たまご屋の卵は何が生まれるか分からない

りんご飴

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巨大な卵7

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「あ、生まれた生まれた!」

 無邪気な声をあげたのは、失いかけた羽をパタパタと動かす少女だ。

「ぜ~んぜん生まれないから、どうしようかと思ったよ」

 彼女なりに心配していたのか。

「ワンちゃんの玩具のボール変わりに持って来たのはいいけどさ、ワンちゃんがビビっちゃって、全然遊ばないンだもん。邪魔にしかならなかった」

 ケラケラと笑ったマナは、どこからかボールを取り出してヒョイと空中に放った。するとボールは空中でピタリと止まった。

「ワンちゃんナイスキャッチ」

 何もなかった空中に、突然ボールを咥えた犬?が表れた。
 犬……と言っていいものか。身体は牛ほどの大きさがあり、何よりも頭が3つある。ボールを咥えた一番右の頭を、他の2つの頭が恨めしそうに見ていた。

「ケケケッケルベロス!?」

 思わず声をあげてしまったビビアナは、ハッと自分の口を押さえた。
 ケルベロスの3つの頭が一斉にビビアナを見る。

 ケルベロス。魔犬の最上位種。
 3つの頭を持ち、その性格は極めて獰猛だという。

(首に蛇がくっついてるって図鑑に載ってたけど……)

 首には蛇ではなく、ライオンの鬣のようなモフモフした毛が首回りをグルリと覆っている。
 タンクよりクリクリしたつぶらな瞳。

(な、なんて言うか……可愛い)
 
 何となく左側の頭の子は、女の子のような気がする。根拠はないけれど。

(フェニックスとケルベロス……たまご屋憧れの魔物が、家にいるなんて)

 天国の祖父と父親が見ていたら、鼻血を吹き出しているかもしれない。ビビアナでさえ地味に興奮して、体温が上がっているのだから。

 ケルベロスの鞭のような長い尻尾が左右に揺れるたびに、しなってビュンビュン音がするのは、少し怖い。あれにビシとやられたら、人間なら一発で骨粉々コースだろう。

(あ~~でも、どのくらいの威力か試してみたいな。大岩くらいならイケるかな)

 自分がどのくらい舞い上がっているのか自覚のないビビアナを正気に戻したのは、フォルカーだった。

「なんだ。この状況は……」

 呟いたフォルカーの声にハッとする。

 確かに異常な状況だった。

 生まれたばかりのフェニックスは既に立派な成体で、卵の中で縮まっていた羽を伸ばしながら念入りに毛繕いをしているし。
 突然現れたケルベロスは、リュカの手に完璧な『お手』をきめて、瞳をキラキラ輝かせているし。

 何だか和やかな雰囲気を破ったのは、フォルカーだった。
 何かを決したような固い表情でフェニックスの前に立つ。フェニックスはその存在に気付いているだろうに、黙々と毛繕いを続けているた。

「フェニックス……」

 チラとも見ない様子に、ぐっと拳を握る。

「……頼む。俺達と一緒に国に来てくれないか」

 頭を下げるフォルカーに構わず、フェニックスは毛繕いを続ける。
 まだ頭を上げないフォルカーは、毛繕いが終わるまでずっとそのままの体勢でいるつもりなのかもしれない。

 フォルカーが何かを抱えていることは分かる。
 関わりたくないと思って来たけれど、フェニックスに無視され続けている姿は気の毒だ。
 ビビアナは小さくタメ息をついた。
 リュカを見ると、リュカはちょうど森に向かって木の棒を力いっぱい放り投げているところだった。
 森の外まで飛びそうな勢いに驚いていると、ケルベロスが鞭のような尻尾をピュンピュンゆらしながら、木の棒を追いかけて行った。そのすぐ後にマナも飛んで行く。
 数秒後に木の棒を持って高笑いしながら戻って来たマナと、しょんぼり項垂れた3つの頭。

「よし、次は雲の上まで行って来い」

 木の棒を投げるリュカ。取って来るマナとケルベロス。

(…………楽しそうね)

 フォルカーとの落差が激しすぎる。

 フェニックスと意志疎通が出来そうなリュカはダメだ。完全に無関心だ。

 フェニックスが羽化した瞬間、名前をつけようとフォルカーは言った。たまご屋が羽化した魔物に契約紋を刻む時、名付けが鍵になっていることをフォルカーは知っている。知っていて、名付けろと言った。フェニックスを使役しようと。

「……フォルカーさん。フェニックスを使役して、どうするつもりだったんですか?」

「それは……」

 頭を下げたままで、ビビアナからは彼の表情は見えない。

「フェニックスは私には使役出来ません。人間との力の差が大きすぎるんです。彼女に契約紋を刻もうとしようものなら、跳ね返されて私は死んでいたでしょう」

「そんなっ!!」

 フォルカーが勢いよく頭を上げた。

 たまご屋の失敗のリスクが命だなんて、フォルカーは知らなかったはずだ。
 けれど彼は言い訳もせずに奥歯を噛む。

(まぁ、私がたまご屋の性に流されないで、しっかりしていたら問題なかったんだけど)

 マナが戯れにフェニックスの卵を人間に渡したように、また同じようなことがあるかもしれない。キャッキャと木の棒を持って来るマナを見ていると、そう思う。その時に他のたまご屋に無理難題を持ち掛けられても困る。
 何しろたまご屋と言う者は、困った性質を持っているようなので。

「すみません、店主……。それでもフェニックスを国に連れて行かなければ、妹が……。妹の病はフェニックスの羽でなければ治らないんだ」

 フォルカーの握りしめた拳から血が滴った。


 蓋を開けて見れば良くある話だ。

 フェニックスの羽は万病に効くという言い伝えがある。フェニックスを従わせたい権力者はたくさんいるだろう。
 病気の家族を盾にして、家臣に報酬をチラつかせて従わせるなんてこともあり得る。万病に効く羽は、それほどの価値がある。
 フォルカー以外の二人も同じような境遇らしい。

「だからあんなに必死で……」

 羽化する望みがないと言われても、世界中のたまご屋をまわることになっても、諦めるなんて出来なかったのだ。

「妹は今、国に人質に取られているんだ。
 頼む、フェニックス」

 真剣な思いはビビアナには伝わる。けれどフェニックスはフォルカーを見ることはなかった。

 重い空気が漂う中。

 ぷっ。ぷぷっ。

 場違いな笑い声が響いた。

「ぷっ。はははっ。お前は本当に争いの元だな」

「ちょっと、リュカ!」

 茶化すリュカに、ついにフェニックスの毛繕いは止まった。

「定期的に同じ事が起こるんだよ。人間って本当に進歩ないよねぇ」

 軍を率いて羽をむしり取ろうとした国もあった。
 若い女を100人生け贄に差し出すと言った愚王もいた。
 勝手にフェニックスをめぐって滅んだ国も、一つや二つではない。

「万病に効くなんて嘘っぱちなんだけどね」

 その言葉に、フォルカーは静かに目を瞑る。
 万病に効くという言い伝えは、所詮言い伝えだ。真実なんて分からない。もしかしたら……と弱気な考えを、何度も頭の片隅に追いやった。
 信じたかった。
 誰が否定しても。

「俺は…………信じている」

 祈るように呟いたフォルカーの声に、ピクリとフェニックスの飾り羽が動く。

「でもさ、馬鹿には効かなかったよ?」

 クワッッ!!

 甲高い声でフェニックスが鳴いた。





 
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