たまご屋の卵は何が生まれるか分からない

りんご飴

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リュカの賭け

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 リュカがいる広い部屋には、天井まで埋め尽くすほど大量の卵があった。
 消滅し、出てくる魔素を一点に集めてガチガチに固める。すると魔素の塊は自ら殻を作り、大きな卵になった。
 繰り返すこと数回。

「はぁ~~っ。全然減らないよ。もう疲れた」

 まだまだ大量にある卵の山に、リュカは大きなため息をついた。

「もう面倒だ! 全部まとめてしまえ!」

 再び魔素を集めて凝縮していく。卵の山がどんどん減って、床が見えるようになった。

「あと少し!」

 額に汗が滲む。
 気をぬけば、せっかく凝縮した魔素が弾けてしまう。
 最後の一つの消滅を確認して、魔素が漏れでないようにリュカの力でガチガチに固める。
 徐々に殻が作られて行くのを、形よい眉をぐっと歪めながら見守った。

 完全に殻が出来ると、リュカはその場に座りこんだ。
 我ながら情けない姿だと思う。しかし、以前とは違うリュカという身体になった今は、この程度が限界だった。

 荒い息が落ち着いたころ、よろよろと立ち上がる。

 薄暗い部屋の中から久しぶりに出てきたリュカは、ググーーッと両腕をのばして大きく伸びをした。

「お疲れ様でした。我が君」

「……ウピル」

 ウピルと呼ばれた、長いアッシュグレーの髪をした赤目の男が、音もなくリュカの側に寄って頭を下げた。

「部屋の中に四つほど卵を作った。大きめのスイカくらいのヤツが三つ。残りの一つは大きいヤツだから魔族でも生まれるじゃない?」

 大きめのスイカという表現は、ビビアナがよく小型の使い魔の大きさを表す時に使う言葉だ。
 リュカはこっそり笑った。

「我が同胞が生まれるのは喜ばしいことですが……。機嫌がよさそうですね、我が君」

「全っ然。すごく疲れたから今日は休むから」

「では浴室の準備をさせましょう」

「ああ、温めで」

 入浴は毎日欠かさずしているが、別に風呂好きだというわけではない。むしろ以前は入浴を面倒だと思っていた。
 入浴を好きだと思うようになったのは、リュカになってからだ。
 たまご屋の風呂は小さく足を伸ばすことも出来ないくらいだったが、ビビアナが湯船に花や薬草を乾燥させた物を入れる。その香りを楽しみながらじっくり温まるのが好きになった。

「湯船に柚の実を浮かべておいて」

 リュカはウピルの前から姿を消した。



「我が君……」

 残されたウピルは大きなため息をつく。
 『探さないで下さい』と書き置きを残して、突然姿を消した魔王。魔族総出で探してもみつからず、絶望感が漂っていた。

「突然戻って来たと思ったら、ずいぶん可愛らしい姿になって……」

 リュカとなった今、以前の魔王の力の半分もないことをウピルは知っている。
 しかし、そんなことは些細なことだ。

「我が君が何者になろうとも、生きていてくれさえすれば良い……」

「ウ~~ピル」

 突然風が吹いて、少女が現れた。

 背中に薄桃色の羽を持つ少女は、ウピルの背中にくっついて背後から腕を回してくる。密着状態が不快で、少女を振り払った。

「邪魔だ、マナ」

「もぅ。女の子を手荒に扱うなんてヒドイわね。まぁ私もウピルに全っ然興味ないからいいけど~~。
 ところで魔王様は? 戻って来たんでしょ?」

「我が君は自室で休んでおられる。邪魔はするな」

 マナは可愛らしい頬をいっぱいに膨らませて、ウピルの足を踏みつけた。思い切り踏んだのに、ウピルの表情は変わらない。

(鉄面皮めっ……)

 ウピルの表情が崩れたところを、マナは一度だけ見たことがある。それは魔王の自室で書き置きを見つけた時だ。ただでさえ青白い顔がもっと白くなって、赤い唇を血が出るほど噛みしめたのだ。
 魔王がいなくなるのは、それほど深刻な事態だった。

