22 / 27
22.絶望の中の希望
しおりを挟む
アカリの言葉に応えた声も、同じように弱々しいものだった。
「無責任だな、私は……。君に、もっと頑張れと言うことしかできない自分が無力で情けなくなってくるよ」
「バルドル?」
その声に含まれているのは怯えだろうか。
何に対して?
アカリが消えてしまうことに対して?
自分が消えてしまうことに対して?
それとも、もっと別のことを怖れているのだろうか?
「バルドル……姿を見せてよ」
恐る恐る言ったアカリの言葉に呼応したのか、気配が動いたような気がした。
大気が震えるのを感じた。風ではなく震え。それが収まったと主今まで何もなかったはずの目前の空間に、中世騎士道物語に出てくるような、顔まですっぽり覆われた兜にプレートアーマーと呼ばれる板金で仕立てた煌びやかな全身鎧で身を固めた騎士姿の青年が現れた。
顔が見えないので男女の区別はつかないが、これまで聞こえていたのは男の声だった。
アカリがそんなことを思っていると、騎士はおもむろに兜と仮面を外し顔をあらわにした。その顔はやはり男性。日本人の顔立ちだった。その印象から年齢はアカリより年上の20歳前後。
見覚えのある顔ではない。父親、親戚、同級生、先輩、知り合いの顔を思い出してみたが、該当する顔は思い当たらなかった。
「あなたは……バルドル? 私の中の希望?」
「そうだよ」
真っ直ぐに見つめられ、アカリは思わず目を逸らした。
「この世界は、"灯”の絶望が生み出した魂の監獄。壊すことができるのも、解放することができるのも、君だけだ」
「私は……」
アカリは、自分は確かに選んだはずだ……と思った。闇の中に呑み込まれることを望んだはずだ。この世界ごと消え去ることを願ったはずだ。
でも、この世界は、不安定になっていても、まだ残っている。
……まだ、希望が残っているから?
アカリは、その疑問をそのまま口にした。
「絶望は、自分1人でいくらでも膨らませることができる。でも、希望は誰かから貰わなければいけないんだ。……バルドルは、君が集めてきた希望の欠片の集まりなんだよ今、ここに僕がいるということは、"灯”はこれまでにたくさんの”希望”をもらってきた証明なんだ」
「誰かって……誰に? 言っている意味が分からないよ……」
アカリは自分の両の掌をまじまじと見つめた。
従姉のところに妹が生まれた時のことを思い出す。"灯”が6歳の時だった。退院したばかりの従姉の家に、"灯”は家族で赤ちゃんに会いに行ったとき。リビングのソファに腰かけてよく笑う赤ちゃんを抱っこしている母親。
一つ上の従姉と一緒に、赤ちゃんを笑わせようと変な顔をしたり両手を振ってみたりした。
その空間は"幸福”に包まれていた。
そして"灯”自身も……楽しかった。
幸福だった……。
きっと、あの絵日記の中の、幼い”灯”が幸福そうだったのは、その時の記憶があったからだろう。それからほどなく――というほど、ほどなくではなかったはずだが、”灯”の顔からは笑顔が無くなっていった。
子供のころの”灯”に笑った覚えがないわけでもない。けれどアカリにはこの時が最後の幸福な記憶だったように思えた。
そんなことを思い出していたアカリはふと思う。
幸福と希望とは同義なのだろうか。
そんなことを考えていたアカリの耳に、「アカリは知らなくて当然だけれど――」というバルドルの声が聞こえた。
「事故に遭った“灯”の体は、意識を取り戻すことなく眠り続けている。アカリがこのまま、闇に飲み込まれたら、“灯”はもう、眠りから覚めることはない……。でも、アカリが目覚めるのを毎日待っている人がいる……」
「……」
「“灯”が眠り続けている間、“灯”のお母さんはずっと、謝罪を繰り返している。『目が覚めたら、もうピアノを続けろなんて言わない。好きなことをいくらでも頑張ってくれればいい。だから、目を開けて』……って。人は、失いかけて初めて大切なのが何かに気付くんだ。悲しいことだけれどね……」
「嘘だ! 嘘だ! そんなのは……嘘だ」
アカリは声を荒らげたが、その声はすぐに弱々しいものに変わっていった。アカリの胸中の天秤は、“バルドルの言葉を信じたい”と思う気持ちの方に静かに傾いていく。
しかし、母から最後に聞いた言葉が耳の中に蘇った途端に、天秤は“バルドルの言葉を信じられない”と思う気持ちの方に、一気に傾いた。
……ピアノを続けられないのなら私の娘じゃない。
あの人に必要だったのは、あの人の代わりにピアノを弾いてくれる人だ。“灯”じゃあない!
