17 / 48
いちおう、新婚
宮廷の庭園で
しおりを挟む
ぽかぽかと小春日和のその日、宮廷の庭園を散歩するルイーズ王女の供をしていたクロードは、思わぬ人物と出くわした。
結婚して五ヶ月近く経つのにほとんど顔を合わせていなかった新妻アリスだ。
アリスは王太子妃と連れ立って歩いていて、その後に侍女と護衛騎士たちが続いていた。
どうやら、庭園の中心にあるガゼボから戻って来る途中らしい。
秋の庭園は色とりどりの花に彩られ、その間を花にも負けない美しい女性が二人歩いている。
「お義姉様!」
王太子妃の姿を見つけたルイーズ王女は彼女たちに声をかけた。
王太子の妹であるルイーズ王女にとって、王太子妃は義姉にあたる。
「あら、ルイーズ。お散歩ですか?」
「ええ、お義姉様はお茶会でしたの?」
「ええ、お友達が来てくれたから」
「まぁ、お二人で?」
ルイーズは珍しいこともあるものだと連れの女性の顔を見た。
王太子妃は時々こうして庭でお茶会を催しているが、数人呼ぶことが多く、客が一人というのは珍しい。
よっぽど仲の良い友人なのだろうと興味を持って見れば、今まで見たこともないような美しい女性だった。
「私の長年の友人、サンフォース伯爵アリスよ」
「…はじめまして、ルイーズよ」
「お目にかかれて光栄です、王女殿下」
アリスはにっこりと微笑み、優雅な仕草でカーテシーを披露した。
その美しい姿に、ルイーズのお付きの者たちも見惚れている。
「サンフォース伯爵…?あなた、爵位持ちなの?夫人ではなくて?」
「はい、私は、」
「ええ。アリスは女伯爵なの。若い女性ながら、立派に責務を果たしているのよ」
自慢の友人なのか、得意げにそう答えたのは王太子妃だ。
「サンフォース…って、聞いたことあるわね…。ねぇ、クロード…」
後ろに控えていたクロードを振り返って、ルイーズは言葉を切った。
クロードが、目を見開いてアリスを見つめていたからだ。
(まさか、彼女に見惚れているの⁈)
ルイーズの胸にもやっとしたものが広がり、つい苛立たしげに声をかける。
「クロードってば、聞いているの?」
「はっ、申し訳ありません」
クロードはそう謝りながらも、視線をアリスから離せなかった。
アリスもまた、クロードを見つめている。
その顔は僅かに口角を上げて微笑んでいるようにも見えるが、どことなく困ったような笑顔にも見える。
「…ルイーズ、貴女の護衛騎士クロードは、アリスの旦那様なのよ?」
王太子妃が嗜めるようにルイーズに告げると、彼女は目を大きく見開いた。
「クロードの…、奥様…?」
「…ご挨拶が遅れて申し訳ありません、王女殿下。主人が大変お世話になっております」
「そう、貴女が…」
ルイーズはサッと踵を返すと、「クロード、行くわよ」と声をかけた。
「はい、王女殿下。では失礼致します、王太子妃殿下」
「待ってクロード。今日の勤務はいつまでなの?」
王太子妃に呼び止められ、ルイーズに続こうとしていたクロードはそのまま立ち止まった。
「王女殿下をお部屋にお送りしたら夕勤の者と交替致します」
「まぁ。ではそれまでにアリスを解放しますから、一緒にお帰りなさいな」
「え⁈」
「は⁈」
クロードとアリス、二人の声が同時に重なる。
お互いの顔を見合わせれば、同じように目を丸くしている。
「お義姉様、クロードは私の騎士ですのよ。勝手なことをなさらないでくださいませ」
向こうに行きかけたルイーズが戻ってきて、王太子妃に文句を言った。
「あらどうして?いくら貴女の騎士だからって、勤務を終えた者を拘束は出来ないでしょう?」
王宮所属の騎士の勤めは意外とホワイトなのだ。
きちんと交替勤務になっているし、時間外も滅多にさせないようにしている。
命をかける仕事であり体が資本の職務だから、ちゃんと休むことも仕事のうちなのだ。
「…わかっていますわ」
ルイーズは頬をぷうっと膨らませると、今度こそ踵を返して行ってしまった。
その後ろを、クロードたち護衛騎士が慌ててついて行く。
ルイーズの背中を見送った王太子妃は一つため息をつくと、アリスを振り返って困ったように笑った。
「ごめんなさいねアリス。末娘だし、隣国に嫁がせることもあって、両陛下はルイーズを甘やかし放題なの。そのせいでどんどんわがままになっちゃって…」
「大丈夫ですわ、妃殿下。それより…」
その後の言葉を飲み込んで、アリスはちょっと王太子妃を睨んで見せた。
一緒に帰れなどと、全く余計なお節介を焼いてくれたものである。
「妃殿下なんて他人行儀な呼び方はやめてちょうだい、アリス」
実は王太子妃ゾフィーはアリスとは祖母同士が姉妹の、はとこにあたる。
幼い頃から交流があり、三つ年上のゾフィーは妹のようにアリスを可愛がってくれ、兄弟がいないアリスもまた、彼女を姉のように慕っていた。
公爵令嬢だったゾフィーは十八歳で王太子に嫁ぎ、すでに三人の子の母親でもある。
「縁あって夫婦になったのだから、少しは歩み寄る努力をしてみたらどう?」