「でも戻って来てくれて良かったよね。私なんててっきり、魔王様が自殺でもしちゃうかと思っちゃったよ……。そうなったら世界の終わりだからね。世界の終幕かと思ったもの……」

 ドンッという大きな音が響いた。マナの首をウピルが掴んで壁に押し付ける。長く尖った爪が皮膚に触れ、首に小さく傷がつく。

「待ってよ! 冗談だよっ!」

「黙れ。冗談でも言うべきではない」

 本当はウピルにも分かっている。魔王が力の大半を失った意味を。
 
(我が君は一度卵になったのだ)

 自らの意思で卵になったのなら、消滅を待つしかない。

 それは自殺を意味する。

 この世界から魔王がいなくなれば、魔素が溢れて世界は消滅しただろう。

(我が君は一度、この世界を見限ったのか……)

 主君がそこまで思い詰めていたなんて、知らなかった。
 気が付かなかった自分に腹が立つ。一言も相談してくれなかった主君にも腹が立つ。

 ウピルの仮説が正しければ、魔王の自殺を阻止した者がいるということだ。

(卵になった我が君を再び甦らせる……そんなことが出来るのだろうか。一体誰が……どうやって……)

 マナの首から手を離すと、先ほどまでリュカがいた部屋を開けた。

 リュカが言った通り、卵が四つある。一つはウピルの背丈ほどもある大きさの卵だ。小さい卵はすでに一つヒビが入っていた。

 ウピルの目の前でパラパラと殻を落とす。

 中から出てきたのは、頭が三つある黒い犬だった。

「ほう。ケルベロスか……まだ子犬だな。マナ、お前が世話をするように」

「え~~っ、嫌なんだけど。面倒だし」

「行け!」

「はいはいはぁい。ほら、おいでワンワン」

 マナがケルベロスを連れて消えた直後、残った小さい卵が一つなくなっていることに、ウピルは気が付かなかった。





「ビビアナはどうしてるかな」

 自室のベッドでゴロゴロしていたリュカは、ビビアナのことを思い出して一人で微笑んだ。

「セイレーンがチョロチョロしてることは知ってたけど、ビビアナはちゃんと僕のこと覚えているかな」

 早くビビアナのところに帰る為にも、たまった卵を処理しなければ。

「一度はこんなつまらない世界、滅んだらいいって思ったけど……楽しくなって来たよ」 

 一か八かの賭けのつもりだった。
 たまご屋という存在を知ってから、ずっと思っていた。
 たまご屋が自分の卵を孵化させることが出来たら、世界を守ろう。出来なければ世界を消滅させてしまおうと。

 ビビアナの知らないところで、ビビアナに世界の存続がかかっていたと知ったらどんな顔をするだろうか。

「もし、ビビアナが僕のことを忘れていたらどうしようかな……今度こそ世界を消しちゃおうか」

 きっと大丈夫だ……という思いと、もしかしたら……という思いが交差する。そんな感情の揺れさえ心地好い。
 ビビアナがリュカと共にいたいと心から思っていたら、セイレーンの忘却は弾かれるだろう。そうでなければ、リュカという存在はビビアナの中から消える。そういう風に微量の結界を残して来た。

「まだ試すようなことをするのか……って、ビビアナは怒るかな」
 
 ビビアナと一緒にいると喜怒哀楽に振り回される。そんな自分が楽しくてたまらない。

「全部ビビアナのおかげだね」

 あの日、ビビアナと出会えて良かった。
 あの日、たまご屋の存在を知って良かった。
 あの日、自分の卵をビビアナに託して良かった。
 あの日、新しい名前を貰えて良かった。

「お願いだから、僕のこと忘れていないって証明して。
 お願いだから、早く僕の名前を呼んでよ。ビビアナ」

 そうしたら、今度こそ信じよう。

「この世界は存続させるに値するって」
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