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蜜月、やり直し
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「帰りたくないわ」
寝室のベッドの上で、コンスタンスはポツリとこぼした。
明日、オレリアンとコンスタンスはヒース領を発って王都へ戻る。
王都に戻ったら、もちろんコンスタンスは実家ではなくオレリアンの邸であるヒース侯爵邸について行くつもりだ。
夫婦なのだから当然だし、今まで通り、ずっと夫の側にいたいと思う。
だが、どうやら夫は王都に戻ったらとても忙しいらしく、それは覚悟していて欲しいと言われてしまった。
2ヶ月も休暇を取ったこともあるが、王太子の成婚が主な理由らしい。
ヒース領での生活は、本当に楽しかった。
領民も使用人も皆あたたかく、長閑な景色の中、毎日日が暮れるまで遊んだ。
大好きな夫はほとんど一緒にいてくれて、外に連れ出してくれて、遊んでくれて、毎日笑って過ごした。
王都へ戻っても一緒にいることに変わりはないが、今までのような生活が出来なくなるのは寂しいと思う。
「俺だって、戻りたくないよ。
だから、また一緒に来よう、コニー」
オレリアンはそう言って妻の髪を撫でた。
いつものように優しい目でコンスタンスを見つめている。
「ホントに?
また連れてきてくれる?」
「ああ、もちろん」
「約束よ」
コンスタンスは夫の首に抱きついた。
オレリアンが、そっと妻の体を抱きしめる。
いつもならこの後おでこにキスをして、寝る態勢に持っていく夫が、コンスタンスを抱きしめたままジッとしている。
でもその抱きしめる腕の強さは、だんだん強くなっていくようだ。
不思議に思ったコンスタンスが彼の腕の中から見上げると、オレリアンは今まで見たことがないほど、不安げに瞳を揺らしていた。
「オレール…、どうしたの?」
コンスタンスにたずねられ、オレリアンは苦笑する。
王都に戻るのが嫌なのは、不安に思っているのは、本当は自分の方なのだと。
王都に戻れば、嫌でもコンスタンスは世間に晒される。
刺激が多ければ多いほど、記憶が戻る可能性も高まるだろう。
本当は、誰の目にも晒したくない。
このまま自分の腕の中だけで、大事に大事に守っていってやりたいのに…。
だからと言って、このまま彼女を領や邸に閉じ込めておいていい道理はない。
彼女の実家にも2ヶ月と約束したし、元々それを言い出したのは自分だ。
「貴女は記憶を取り戻しても、こうして俺を慕ってくれるのかな。
俺を、夫と思ってくれるのかな」
思わずこぼしてしまった呟きに、コンスタンスはキョトンと首を傾げた。
「どういうこと?
オレールは私の旦那様でしょう?」
「そうだよ、そうだ。そうなんだけど…。
今こうしていることを、忘れてしまったりしないかな?
俺を好きだと言ってくれたことも、一緒にいたいと言ってくれたことも、忘れてしまわないかな」
オレリアンの目は、とても悲しげに見えた。
夫は時々こんな目で私を見る…。
コンスタンスはそう思ったら、急に悲しくなって、夫にギュッと抱きついた。
「嫌よ、嫌。
だったら私、記憶なんて戻らなくていい。
大人になんてならなくていい。
このままでいいわ!」
コンスタンスに叫ばれ、オレリアンはハッとした。
自分の不安を吐き出して、妻を不安にさせてどうするのだ。
「コニー、ごめ…」
「私は忘れないもの!
だってオレールが大好きだもの!」
コンスタンスの涙で、オレリアンの肩が濡れていく。
「ごめんコニー。
情けないこと言って、ごめん」
オレリアンは妻の顔を上げさせると、自分の指でそっと涙を拭ってやった。
「俺も好きだよ、コニー。
貴女だけが、ずっと大好きだ」
「オレール…」
オレリアンの蒼い目が自分を優しく見つめている。
彼に見つめられると、体が熱くなって、胸がギュウッと痛くなる。
リアに言わせると、コンスタンスはまだ子供だから、彼女のオレリアンに対する『好き』は保護者に対する好意で、そんなの『恋』じゃないと言う。
でも、『恋』じゃなきゃ、この胸の痛みはなんなの?
