幼馴染みが記憶トレーニングと称して、いやらしく俺に触れてくるんだが。

ことりさん

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目指せ大会優勝!

好きか嫌いかはっきりしろ

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 取材の後、一旦解散した四人は翌朝、合宿のために再び顔を合わせた。
 ここからが本番だ。恵吾にとっては大会優勝のために重要な期間となるだろう。

「皆、昨日はお疲れ様だったね」
「先生、あんなことするって最初から知っていれば俺はこの話、下りていましたよまったく……」
 東條が恨みを込めてそう言った。

「まあまあ、過ぎたことはいいじゃねーか、今日から合宿なんだから仲良くやろう」
「翔ちゃんがそれを言うのかよ……」
「ん? 恵吾、なんだって?」
「いや別に、早く続けてよ」
「うむ、では決勝の団体戦、暗記問題の担当について話そう。まずは恵吾」
「はい」
「君には、物品暗記を担当してもらう」
「へーい」
「一定時間、目の前に置かれた物品の名前、色、形、位置などを記憶してもらう課題だ。ということでこれからの一週間は、これ、対策問題を作ったのでやってくれ」
「がんばりまーす」

「次に三ノ宮」
「はい」
「君は文章暗記」
「はい」
「たぶん文学作品とか新聞の記事とかそういうものが出題されると思う。丸暗記できればそれに越したことはないが、単語や接続詞を拾う加点方式だから、耳で聞き取った情報を洩らさない練習をしてくれ」
「はい」
「落語の一節が、出るかもしれないな」
「それなら簡単過ぎます、古典落語はほとんど暗記していますから」
 三ノ宮が初めて男らしく見える。

「東條」
「はい」
「東條は、数字の逆唱だ」
「はい」
「これが結構、集中力を削られる」
「俺、結構数字好きっす」
「じゃあ、もっと数字を愛せ。後はいつものように耳を鍛えてくれ」
「うっす」

「最後は佐野」
「はい」
「君には単語の暗記」
「はい」
「物品暗記と同じ形式で出題されるが物品に比べて数が多く、色や形などのヒントとなる情報がない分、かなり難しくなると思うけれど、できるな?」
「やってみます」
「一面の情報を、シャッター切るみたいに焼きつける」
「はい」



 大会についての具体的な説明を受けると、今さらながら学園代表というプレッシャーが圧し掛かって来た。
 仕方のないことだが、恵吾にだけ宿題がたっぷり用意されていた。他の皆は自分たちで対策を練ることができると踏んでのことだ。
 宿題の束をぱらぱらと捲って溜息を付く恵吾を横目で見ながら、佐野が笑った。

(う~潤はこんなときも余裕だな……ってか俺だけかな緊張してんの……)

(自信がほしい……その前に集中力がほしい~)

 部屋に戻ると、恵吾は早速、その宿題に取りかかった。

「ふむふむ……」



「……」






「……」







「……なんだ……けっこうできてるぞ」



 夏休みまで続いていた佐野の指導のお陰か、恵吾は想像以上に手応えを感じている自分に驚いた。

「やっぱ、潤ってすげぇな」

 そのときだった。
 佐野が部屋に戻ってきた。 

「恵吾、感心だな。東條たちが風呂先に入れってさ」
「お、もうそんな時間か? ああっと……お前先にいいぞ、いま中途半端な問題あっから」
「わかった、じゃあ先に入って来るね」
「いってらっさーい」

 佐野とは、あれから別に変わったことはない。

「そーいや今日からしばらく潤と同じ部屋なんだよな……」

 考え出すともうだめで、さっきまでの集中力は一瞬で切れてしまった。
 恵吾は、ベッドに横になり何気なく鞄の中から一冊の本を取り出し、読み始めた。それは試験前に佐野から渡された本、『雪国』だった。
 純文学なんて、今までちゃんと読んだことのなかった恵吾だったが、この『雪国』は、意味が分からない表現があっても自然と頁が進んだ。
 もう少しで、読み終える。
 初めての小説が、佐野が提示したものだったせいか、主人公の島村の顔にどうしても佐野の姿を重ねてしまう。女の体の中に触れた左手の人差し指だけが女をなまめかしく覚えている、という描写を、読んだとき、長谷部が想像したのはやはり佐野の長くて綺麗な指だった。