「嘘だ。私はもう信じない!」
「アカリにとっての全ての真実はあの時の言葉だったのかもしれない。でも本当に、それだけが“灯”の全てだったのか?」
アカリはもう一度、自分の手に目を落とす。
「無責任だな、私は……。君に、もっと頑張れと言うことしかできない自分が無力で情けなくなってくるよ」
「バルドル?」
その声に含まれているのは怯えだろうか。
何に対して?
アカリが消えてしまうことに対して?
自分が消えてしまうことに対して?
それとも、もっと別のことを怖れているのだろうか?
「バルドル……姿を見せてよ」
恐る恐る言ったアカリの言葉に呼応したのか、気配が動いたような気がした。
大気が震えるのを感じた。風ではなく震え。それが収まったと主今まで何もなかったはずの目前の空間に、中世騎士道物語に出てくるような、顔まですっぽり覆われた兜にプレートアーマーと呼ばれる板金で仕立てた煌びやかな全身鎧で身を固めた騎士姿の青年が現れた。
顔が見えないので男女の区別はつかないが、これまで聞こえていたのは男の声だった。
アカリがそんなことを思っていると、騎士はおもむろに兜と仮面を外し顔をあらわにした。その顔はやはり男性。日本人の顔立ちだった。その印象から年齢はアカリより年上の20歳前後。
見覚えのある顔ではない。父親、親戚、同級生、先輩、知り合いの顔を思い出してみたが、該当する顔は思い当たらなかった。
「あなたは……バルドル? 私の中の希望?」
「そうだよ」
真っ直ぐに見つめられ、アカリは思わず目を逸らした。
「この世界は、"灯”の絶望が生み出した魂の監獄。壊すことができるのも、解放することができるのも、君だけだ」
「私は……」
アカリは、自分は確かに選んだはずだ……と思った。闇の中に呑み込まれることを望んだはずだ。この世界ごと消え去ることを願ったはずだ。
でも、この世界は、不安定になっていても、まだ残っている。
……まだ、希望が残っているから?
アカリは、その疑問をそのまま口にした。
「絶望は、自分1人でいくらでも膨らませることができる。でも、希望は誰かから貰わなければいけないんだ。……バルドルは、君が集めてきた希望の欠片の集まりなんだよ今、ここに僕がいるということは、"灯”はこれまでにたくさんの”希望”をもらってきた証明なんだ」
「誰かって……誰に? 言っている意味が分からないよ……」
アカリは自分の両の掌をまじまじと見つめた。
従姉のところに妹が生まれた時のことを思い出す。"灯”が6歳の時だった。退院したばかりの従姉の家に、"灯”は家族で赤ちゃんに会いに行ったとき。リビングのソファに腰かけてよく笑う赤ちゃんを抱っこしている母親。
一つ上の従姉と一緒に、赤ちゃんを笑わせようと変な顔をしたり両手を振ってみたりした。
その空間は"幸福”に包まれていた。
そして"灯”自身も……楽しかった。
幸福だった……。
きっと、あの絵日記の中の、幼い”灯”が幸福そうだったのは、その時の記憶があったからだろう。それからほどなく――というほど、ほどなくではなかったはずだが、”灯”の顔からは笑顔が無くなっていった。
子供のころの”灯”に笑った覚えがないわけでもない。けれどアカリにはこの時が最後の幸福な記憶だったように思えた。
そんなことを思い出していたアカリはふと思う。
幸福と希望とは同義なのだろうか。
そんなことを考えていたアカリの耳に、「アカリは知らなくて当然だけれど――」というバルドルの声が聞こえた。
「事故に遭った“灯”の体は、意識を取り戻すことなく眠り続けている。アカリがこのまま、闇に飲み込まれたら、“灯”はもう、眠りから覚めることはない……。でも、アカリが目覚めるのを毎日待っている人がいる……」
「……」
「“灯”が眠り続けている間、“灯”のお母さんはずっと、謝罪を繰り返している。『目が覚めたら、もうピアノを続けろなんて言わない。好きなことをいくらでも頑張ってくれればいい。だから、目を開けて』……って。人は、失いかけて初めて大切なのが何かに気付くんだ。悲しいことだけれどね……」
「嘘だ! 嘘だ! そんなのは……嘘だ」
アカリは声を荒らげたが、その声はすぐに弱々しいものに変わっていった。アカリの胸中の天秤は、“バルドルの言葉を信じたい”と思う気持ちの方に静かに傾いていく。
しかし、母から最後に聞いた言葉が耳の中に蘇った途端に、天秤は“バルドルの言葉を信じられない”と思う気持ちの方に、一気に傾いた。
……ピアノを続けられないのなら私の娘じゃない。
あの人に必要だったのは、あの人の代わりにピアノを弾いてくれる人だ。“灯”じゃあない!
「嘘だ。私はもう信じない!」
「アカリにとっての全ての真実はあの時の言葉だったのかもしれない。でも本当に、それだけが“灯”の全てだったのか?」
アカリはもう一度、自分の手に目を落とす。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
恋愛
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる