たまご屋の卵は何が生まれるか分からない

りんご飴

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使い魔達の運動会

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「お前は特殊な卵を孵す自信はあるか?」

 フンと鼻息を荒くして、ローブの男が言った。

「特殊な卵ですか……」

 一般的なたまごは白地に柄が入る。下地が色付きの卵は珍しく、生まれる魔物も希少種だ。強い魔物に契約紋を埋め込むことは、危険も伴うのだ。力量を誤り、命を落とすたまご屋も少なくない。

(特殊って言えば、スレイプニルを孵したことはあるけど……)

 スレイプニルの卵は、ミント色にオレンジ色の線が入った卵だった。あの時は純粋にビビアナの力だけではなかったから、自分が孵したとは言いにくい。

(あ、リュカの真っ黒な卵は……うん、絶対言わない方がいいな)

 魔王の卵だなんて、誰も信じないだろうし。

 返答に困った無言の間を、ローブの男は勝手に解釈したようだ。

「ふぅ。やはりお前のような若造には無理な話だな。アダモフ殿も何故、こんな小娘を推薦したのか……とんだ無駄足だったようだ」

 タンクがグルルルと低く唸る。
 ビビアナが気にしなくても、使い魔としては主人を馬鹿にされて嬉しい訳がない。ビビアナに直接危害がなければ、タンクが客を傷つけることはないけれど。

 ローブの男はさりげなく、他の男の後ろに隠れた。

「その犬を退けろ」

 横柄な態度をとる客はいる。あのアンジェラも最初は同じようなものだった。

「まったく…犬の躾も出来ないとは、たまご屋の質が分かるな」

 いやいや……そんなことを面と向かって言う、あなたの人間性がーーとはさすがに口に出せない。
 ビビアナは悪態を呑み込んで、かわりにニッコリと笑顔を向けた。

「ふふ。この子は優秀な使い魔ですよ。普通、主人が害されたら、噛みついてもおかしくありません。
 たまご屋に喧嘩を売るということは、そういうことです」

 物分かりの悪い客には、特別なおもてなしが必要な時もある。
 たまご屋に手を出したら危険だと知らしめないと。これはビビアナのたまご屋だけの問題ではない。世の中すべてのたまご屋の沽券に関わる問題だから。

 たまご屋を敵に回したらどうなるか、教える時間だ。


 ブワリと風が吹いた。


 狭い店内に、いくつもの空間の歪みが生まれる。

「ひっ……でたな! お、おい、お前達、何をしている! 私を守れ! この時の為にお前達を連れて来たをんだろうが!」

 おや? とビビアナは首を傾げた。

(あらら、この反応は、これから起こることを知っているみたい。どこかのたまご屋が既にお灸を据えたのかなぁ……。
 残念ね、全然懲りてなかったみたい。それとも、手加減したのかな)

 護衛を連れて来れば、対処できると思ったのだろうか。

(あ、もう一番乗りが来た)

 空間の歪みからヒラヒラと魔蝶が数頭出て来た。
 舞うように飛びながら、光る粉を撒き散らす。すると、狭い店内がグラリと揺らぎ、一瞬にして足元に穴が空いた。

「ひぃぃ!」

 男のひきつった悲鳴が響く。

 そこはもう、たまご屋の店内ではない。

 深い谷底に棟のようにそびえ立つ、高い岩の上。
 一歩でも動けば、数百メートル下の谷底にまっ逆さまな状況。
 ローブの三人はそこに立っていた。
 風がビュービュー音を立てて通りすぎる。

「ななななんだこれは……どうなっているんだ! お前達、私をしっかり支えろ!」

 もちろん本当の光景ではない。

 魔蝶の見せる幻覚だ。

 高いところで足がすくむのは、人間の本能的な状態だ。ぶるぶる足が震えているのは仕方がない。

「だ、大丈夫です。幻覚作用によるものです。気をしっかり持っていれば大丈夫なはず……」

 護衛の一人が、二人を支えながら言った。
 対処法としては正解だ。

(ふふふ、だけど魔蝶の幻覚ってなかなか強力なんだよね。そう簡単に抜け出せないんだから。
 ……っていうか、土台作りのセンスいいなぁ、うちの魔蝶達すご~~い!)

 小さな小さな魔蝶。
 一個体だけなら幻覚の発動に少し時間がかかり、発動範囲も狭い。また、精神力の強い人間には効かない場合もある。
 群れでいる場合、欠点はない。谷底の奥の奥まで、吹く風の温度も香りも、隙なくリアルだ。

(あ、次の子が来たみたい)

 別の歪みからニュルンと顔だけ除かせたのは、額に角がある魔亀の一種、宝石亀だ。
 眠そうな瞳が可愛い。

(あら、グレイプ!)

 名前の由来になったのは、今は見えない甲羅。粒々に散りばめられた紫色の宝石が綺麗で、まるで葡萄の様だったから。
 もう一年ほど姿を見ていなかったけど、元気そうだ。

 グレイプはビビアナをチラリと見ると、ゆっくりと口を大きく開けた。
 口の中からモワリとピンク色の煙の塊が出る。吹く風に反して、煙は男達を包んだ。

 岩の上で支え合う男達の身体がぐらぐら揺らぎだした。
 こんな状況でも、しきりに目をこすり欠伸を繰り返す。

(ふふ、グレイプの睡眠香は即効性抜群だから眠いね~~。でもね、こんな状況で寝たら……)

 睡魔に耐えきれずに、男達の身体がグラリと大きく揺れる。虚ろな目をこすりながら、護衛の二人は膝を着きつつ何とか耐えた。
 しかし、横柄な態度の男だけは、抗えなかった。瞼は完全に閉じ、意識を手放して頭が外側に反れる。その重みで足場の岩から身体が離れて行く。身体が岩場から落ちて行く。
 浮遊感に気付いたのか、パッと彼の落ち窪んだ目が開いた。慌てて目を開けた。もはや自分ではどうにもならない。

「ひぃぃ!!」

 重力は容赦なく彼の身体を谷底へと導く。
 溺れる者は藁をも掴むとか言うけれど、落ちて行く彼が掴んだのは、すぐ側で踞るように睡魔と戦っていた護衛の一人のローブだった。

「ーーーっ!?」

 屈強な護衛といえども、突然の不意打ちに抗うことは出来なかった。グイと背後に引っ張られた身体は、体勢を整える暇もなく、呆気なく宙に放り出された。

「ひゃぁぁ!! 落ちる!」

「くっ!!」

 落ちていく二人の様子をグレイプは眠そうな目でじっと見ていた。ほんの少し笑ったように感じたのは、ビビアナの気のせいだろうか。

(グレイプ……意外と楽しんでる? 大人しそうに見えて、そういうとこあるんだねぇ、意外性があって素敵よ)

 二人が落ちる瞬間、片膝をついて耐えていたもう一人の男が動いた。
 パシリと乾いた音がなり、ローブを引かれた男の手を掴んだ。
 二人分の重みに、彼の身体も引き摺られる。岩場に爪を立て、それでもズリズリと引き摺られる。岩場の端に身体全体でしがみつくようにして、動きが止まった。

(うわっ……やるわねぇ、あの人、二人分の重みを支えきった!)

 実際にはジリジリと重みに引き摺られている。

(この状況なら、及第点よね)

 チラリと上を見ると、次々と空間の歪みが開いている。ピョコリピョコリ顔を出す使い魔達は、自分の順番を待っているようで、お行儀がいい。
 自分の順番が来たと判断したのか、魔猿がピョンと飛び出た。

(えええ? あの子、炎の
……ダメダメダメダメ! 燃えちゃうから!)

 魔猿の炎は幻覚系ではない。攻撃特化の正真正銘の炎だ。
 広い空間のように見えるのは、魔蝶達の幻覚作用によるもので、ここはたまご屋の店内。燃やされたら困る。

(うわ、どうしよう。あの子、賢いのに……頭に血がのぼりやすいから)

 ビビアナの危機と知って完全に激怒している魔猿は、尻尾をブンブン振った。小さな火の粉が舞い、それが魔猿の毛に引火してボゥと身体が炎に包まれる。火ダルマ状態だ。

「ちょ、ちょっと待って! タネビちゃん!」

 火ダルマ状態のまま素早く走り出す。辺り一面に引火して、燃え広がるーーーことにはならなかった。

「こいつ、躾が必要だな」

 声変わりをすませた、甘い声色。少年期を脱した容貌の黒髪の青年が、魔猿の燃える尾を掴んでいた。
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