そう言って苦笑するゾフィーに、アリスも苦笑で返す。
詳しく話してはいないが、アリスとクロードの夫婦仲など、ゾフィーにはお見通しなのだろう。
歩み寄るも何も、二人はすでに別々の方向を向いて交わることなどないだろうと思われる。
しかし、政略結婚でありながら立派に王太子に寄り添っているゾフィーに愚痴を言ったって、自分が恥をかくだけだ。
「…お心遣い、ありがとうございます」
アリスがそう言うと、ゾフィーは満足そうに微笑んだ。
結婚して五ヶ月近く経つのにほとんど顔を合わせていなかった新妻アリスだ。
アリスは王太子妃と連れ立って歩いていて、その後に侍女と護衛騎士たちが続いていた。
どうやら、庭園の中心にあるガゼボから戻って来る途中らしい。
秋の庭園は色とりどりの花に彩られ、その間を花にも負けない美しい女性が二人歩いている。
「お義姉様!」
王太子妃の姿を見つけたルイーズ王女は彼女たちに声をかけた。
王太子の妹であるルイーズ王女にとって、王太子妃は義姉にあたる。
「あら、ルイーズ。お散歩ですか?」
「ええ、お義姉様はお茶会でしたの?」
「ええ、お友達が来てくれたから」
「まぁ、お二人で?」
ルイーズは珍しいこともあるものだと連れの女性の顔を見た。
王太子妃は時々こうして庭でお茶会を催しているが、数人呼ぶことが多く、客が一人というのは珍しい。
よっぽど仲の良い友人なのだろうと興味を持って見れば、今まで見たこともないような美しい女性だった。
「私の長年の友人、サンフォース伯爵アリスよ」
「…はじめまして、ルイーズよ」
「お目にかかれて光栄です、王女殿下」
アリスはにっこりと微笑み、優雅な仕草でカーテシーを披露した。
その美しい姿に、ルイーズのお付きの者たちも見惚れている。
「サンフォース伯爵…?あなた、爵位持ちなの?夫人ではなくて?」
「はい、私は、」
「ええ。アリスは女伯爵なの。若い女性ながら、立派に責務を果たしているのよ」
自慢の友人なのか、得意げにそう答えたのは王太子妃だ。
「サンフォース…って、聞いたことあるわね…。ねぇ、クロード…」
後ろに控えていたクロードを振り返って、ルイーズは言葉を切った。
クロードが、目を見開いてアリスを見つめていたからだ。
(まさか、彼女に見惚れているの⁈)
ルイーズの胸にもやっとしたものが広がり、つい苛立たしげに声をかける。
「クロードってば、聞いているの?」
「はっ、申し訳ありません」
クロードはそう謝りながらも、視線をアリスから離せなかった。
アリスもまた、クロードを見つめている。
その顔は僅かに口角を上げて微笑んでいるようにも見えるが、どことなく困ったような笑顔にも見える。
「…ルイーズ、貴女の護衛騎士クロードは、アリスの旦那様なのよ?」
王太子妃が嗜めるようにルイーズに告げると、彼女は目を大きく見開いた。
「クロードの…、奥様…?」
「…ご挨拶が遅れて申し訳ありません、王女殿下。主人が大変お世話になっております」
「そう、貴女が…」
ルイーズはサッと踵を返すと、「クロード、行くわよ」と声をかけた。
「はい、王女殿下。では失礼致します、王太子妃殿下」
「待ってクロード。今日の勤務はいつまでなの?」
王太子妃に呼び止められ、ルイーズに続こうとしていたクロードはそのまま立ち止まった。
「王女殿下をお部屋にお送りしたら夕勤の者と交替致します」
「まぁ。ではそれまでにアリスを解放しますから、一緒にお帰りなさいな」
「え⁈」
「は⁈」
クロードとアリス、二人の声が同時に重なる。
お互いの顔を見合わせれば、同じように目を丸くしている。
「お義姉様、クロードは私の騎士ですのよ。勝手なことをなさらないでくださいませ」
向こうに行きかけたルイーズが戻ってきて、王太子妃に文句を言った。
「あらどうして?いくら貴女の騎士だからって、勤務を終えた者を拘束は出来ないでしょう?」
王宮所属の騎士の勤めは意外とホワイトなのだ。
きちんと交替勤務になっているし、時間外も滅多にさせないようにしている。
命をかける仕事であり体が資本の職務だから、ちゃんと休むことも仕事のうちなのだ。
「…わかっていますわ」
ルイーズは頬をぷうっと膨らませると、今度こそ踵を返して行ってしまった。
その後ろを、クロードたち護衛騎士が慌ててついて行く。
ルイーズの背中を見送った王太子妃は一つため息をつくと、アリスを振り返って困ったように笑った。
「ごめんなさいねアリス。末娘だし、隣国に嫁がせることもあって、両陛下はルイーズを甘やかし放題なの。そのせいでどんどんわがままになっちゃって…」
「大丈夫ですわ、妃殿下。それより…」
その後の言葉を飲み込んで、アリスはちょっと王太子妃を睨んで見せた。
一緒に帰れなどと、全く余計なお節介を焼いてくれたものである。
「妃殿下なんて他人行儀な呼び方はやめてちょうだい、アリス」
実は王太子妃ゾフィーはアリスとは祖母同士が姉妹の、はとこにあたる。
幼い頃から交流があり、三つ年上のゾフィーは妹のようにアリスを可愛がってくれ、兄弟がいないアリスもまた、彼女を姉のように慕っていた。
