たまご屋の卵は何が生まれるか分からない

りんご飴

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うわさ

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 カラン。

 たまご屋の扉のベルが鳴った。

「いらっしゃいまーー」

「ちょっと聞いてよ~~」

 店の扉を開けるなり、豊かな赤い髪を一つにまとめた女性が、ビビアナに泣きついて来る。

「い、いらっしゃいませ。アンジェラ様」

 アンジェラも忙しい身だろうに、彼女に使い魔が決まってからもう三度目の来店である。
 一緒に来たいつもの護衛二人は困り顔で、ビビアナと目が合うとペコリと頭を下げた。

「アンジェラ様、とりあえず座りましょうか。お茶でもいれますね」

 アンジェラを椅子に座らせると、彼女はダラリと背もたれに体重をのせる。普段なら絶対に見せないアンジェラの気の抜けた姿に、ビビアナはクスリと笑った。

「ずいぶんお疲れのようですね」

 アンジェラは本当なら、こんな森の中の店に来るような人物ではない。庶民のビビアナなんて、顔を見ることさえ叶わないような高貴な女性なのだ。


その足元からフサフサしたしっぽが見えた。

「あら? エリアナ?」

 しっぽだけで顔を見せないアンジェラの使い魔の名を呼ぶと、とたんにアンジェラの背筋がシャンと伸びた。
 座り方も変われば、仕草も指先まで優雅な動きに変わる。表情もキリッと気品漂って、まるでビビアナの知らない人のようだ。

「ア、アンジェラ様? 何だか私の知らないアンジェラ様になってます……」

「むぅぅ……だって、エリアナが厳しいんだもの。人前で気を抜いたら怒られるのよ!!」

 アンジェラの足元からチラチラ見えていたフサフサのしっぽは、一度大きく揺れると、ボッと炎に変わった。

 ビビアナはクスリと笑う。どうやらエリアナは、わざと炎を出して、自ら姿を消したことを教えてくれたようだ。

「アンジェラ様、エリアナは席を外したようですよ。楽にして大丈夫ですよ」

「本当に?」

 キョロキョロとまわりを見回して、可愛らしいキツネの姿がないことを確認する。大丈夫だと判断して、最初のようにダラリと椅子にもたれかかった。

「ふふふっ。エリアナは相変わらず厳しいですね」

「厳しいなんてものじゃないわ! ちょっと力を抜くようなら、すぐ目を光らせるの!
 この間なんて、ものすごく急いでたからやむを得ず走ったのよ、全力で。そのくらいするでしょ?」

「まぁ、私はしますね」

「でしょ?」

 でしょ? と言われても、ビビアナとアンジェラでは立場が違う。
 ドレスにヒールで走るアンジェラを思い浮かべると面白い。きっと目撃した人は目を丸くしただろう。

「そしたらね、エリアナが現れて……ぶわぁぁっと私の足元から炎があがって、私! 火ダルマになったのよ!! 私がっ!!」

 炎は一瞬ですぐに消え、ドレスも身体も燃えるような事もなかった。炎を操るキュウビならではの技だ。

「でもでも! すごくすごく熱いのよ! 肌に火傷なんて全然ないのに、熱いの! 私が傷付かない絶妙ないたぶり方をするの!
 うぇ~~ん! エリアナは私が嫌いなんだわっ!!」

「そ、そんなことはないですよ」

 アンジェラとのこのやり取りは毎回のことだ。
 エリアナが厳しいと泣いて泣いて……。

「でも…………確かに為になってるのよ」

 鼻を赤くしながらアンジェラはポツリと呟いた。

「私のことを我が儘な小娘ってバカにしてたヤツが、エリアナに鍛えられた今の私を見て、目を丸くするの。私の隣で、エリアナがそいつを鼻で笑った時に思ったのよ。エリアナは私に武器をくれたんだって」

「そうですか」

 彼女の高貴な身分を恐れて、直接的には悪い言葉を言う者はいないだろう。けれど悪意は分かるものだ。
 仕草一つで嘗められる世界。そこにエリアナが気品とマナーという武器を与えた。

 泣き言を言いながらも、アンジェラはきちんと分かっている。エリアナが厳しく接する意味を。

「ふふふっ。安心しました。エリアナは期待するほど厳しいタイプですから。
 だけど、ここに来る時はアンジェラ様が泣いても、力を抜いても、弱音をはいても、エリアナは何もしないでしょう?」

