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第一章

南楓とラーメン

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「よっ」

 家を出ると、楓が元気よく挨拶してきたので、俺も手をあげて返しておいた。

 学校がある日と違うのは、制服姿ではない点だけだ。それ以外は迎えに来てもらう点も変わらない。
 俺が迎えに行くべきなのかもしれないけれど、彼女の方が拒否してくる。私が迎えに行きたい、と。理由を訊いたことがあるけれど、基本的にはリードしたい派らしい。自分がリードして、相手を楽しませたい、とのことだ。俺からしたら、何も考えずついていくだけで良いのでとても楽で助かる。

 水族館までは電車で一時間ほど。俺たちは並んで歩き、最寄駅に向かった。

「二人で遊びに行くの久しぶりだよねー」
「スイパラ以来だよね」
「五ヶ月くらい経ってるよ! 毎日話してたからそんなに経ってると思わなかった」
「確かにね。スイパラに行ったこと、つい昨日のことのように思い出せるよ」
「それ嘘でしょ」
「ちょっと嘘だね」

 こんなどうでも良いことを話しているうちに駅にたどり着き、切符を買い、改札を抜け、電車が到着するのを待つ。すぐに電車は到着し、俺たちは乗り込んだ。
 幸い、二人が座れるだけのスペースは空いていたので、座ることにする。足腰が弱そうな人や妊婦さんが乗ってきたら、立てば良い。それまで座っていても何の問題もないだろう。空いていてはイスも仕事を果たせず、かわいそうだ。

 楓はいつにも増して楽しそうに話しかけてくる。中身のない話をお互いしているけれど、楽しいからいっか。
 楽しいけれど、俺は内心そわそわしている部分もある。プレゼントだ。
 
 クリスマスに二人で会うことになれば、プレゼントを用意した方が良いと思い、彼女と昨日別れた後、すぐに買いに行った。いきなり決まったことだったのでなくても文句を言われることはない、と思ったけれど、一応だ。今日のチケット代を払おうとしたら、別にいい、と言われてしまったので申し訳ない気持ちもあって用意した。

 もともと目星はつけてあったので、すんなり買うことができた。雪が好きな彼女にぴったりなスノードームだ。透明な球状の容器の中で雪が降っているように見える、あれだ。喜んでくれたら、嬉しい。

 俺はプレゼントを渡すタイミングをいつにするかで迷っている。さすがに電車内で渡すのは早すぎるよな? 終盤か? 神崎にこういう時、どのタイミングで渡すべきかを訊いておくべきだった。

 俺たちが降車予定の駅名がアナウンスされたので、立ち上がり、電車から降りる。外に出ると、肌寒さを感じ、全身が震える。彼女も「さっむ」と言い、両腕をさする動きを見せるが、そんなに寒そうには見えなかった。

 改札を出て、まず昼ごはんを食べることにした。今は正午を回ったところ。昼時だし、どこも混んでそうだ。

「何食べたいー?」
「楓に任せる」
「任された」

 楓は敬礼ポーズをし、スマホで調べ始める。

「おっ、こことかどう?」

 画面を見せてくれた。ラーメンか。悪くない。というか、むしろ良い。画像も載っていたので、確認すると、とても美味しそうだった。それに、こんな寒い日にラーメンは最高の組み合わせだ。

「ここから近いみたいだし、いいね。そこに行こう」
「いぇい」

 初めての土地だけど、店までの道順は単純だったので迷うことなく、着くことができた。店先に数人並んでいる姿が見えた。

「待ってるみたいだけど、どうする?」
「私は全然待てるよ」
「じゃあ待とうか」

 味も保証されたようなものだ。みんな並んでまで、この店のラーメンを求める。この辺りには他にもラーメン店はあるし、ファミレスやお寿司のような食べるところはたくさんあるようだ。それでも、ここのラーメンを選択するのは時間を犠牲にしてでも、食べる価値があると判断したからだろう。今日一で、ワクワクしている。

「私、ラーメン久しぶりかも」
「そうなんだ。友達と行ったりしないの?」
「女の子同士だったら、ファミレスとかが多いかも。長話しやすいし」
「なるほど」

 逆に俺なんかは、神崎と食べに行くことになれば、真っ先に候補に挙がるのがラーメンだ。ファミレスも行くけれど、どちらかと言えば腹を満たす目的であれば、ラーメンになることが多い。

「男の子とどこかに行くと、普段来ないような場所に行けていいね」
「俺を存分に利用してくれ」

 二人で話していると、あっという間に俺たちの番が来た。当然店内はラーメンをすする人たちで埋まっており、隅のカウンター席に案内された。ここで長居するつもりはないからカウンターでも問題ない。

 楓はラーメン一杯を注文し、俺はラーメンとチャーハンのセットにした。スープの匂いが漂ってきて、お腹が空く。ワクワク。
 
 ラーメンはすぐに到着し、彼女の「いただきまーす」というちょっと大きめの挨拶で、俺たちは食べ始める。

「美味しいねっ」
「うん。スープがヤバい。チャーシューも。あと、麺も最高」
「私と話してる時よりなんかテンション高くない? ラーメンと私だったらどっち取るの?」
「ラーメン」
「おいっ」
 
 今日も控えめな攻撃を腕に受けた。やっぱり最近、暴力的になってるよなあ。でも、猛獣というより、チワワくらいの小動物の甘噛みみたいな感じだけど。

 多分、本気で怒らせたら無視されそうだ。物理攻撃で攻めてはこないだろう。そう考えると、ここ数ヶ月、そういうことはないので、比較的機嫌が良い状態を保てているのかもしれない。

「チャーハンもうまっ」
「食べてみたいなあ。一口欲しいなあ」
「ん」

 ラーメンのおかげで気分が良い俺は、素直に皿を彼女の前に移動させた。
 彼女は「ありがとー」と言い、俺が使っていたレンゲで一口食べた。「んまっ」と言っているので、どうやら味に満足いただけたようだ。この店にして正解だった。
 
 彼女は何事もなかったかのように、レンゲを渡してくる。仕方のないことだ。チャーハンは一人前しか頼んでいなかったので、レンゲが一つしかなくてもしょうがない。
 彼女のレンゲはラーメン用で、すでにスープに浸かっている。これしかなかったのだ。わかってはいるけれど、躊躇いなく口に運ぶ彼女は俺とは何か違う部分があるんだな、と思わざるを得なかった。

「どしたの? もしかして私がレンゲ使ったの気にしてる?」

 意識させようと、わざとやってるだろ......。ニヤニヤしながらこちらを見てくる彼女は今日一で楽しそうにしている。振り回されるのも腹が立つので、構わず同じレンゲでチャーハンを食べる。

「おお。意外だった。悟なら新しいレンゲを頼むと思ってた」
「小学生じゃないんだからさ。別に気にすることでもないよ」

 とか言いながら、本当は心の中で気にしまくっていた俺の本心を悟られないか、不安になった。上手くできた、と思う。ポーカーフェイスは得意なので。

「美味しかったー。奢ってもらっちゃって、悪いねえ」
「悪いと思ってないだろ」
「え? 思ってるよー」

 楓の愉快な気分はまだ続いているようだ。チケット代のこともあるし、ここは奢っておくべきだろう。
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