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6.信頼できる相手
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アカリとバルドルが出会ったのは、世界から光が失われたあの日。
アカリの最後の記憶となったあの眩い光。その光に包まれた後、アカリは意識を失った。次にアカリが目を開いた時には、世界は闇に包まれていた。
最初は世界が光を失ったとは露ほども思わなかった。普通はそうだろう。もしも自分の周り全てが暗闇と化してしまったら、世界中から光がなくなったと思う者はいないだろう。普通は自分は目が見えなくなった、と考えるはずだ。
アカリもその時はそうだった。アカリは最初、あの眩いが光に目を焼かれて視力を失ったものだと思った。
よろよろと立ち上がり、手探りで周りの様子を確かめていると、沢山の気配があるのに気付いた。彼らに助けを求めたが全く返事がなかった。
今にして思えば、それがファントムとの初めての遭遇だった。
その時、アカリの背後から甲高い声が響き渡った。その瞬間、周りにあった気配は全て消えてしまった。
アカリが振り返ると、後ろから光り輝く大きなが近づいてくるのが分かったので、自分の目がちゃんと生きていることを知った。
それがバルドルとアカリの初めての出会いだった。
初めてバルドルを見たとき、アカリは初めて見るその姿に全く恐怖を感じなかった。なぜか無条件に自分を守ってくれる存在だと、不思議な確信があった。バルドルに、バルドルと名をつけたのはアカリ自身だったはずだが、それだってアカリがつけたというよりも、最初から“知っていた”ような気がする。
この世界がどうなってしまったのか、その時は分からなかった。
どうしていいのかわからず戸惑っているアカリに、バルドルは首を揺らして、甲高い声を上げ、背中を向けて歩き出した。
「付いてこい」と言っているような気がしてアカリは、その後を追った。
そうするしかなかった。この時アカリは、なぜ自分がここにいるのか、自分が誰なのか、全く覚えていなかったからだ。幼い時の記憶も、自分が何を学んでいたのかも、故郷の景色も、父母の顔も、何一つ。全ての記憶を失っていた。
アカリは、バルドルに導かれるままに旅を始めた。
それから、とても長い長い旅をしていたようにも思えるし、あまりにも短い旅だったようにも思える。
しかし、今もなお、アカリは自分の過去の記憶の一切を思い出せずにいた。
不意にアカリが触れる石壁の冷たさに温かさが加わって、アカリははっと我に返った。自分の手元を見ると、バルドルが石壁に手を触れたままで考えごとをしていたアカリの傍らに立って、その顔をアカリの手の甲に擦り寄せていた。
何だかとても懐かしい。そんな温もり。アカリは石壁から手を離して、バルドルの頭を撫でた。
……今、こんなことを考えていても仕方ない。今はただ、早くここから脱出することだけを考えよう。
アカリは小さく頷くと、歩き出し――歩き出そうとした瞬間に、ふと思いついたことがあって、まじまじとバルドルを見つめる。
「ねぇ……バルドル。あなたもファントムたちにつかまっていたの?」
バルドルはアカリの居場所をどうやって突き止めたのだろう?
そしてどうやってここまで来たのだろう?
バルドルはきゅぃっと可愛らしく鳴いた。そのまん丸い瞳の奥は、底が見えない漆黒の闇に通じているような気がした。
バルドルは左右に首を揺らせた。初めて会った時のように、ついて来いと言っているようだとアカリは思った。
バルドルは自分が話していることを理解しているのだろうか。姿かたちは獣のそれでも、人には及びもつかない知性を有しているような気がすることが幾度もあった。
今のこの態度もまた、自分の関心を逸らせようとしているのではないかと、アカリはと感じた。
バルドルは本当に信頼できる相手なのだろうか。
突然沸き上がった恐ろしい考えを、首を振って追い払った。
――そんなはずはない。
こんな時に、一番の味方のはずのバルドルに疑念を感じる自分にわずかな嫌悪を覚えながら、アカリはバルドルの後について歩いた。
* * *
アカリの最後の記憶となったあの眩い光。その光に包まれた後、アカリは意識を失った。次にアカリが目を開いた時には、世界は闇に包まれていた。
最初は世界が光を失ったとは露ほども思わなかった。普通はそうだろう。もしも自分の周り全てが暗闇と化してしまったら、世界中から光がなくなったと思う者はいないだろう。普通は自分は目が見えなくなった、と考えるはずだ。
アカリもその時はそうだった。アカリは最初、あの眩いが光に目を焼かれて視力を失ったものだと思った。
よろよろと立ち上がり、手探りで周りの様子を確かめていると、沢山の気配があるのに気付いた。彼らに助けを求めたが全く返事がなかった。
今にして思えば、それがファントムとの初めての遭遇だった。
その時、アカリの背後から甲高い声が響き渡った。その瞬間、周りにあった気配は全て消えてしまった。
アカリが振り返ると、後ろから光り輝く大きなが近づいてくるのが分かったので、自分の目がちゃんと生きていることを知った。
それがバルドルとアカリの初めての出会いだった。
初めてバルドルを見たとき、アカリは初めて見るその姿に全く恐怖を感じなかった。なぜか無条件に自分を守ってくれる存在だと、不思議な確信があった。バルドルに、バルドルと名をつけたのはアカリ自身だったはずだが、それだってアカリがつけたというよりも、最初から“知っていた”ような気がする。
この世界がどうなってしまったのか、その時は分からなかった。
どうしていいのかわからず戸惑っているアカリに、バルドルは首を揺らして、甲高い声を上げ、背中を向けて歩き出した。
「付いてこい」と言っているような気がしてアカリは、その後を追った。
そうするしかなかった。この時アカリは、なぜ自分がここにいるのか、自分が誰なのか、全く覚えていなかったからだ。幼い時の記憶も、自分が何を学んでいたのかも、故郷の景色も、父母の顔も、何一つ。全ての記憶を失っていた。
アカリは、バルドルに導かれるままに旅を始めた。
それから、とても長い長い旅をしていたようにも思えるし、あまりにも短い旅だったようにも思える。
しかし、今もなお、アカリは自分の過去の記憶の一切を思い出せずにいた。
不意にアカリが触れる石壁の冷たさに温かさが加わって、アカリははっと我に返った。自分の手元を見ると、バルドルが石壁に手を触れたままで考えごとをしていたアカリの傍らに立って、その顔をアカリの手の甲に擦り寄せていた。
何だかとても懐かしい。そんな温もり。アカリは石壁から手を離して、バルドルの頭を撫でた。
……今、こんなことを考えていても仕方ない。今はただ、早くここから脱出することだけを考えよう。
アカリは小さく頷くと、歩き出し――歩き出そうとした瞬間に、ふと思いついたことがあって、まじまじとバルドルを見つめる。
「ねぇ……バルドル。あなたもファントムたちにつかまっていたの?」
バルドルはアカリの居場所をどうやって突き止めたのだろう?
そしてどうやってここまで来たのだろう?
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バルドルは左右に首を揺らせた。初めて会った時のように、ついて来いと言っているようだとアカリは思った。
バルドルは自分が話していることを理解しているのだろうか。姿かたちは獣のそれでも、人には及びもつかない知性を有しているような気がすることが幾度もあった。
今のこの態度もまた、自分の関心を逸らせようとしているのではないかと、アカリはと感じた。
バルドルは本当に信頼できる相手なのだろうか。
突然沸き上がった恐ろしい考えを、首を振って追い払った。
――そんなはずはない。
こんな時に、一番の味方のはずのバルドルに疑念を感じる自分にわずかな嫌悪を覚えながら、アカリはバルドルの後について歩いた。
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