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21.闇の中
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アカリは、自分の周りに次々とファントムたちが現れるのを感じた。
いや、そもそも彼らを生みだしたのは自分自身なのだから、自分だけは彼らを本当の名であるガングラティとガングレトと呼んでやらなければならいだろう……そんなことをアカリは思う。
……そういえば、下男と下女ということは雌雄の別があるということだがどうやって見分ければいいのだろう? どうでもいいことばかりが頭に浮かぶ。自分がこれから消える存在だということを忘れて「あははっ」と吹き出した。
そうしている間にアカリの周りは闇に包まれ、アカリはその中に立ち尽くしていた。その中から先程まで話していた女の声が聞こえてくる。
「おやすみなさい……アカリ」
この瞬間においても、ヘルの体は宇宙のように膨張を続けている……はずだ。しかし、もはや闇の末端となろうとしているアカリに、その事実を確認するすべはない。最期に、己の小ささを知るのみだった。
アカリは夜空に向かって話しかけるように、ただ静かに、その言葉を口にした。きっとこれが最期の言葉になるだろうと思いながら……。
「おやすみなさい……ヘル」
ずぶり……と、足下から、泥の中に引きずり込まれるような気持ちの悪い感覚を一瞬だけ感じた。
その時に、微かに意識が飛んだような気がしたが、まだ消滅したわけではなかった。
目を開くと、アカリがいるのは完全な暗闇ではなく、薄明りに照らされた果ての見えないだだっ広い空間だった。なんだかとても懐かしい。そして、とても暖かく心地よい。
「……あのまま、消えてしまうと思ったのに」
このまま闇の中で楽に消えていくだけだと思っていたのに、再び自分が置かれた状況が分からなく不安が胸いっぱいに広がる。まだ生き残っているのが残念なような、ほっとしたような、複雑な感情がアカリの頭の中でぐるぐると渦巻いた。
そんなアカリの耳に、どこからともなく規則正しく刻まれる音が聞こえてきた。それは、とても近いようであり、とても遠くから聞こえるようでもあり。
それは心臓の鼓動に似ている……と思ったが、すぐにその音の正体に思い至った。
メトロノームだ……。
ピアノと一緒に常にあったあの音。大嫌いだった音。けれど、今は、この音と共にあるだけで妙に安心する。
その気持ちよさと安心感から、強烈な睡魔が襲いかかってくる。瞼が自然と落ちていくのが分かる。今度こそ、自分は消え去ってしまうのだろうか?
「眠たいな……眠っちゃってもいいのかな?」とアカリは誰にともなく尋ねる。何の返答もなかったので、「いいんだったら……。眠っちゃおう……」と誰にではなく、自分自身に語り掛けた。
そして目を瞑る。
……本当に、それでいいのか?
唐突にアカリの耳に入ってきたのは聞き覚えのない男の声。心地よいまどろみから引き戻されたことに少し不快感を覚えつつ瞼を開いた。
声を発した相手の姿は、目に見える範囲にはなかった。
「誰?」
アカリは問う。
「私は……君の光だ」
姿を見せないまま、声だけが返ってきた。
「私の光?」
光という単語から、アカリはいつも一緒にいた神獣の姿を直感的に連想した。
「バルドルなの? どこにいるの?」
「私はいつだって、君の側にいるよ」
優しい言葉が返ってきて、アカリは泣きそうになった。
「バルドル……ありがとう。でも、もういいんだよ。私は辛いんだ。苦しいんだ。もう、頑張れないよ」
「頑張らなくてもいいよ。でも、本当にもう、出来ることは残っていないのかい? 心残りはないのかい?」
その言葉はアカリの心を深く抉った。
「心残りがないはずがない!」
反射的に口をついた叫びは、紛れもなくアカリの心からの本音。
けれどすぐに「だけれども……」と冷静に戻り、俯いて大きく首を左右に振った。途端に、ジワリと目尻に涙が滲む。
「私は……要らない人間なんだよ。帰ったところで、私にい場所なんてないんだよ」
いつの間にか、すぐ真横に誰かが立っているような気配があった。アカリは、その気配に向かって話しかける。
「バルドル、そこにいるの?」
その気配が頷いたようにも思えた。