(なんか、俺の方こそ、潤のこと過剰に意識しちゃってないか……)

 頭を左右にぶんぶんと振り、再び読書に専念しようとしていた。
 そのときだった、部屋のドアが開き、佐野が風呂から上がって戻って来た。

――ガチャ。

「あれ、もう上がったの? 早えーな」
「俺、長湯したら逆上せるだよ。 それより恵吾、お腹出てる……風邪引くよ」
「お、おお、暑くてさ。へへ」
「クーラー付ければよかったのに。あ、それ読んでるんだね」
 そう言って佐野は『雪国』が握られている右腕に顔を近付けるようにして屈んだ。

(あ、潤の指だ……)
 それは、恵吾にとってまったくの無意識だった。絶対に本のせいだ。恵吾は手を伸ばせば届く距離にある佐野の右手の人差し指に手を伸ばしていた。

(な! なに、やってんだ、俺)

「ご、ごめん。ほら、雪国でさ、こういうシーンあるじゃん! 今ちょうど読んでたから……」

 驚いた様子の佐野だったが、恵吾が手を離す前に、
「右じゃない、こっちだよ」
 と、にこりと笑って恵吾の掌からの間から自分の指を抜いて、左の人差し指を差し出した。

「は、ははは……なにやってんだろ、俺。自分にびっくりした~」
「びっくりしたのは、俺の方だよ」

 二人は暫く笑い合った。思えば、こうやって笑い合ったのはすごく久しぶりのような気がする。こうやって笑った後は、どうするんだっけ……早く考えないと、笑いはやがて止んで、沈黙が訪れてしまう。


「……」



 ほら。
 なぜだろう、恵吾の顔は一瞬で紅潮した。
 そんな恵吾の反応をじっと見つめている佐野は、両手で恵吾の両手首を掴み、自分の方へ一気に引き寄せた。その勢いで恵吾はベッドから上体を起こされ、佐野に寄りかかる姿勢になってしまった。

「誘ってんの? そうじゃないよね?」
「え……」

 佐野はそのまま、恵吾に顔を近付けて口づけをした。
 最初は軽く、優しく。
 佐野の唇はひんやりと冷たくて気持ち良い。不思議とイヤな気持ちは起きず、恵吾は雪国の魔法にかかったかのようにその体を佐野に任せていた。
 佐野は次第に激しく、恵吾の唇を食むように何度も口づけをした。

(なんだろう……やめろって言いたいのに……体中が熱くて、酔いそうだ)


 その快感は暫く続いた後、突然終わった。
 佐野が顔を離したのだった。そして恵吾から少し離れた場所に座り込み何やら考え込んでいるようだった。

「恵吾はさ、拒絶もしないし、答えもくれないんだ」
「潤……答えっつったって、一体何を、何に答えろって言うんだよ!」
「俺、これで三回も、恵吾にキスしたんだよ」

「……」

「なかったことに、しないでよ」

「……」

「じゃあ、もう逃がさないよ。俺、恵吾が好きだ」
「潤……」
「恵吾はどうなの? 俺のこと嫌い? こうやってキスしても許すの? それとも他の人でも許すの?」
「ごめん、俺、本当に自分の気持ちが分からないんだ、潤とはこういうことしても不思議と嫌じゃなかった。だからって……俺ら男同士だぞ、おかしいだろ、答えって何だよ」

 混乱している恵吾の語尾は自然と強くなる。

「……好きか嫌いかなんて、簡単じゃないか。それをいつまで経っても分からないふりを続けるなんて、恵吾は残酷だな。俺がどんな気持ちで恵吾から離れたかなんて、恵吾は考えもしなかったんだね」
「ご、ごめん、俺……」
「恵吾、風呂行っておいでよ」
「……うん」


 恵吾は風呂道具を持って部屋を出ていった。そうするしかなかった。


 風呂から上がって暫くは部屋に戻る気になれず、リビングで時間を潰していたら、林がやって来た。
 少し話してから部屋に戻ると、佐野はもう眠っているようだった。


(どうして皆、簡単にできることが、俺にはできないんだ。佐野にあんな顔をさせて、最低だな、俺)

 恵吾はベッドに入ってもなかなか眠りに就くことができなかった。 



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