまご屋の卵は何が生まれるか分からない

りんご飴

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妖精の名前

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「ラルフさん。おめでとうございます」

 二度目の来店で使い魔の契約者になったラルフに、ビビアナはニッコリ微笑んだ。
 ビビアナから見たラルフは、爽やか系の整った顔をしていて、話していても真面目さがよく分かる、いい青年だと思う。真面目さ故か、笑った顔を見たことがないが、使い魔を大切にしてくれそうな人だ。
 ラフな服装をしているが、立派な剣を持っていることと、動きの俊敏さから、騎士かな……とビビアナは心の中で思う。


「この子の種類はクロスパピヨン。契約名はマリンです」

 海色の羽をした蝶が頭上をフヨフヨと飛ぶ。
 なかなか降りて来ないクロスパピヨンのマリンを、ビビアナとタンクはドキドキしながら見守った。
 以前、このクロスパピヨンは契約主に拒まれたことがある。もう人間を信用しないのではないかと心配していたが、こうしてまた現れてくれた。

 ラルフはポカンとした顔でマリンを見つめている。

「魔蝶……俺の使い魔……」

 呟いた声に、ビビアナは少し不安になって、ラルフの顔色を伺った。
 大丈夫だろうか。
 またマリンが傷つくことにならないだろうか。
 タンクもじっと見つめている。

 ラルフが空中に手を差し出す。すると、引き付けられるかのように、手のひらに止まった。

「お前、綺麗だな。海の色だ」

 笑顔さえなかったが、目尻が若干柔らかくなった。
 ビビアナはホッと息をついた。ラルフならマリンを任せて大丈夫そうだ。

「クロスパピヨンは幻覚効果の高い鱗粉が特徴です。
 鱗粉に細かい刺状の鱗粉を混ぜて、相手にダメージを与えることも出来ます。一度食らえば、十年は痛みが持続するでしょう。対人間には、拷問になってしまいますね。
 基本的に大人しい種類ですので、マリンも幻覚、催眠などの方が得意です」

「小さいのに、優秀だな」

 反応は悪くないが、先ほどと違ってラルフの表情が固い。
 やはり気に入らなかったのだろうか。

「ラルフさん。どうかしましたか?」

「俺は……職業柄、危険な戦場にも行くこともある。綺麗で繊細な魔蝶が危険かも知れない」

 まだ出会ったばかりのマリンの心配をする辺り、誠実さを感じる。

(何だか私、マリンの恋人を値踏みしているみたいだな……)

 マリンは確かに見た目は繊細で、空中では風圧に弱い。しかしマリンはただの蝶ではなく、れっきとした魔蝶だ。見た目ほど弱くはない。

「ラルフさん。外に出ましょうか。マリンの能力を試してみましょう」






 外に出ると、マリンはヒラヒラと飛んだ。太陽の光が青い羽をキラキラ輝かせた。

「ラルフさんは戦場に連れて行くのが心配と言っていましたが……おいで、マリン」

 ヒラヒラと降りて来てビビアナの手首に止まった。
 ビビアナは腕を勢いよくグルグルとマリンごと回す。かなり激しく腕を回して見せた後、ふぅと息をはいて腕を止めた。
 マリンは最初と同じようにビビアナの腕にくっついたままだ。

「ほら。激しく動いても、マリンは離れないので大丈夫ですよ」

 マリンはヒラヒラ飛んで、ラルフの腕に止まった。最初は怖々ゆっくりと、次第に激しく腕を動かして試している。

「剣を持つ時は、頭や胸に着けてもリボンみたいでいいと思いますよ。試してみましょうか。
 タンクお願いね」

「ガゥ」

 タンクが森の中に走って行った。

「魔狼はいったい何を?」

「ふふふっ。少し協力をお願いしました。すぐ戻って来ますよ」

 すぐにタンクは戻って来た。タンクの後を追って、ホルンラビット三匹走って来る。

「魔狼が魔兎に追いかけられているなんて……」

 ラルフが驚いたのは、ホルンラビットよりデスウルフの方が圧倒的に強者だからだ。相当手負いのデスウルフならともかく、元気いっぱいのタンクがホルンラビットに近付いたら、それだけで一目散に逃げ出すのが普通だった。タンクは軽快にピョンピョン跳ねながら、ホルンラビットの攻撃をかわす。

「ふふふっ。私がタンクに適当な魔物を連れて来るようにお願いしたんですよ。わずかな殺気も出さずにホルンラビットを挑発する……なかなか器用なんですよ、うちのタンクは。
 それじゃあマリンの出番だよ」

 マリンはラルフの腕からヒラヒラ飛んで頭の上にとまった。マリンの身体が光り、辺りが一瞬グラリと揺れる。

「な、なんだ? いつの間に……?」

 地面が一瞬にして水分を含んだ湿地に変わっていた。靴が水に取られて一歩一歩が重い。

「どういうことだ? さっきまでただの地面だったのに……」

「マリンが得意な幻術です。今回は、私のイメージを元にしているので、あまり精巧にいかなくてすみません。本当の湿地ならもっとぬかるんでカエルの鳴き声とかしてもよさそうですよね」