「ねぇ、バルドル。お願いだから、姿を見せて……」
弱々しくどこかにいる神獣にアカリは訴えた。
いや、そもそも彼らを生みだしたのは自分自身なのだから、自分だけは彼らを本当の名であるガングラティとガングレトと呼んでやらなければならいだろう……そんなことをアカリは思う。
……そういえば、下男と下女ということは雌雄の別があるということだがどうやって見分ければいいのだろう? どうでもいいことばかりが頭に浮かぶ。自分がこれから消える存在だということを忘れて「あははっ」と吹き出した。
そうしている間にアカリの周りは闇に包まれ、アカリはその中に立ち尽くしていた。その中から先程まで話していた女の声が聞こえてくる。
「おやすみなさい……アカリ」
この瞬間においても、ヘルの体は宇宙のように膨張を続けている……はずだ。しかし、もはや闇の末端となろうとしているアカリに、その事実を確認するすべはない。最期に、己の小ささを知るのみだった。
アカリは夜空に向かって話しかけるように、ただ静かに、その言葉を口にした。きっとこれが最期の言葉になるだろうと思いながら……。
「おやすみなさい……ヘル」
ずぶり……と、足下から、泥の中に引きずり込まれるような気持ちの悪い感覚を一瞬だけ感じた。
その時に、微かに意識が飛んだような気がしたが、まだ消滅したわけではなかった。
目を開くと、アカリがいるのは完全な暗闇ではなく、薄明りに照らされた果ての見えないだだっ広い空間だった。なんだかとても懐かしい。そして、とても暖かく心地よい。
「……あのまま、消えてしまうと思ったのに」
このまま闇の中で楽に消えていくだけだと思っていたのに、再び自分が置かれた状況が分からなく不安が胸いっぱいに広がる。まだ生き残っているのが残念なような、ほっとしたような、複雑な感情がアカリの頭の中でぐるぐると渦巻いた。
そんなアカリの耳に、どこからともなく規則正しく刻まれる音が聞こえてきた。それは、とても近いようであり、とても遠くから聞こえるようでもあり。
それは心臓の鼓動に似ている……と思ったが、すぐにその音の正体に思い至った。
メトロノームだ……。
ピアノと一緒に常にあったあの音。大嫌いだった音。けれど、今は、この音と共にあるだけで妙に安心する。
その気持ちよさと安心感から、強烈な睡魔が襲いかかってくる。瞼が自然と落ちていくのが分かる。今度こそ、自分は消え去ってしまうのだろうか?
「眠たいな……眠っちゃってもいいのかな?」とアカリは誰にともなく尋ねる。何の返答もなかったので、「いいんだったら……。眠っちゃおう……」と誰にではなく、自分自身に語り掛けた。
そして目を瞑る。
……本当に、それでいいのか?
唐突にアカリの耳に入ってきたのは聞き覚えのない男の声。心地よいまどろみから引き戻されたことに少し不快感を覚えつつ瞼を開いた。
声を発した相手の姿は、目に見える範囲にはなかった。
「誰?」
アカリは問う。
「私は……君の光だ」
姿を見せないまま、声だけが返ってきた。
「私の光?」
光という単語から、アカリはいつも一緒にいた神獣の姿を直感的に連想した。
「バルドルなの? どこにいるの?」
「私はいつだって、君の側にいるよ」
優しい言葉が返ってきて、アカリは泣きそうになった。
「バルドル……ありがとう。でも、もういいんだよ。私は辛いんだ。苦しいんだ。もう、頑張れないよ」
「頑張らなくてもいいよ。でも、本当にもう、出来ることは残っていないのかい? 心残りはないのかい?」
その言葉はアカリの心を深く抉った。
「心残りがないはずがない!」
反射的に口をついた叫びは、紛れもなくアカリの心からの本音。
けれどすぐに「だけれども……」と冷静に戻り、俯いて大きく首を左右に振った。途端に、ジワリと目尻に涙が滲む。
「私は……要らない人間なんだよ。帰ったところで、私にい場所なんてないんだよ」
いつの間にか、すぐ真横に誰かが立っているような気配があった。アカリは、その気配に向かって話しかける。
「バルドル、そこにいるの?」
その気配が頷いたようにも思えた。
「ねぇ、バルドル。お願いだから、姿を見せて……」
弱々しくどこかにいる神獣にアカリは訴えた。
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