光の射す方へ

弐式

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1.光が失われた世界を旅する少女

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 最後に見た光の記憶は、視界を覆い尽くすほどの激しいものだった。

 逆光で目がまったく見えなくなり、アカリはとっさに手で光を遮ろうと目の前に右腕を差し込んだ。

 その光は自分の方に物凄い勢いで近づいてくる。それと同時に、何か大きく硬いものが迫ってくるのを感じて、とっさに身体をねじって逃げようとした。

 しかし、逃れられないということも悟っていた。

 次の瞬間に感じた強い衝撃。
 
 14歳の少女――アカリにとっての光の記憶は、衝撃とともに記憶に残っている。

 次に目を開けた時、世界からは光が失われていた。

     *     *     *

 世界から光が失われてから、どれだけの時間が経っただろう。

 あれから旅を続けていたアカリは空を見上げて思う。昼と夜の境目が失われた世界では一日を数えることすら困難だった。あれから何回眠ったかを数えるのはとうにやめていた。

 世界から光が消えてしまった理由は誰にも分からない。その理由を知りたいとかその理由を調べたいと思った人間は大勢いるはずだ。だが今この世界にそんな余裕のある人間などいない。

 空を見上げても太陽の暖かな光も、月の涼やかな光も、無数の星々の瞬きも、何も見つけることはできない。雲がかかっている闇だったら、その向こう側から差し込む光が見えるだろう。だが、無くなってしまった、としか言いようのない闇が、人々の頭上に広がっている。

 世界が闇に閉ざされてから大勢の人たちが命を落とした。生き残った人たちは、人々は、松明やランプのわずかな光を頼りに、生活を続けていた。

  沢山の松明やランプが灯された場所に人たちが集まり、かろうじて町と呼ばれる集落が出来ていた。それが人々のわずかな希望となっていた。

 そんな町の一つに、旅の途中で手に入れた油だったり布だったりといったものを食料と交換する為、アカリは足を踏み入れた。闇の中でまともな植物が育つはずもなかったが、わずかに収穫できた野菜や、光にあふれていた頃に造られた保存食などを分け合いながら、人々はかろうじて命をつないでいた。

 そんな世界である。

 町から町へと移動することなどまず無理なのに、なぜそれが可能なのかといえば――。

 「あなたは、ここで待っていてね」

  アカリは町の外に置いたバルドルの長い首をそっと撫でると、持ち運び用の燭台に蝋燭を立てて携帯用の火種入れから、そっと火を移した。透明な風除けがついている。これも旅の途中で手に入れたものだが、蝋燭は貴重品なので今のように町に入るわずかな間だけにしか使わない。

  バルドルは、くぅんと鼻を鳴らして、アカリの胸元に丸みのかかったくちばしを押しつけてきた。手に持った燭台が揺れたのでアカリは慌ててを高く上げた。

 バルドルの姿は火食鳥ヒクイドリによく似ている。ずんぐりした体格に長い首、その割に小さな顔。いつも長い首を曲げて愛嬌のあるくりくりした丸い瞳でアカリを見つめていた。飛ぶことはできないようだったが、羽を広げるとかなり大きい。

  全身の色は白に近い灰色に見える。闇の中でどうしてそれが分かるかといえば、バルドル自身が薄っすらと淡い光を放っているからだった。

 それは神獣とか霊獣とか言われる存在なのだろう。なぜバルドルがアカリについてきてくれるのかは彼女にも分からなかったが、そのおかげで、この闇に包まれた世界を町から町へと移動しながら放浪する生活が出来ていた。

 アカリが覚えている年齢は14歳で止まっていた。暦も確かめられなくなったので、あれから何年もたっているのか、せいぜい一年ほどなのか、実はほとんど日が経っていないのか、さっぱりわからなかった。

 襤褸ぼろで包まれたアカリの体型は、十代前半の幼さを残しながら大人に成長していく時期の、アンバランスなものだった。背は同年代と比べたらやや高く足はすらっと細くて長い。小顔なことも相まって、数年後にはスレンダーな美女になるだろう。世の中が平和だったなら、羨望の眼差しで見られたかもしれない。

 旅の途中で拾った手鏡でアカリが自分の整った容姿を見るのは、バルドルの傍にいても周りが暗すぎてよく見えないから、せいぜい髪を切るときくらいだった。逃げたり戦ったりするのに邪魔にならないように肩より短いショートカットになるようにナイフで切っている。

 また、白く細長い指も、自慢の対象になったかもしれない。ところがその指をアカリは嫌悪していた。何故なのかは自分でも分からない。

 生きることが最優先の世界であっても、男ども欲望の捌け口として美しい娘は常に危険を伴う。いや、絶望しかない世界だからこそなおさらかもしれない。そんな世界にあって、足元を照らしてくれるバルドルと出会い旅をしながら生活をしているアカリは、ある意味恵まれていると言えた。

 もちろんアカリだって、世界が闇に閉ざされてから男たちに危険な目に遭わされかけたことは何度もある。しかし一歩闇の中に逃れれば、どんなに鋭利な刃物を持っていようが、いかに勇猛果敢な戦士であろうが、追ってくることはできない。

 なぜなら闇はファントムの勢力範囲。ファントムの前には人間はあまりにも無力だった。
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