彼に見つめられると体が熱くなるのはなんでなの?
彼が他の女の子と話してるとイライラするのは何故なの?
「好き。大好きよ、オレール」
コンスタンスは思い余って、オレリアンの首に抱きつくと、その唇に自分の唇を重ねた。
驚いたオレリアンは目を丸くして、されるがままに固まった。
コンスタンスの唇が離れた後も、絶句したままだ。
「オレール?」
「コニー…、なんてことを…」
「どうして?
夫婦なのにキスしちゃダメなの?」
「そうじゃなくて…」
オレリアンは右手で口を覆い、顔を真っ赤にした。
「じゃあ、女の子の方からキスしちゃダメなの?」
「いや…、その…」
しどろもどろのオレリアンに、コンスタンスはにっこり笑う。
「じゃあ次はオレールからして?」
目を閉じ、唇を突き出す妻に、夫はさらに真っ赤になった。
ヒース領での最後の夜は更けてゆく。
腕の中でスヤスヤと眠る可愛い妻の寝顔を見つめ、オレリアンは微笑んだ。
オレリアンは今、本当に、心の底から幸せだった。
明日には王都に戻るが、絶対に妻を離さないと心に誓っていた。
例え彼女の記憶が戻ったとしても。
例えどんなに妻の実家が彼女を返せと言ってきても。
例え…、離縁するよう王命が下ろうとも、コニーを離さないと。
ー生涯、俺の妻はコニー1人だー
オレリアンは妻の額に口付けると、静かに目を閉じた。
こうして、ヒース侯爵夫妻の2ヶ月に渡る蜜月ともいうべき日々は、終わりを告げたのである。
寝室のベッドの上で、コンスタンスはポツリとこぼした。
明日、オレリアンとコンスタンスはヒース領を発って王都へ戻る。
王都に戻ったら、もちろんコンスタンスは実家ではなくオレリアンの邸であるヒース侯爵邸について行くつもりだ。
夫婦なのだから当然だし、今まで通り、ずっと夫の側にいたいと思う。
だが、どうやら夫は王都に戻ったらとても忙しいらしく、それは覚悟していて欲しいと言われてしまった。
2ヶ月も休暇を取ったこともあるが、王太子の成婚が主な理由らしい。
ヒース領での生活は、本当に楽しかった。
領民も使用人も皆あたたかく、長閑な景色の中、毎日日が暮れるまで遊んだ。
大好きな夫はほとんど一緒にいてくれて、外に連れ出してくれて、遊んでくれて、毎日笑って過ごした。
王都へ戻っても一緒にいることに変わりはないが、今までのような生活が出来なくなるのは寂しいと思う。
「俺だって、戻りたくないよ。
だから、また一緒に来よう、コニー」
オレリアンはそう言って妻の髪を撫でた。
いつものように優しい目でコンスタンスを見つめている。
「ホントに?