 言った瞬間、足下がぬかるんで、カエルの鳴き声が聞こえた。

「……これが幻術。野生のクロスパピヨンは精々、森の中で人間を迷わせるくらいの力しかないはず……」

「ふふふっ。マリンは使い魔ですから、野生のクロスパピヨンとは一味違いますよ」

「確かに……現実と区別がつかないな」

 靴の中に水が染み込む感触も、靴の底に泥が絡む感触も、水辺特有の匂いもする。これが幻術だなんて、言われなければ気がつかないだろう。

「あまり長くは持ちませんが、私の貧相なイメージの幻術でも、足止めくらいは出来るはず……。ほら、ホルンラビットの動きが鈍くなった」

 ピョンピョンとタンクを追いかけていた三匹のホルンラビットは、ぬかるんだ湿地に足を取られてバシャバシャと水の音をさせて、軽快に動くことが出来ないでいた。

「ラルフさんまで幻術の影響がでてしまってますね。これは私のイメージ不足です。マリン、ホルンラビットだけ足止めして」

 湿地の見た目は変わっていないのに、ラルフのぬかるんだ足下が普通の地面のように固くなった。踏みならして見ても、水の音も泥が絡み付くこともなくなった。
 水が染み込んで、ぐちゅぐちゅ不快だった靴の中も、もとの通り乾いた状態に戻った。

「すごいな……」

「マリンの幻術は主のイメージを正解に表現します。今後はラルフさんの発想力でいろいろな幻術を作ることが出来ますよ。精神耐性が強い相手には幻術は効きづらいこともありますが……魔物には大抵有効です。
 ラルフさん、マリンをくっつけたまま、あのホルンラビットをやっつけちゃって下さい」

「分かった。行くぞ、マリン」

 マリンを頭にくっつけたまま、剣を抜いて走り出す。
 さすがの身のこなしで、ホルンラビットを一匹瞬殺する。バシャッと水を散らして飛び上がった二匹目をヒラリと交わし、背後から突進しようとする三匹目を叩き切った。

 本来ホルンラビットはピョンピョンと身軽に動いて敵を翻弄する魔物だが、マリンの幻術で動きの鈍った状態では、ラルフの敵ではない。
 あっという間に三匹とも仕留め、ニッと口角を上げた。

「いい具合だ。お前のおかげで戦闘が楽になりそうだ」

 マリンはヒラヒラ飛んでラルフの手のひらにとまる。
 グラリと視界が一瞬揺らいで、辺りの様子が元の森の中に戻った。

「ふふふっ。マリン、どうでした?」

「美しいうえに戦闘の補助も出来るとは、素晴らしいと思う」

「良かったです。マリンという名は契約名なので、ラルフさんが新しい名前をつけてあげて下さいね」

「名前か……」

 青く美しい羽を持つ魔蝶。繊細でか弱い見た目に反して、見事な幻術を見せてくれた。
 クロスパピヨンは色のバリエーションが豊富で、野生でも様々な色がいる。その中でも、マリンの青い羽はとびきり美しいとラルフは思う。

 青い羽を見つめながら、一つの名前が頭に浮かんだ。
 青い色を意味する、澄んだ泉に住むと言われる妖精の名前。

「キュアネ」

 クロスパピヨンのマリンはこの瞬間、ラルフの使い魔、キュアネになった。







「ねぇタンク。マリンの契約主が決まって良かったね。ラルフさん、いい人だし、きっと大事にしてくれるね」

 タンクの毛をワシワシ撫でながら、ビビアナはマリンのことを考えていた。

「キュアネ……か。ふふふっ。青い泉の妖精の名前をつけるなんて、ラルフさんも見かけによらずロマンチックだよね。
 頭に乗ってるとリボンみたいで……可愛かったね。すごく似合ってた。でも……」

 その先を口に出しそうになって、慌てて口をつぐんだ。もっと似合う人をビビアナは知っている。
 マリンに契約主が決まったこと、素敵な名前をつけてもらったことを伝えたくてたまらない。

(…………リュカに)

 実は……セイレーンに消されたはずの記憶は、何故か何もなくなってはいなかった。
 ビビアナにはリュカの記憶が全部ある。
 マオの記憶も全部ある。
 卵の秘密の記憶も全部ある。
 記憶が消えなければセイレーンに命を消されるということも、全て覚えている。

(セイレーンは私の記憶を消したと思ってる。でも実際は全部覚えてる。これって……絶対に口に出したらまずいよね)

 リュカの名前を口に出したら、ビビアナの記憶が消えていない事がセイレーンにバレるだろう。

(バレたら絶対、殺される!)

 セイレーンにとってはビビアナの命を取るのは、花を摘むのと同じくらい簡単な事だろう。

(魔族にとって人間は餌だって言ってたし!)

 リュカがいなくなる前、しばらく留守にすると言っていた。きっとこの家に戻って来るはずだ。リュカが戻って来るまで、記憶が消えていない事をセイレーンにバレないようにしなくては。

 小さくため息をついて、タンクを撫でる。

「……ねぇタンク。この家って、こんなに静かだったっけ」

 ほんの数ヶ月前まで、タンクと二人で暮らして来たはずなのに、リュカがいないだけで、胸にポッカリ穴が空いたような気分になるのはなぜだろう。
 タンクの首に抱きつくと、タンクがキューと喉を鳴らした。

「あれ? タンクも?」

 タンクも同じような気持ちを感じているのかもしれない。甘えるようにビビアナの頬に顔を擦り付けた。

「……寂しいね」
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