たまご屋の卵は何が生まれるか分からない

りんご飴

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一緒にいる日常

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 目蓋の奥に僅かな光を感じて、ビビアナはうっすらと目を開けた。
 小鳥の囀ずりと共に目覚める、爽やかな朝。……のはずだったのに。

「おはよう。ビビアナ」

 視界いっぱいに黒髪、金目、金角の美少年がいた。
 ビビアナの頬に、チュッと唇を寄せる。

「っっ!!! きゃーーーっ!!!」

 寝起きのビビアナは叫びながら飛び起きると、背中が壁にぶつかるまで目一杯距離を取った。

「その反応は、さすがに傷付くんだけど……」

「あ……ごめんね」

 咄嗟にとってしまった行動だが、シュンとした姿を見ると自分がひどいことをした気分になって来る。
 
 あれほど顔を見たいと思っていた相手なのに、いざ目の前にすると、まともに顔を見ることが出来ないのは何故だろう。
 心臓が痛いくらいドクドク脈打っているのは、驚いたからだけでは決してない。

 ビビアナはもう、自分の中におきた変化を知っている。

(私は、リュカが好き)

 ビビアナはグッと奥歯を噛みしめた。

(絶対にリュカには言わない)

 リュカがビビアナに言う『好き』と、ビビアナがリュカを思う『好き』は種類が違う。
 魔族にとって人間はエサだと言っていた。

(それでもいいや。
 リュカにとって私は『大好きなエサ』の認識でも、側にいてくれたらそれでいい)

「ビ~~ビアナ?」

 ビビアナの顔を覗き込んだリュカの顔は、最初の印象と同じく、とても綺麗だ。ビビアナはニッコリ笑った。

 聞きたいことも、言いたいこともたくさんある。だが、その前に。
 本当なら一番に言わなければいけない言葉がある。

「おかえりなさい。リュカ」

 リュカはキョトンとした顔をして、金の角がポワンと光った。

「ただいま。ビビアナ」

 金の瞳を眩しそうに細め、少し大人っぽい表情をしたリュカに、ビビアナの顔は真っ赤に染まった。





 朝食を作ろうとキッチンに向かうと、キッチンにはすでに出来上がった料理が並んでいた。
 パンケーキとコールスローと紅茶が美味しそうな香りをさせる。
 ビビアナのお腹がグゥと音をたてた。

 もちろんビビアナが作った物ではない。タンクが料理をするはずもない。……だとすると……。

「こ、これリュカが作ったとか?」

「うん。見よう見まねだけど、作ってみたんだ。運んで食べようよ」

 パンケーキはいつもビビアナが適当に作ったペタンコの物とは違う。
 分厚くて、それでいてふんわりした黄金色のパンケーキには、ホイップクリームが添えられ、砕いたナッツがパラパラと振りかけられている。

「お洒落なパンケーキ……」

 リュカはこんなお洒落なパンケーキの作り方を、どこで知ったのだろう。
 テーブルに運ぶと、なぜかパンケーキがプルプル揺れている。

「ビビアナの為に作ったんだ。食べてみて」

「うん」

 パンケーキにナイフを入れるとシュワッと音がした。思わずゴクリと唾をのみこんだ。
 口に入れるとシュンとパンケーキが消えた。

「ほぁっ! 美味しい!」

 思わず出た言葉に、リュカは満足げに笑う。その笑顔にドキリとして、ビビアナはパンケーキを見つめることに決めた。

「ねぇ、リュカ。昨日のことなんだけど……。私、途中から覚えてなくて。どうなったの?」

「……うん、ごめんね。巻き込んじゃったね。姉弟喧嘩に」

「姉弟喧嘩……」

「僕が家出したのは、ビビアナが原因だと思ってたみたい。もうビビアナに手出しさせないから、安心して」

 姉弟喧嘩に巻き込まれて命を狙われるなんて。
 リュカのいつもと変わらない様子を見ると、魔族の中ではよくあることなのだろうか。
 姉弟喧嘩が解決したなら、もうリュカはどこかに行くことはないのだろうか。

「リュカはこれから……ずっとここにいる?」

 言ってしまってから、しまったと慌てて口を両手で隠す。
 リュカの視線が耐えられなくて視線をそらした。

「ビビアナ?」

 リュカがビビアナの手首を掴む。
 顔を隠すことが出来なくなって、ギュッと目をつむって、視界を遮断した。
 ドクドク脈打つ心臓が痛い。

「……ビビアナ」

 耳元に吐息を感じて、ビクリと大きく身体が震えた。
 リュカは今、どんな顔をしているだろうか。気になるが、今から目を開けることは、恥ずかしくて出来そうにない。

 耳元でクスッと笑う声が聞こえて、リュカの手が離れた。

「次からは日帰りにする。ビビアナが寂しがるもんね?」

「なっ……!!」

「ほらほら、はやく食べよう。待ってる奴らがいるからね」

「えっ? どういうこと?」

 まだ心臓は痛いくらいにドクドクしているし、顔の熱も引かない。
 動揺をごまかしたくて、つい口調がトゲトゲしくなってしまう。

「ビビアナが寝てる夜のうちに卵が孵ってさ、仕方ないから大人しく待たせてるとこ」

「ええっ!? 孵化はまだ大丈夫だと思ってたのに!」

 ビビアナの見立てが外れたことはあまりない。……ないが、絶対外れないとも言い切れない。

 ガックリと肩を落としたビビアナは、ふと、おかしなことに気がついた。
 たまご屋が孵化する卵を見守るのは、たまご屋の力が自然と分け与えられて、能力を強化する事と、自分が契約紋を刻む主人だと印象づける為でもある。
 ビビアナが孵化の瞬間に立ち会えなかったなら、生まれた魔物にどんな影響があるか分からない。

