光の射す方へ

弐式

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9.探索再開

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 ヘルと名乗った女の姿はどこにもいなかった。

「闇の女王ヘル……エリューズニル……ニヴルヘル……ガングラティにガングレト……」

 いきなり出てきたいくつかの単語。

 いずれもアカリの知らない単語だが、どこかで聞いたことがあるような……心のどこかに引っかかっているようなそんな気がして仕方なかった。

 アカリの後からバルドルが上がってくる。

「あのヘルって女。バルドルのことを知っていたみたいだったけれど、知り合い?」

 アカリがバルドルの頭をなでながらした問いに、バルドルは反応を示さなかった。頷くことも、よく分からないというように小首をかしげることもしなかった。

 アカリはバルドルから手を離して、壁に掛けてあった女の絵にもう一度目をやった。しかし、そこに描かれていた絵にアカリは息を呑んだ。

 そこに飾ってある――闇の女王ヘルと思しき女の絵が、アカリが目を離したわずかな間にすっかりと変わっていた。その中には何も描かれおらず真っ黒に塗りつぶされていた。

 いまさら何が起こってもおかしくはないと思っていた。しかし、これには少し驚いた。驚きは顔に出さないように引き締めながら何度か息を吸い込んだ。

 いずれにせよあの女がここにいない以上、次にすることを考えなければならない。

「どっちにしても、玄関からは外に出られないようだし、他の出口を探さなければいけないね」

 向かうべきは2階か、一階のまだ開けていない扉か。

 どちらにするべきか少しの間考えてアカリは2階へと向かうことにした。1階を回ったらまた最初に閉じ込められていた部屋に辿り着きそうで怖かったからだった。

 2階へと登っていくアカリの後をバルドルが付いてくる。

 アカリが振り向くと、バルドルのくりくりとした丸い目がすぐ真後ろにあった。何を考えているのかよく分からない目だ。

 でもバルドルは何か隠している? 

 アカリは直感した。

 意図的に隠しているのか、伝えたいけれど伝える術がないのか……さてどっちだろう?
 
 2階へ上ると、少し広い空間があった。そこにはいくつかの扉がある。アカリはすぐに目についた扉の取っ手に触れた。

 開けてみると、1階と同じような廊下が伸びていた。真っ直ぐに進んでいた。1階と2階の違いはあっても、さっき通った1階の廊下とほぼ同じ。漆喰の壁に床には赤いじゅうたんが敷き詰められた真っ直ぐに伸びる廊下には沢山のランプに火が灯されている。

 違うところといえば、1階の廊下には沢山の扉があって、その向こうには部屋があるのだろうと思えたが、この廊下にはそれがない。

 周囲への警戒をしながら進んでいくと、やがて行き詰まり、右に曲がっていた。

 曲がり角のところに木製の扉があった。扉の取っ手に指をかけて引っ張ると鍵は掛かっておらず簡単に開いた。

 覗いてみる。

 扉の向こうは小さな部屋だった。

 正面に机が置いてあり、その上にはランタンが置かれており、その中でも炎が揺らめいている。机の前には窓があり白いカーテンがかかっている。

 その向こうはどうせ……と思いながらカーテンを開けてみるが、予想通り窓の向こうは漆黒の闇が広がるばかりだった。

 元の通りにカーテンを戻してから、机の上を調べてみる。

 机に上には万年筆と数枚の白い紙が置かれている。白い紙にはまだ書かれていない。机の上には白いコーヒーカップが置かれており、まだ湯気が立つコーヒーが入っている。

 火のついたランタンといい、まるでこの部屋の主はトイレにでも立ったばかりのようい思える。ここで待っていたら、この万年筆の持ち主が帰ってきて、何かを書き込むのだろうか?

 姿なきファントムがこの椅子に座って万年筆を走らせている様を想像して、アカリは小さく肩をすくめる。それから、部屋の中をぐるりと見回すと壁に何かが掛かっているのが見えた。

「……服?」

 アカリはかかっていた服を手に取った。紺を基調にした色をしており、上下セパレートタイプになっている。気になるのは胸もとから背中にかけての大きな襟だった。どのように使うのだろう? 胸元に下げられたスカーフは、手拭き用だろうか?

 ぱんぱんと服の上から叩いてみる。すると、掌に何か固いものが当たる感触があった。

 アカリは感触があった場所を調べてみる。右胸にポケットが付けられていたので中をまさぐってみると、小さな鍵が出てきた。何となくこれは持っていった方がいいと思い、鍵をもっと詳しく調べてみると細長い鎖も付けられているのが分かったので、アカリは鎖を首にまわして、鍵の部分をワンピースの下に入れた。
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