彼と彼とが、眠るまで。

寺谷まさとみ

文字の大きさ
26 / 26

記録の消失

しおりを挟む
――手のひらからこぼれた何かを、ずっと探している。

 それがなんなのかは、わからない。まばゆくもあったような、けれども、ただ優しいだけのものでもないような。
 ある日、ふと気がつく。
 がいることに。
 そして理解する。
 自らに与えられた使命と、その役割を。
 それまで茫洋としていた思考がとつぜんに輪郭を帯びる。混沌から生まれ出たように、線を引いて切り分けられたは、明確な思考と使命を持ちながらも、本来あるべきカタチではないのだと認識した。けれどもこの認識にまつわる一連の思考感情は、与えられた目的のために、さほど重要な意味をなさない。
 必要なのは、ことだった。
 明確。
 そうして、また歩きはじめた。

 世界は幾度となく変容する。緑が黒に。黒が白に。明滅するように、めまぐるしく。
 くるおしく。
 いつしか、また世界は変わる。
 かつて誰かが立てた簡素な木づくりの墓は苔むしたまま木漏れ日をさんさんと浴びていた。
 かつて誰かが蒔いた種は根を張り、たくましく枝葉を伸ばす大樹となった。
 白は緑に。織りあいひらいた文明は開化し、そのうちに、人々の営みとして定着し、新たな文化が生まれ、もはや一秒を数えるごとに、この世界では生命が誕生し、同時に死んでゆく。ただ端的にいえば、現時点で人類は生存と繁栄に成功したと言えるだろう。もちろん、このめざましい発展と繁栄が、いつ露となって消えるかは、わからない。

 価値観は、変わる。
 正義もまた、ひとつと限らない。
 白も、黒も。
 なにかのために、なにかを悪いと言いきるのは難しく。
 明るい未来があるからと、苦しみを否定し、置き去りにすることは悲しくて。

 どれほど、歩きつづけただろうか。
 どれほど、書きつづけただろうか。

 わからない。
 ずっとずっと書きつづけていたのは、かつての友人に語るためでもあったような気がするし、そうしてくれと頼まれたからかもしれない。

――友人。

 ふと首をかしげる。
 どこか懐かしい響きだった。けれども、その言葉はわずかな情をなでるのみで、そのまま茫漠と揺蕩たゆたうように霧散した。おもむろに見つめたものの、この手には、ただ黒紫の紋様があるだけで、ほかになにも残っていなかった。

 ある日、名前を訊かれたから、好きに呼んでかまわないと答えた。
 ある日、どうして旅をしているのかと問われたから、あいまいに濁した。
 もう、いつから歩いているのか、まるで思いだせないからだ。

――生きてくれ。

 そんなことをもうずっと昔、誰かに言われたような気がする。どんなようすだったのかも、誰が言ったのかも、もうわからない。そもそも、本当にそんなことを言われたのかさえ。たまに、やはりそれは妄想だったのではないか、とさえ、考えることがある。けれども、それを考えることは、本質的に意味のないことだと思い、やめにした。
 風が吹いた。くせのように左耳に触れると、黒曜石のつるりとした硬さが指先に触れる。
 立ちあがって、また歩きはじめる。
 今日は、どこまでゆけるだろうか。
 ずっと。

――ずっと。

 人のいとなみに触れながら、今日この日を、生きつづけている。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

汚部屋女神に無茶振りされたアラサー清掃員、チートな浄化スキルで魔境ダンジョンを快適ソロライフ聖域に変えます!

虹湖🌈
ファンタジー
女神様、さては…汚部屋の住人ですね? もう足の踏み場がありませーん>< 面倒な人間関係はゼロ! 掃除で稼いで推し活に生きる! そんな快適ソロライフを夢見るオタク清掃員が、ダメ女神に振り回されながらも、世界一汚いダンジョンを自分だけの楽園に作り変えていく、異世界お掃除ファンタジー。

無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。 しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。 帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。 誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。 果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか? 誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

処理中です...