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ビビアナの強敵

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 今日もたまご屋は営業中。

「今回は残念でしたが、またご来店お待ちしています」

「はぁ……今回もダメだったかぁ」

 ため息をついてうなだれたのは、若い男だ。もう八回目の来店になる。
 あまり身分を明かしたがらない客が多い中、彼は最初から騎士団所属だと名乗って来た。騎士団に所属することに誇りを持っているようで、好感が持てる。

「ミゲルさん。最近は孵化する卵が多いので、一月待たずにまた来店してみてください」

 何となく、次こそ上手く行きそうな予感がする。根拠はないが、ビビアナは時々、こんな予感がすることがある。

「分かった。また来るよ」

「はい。またのご来店、お待ちしています」

 何度も残念な結果を繰り返しているのに、めげることなく来店してくれるミゲルに、次こそは使い魔が見つかればいいなとビビアナは思う。

 がっかりしながらも、爽やかな笑顔で帰って行くミゲルを見送った。





「ビビアナ、お疲れ様。お茶入れたからおいで」

 リュカがビビアナを呼ぶ。
 ちょうど休憩にしようと思っていたところだ。

「うん。ありがとう。クッキーでも用意するね」

「あ、大丈夫。アップルパイがあるよ」

「え……作ったの?」

 ビビアナはアップルパイなんて買って来ていない。……とすれば、リュカが作ったのだろうか。

 リビングに入ったとたん、ビビアナは喉からヒッとおかしな音を出して、凍り付いた。

 優雅にお茶を飲んでいる知らない男がいた。

 長いアッシュグレーの髪に切れ長の赤い瞳。青白い肌。リュカとはまた違ったタイプの美しい男だ。

(この人……魔族だ)

 リュカのように角があるわけではない。見た目は人間と何も変わらないが、ビビアナの本能が警告をする。

(この人……妙な感じがする)

 セイレーンの時は圧倒的な力の差に、身体が勝手に震えたが、この男にはそれがない。
 しかし、威圧感が半端ない。自然と漏れ出る力さえ制御して、巧みに隠している印象。鋭い爪を持つ鷹が、あえて爪を隠しているような……。
 どれほどの力を秘めているのか分からないが、少なくともセイレーンよりは格上だろう。

 男はニコリともせずに立ち上がって、優雅な仕草でお辞儀をする。

「初めまして、ビビアナさん。私はリュカ様の補佐をしています、ウピルと申します。以後、お見知りおきを」

「……はい。よろしくお願いします」

 ビビアナに他の回答の選択肢はあっただろうか。

 ウピルと入れ替わりにリュカが椅子に座った。
 リュカに促されてビビアナも座る。

「お茶を」

「かしこまりました」

 リュカの言葉に、優雅にお辞儀をしたウピルは、茶葉をポットに入れる。
 お茶を入れるプロだろうかと思うほど完璧だった。お茶の正式な入れ方は知らないが、お湯を入れる時も、カップに注ぐ時も、入れたての紅茶をビビアナの前に置く時も、動作の一つ一つが美しい。思わずすべての行程を凝視してしまったほど。

 ビビアナはウピルが入れてくれた紅茶をジッと見つめた。

(カップもポットも、うちにある物と違う……。高級品っぽいし、触るの怖いな)

 もし手が滑って割ったりしたら……瞬時に鷹の爪に狙われそうな気がする。

(どうしよう……)

 手をつけることを躊躇っていると、切れ長の赤い瞳がビビアナを見た。
 背筋がゾクリとする。

(これは、飲まないと殺されるかも……)

 リュカをチラリと見ると、ニコニコと機嫌がよさそうだ。
 助けは期待出来ないと理解して、ビビアナは僅かに震える手でカップを持った。

 ビビアナがお茶を飲む様子をリュカがニコニコしながら見つめる。そしてウスピは感情のこもらない冷たい目で見つめる。

(お茶の味なんて全然分からないよ……)

 本来ならとても美味しいだろうお茶が、全く味がしない。

「……とても美味しいです」

 一口飲んでテーブルに置こうとすると、赤い瞳がスッと細くなった。

(ひぇっ!! ダメなの? 一口じゃダメなの?)

