たまご屋の卵は何が生まれるか分からない

りんご飴

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愛の形

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「こらこら、僕に黙ってなにやってるの」


 その声は、セイレーンがよく知っている男の声よりも若干高い。

 ビビアナによって新たに名付けられた、リュカだ。
 以前はもっと低くて落ち着いた声だった。セイレーンはその低い声が好きだった。長い漆黒の髪も、金の瞳も、輝く角も、圧倒的な力の大きさも、すべてが自慢の魔王だった。
 完璧な魔王を弟分だと言っても、咎められない事が、誇らしかった。

 ビビアナに会うまでは。

 今は身体も小さく、力も以前より弱い。
 弱く小さくなったリュカに、どんなに失望したことか。ビビアナのせいなら、何としても二人を引き離さなければと思った。

「セイレーン」

 それでも、リュカとなって姿が以前と違っても、以前と同じように自分の名を呼んでくれることが嬉しい。
 セイレーンは嬉しさを全面に出しながら振り向こうとして、出来なかった。

 ゾクリと悪寒が走った。

 身体が固まって動かない。全身から汗が吹き出す。

「ど、ど、どうして?」

 リュカが怒っている。
 顔を見なくても、肌から感じる。

「セイレーン……。君はだいぶやり過ぎ」

「で、でもぉ!」

 空気が凍る。

 背後からかかる圧に、セイレーンの身体が小刻みに震えた。

「勝手に行動して、勝手に僕の物を傷つけるとか……愚かだよね。セイレーン」

「わ、私は……あなたを思って……」

 震える手をギュッと握りしめる。長い爪が自分の手を傷つけても気づかない。

 何にも執着したことがなかったリュカが、自分の物と呼ぶくらいビビアナが大切なのか。
 長い年月を共に過ごして来たセイレーンより、ビビアナの方が特別だと言うのか。

 噛みしめたセイレーンの歯がギリリと嫌な音をたてた。

「やっぱり! この子がいなくなれば」

 卵の中に腕を突っ込んで、沈んでいたビビアナの髪を鷲掴みにした。

「ううっ……」

 ビビアナから小さなうめき声が漏れる。

 その声に反応したリュカは、セイレーンの髪を同じように鷲掴みにして、自分の方に引き寄せた。

「まだ分からないかな。それとも、死にたいの?」

 セイレーンの身体がビクリと震える。

 リュカはもうセイレーンの理想とする魔王ではない。
 以前の姿では、蛙と虎ほどの力の差があったかも知れない。だが、リュカは子供だ。力もセイレーンと変わらないだろう。
 それなら……。

 セイレーンの瞳がキラリと光った。

 背後から音もなく、水の矢が飛んで来る。
 リュカの背中に矢が突き刺さる……。
 セイレーンはニヤリと笑った。

 リュカの背中に矢が触れる直前。

 ジュッ。

 音と煙が上がる。

 水の矢はリュカに触れることなく、消えて無くなった。

「嘘……」

 リュカになってから魔王の力は、普通の魔族と変わらない力になったと思っていた。自分とリュカの間に、まだこんなにも力の差があるなんて。

 リュカの金の瞳がスッと細くなり、金の角が光りを放つ。

「なるほどね、セイレーン。君も世界の滅亡を期待していたなんて、知らなかったよ」

「な……そんなこと……」

 自分のしたことに、セイレーンはハッとした。
 魔王が世界から消えたら、世界から魔素が溢れ、この世界は生き物が暮らすには困難になる。
 知っていながらセイレーンは、たった今確かに、魔王に矢を放ったのだ。それも殺す気持ちで……。

「ウソ。わ、私……正気じゃぁない……の?」

 すべてを捧げてもいいと思った魔王に。弟と呼んで可愛がった魔王に。まさか自分が一瞬でも、殺意を持ったなんて……。正気じゃあない。

「セイレーン。君に罰を与えよう」

 リュカは静かに言った。

 魔王を殺そうとした罪なら、極刑だ。
 今まで、最強の地位を狙った愚かな魔族も、勇者を名乗って魔王に挑んだ人間も、みんな相応の罰が与えられた。ある時は命で。ある時は大事な物を失う形で。

