使いっパシリのゾルゲさん

ゴエモン

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2パシリ みんな大好きギルドだよ

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 うむ、やはり人間の料理は最高だ

 ここは人間界の多国籍連合軍を束ねるシャンディ国の都市シャンディ。創造主たる天帝シャンディが初めて降り立った地とされ、最も神聖であり古い歴史を持つ国家の首都。その賑わいをみせる街中で入った行きつけの大衆食堂『おこぼれ』でゾルゲは舌鼓を打っていた。

 猛々牛のスネ肉を様々な果実に漬け込み、麦酒と共にホロホロになるまで煮込んだ物。
 濃厚なクリームのシチューに浮かぶホクホクのほんのり甘い芋で練った耳たぶ。
 香草が山程詰め込まれ貝と乾燥キノコから出汁がでた鯰のオーブン焼き。
 紅玉のように美しく輝く葡萄酒と、鼻孔を貫く刺激的な香りの碧玉の果実酒。
 どれも決して高級料理というわけではなくこの国の労働者階級が得られる収入でちょっと贅沢したいときに食されているものだ。

 美味い……素晴らしい……吾輩はこの美食美酒のために生きているのだ。あと美女も。

 ゾルゲにとって戦争などどうでもよかった。どっちが勝とうが負けようが、自分はどちらでも生きていける。ただ、魔族の世界の料理だけはもう二度と食べたくなかった。

 野生動物や野菜の生食いはまだわかる。種族によってはそれが御馳走だし否定はしない。しかし自分と同じようなヒューマンタイプが食している、様々な肉を血抜きもせずに鍋にぶちこみ、香草や野菜を適当にいれ、数時間クタクタになるまで煮込み、その茹で汁は全て捨て、アクどころか味も食感もなくなった残飯に、岩塩と果実ジャムをかけただけの物や、精製も加工もしない獣臭いままの乳をつかった雑穀粥。鱗もエラも肝もとらない魚に穀物をぶちこみ数年間発酵させ貴重な蜂蜜をかけた物。筋切りもしない内蔵も残ったままの丸焼き鳥に塩水をかけた物。酸っぱくて硬いばかりの黒パンにスパイスもいれない血のソーセージ。
 酒はある。あるにはある。瓶に適当に詰めた果実や穀物に水を入れ上手く発酵すればそれで良し、腐敗したら仕方がないからそれも混ぜて飲む、といったレベルだ。あれを人間の作る酒と比べたら、夜空に煌めく恒星と魔犬の糞ぐらいの隔たりがある。
 だいたいどいつもこいつも胃が強すぎるのだ。排泄物が残る内蔵だろうが腐ったものだろうが、何を食べても腹痛ひとつしないあの腹がおかしい。発酵と腐敗の違いすらわかっていないことを見ると、頭のネジも数本抜けている。
 いや、そんなわけない。十二将軍達はああみえて戦いに関しては頭が回る。
 ああ、そうだ一人まともなのがいた。アシュランだ。彼とその人間の一派だけは魔族の食事会では別料理だ。いや、料理? 果実と炒ったナッツを水で流しているだけだ。可哀想に。
 舌が悪い? いや、それなら自分がお土産に持っていった菓子を美味しいとは思わないだろう。間違いなくまともな味覚はどこかにあるのだ。
 しかし、この数十年か数百年かもう覚えていないが、魔族の文化だけは進歩しない。せめて料理くらいは伸びて欲しいものだ。そういえばドラコちゃんが入閣してからだった人間界の食べ物を持っていったのは……このお土産攻勢を続ければ改善するのか? いやいや、淡い期待はしまい。

 思い出しただけでも吐き気がするほどのセンスのなさに、ゾルゲは頭を振り眼の前の御馳走に集中することにした。

 どんなに魔族が優勢で人間を滅ぼそうとしても料理人だけは吾輩が救ってみせる。
 魔王軍十二将軍の末席に座すゾルゲはそう固く心に改めて誓うのだった。

 ◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 シャンディ国は広い。数百万人は住んでいるところまでは調査したが、そこから先は面倒臭かったので適当に報告した。街は多くの屋台や商店が軒を並べ、異国の地から来たであろう旅人が所狭しと練り歩く。夜は夜で居酒屋や立呑屋、性を売る男女が立ち並び、眠ることのない街であった。
 それだけの人口を抱えていると、貧富の格差は激しい。しかし、どんなに貧しいといってもこの街の乞食は服を来て公共の湯屋に入り、共同生活ができる施設に住み最低限の身繕いをしており、多くの孤児もそこで面倒を見てもらえていた。
 この共同の施設は廃材のボロ小屋などではなく、切り出された石材と木材、そして水で練って乾けば岩のように固まる不思議な砂材を組み合わされた堅牢な建物だ。
 