「は、早く見に行かないと」

 立ち上がろうとするビビアナをリュカが笑顔で止めた。
 まだビビアナの前には、食べかけの朝食が残っている。このまま立ち上がったら、作ってくれたリュカに失礼だ。
 小声で謝って、残りの朝食を急いで食べる。急いでいても美味しい物は美味しい。ホイップクリームをたっぷり付けて、あっという間に皿は空っぽになった。

「すごく美味しかったです。ありがとう、リュカ」

「うん。片付けはやっておくから、行っておいで」

「うん」

 お礼を言って、立ち上がったビビアナの手をリュカが掴んだ。
 驚く間もなく、リュカの顔が近づく。
 唇の端をリュカの少し冷たい舌が唇の端を舐めた。

「っ!!!」

 突然すぎて言葉が出て来ない。
 すぐに離れたリュカは、ニッと悪戯な笑みを浮かべた。

「クリーム、ついてたよ」

 一言だけ言って、皿を片付けてキッチンに行ってしまった。

 一人残されたビビアナは、少しの間立ち尽くし、ようやく頭が状況を整理し はじめた。

(……クリームを舐めただけ。クリームを舐めただけ。クリームを舐めただけだから!)

 一旦落ち着いた顔が再びカッと熱を持つ。
 もう心臓が持たない。あまりに早く心臓が動きすぎて、口から出て来そうだ。
 大声で叫びたい気持ちを何とかおさえ、何度も深呼吸を繰り返した。





 たまご屋の店内に置かれたテーブルの上に、ちょこんと座った赤いカエルと、紺色の梟がいた。
 微動だにせず、ビビアナをジッと見つめている。
 どちらも心なしか目付きが鋭い気がする。

 視線が痛い。

「あ……、こんにちは」

 視線の迫力に思わずペコリとお辞儀をしてしまった。

(な、何か迫力ある顔つきだな……。この子たち、怒ってる?)

 リュカの話だと昨日の夜に孵化したと言っていた。それからずっとここで待っていたのなら、怒るのも仕方ない。

「ええと、待たせてごめんね」

 微動だにしない。

「け、契約紋、刻んでもいい……かな?」

 やはり微動だにしない。

「お前達、耳ないの? ビビアナが聞いてるじゃん」

 背後からリュカがやってくる。

 とたんに二匹の身体がビクリと震えた。

「ゲルッ」

「フィッ」

 そろって短く鳴いた。 

 リュカがニコリと笑ったのを見ると、どうやら契約紋のことを聞いた答えらしい。
 しかし、リュカに対するこの反応はーーーー。


「リュカ……この子達に何かした?」

「何か?」

 リュカはキョトンとした顔で首をかしげた。

「んーー、何も? 早く契約紋を刻もうよ」

「…………そうだね」



 二匹の同意をもらって、契約紋を刻む。

 赤い魔蛙。種類はフリーフロッグ。契約名はケロポン。

 紺色の魔梟。種類はダークロー。契約名はフク。

「この能力……リュカ、何かした?」

「んーー、何も?」

「そう…………」

 二匹の能力がおかしい。
 何もしないで、こんなことがあるものか。

 ケロポンは直径一センチのミニトマトサイズから、五メートルはある魔熊サイズまで、自由に身体の大きさを変えることが出来る。強靭な舌と、粘液を混ぜた水で攻撃に特化。粘液は発火する。

 フクは一定区間の音を奪う。風と音を操り、気配を完全に遮断する。出し入れ自由な鋭い爪。隠密と攻撃に特化。

 便利で強力な技ほど有効時間が短かったり、使用する条件が厳しかったりするものだ。

「優秀すぎる」

 ケロポンとフクは、ひとつひとつの能力のレベルが強力すぎる。
 可能性としては、孵化に立ち会ったリュカが何かした可能性が高い。

「んーー、ビビアナの真似してみただけなんだけど。服従させて、能力を引き上げる、でしょ?」

「…………え? 私そんなことしてた?」

「…………フフフ」

 リュカは二匹を引き連れながら、意味深な笑いを残して外に出て行ってしまった。
 入れ替わりに、朝の散歩に出かけていたタンクが戻って来た。

「おかえりなさい。タンク」

 タンクと目が合うと、気まず気にスッとそらされる。
 
「…………何か知ってるでしょう」

 タンクはいそいそとブランケットに潜り込んだ。
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