 セイレーンの頭にリュカの手が乗せられた。

 身体を埋めていた卵の山から白い煙が出てきた。セイレーンとリュカを煙が包み込んで、視界が真っ白になる。
 頭に乗せられたリュカの手を通して、魔素がセイレーンの身体に入って来るのを感じる。

「ぐっ……」

 身体の中が冷たい。
 魔素が入るほど、凍って行くようだ。

「こ、殺す……の?」

 薄れ行く意識の中で、リュカの顔を見る。金の瞳と金の角が光る。
 リュカの頭が僅かに横に振られた。

「少し……休むといい」

 そう言ったリュカは、セイレーンの好きだった魔王と同じように、美しかった。

 すべての魔素をセイレーンに閉じ込め、リュカは自分の魔王の力で固めていく。
 美しい水色の髪も、赤い唇も、すべて閉じ込める。

 一際強い光を発した。

 光が消えると、リュカの前には大きな卵があった。
 水色地に淡い緑の細かい線が入った卵だ。
 清流に柔らかな風が吹いているような卵だった。


 



 卵の山がすべて消え、倒れた姿のビビアナだけが残された。

「ビビアナ……」

 リュカが名前を呼んでも、反応はない。
 息はある。小さな擦り傷以外はケガもない。
 どうやら気を失っているだけのようだ。
 ビビアナの身体を抱き上げても、意識は戻らなかった。

「疲れたよね」

 意外にも穏やかな表情で眠るビビアナに、リュカはクスリと笑う。
 
「僕のこと、忘れなかったね」

 それはビビアナがリュカと一緒にいたいと、心から思っていたということだ。
 頬の緩みが抑えられない。
 胸の奥がくすぐったいような、初めての感覚。

「うん。悪くないかな」

 リュカになって生まれ直してから、ビビアナと一緒にいると初めて感じる気持ちがたくさんある。
 以前の自分がどれ程の感情が欠落していたか、よく分かった。

「ウピル」

 呼ぶとすぐに何処からともなく、美しい男が現れる。
 ウピルは長いアッシュグレーの髪を一つに結び、瞳と同じ赤いリボンを付けていた。
 リュカが冗談でプレゼントしたリボンだったが、思いの外気に入っているらしい。

「お呼びでしょうか、我が君」

「そこの卵、持って帰って」

 ウピルは大きな水色の卵に触れると、首をかしげた。

「これは……この大きさは魔族の卵ですか?」

「うん。セイレーン」

「っ!! ……セイレーンが何故」

「ビビアナを傷付けようとするからだよ」

 赤い瞳でリュカの腕の中で眠るビビアナを、チラリと見た。

(なるほど。彼女が魔王の卵を孵化させた人物か)

 容姿は平凡。
 ビビアナの何が魔王の感心を引いたのか分からない。

 だが、ビビアナを見る魔王の目は、長い年月を魔王の側にいたウピルが、初めて見る種類の物だ。

(彼女が世界の救世主だと言うのか……。
 セイレーンはそれに気付いていただろうに、魔王のことになると盲目になるからな)

 小さくなった見た目に、弱くなった力に、絶望したのだろう。

(だが……今の魔王は最初に見た時より、身体も力も成長している……。以前の力を取り戻すのも、時間の問題だろう)

 チラリと大きな卵を見る。美しい色の卵だ。

(お前は少し、早まったようだな)

 ウピルはため息をついた。

 その様子をチラリと見たリュカは、ニヤリと笑う。
 その瞬間、背筋がゾクリとした。

「そのうち孵化するだろうから、ウピルが面倒見てやって」

「……私が、ですか?」

「うん」

 ニッコリ。

 その顔は、世界の存続を握る魔王というより、悪戯を企む少年だ。
 以前とはまるで違う、表情豊かなリュカに、ウピルは無表情のまま驚きながらも、ホッとする。

(楽しそうで何よりです。我が君)

 ゆっくりと頭を下げたウピルは、セイレーンの卵と一緒に、その場から消えた。









ーーーーーーーー

あれ、ウピルさんの名前、別のお話に書いてた別の名前になってた……。直しておきました。すみません。 
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