 今のビビアナに出来ることは、一刻も早くお茶を飲み干して、この高級そうなカップをテーブルに置くことだ。
 幸いリュカと違って猫舌ではない。まだ熱いお茶に気づかれないように、フゥフゥと微妙に息を吹き掛けて、何とか飲み干した。

(後で口の中がヒリヒリしそう……)

 飲みきった達成感に安堵して、テーブルにカップを置く。
 すると、すかさずウピルが紅茶を継ぎ足した。

「………………ありがとうございます」

「ふふふ。ビビアナもウピルのお茶が気に入ったみたいで良かった。ほら、アップルパイ」

 嬉しそうにリュカが言うと、ウピルがアップルパイをテーブルに置いた。
 黄金色に艶々していて、リンゴがぎっしり詰まっている。甘酸っぱい香りがたまらない。

「ウピルのアップルパイもすごく美味しいんだ」

 このアップルパイは彼の手作りか。
 驚いて思わずウピルを見ると、目が合ってしまった。
 美しい顔は表情こそ変わらないのに、鼻で笑われた気がする。

(……もしかして、この人もリュカの家出は私が原因だと思ってるのかな。
 リュカが側にいるかぎり、大丈夫だよね)

 ビクビクしながら、進められるままにアップルパイを一口食べた。
 表面のパイはサクサク。中のリンゴはシナモンが弱めで酸味が強く、リンゴの食感が残っている。底には甘いカスタードクリームが。
 甘味と酸味のバランスが絶妙で、ビビアナの好みにピッタリのアップルパイだ。

 今、顔を見たら、きっと表情は変わらないのに「どうだこのやろう」という雰囲気を醸し出している気がする。
 ビビアナは美味しさにニヤケてしまわないように、表情を引き締めながら完食した。

「大変美味でした。ごちそうさまでした」

 ウピルは勝ったとばかりに、赤い唇の端を僅かに持ち上げた。
 
(うぬぬぬっ……完敗だ)

 別に勝ち負けを競っていた訳ではないが、敗北感が強いのは何故だろう。

(リュカがすごく信頼してるみたいだから……? うわっ。それってやきもちを焼いてるみたいじゃないっ!)

 一人で顔を赤くするビビアナに、ウピルは冷たい瞳を向けた。

「あ、ウピル。お願いがあるんだけど」

「なんなりと」

 リュカの角が光る。風が吹いて黒髪がフワリと揺れた。

「ケロポン、フク」

 リュカが口にしたのは、先日ビビアナが契約紋を結んだ魔蛙と魔梟だ。

 すぐに二匹の姿が現れたことに、ビビアナはポカンと口を開けたまま固まった。
 ビビアナが契約紋を刻んだにもかかわらず、リュカの呼び出しに直ぐ様、姿を現したからだ。

「コイツら引き取ってよ。人間の使い魔としては優秀すぎるから」

「……理解しました」

 ウピルは小さく二匹の名前を口にして、チラリとビビアナを見た。

(言いたい事は分かってますよ!)

 名前の事で何か言われる前に、ビビアナは無理やりニコリと笑う。

「私、そろそろ店に戻りますね。ごちそうさまでした」

「うん。行ってらっしゃい」

 リュカに手を振られ、ビビアナはいそいそとその場を逃げ出すことに成功した。





「それはそうと……リュカ様」

「うん?」

「以前、リュカ様が作られた卵ですが、一つ行方不明になりました」

 リュカは興味なさそうに、ふーんと鼻で返事をして、アップルパイを食べている。

「マナが絡んでいるようなので、人間の間に混乱が生じるかもしれません」

「ああ……卵の厄介事はたまご屋に回ってくるかな」

 リュカはアップルパイにフォークを突き刺した。





※※※※※※※※※※※※※※※※※

いったんここでお休みします。ひと月くらいかな?
再開したらもっと皆さんに読んで貰えるように頑張ります。
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