 わざわざ姿を消したところを見せて、アンジェラに息抜きを提供してくれたのだ。

「使い魔に愛されてますね!」

「…………どうしよう。今すごくエリアナを抱きしめたい気分…………」

「ふふふっ。今日はお茶にミルクジャムをいれましょうか」

 ビビアナとはまるで違う世界で戦うアンジェラの、少しでも息抜きになればいい。



 お茶をいれていると、店の扉がカランと鳴った。

「いらっしゃいまーーあ、リュカ」

 お客様ではなく、入って来たのは黒髪金目の美少年、リュカだ。

「ああ~~キュウビがふらふら散歩してると思ったら。来てたんだ」

 リュカは手に持っていた物をビビアナに渡す。そのついでに、ビビアナが持っていたミルクジャムのスプーンをペロリと舐めた。
 チラリと見えた舌に、ビビアナはドキリとした。頬が熱い。

(う……心臓に悪いよ)

 こんな顔をアンジェラに見せたら、絶対にからかわれる。赤くなった頬を隠すようにうつむいた時、リュカから手渡された物に目が止まった。

 アップルパイだ。

(これを作ったのって……)

 長いアッシュグレーの髪に赤い目の人物を思い浮かべると、身体がブルリと震える。

(出来れば、もう二度と会いたくないわ)

 今、ビビアナが苦手な人物ナンバーワンだ。

「ふぅん……甘いお茶かぁ。お茶請けがアップルパイだと甘過ぎるよね。ウピルに別な菓子を持ってこさせようか」

「大丈夫!!」

 やはりこのアップルパイはウピルの手作りか。
 ウピルの手作りなら尚更、文句なんて絶対に言えない。

「だ、大丈夫だよ! わぁい、嬉しいなぁ……ウピルさんのアップルパイは酸味も効いてるから、甘いお茶にもバッチリ合うよね!」

「……そう? ならいいけど」

 リュカがニッコリ笑った。

 その様子をじっと見ていたアンジェラは、椅子からガタリと立ち上がる。

「ええ? あなた、リュカ!? 久しぶり……っていうか、身長伸びた? 成長期すぎるでしょう! 全然気が付かなかったわ」

 アンジェラの言う通り、たまご屋に戻って来てからのリュカはメキメキ成長している気がする。
 以前はビビアナとそれほど変わらなかった身長も、すでに5センチ以上高くなった。
 顔立ちも少年らしさが抜けて、すっかり青年と呼べるほどに成長した。
 毎日一緒にいるビビアナは気付かなかったが、アンジェラが言うには声変わりもしているらしい。

「身長はまだまだ伸びるよ。
 っていうか、あんたも変わったよね。前はキィキィうるさい小猿だったのに、黙ってたらお嬢様に見える。キュウビの頑張りのおかげだね」

「あ~~ら、言うじゃないーーー」

「はいはいはい、そこまで! お茶にしましょう」

 リュカとアンジェラの言い争いに火がつかないうちに、お茶の準備を終えられて良かった。

「あら、このアップルパイ美味しいわね」

「だよね。これ程のアップルパイはなかなかないと思うよ。
 ビビアナも好きだよね?」

「……うん」

 味は美味しい。ものすごく美味しい。

(アップルパイに罪はないもんね……)

 目の前にウピルがいると、せっかくの美味しい物も緊張で味がしないのだ。それに比べたら、今日のアップルパイは美味しい。

「ねぇビビアナ」

 三人でお茶を楽しんでいると、ふいにアンジェラが真面目な顔をした。
 たまご屋に来て、アンジェラがこういう顔をするのは珍しい。

「西のシェルム国に気をつけなさい」

「シェルム国って金の採掘で有名な?」

 確か先々代の国王がこの国の王女に一目惚れして、猛アタックの末に嫁入りした国だ。それ以来、両国の間は良好で、特に悪いウワサも聞かない国だ。

「最近、シェルム国の重鎮が、極秘でたまご屋を渡り歩いているって情報が入ったわ。
 この国にも来るかも知れない。
 すごく嫌な予感がするのよ」

「使い魔が欲しくて渡り歩いているだけかも知れませんよ」

 一つのたまご屋に何度も通うより、複数のたまご屋を訪れる方が、使い魔が決まる確率が上がる。それは契約している魔物がそれぞれ違うからだ。
 ビビアナの契約している魔物と相性が合わなくても、別のたまご屋の魔物と相性が合うかもしれない。

 ただ、たまご屋は圧倒的に数が少ない。一つの国に1~2店あるかどうかだ。
 現実的に考えて、たまご屋を渡り歩くのは非効率だ。

 けれど、その道を選ぶ人がいないとも言いきれない。

(旅人や行商人のお客様もいるしね……)

 そんな楽観的な考えが顔に出ていたのだろうか。アンジェラは深いため息をついた。

「私の嫌な予感は結構当たるのよ。気をつけなさいよ」

 




※※※※※※※※※※※※

お久しぶりです。
たまご屋、再開することになりました。
来月から、とりあえず週一で更新予定です。よろしくお願いします。
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