 混凝土の建物が以前より増えたな……まだ発明されてから数年ほどだろうに、手強くなるなこれは───しかし、吾輩も長いこと人間の生活をみているが、ここまで整った社会性を持つ時代は今までになかったな。君主はよほどの名君とみえる。人間同士で争いをしているときは救いようがない種族と思っていたが、共通の敵がいるときの結束力は凄まじいものだな。
 うん? 魔族もあまり変わらぬか……種族争いはときにはお互いを滅ぼしていたな。

 自嘲しながら虹色のパラソルをクルクルと振り回し目的の施設に入る。そこはギルドであった。この国のギルドは早い話が人材派遣である。労働組合を始まりとしたこの組織は、身元が保証されていない孤児や乞食、異国の地からやってきた旅行者、冒険者のために日銭を稼げる仕事を紹介する組織へと変容していった。
 ゾルゲは人間界での活動資金はもちろん魔王軍から貰ってはいるが、人間界が発行する貨幣ではなく貴金属や貴石の類いなので、それを換金しないといけなかった。そしてそれだけでは最近の買い出しラッシュにとても足りないので、こうして日銭を稼ぐ必要があった。
 

 しかし、なんで吾輩がこんなことまで……

 思うところは山とあるが、愚痴を言っても始まらないので『依頼』と人間語でかかれたボードを眺める。ゾルゲが来たのはもう日中も日中、残っている依頼は遠出が必要な不人気の依頼ばかりだ。

 ギルドが最も忙しいのは日の出から少し後だ。前日に集まった依頼を朝に張り出し、基本的には早いもの勝ちでなくなっていく。人気なのは街を出ないで済む依頼だ。早く終わるものならば一日で複数こなせるから割がいい。内容は店の手伝いや留守番、荷物持ち、農作業などの肉体労働から、帳簿、翻訳、写本、講師といったデスクワークまで様々だ。街の外での仕事は、商隊の傭兵や魔物退治、旅の護衛など、賃金は高いが命を失う危険も高く、時間もかかり数人のパーティでなければ受けられない仕事も多い。

 これにするか。

 ボードに書かれた依頼を受付のそばかすで地味な見た目の女性に告げる。女性は午前中のピークをこなして一息つき、眠そうな顔をしていたが、ゾルゲの顔を見てハッ目覚めると、愛嬌のある笑顔で挨拶をする。

「ワーグナーさん! お久しぶりです!」

「あぁ、今日はまた一段と魅力的だ君は。その目に吾輩はいつも引き込まれる。このギルドに来る理由はそれだ。そのためにまた戻って来たんだよ。この依頼はついでもついでだ」
 
 ワーグナーはゾルゲの人間界での通り名だ。元々名前などなかったゾルゲにとって、どちらも本名ということはない。ただ名前がないとそれはそれでややこしいから付けただけだ。

「え、いつもそうやって、んもう、その気にさせないでください。……えと、豚鬼退治ですね。決まりごとなので申し上げますがこれは元々パーティを組んでこなす依頼ですが、宜しいですか?」

「何を言うか、いつまで経ってもその気にならずに吾輩の胸を焦がしおってからに。おっと、パーティの件は構わんよ。いつもの通り心配はいらぬ」

「あ、ありがとうございます。そ、それでは受理します。豚鬼の左牙が討伐証明です。あ、あのワーグナーさんは昇級されないんですか? もういいかげん銀等級になれると思いますが」

「よいよい、等級があがると貴族や大商人が寄ってくるからな、面倒臭いのはごめんだ。これは吾輩のお忍びの小遣い稼ぎと趣味のようなものであるからしてな」

「はぁ、やっぱりワーグナーさんってもしかしてどこかの王族なんじゃないですか? いきなり無礼討ちとかしないでくださいよ」

「ククク、その時は盛大に驚いてくれよマドモアゼル」

「え? マドモ……異国の言葉ですね。もう止めてくださいよ」

 歪なモノクルが光り女性にウィンクするゾルゲは、虹色のパラソルを振り上げて挨拶代わりとしギルドを後にするのだった。

 純粋な女は良い。この吾輩の胸をくすぐる。それに比べてうちのアバズレ共はバッグだコスメだ宝石だと、まともなのはドラコちゃんだけだ……

 邪なことを考えつつ、すぐに森に向かうのかと思いきや、虹色のパラソルをクルクル回しながら商人の呼び込むダミ声が響きわたる商店街をブラブラ歩き、路上に座り込む乞食に大人の遊びを三回くらいできるくらいのお金を渡す。そうしてまたしばらく歩いてギルドから離れたあと、街の建物と建物の隙間、三六〇度どこから見ても他人の目はなく気配も感じない路地の隙間にこそりと潜り込む。その場でパラソルを振るとそこには元から何もなかったように塵ひとつ残さずゾルゲもパラソルも綺麗サッパリ消えてしまった。あとには商人のダミ声だけがそこの路地に反響していた。
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