たまご屋の卵は何が生まれるか分からない

りんご飴

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希望という名前

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「ロニもザップラットもよく聞いて。
 今から、たまご屋のビビアナがあなた達の絆を繋げます。ザップラットは使い魔として、ロニはザップラットの主として」

 ロニは目を見開いた。口をパクパクさせて、何も言葉が出て来ない。

「ロニ! おかしな顔をしてないで、大事なことだからちゃんと聞いて!
 いい? 使い魔は道具ではないの。使い魔を害すようなことがあれば、あなたの身の保証は出来ないよ。その場合、もう二度と使い魔と契約出来ない身体になるから……分かった?」

「わ、分かった……」

 言質はとった。

 興奮で顔を真っ赤にしたロニは、言葉に詰まって、それ以上言葉を発することはない。

 ザップラットは、せわしなくロニの肩から頭へとチョロチョロ動き回っている。

「止まれ!!」

 ビビアナの大きな声に、ロニの身体がビクリと震えて背筋がピンと伸びた。同時にザップラットの動きも止まる。

 動きの止まったザップラットを両手で捕まえ、艶々した瞳をじっと見つめた。

「私の契約紋を刻むよ」

 本来なら孵化した直後にする契約だ。
 ビビアナが孵した魔物ではない、オコのザップラット。
 この子は契約することなく、名を貰うことなく、捨てられた。

 たまご屋が絆を繋ぐ前から、ロニとザップラットの間には、すでに絆が出来かけていた。
 これからその絆をガッチリと固めて強固な物にするのだ。

 ビビアナの瞳とザップラットの瞳か噛み合う。

「あなたに名を与えます。
 あなたはエスペランサ。ザップラットのエスペランサ」

 ビビアナの瞳から契約紋が発動する。小さなザップラットの瞳に吸い込まれる。

 カチリ。

 契約紋が上手くはまった音が、ビビアナの頭の中に聞こえた。

 オコのザップラットはこの瞬間から、エスペランサになった。

 オコでも幸せになって欲しいという思いを込めて、希望を意味する名だ。

 手のひらの拘束を緩めると、もぞもぞと抜け出し、ロニの肩に乗る。

「チィチィーー!!」

 小さな胸を反らせたエスペランサは、大きく鳴いた。サイズこそ小さいが、魔狼が遠吠えをする時のように力強さを感じる。

(喜び大爆発ってところかな)

 小さなエスペランサの行動に、思わずクスリと笑ってしまった。

「ロニ。手を」

 固い顔でロニが頷く。

 ビビアナの手を取ったら、もう後戻りは出来ない。

「あらら、ずいぶん大人しいじゃない。緊張してる?」

「…………ふん」

 赤い顔のまま乱暴に手を重ねた。

 二人の手と手が重なると、一瞬パチリと電気が走る。驚いて離しそうになる手をギュッと握った。
 汗ばんだロニの手から緊張と興奮が伝わって、ビビアナはクスリと笑う。

「じゃあ始めるよ。

 ザップラットのエスペランサ」

 名を呼ぶと、ロニの肩の上でビクリと震えた。

 手のひらに熱が生まれ、強い風が吹く。

 小さなエスペランサは飛ばされまいと、前足だけ肩にギュッとしがみついている。後足は完全に風に拐われる状態で、身体はパタパタとはためいている。

「手を離してくれ! こいつが飛ばされる!」

「駄目だよ。
 エスペランサ、あなたがロニを選ぶなら、大人しく手を離しなさい」

 声をかけると、一瞬の迷いもなく、肩にしがみついていた手を離した。
 小さな身体は強風に吹き飛ばされて、開け放たれた窓から外に出て行った。

 エスペランサの姿が見えなくなると、強風は急激に弱まった。

「お、おい! あいつ飛ばされたぞ!!」

「そうだね。どこまで飛んだかなぁ……」

 この窓からなら、綿毛花が群生している辺りだろうか。
 白いふわふわの綿毛花は今がちょうど満開だ。

「だ、大丈夫なのかよ……」

「うん。今から呼ぶよ」

 繋いだままの手が、再び熱を持つ。
 どんなに遠くまで飛ばされていても、ロニの使い魔になりたいとエスペランサが思うなら、来る。

「おいで……」

 エスペランサ。

 ブワリと暖かい風が足元から吹いて頭上に抜けて行く。

 風が通った後、ロニの肩には小さな魔鼠がいた。

 小さな身体は綿毛花をたくさんくっ付けて、白いボールのようになっている。

 肩にエスペランサをのせて、目を丸くしたまま固まるロニの姿が面白い。

「契約名はエスペランサ。種類はザップラット。
 能力はしっぽから微弱の電撃。特別な能力は無し。あ、能力とまでは言えないけど、唯一の特技は跳躍力かな。本気でジャンプしたらこの店の屋根にまで届くでしょうね」

 契約紋を刻んでから、エスペランサの能力が、ある程度分かるようになった。 
 電撃はやはり野生の魔鼠程度。バチッと痛い程度の威力が最大。
 唯一野生と違うところは跳躍力のみ。他の能力は一切ない。

 やはりオコだった。

「エスペランサは契約名だから、ロニが新しい名前を考えてね」

「……本当に、俺の使い魔になったのか?」

 笑顔で頷くと、ロニの顔がクシャリと歪んで、満面の笑顔になった。笑顔のまま目から涙が流れ出す。
 
「な、なまえ……」

 グスグスと泣きながらも、エスペランサの為に名前を考えているようだ。別に名付けは急ぐことではないが、早めに付けた方がエスペランサも喜ぶだろう。

「……トレバー」

 泣きながら声に出したのは、珍しくもない男性の名だ。
 ただ思いついた名なのか、何か思い入れのある名なのか。
 支払いは五年待つと言ったからには、ロニは客だ。これ以上プライベートなことは聞くつもりはない。 

