たまご屋の卵は何が生まれるか分からない

りんご飴

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卵の雨

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 首にセイレーンの爪が食い込む。プツリと皮膚を突き破る音が聞こえた気がした。
 痛みを感じる余裕はない。
 息をする度に爪が深く食い込みそうで怖い。
 浅い呼吸で喉がヒューヒュー鳴る。

「うふふふ。怖い?
 ねぇねぇ、どうして記憶が残ってるのかしらぁ?
 私の歌は完璧だったわ。それなのに、どうしてなの? ねぇ、教えてちょうだい、ビビアナちゃぁん」

 どうしてだなんて、ビビアナが聞きたいくらいだ。
 どうやら記憶が消えていないことは、セイレーンのプライドを傷つけたらしい。

 セイレーンの殺気に、全身がゾクゾクする。身体が勝手に小刻みに震え、歯がガチガチと音を出した。

「ほぉら、早く教えないとぉ、首に穴が空いちゃうわねぇ。
 首はねぇ~、派手に血が出るから面白いわよ。ブシャーッて吹き出るの。どんどん血が出て、顔が真っ白になって行くのよ。
 んふふふ、ビビアナちゃんなら似合いそうねぇ」

「や、やめて……」

「あらあら、可愛い声出しちゃって。せめて苦しまないように、歌をうたってあげる……ふふ。サービスよ」

 ラララ~~。

 透き通った声が、不思議な旋律を紡ぐ。

 ララララル~~。

(うう……頭がボーッとする。聞いたら駄目だ。何か別なことを考えないと)

 歌に心を奪われないように……。頭の中を別のことでいっぱいにしなくては。

 そういえば、ロニは無事に街へ帰れただろうか。
 タンクの背中に乗って街に戻ったロニの事を考える。

(タンクのスピードに着いていけなくて、背中から転がり落ちてたりして……それで……)

 ルラララ~~、ルルラル~~。

 頭の中まで歌が入り込んでくる。 

(……ダメ。目を開けないと)

 ビビアナの意思とは裏腹に、勝手に目蓋が落ちてくる。

(何か、別の事を考えないと……。
 卵が……あ、卵! 明日孵化する予定の卵は何個あったっけ……。
 縞模様のと……)

 コン。

「やだぁ、なぁに?」

(マーブル模様のと……)

 コン。

「なぁに!?」

(稲妻模様と水玉模様のは、まだだっけ……)

 コン、コン。

「ちょっとぉ! 何なのよぅ!!」

 コン、コン、コン。

 気がつくとセイレーンの歌は止まって、変わりにイラついた怒鳴り声が響く。
 いつの間にかセイレーンの手はビビアナの首から外れていた。
 ビビアナはまだぼんやりする頭をフルフルと降る。

(何がどうなってるの? 私の目がおかしくなった?)

 ビビアナの目には、セイレーンの頭上に卵が次から次へと降って来る、不思議な光景が映っていた。

 ビビアナには何がどうなっているのか分からないが、セイレーンも同じ気持ちらしい。

「どうなってるの? どうして!! 卵が降って来るのよ!!」

 セイレーンは叫びながら、水で出来た鞭を振り回して、頭上から降って来る卵をグシャリと割る。割れた卵は、煙となって殻ごと消えた。

 しかし、割っても割っても、卵は雨のように降って来る。割れずに溜まった卵は、すでにセイレーンの膝まで埋めてしまっていた。

「な、なんだかデジャヴ」

 ビビアナは以前、マオとの出会った時を思い出した。

(あの時も、こんな風に卵に身体が埋まったっけ……いやいや、そんなこと思ってる場合じゃないから!)

 逃げるなら今だ。
 降って来る卵にセイレーンが気を取られているうちに、何とかこの場所から離れなければ。

 セイレーンの背中を見つめながら、ソロリソロリと後ずさる。
 様子を見ながら少しずつ。
 なるべく気配を消して、音を立てずに。

(よし、いい感じ)

 セイレーンに見つからないように慎重に……。

 突然、セイレーンが顔だけクルリと後ろに向けた。
 ビビアナと目が合うとニタリと笑う。

 ビビアナはビクリと身体を震わせた。

(見つかった……)

「ビビアナちゃぁん」

 ビビアナはすぐに走り出した。足がもつれて転びそうになりながらも、何とか走る。

「やだわぁ。無駄なことしちゃって」

 水の鞭が走るビビアナに向かう。水しぶきをあげてビビアナの身体に巻き付いた。

「きゃっ!!」

 捕らえられた身体は、後ろに引っ張られ、ビビアナの身体は足が地面から離れて空中を飛んだ。
 あっという間にセイレーンの元に引き戻される。
 髪を掴まれ、ビビアナの耳にフッと息を吹き掛けた。

「ひっ」

「ビビアナちゃんたら、逃げるなんて駄目よぅ」

 セイレーンは髪を掴んだまま、ビビアナの頭を卵の山に押し付けた。

「ぐっ……」

 ビビアナの身体は卵の山の中に、ズブズブと沈んで行く。
 苦しくはない。
 底無し沼のようにどこまでも沈んで行く感覚だった。

「うははははははっ」

 甲高いセイレーンの笑い声が耳に響く。狂ったように鳴り止まない。

「うははははははっ」

 どこまでも沈んで行く身体。
 鳴り止まない笑い声。

 どれくらいの時間だっただろうか。もしかしたら、一瞬の事だったのかもしれない。

 突然、ピタリと笑い声が止んだ。



「こらこら、僕に黙ってなにやってるの」

 ビビアナは息を飲んだ。

 この声を知っている。

 卵に沈んで行くビビアナから姿は見えないが、間違いない。
 この数日、何度も何度も会いたいと思っていた。何度も何度も心の中で、その名前を呼んでいた。

「リュカ……!!」
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