また連れてきてくれる?」
「ああ、もちろん」
「約束よ」
コンスタンスは夫の首に抱きついた。
オレリアンが、そっと妻の体を抱きしめる。
いつもならこの後おでこにキスをして、寝る態勢に持っていく夫が、コンスタンスを抱きしめたままジッとしている。
でもその抱きしめる腕の強さは、だんだん強くなっていくようだ。
不思議に思ったコンスタンスが彼の腕の中から見上げると、オレリアンは今まで見たことがないほど、不安げに瞳を揺らしていた。
「オレール…、どうしたの?」
コンスタンスにたずねられ、オレリアンは苦笑する。
王都に戻るのが嫌なのは、不安に思っているのは、本当は自分の方なのだと。
王都に戻れば、嫌でもコンスタンスは世間に晒される。
刺激が多ければ多いほど、記憶が戻る可能性も高まるだろう。
本当は、誰の目にも晒したくない。
このまま自分の腕の中だけで、大事に大事に守っていってやりたいのに…。
だからと言って、このまま彼女を領や邸に閉じ込めておいていい道理はない。
彼女の実家にも2ヶ月と約束したし、元々それを言い出したのは自分だ。
「貴女は記憶を取り戻しても、こうして俺を慕ってくれるのかな。
俺を、夫と思ってくれるのかな」
思わずこぼしてしまった呟きに、コンスタンスはキョトンと首を傾げた。
「どういうこと?
オレールは私の旦那様でしょう?」
「そうだよ、そうだ。そうなんだけど…。
今こうしていることを、忘れてしまったりしないかな?
俺を好きだと言ってくれたことも、一緒にいたいと言ってくれたことも、忘れてしまわないかな」
オレリアンの目は、とても悲しげに見えた。
夫は時々こんな目で私を見る…。
コンスタンスはそう思ったら、急に悲しくなって、夫にギュッと抱きついた。
「嫌よ、嫌。
だったら私、記憶なんて戻らなくていい。
大人になんてならなくていい。
このままでいいわ!」
コンスタンスに叫ばれ、オレリアンはハッとした。
自分の不安を吐き出して、妻を不安にさせてどうするのだ。
「コニー、ごめ…」
「私は忘れないもの!
だってオレールが大好きだもの!」
コンスタンスの涙で、オレリアンの肩が濡れていく。
「ごめんコニー。
情けないこと言って、ごめん」
オレリアンは妻の顔を上げさせると、自分の指でそっと涙を拭ってやった。
「俺も好きだよ、コニー。
貴女だけが、ずっと大好きだ」
「オレール…」
オレリアンの蒼い目が自分を優しく見つめている。
彼に見つめられると、体が熱くなって、胸がギュウッと痛くなる。
リアに言わせると、コンスタンスはまだ子供だから、彼女のオレリアンに対する『好き』は保護者に対する好意で、そんなの『恋』じゃないと言う。
でも、『恋』じゃなきゃ、この胸の痛みはなんなの?
彼に見つめられると体が熱くなるのはなんでなの?
彼が他の女の子と話してるとイライラするのは何故なの?
「好き。大好きよ、オレール」
コンスタンスは思い余って、オレリアンの首に抱きつくと、その唇に自分の唇を重ねた。
驚いたオレリアンは目を丸くして、されるがままに固まった。
コンスタンスの唇が離れた後も、絶句したままだ。
「オレール?」
「コニー…、なんてことを…」
「どうして?
夫婦なのにキスしちゃダメなの?」
「そうじゃなくて…」
オレリアンは右手で口を覆い、顔を真っ赤にした。
「じゃあ、女の子の方からキスしちゃダメなの?」
「いや…、その…」
しどろもどろのオレリアンに、コンスタンスはにっこり笑う。
「じゃあ次はオレールからして?」
目を閉じ、唇を突き出す妻に、夫はさらに真っ赤になった。
ヒース領での最後の夜は更けてゆく。
腕の中でスヤスヤと眠る可愛い妻の寝顔を見つめ、オレリアンは微笑んだ。
オレリアンは今、本当に、心の底から幸せだった。
明日には王都に戻るが、絶対に妻を離さないと心に誓っていた。
例え彼女の記憶が戻ったとしても。
例えどんなに妻の実家が彼女を返せと言ってきても。
例え…、離縁するよう王命が下ろうとも、コニーを離さないと。
ー生涯、俺の妻はコニー1人だー
オレリアンは妻の額に口付けると、静かに目を閉じた。
こうして、ヒース侯爵夫妻の2ヶ月に渡る蜜月ともいうべき日々は、終わりを告げたのである。
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