「いい名前じゃない」

 ロニの涙はしばらく止まらなかった。



 ロニとトレバーの契約が成功しても、ロニが孤児になったことは変わらない。子供一人とオコの使い魔一匹では、仕事もなく、生活も出来ないだろう。

「ロニ、言葉使いを治しなさい。そうしなければ、どこかに弟子入りするなんて無理だよ」

「……言葉使い?」

「そう。私の事を『お前』って呼んだでしょう? 弟子入りしたら師匠になるかも知れない人を『お前』だなんて呼んだら、門前払い決定だよ。
 誰に対しても、丁寧な言葉使いが出来るようになったら、私が仕事先を紹介してもいいよ」

「本当か!?」

 たまご屋の客には職人も多い。
 ビビアナが知っているだけでも、弟子入りを受け入れてくれそうな、心当たりがいくつかある。
 だが、言葉使いが今のままだと問題だ。第一印象が悪ければ、弟子入りを断られる可能性も高い。

「本気で弟子入りしたいなら、言葉使いを直して、5日後の朝にまたここに来て。森の入り口にタンクを待機させておくから」

「な、何でそこまでしてくれるんだ?」

 言葉使いを指摘すると、ハッと口を押さえる。どうやら言葉使いを直す気持ちはあるようだ。

 何故と聞かれると、答えはいくつかある。
 家族を亡くした、同情。
 オコの魔鼠を家族にしたいと言った、感謝。
 まだ子供で未来がある、期待。

「ふふふ。内緒」

 理由はいろいろあるが、教えるつもりはない。言葉使いが直らなければ、ビビアナも手を差し伸べることは出来ない。

「信用問題にも関わるから、礼儀のなっていない子供を紹介することは出来ないの。相手方に失礼になるからね。
 だから、言葉使いは最低限必要なことだよ」

 もちろん完璧を求めている訳ではない。
 たった5日でどこまで出来るか分からないが、本気ならある程度は改善を期待出来ると思う。

「……分かった! 5日後だな!」

 やる気は十分なようだ。

 外はすでに夜の色を見せ始めている。

 夜の森は魔物も活発になり、危険だ。ロニとトレバーだけで街に帰すことは出来ない。
 かといって、この家には、ビビアナの部屋とリュカが寝泊まりしていた部屋しかなく、ロニを泊めることは出来ない。
 リュカの部屋に誰かを泊めることは、したくなかったのだ。

 タンクにロニを街まで送って貰うことにした。
 こんな時間に、ビビアナから離れる事をタンクは嫌がったが、しぶしぶロニを背中に乗せて駆けて行った。
 帰ったら思いきりブラッシングをしてあげよう。





「静かだな……」

 たまご屋以外の灯りがない森の中は、あっという間に夜の闇に包まれる。

 家の前で夜の闇を眺めながら、ビビアナは息を吐いた。
 思わぬ珍客に少し疲れたようだ。

 夜に一人になるのは久しぶりだ。
 タンクが使い魔になってから始めてかもしれない。

 一人ぼっちの寂しさや不安なんて、ここ数年感じた事がなかったのに。

 当たり前に側にいた存分は、失った時にその存在の大きさに気付く。
 家族を失ったロニは、家族の大切さに気付いただろう。

 ロニは子供だが、きっと大丈夫だ。
 大事な家族を失っても、絶望せずに生きる道を自分で見つけようとしていた。
 まだ小さな子供なのに。

「私の方が……ずっと心が弱いな……」

 闇の中から、突然現れるのではないかと期待してしまう。背後から目隠しをされて、「だぁれだ」と悪戯な笑みを浮かべる姿を求めてしまう。

 会いたいよ。

「…………リュカ」

 ぶわりと闇が揺れた。

 闇の中からクスクスと笑い声が聞こえる。

 ビビアナはハッとして口を押さえた。
 
(ヤバい。声に出した……!?)

 声に出して名を呼ぶつもりはなかったのに。

 闇の中から水色の髪が見える。 

「やだぁ。どうして記憶が残っているのかしらぁ?」

 闇を切り裂くように、水色の髪の美女が姿を現した。

 美しい水色の髪から、少し尖った耳が覗く。長い睫毛に縁取られた目。大きな瞳は、瞳孔が爬虫類のように縦長だ。

 魔族、セイレーン。

 前に会った時と違い、背中に白い羽がある。

 ビビアナの心臓がうるさいくらいに大きく脈打つ。
 
「ふふふ。あの子なら来ないわよ」

 ニヤリと笑った美しい顔は、瞬時にビビアナの正面に移動した。

 逃げなければ。

 迷っている時間はない。
 気がつくとビビアナは走り出していた。
 後ろを振り返る余裕はない。暗い森の中を必死に走る。野生の魔物に出くわす恐怖より、セイレーンの気配の方が怖い。

 闇に紛れたら逃げきれるだろうか。無駄だとしても、何も抵抗せずに殺されるなんて、嫌だ。

 どれくらい走っただろうか。大きな木の陰に立ち止まった。
 息が苦しい。懸命に呼吸を整えながら、後ろを確認する。
 セイレーンはどこだろう。

 首にヒヤリと冷たい物を感じて、ビビアナの身体は硬直した。

「みぃつけた」

 首にセイレーンの長い爪が絡みついた。
 
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