公爵令嬢だったゾフィーは十八歳で王太子に嫁ぎ、すでに三人の子の母親でもある。
「縁あって夫婦になったのだから、少しは歩み寄る努力をしてみたらどう?」
そう言って苦笑するゾフィーに、アリスも苦笑で返す。
詳しく話してはいないが、アリスとクロードの夫婦仲など、ゾフィーにはお見通しなのだろう。
歩み寄るも何も、二人はすでに別々の方向を向いて交わることなどないだろうと思われる。
しかし、政略結婚でありながら立派に王太子に寄り添っているゾフィーに愚痴を言ったって、自分が恥をかくだけだ。
「…お心遣い、ありがとうございます」
アリスがそう言うと、ゾフィーは満足そうに微笑んだ。
169
あなたにおすすめの小説
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
忙しい男
菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。
「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」
「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」
すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。
※ハッピーエンドです
かなりやきもきさせてしまうと思います。
どうか温かい目でみてやってくださいね。
※本編完結しました(2019/07/15)
スピンオフ &番外編
【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19)
改稿 (2020/01/01)
本編のみカクヨムさんでも公開しました。
真実の愛がどうなろうと関係ありません。
希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令息サディアスはメイドのリディと恋に落ちた。
婚約者であった伯爵令嬢フェルネは無残にも婚約を解消されてしまう。
「僕はリディと真実の愛を貫く。誰にも邪魔はさせない!」
サディアスの両親エヴァンズ伯爵夫妻は激怒し、息子を勘当、追放する。
それもそのはずで、フェルネは王家の血を引く名門貴族パートランド伯爵家の一人娘だった。
サディアスからの一方的な婚約解消は決して許されない裏切りだったのだ。
一ヶ月後、愛を信じないフェルネに新たな求婚者が現れる。
若きバラクロフ侯爵レジナルド。
「あら、あなたも真実の愛を実らせようって仰いますの?」
フェルネの曾祖母シャーリンとレジナルドの祖父アルフォンス卿には悲恋の歴史がある。
「子孫の我々が結婚しようと関係ない。聡明な妻が欲しいだけだ」
互いに塩対応だったはずが、気づくとクーデレ夫婦になっていたフェルネとレジナルド。
その頃、真実の愛を貫いたはずのサディアスは……
(予定より長くなってしまった為、完結に伴い短編→長編に変更しました)
【完結】探さないでください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
私は、貴方と共にした一夜を後悔した事はない。
貴方は私に尊いこの子を与えてくれた。
あの一夜を境に、私の環境は正反対に変わってしまった。
冷たく厳しい人々の中から、温かく優しい人々の中へ私は飛び込んだ。
複雑で高級な物に囲まれる暮らしから、質素で簡素な物に囲まれる暮らしへ移ろいだ。
無関心で疎遠な沢山の親族を捨てて、誰よりも私を必要としてくれる尊いこの子だけを選んだ。
風の噂で貴方が私を探しているという話を聞く。
だけど、誰も私が貴方が探している人物とは思わないはず。
今、私は幸せを感じている。
貴方が側にいなくても、私はこの子と生きていける。
だから、、、
もう、、、
私を、、、
探さないでください。
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
あなたに嘘を一つ、つきました
小蝶
恋愛
ユカリナは夫ディランと政略結婚して5年がたつ。まだまだ戦乱の世にあるこの国の騎士である夫は、今日も戦地で命をかけて戦っているはずだった。彼が戦地に赴いて3年。まだ戦争は終わっていないが、勝利と言う戦況が見えてきたと噂される頃、夫は帰って来た。隣に可愛らしい女性をつれて。そして私には何も告げぬまま、3日後には結婚式を挙げた。第2夫人となったシェリーを寵愛する夫。だから、私は愛するあなたに嘘を一つ、つきました…
最後の方にしか主人公目線がない迷作となりました。読みづらかったらご指摘ください。今さらどうにもなりませんが、努力します(`・ω・́)ゞ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる