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【1章】晶乃と彩智
20.進化とともに成長した世代【2】
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「ところでお尋ねしますが、徳人さんはQV-10が出たとき、何歳でした?」
昔を懐かしむ徳人に、四季は思い出したように古いデジタルカメラの名前を出した。
「1995年か……俺は、中学生だったな」
QV-10は1995年にカシオが発売したデジタルカメラである。1/5型イメージセンサーに総画素数25万画素のデジカメで、各家庭にパソコンとインターネットが普及し始めていた時期だったこともあって、大ヒット商品となった。
フィルムを使わない記録方式を模索したカメラの歴史は決して短くない。デジタルカメラ以前にも「電子スチルカメラ」などと呼ばれる製品群が存在した。フロッピーディスクに情報を保存するSONYのマピカが登場したのは1981年のことである。
その後デジタル方式で画像を記録するデジタルカメラも商品化されたが、デジタルカメラの存在を世に知らしめ一般への普及を大きく促進させたという点で、QV-10はデジタルカメラの歴史を語る上で決して欠かせない機種である。
「見てよ。このボディ。今は全く見かけなくなったスイバル機構のデジタルカメラなんだよ」
四季がレトロなデジカメの棚からシルバーのボディのデジカメを持ってきた。レンズと本体が分離していて、レンズがくるくると回ることができるスイバル機構のデジカメは、初期にはよく見られたものである。
「今にしてみると、昔思っていたよりも大きいな」
徳人は四季から横13㎝、縦6㎝、幅4㎝のデジカメを受け取り、レンズを回してみる。スマホと比べて、厚みは言うまでもなく、横幅も心持ち大きい。
徳人は自分がまだデジカメを持っていなかった20年近く前に思いを馳せる。
「そう言えば、デジカメが出たばっかりのころは、俺がよく行っていた郊外の家電量販店ではパソコンの周辺機器のコーナーに置いてあったなぁ」
「そうでした? 私がよく行っていた家電量販店では、すぐにデジタルカメラコーナーを設置してカメラとして扱っていた気がしますけれどね」
徳人の記憶では藤沢写真機店ではフィルムとデジタルは別物と捉えながらも、基本的にカメラとして扱っていたように思う。徳人がそう言うと、四季は「父も凄く困っていたんですよ」と応じた。
「あの頃は、まだデジカメは海の物とも山の物とも知れないという感じで、メーカーも、量販店も、カメラ屋も、扱いに戸惑っていたんじゃないかなぁ。それが20年も経つと、カメラって言ったらデジタルが当たり前で、ケータイやスマホのおまけ機能ですごく綺麗な画像が撮れるわけじゃないですか。時代が変わったと言ってしまえばそれまでですけれど、少なくとも、彩智ちゃんとか一緒に来てた子は、フィルムどころかデジカメが100万画素ほどの荒い画像だった時代だって知らないでしょう?」
「あの頃をリアルタイムで知っている身としては、デジカメの進化は目まぐるしくてものすごく早く過ぎていったような気はするけれど、それでもちゃんと段階を踏んで、進化してきたことを知っているわけだからな。でも、その過程を知らない人間にとっては、完成されたものが目の前にあるのが当然なんだから、知らないことが当たり前なんだろ。君がマニュアルの車を運転できないのと、感覚はそんなに変わらないんじゃないか?」
「別に私の免許証はオートマ限定じゃないですよ。まぁ、マニュアル車を運転しろって言われたら全然練習していないので無理ですけれど。……そういう意味じゃなくて」
「いや。言いたいことは分かる。俺らが10年も20年も待った物が、あの子たちの目の前には、当たり前のように用意されている。最初から、あのスペックのデジカメを使うことが出来る今の若い子たちは、凄く幸せなんだろう」
徳人は空になったカップを押し出し、「やっぱりもう一杯淹れてくれ。今度は砂糖なしで」と言った。そのカップを取り上げる四季に、「それで、そんな若い子たちが羨ましい、と思っているわけだ」と茶化して言った。
四季はカウンターの中で、ポットのお湯をカップに注ぐ微かな音を立てながら、
「羨ましい、のかなぁ。あの子……言っていたんですよ。「クラシックカメラならぬクラシックデジカメ」って。そんなに時間が経ったのかなぁってつい思ってしまって。いえ、それよりも、私もデジカメの進化の横で成長した世代だったんだんだなぁって、今更気付いて、何だか寂しくなったんです」
答えると同時に、紅茶の入ったカップを盆にのせて歩いて来ると、徳人の前に置いた。砂糖は要らないと言ったのに、受け皿の上には小さな角砂糖が二つ、添えられている。
「自分で堂々とレトロなんて書いているくせに」
「レトロはちょっと古い。クラシックは凄く古い、アンティークはかなり古いってイメージがあるじゃないですか」
「レトロとかクラシックとかアンティークとかって言葉を古いって意味で捉えると間違うと思うんだけどな。それに、君はQV-10が出た時に5歳か6歳くらいだろ。一緒に成長したって言っても、デジカメの性能が上がっていくのを肌で知っている世代じゃないだろう」
「それでも、ものすごく年を取ったように感じるんです。その間に、私は東京で成功しようと頑張ったけれど果たせずに、結局、田舎で燻ってる。徳人さんはその間に、大企業のキャリアをあっさり捨てて、田舎で小説書きをやりながらセカンドライフの真っ只中。私と徳人さんだって、一緒に成長したはずなのにどこでこんなに差がついちゃったんでしょう。一緒にお風呂入ってた頃は、そんなふうになるなんて、思ってもいなかったのに」
その時、入り口のに付けられた鐘がカランとなり、次の瞬間、バタタッ! と派手な音が響いた。
徳人は入口の方に目をやると、先ほど話題に上がっていた彩智の友達の背の高いショートカットの女の子――水谷晶乃が段差を踏み外したらしく両手を付いて四つん這いになっていた。その目が泳ぎ、唇が震えている。慌てたように立ち上がろうとして、足を滑らせ、膝を打つ音が聞こえた。向こう脛を打ったらしくかなり痛そうだ。それでも、両目の端に涙を浮かべながら、立ち上がる。
「すみません。カメラを返しに来たんですが……ええと、お、お二人は、そういう関係だったのですか?」
と晶乃が動揺を隠しきれず震えの混じった声で言うのを、「勘違いだ!」と徳人は慌てて立ち上がりながら否定する。
昔を懐かしむ徳人に、四季は思い出したように古いデジタルカメラの名前を出した。
「1995年か……俺は、中学生だったな」
QV-10は1995年にカシオが発売したデジタルカメラである。1/5型イメージセンサーに総画素数25万画素のデジカメで、各家庭にパソコンとインターネットが普及し始めていた時期だったこともあって、大ヒット商品となった。
フィルムを使わない記録方式を模索したカメラの歴史は決して短くない。デジタルカメラ以前にも「電子スチルカメラ」などと呼ばれる製品群が存在した。フロッピーディスクに情報を保存するSONYのマピカが登場したのは1981年のことである。
その後デジタル方式で画像を記録するデジタルカメラも商品化されたが、デジタルカメラの存在を世に知らしめ一般への普及を大きく促進させたという点で、QV-10はデジタルカメラの歴史を語る上で決して欠かせない機種である。
「見てよ。このボディ。今は全く見かけなくなったスイバル機構のデジタルカメラなんだよ」
四季がレトロなデジカメの棚からシルバーのボディのデジカメを持ってきた。レンズと本体が分離していて、レンズがくるくると回ることができるスイバル機構のデジカメは、初期にはよく見られたものである。
「今にしてみると、昔思っていたよりも大きいな」
徳人は四季から横13㎝、縦6㎝、幅4㎝のデジカメを受け取り、レンズを回してみる。スマホと比べて、厚みは言うまでもなく、横幅も心持ち大きい。
徳人は自分がまだデジカメを持っていなかった20年近く前に思いを馳せる。
「そう言えば、デジカメが出たばっかりのころは、俺がよく行っていた郊外の家電量販店ではパソコンの周辺機器のコーナーに置いてあったなぁ」
「そうでした? 私がよく行っていた家電量販店では、すぐにデジタルカメラコーナーを設置してカメラとして扱っていた気がしますけれどね」
徳人の記憶では藤沢写真機店ではフィルムとデジタルは別物と捉えながらも、基本的にカメラとして扱っていたように思う。徳人がそう言うと、四季は「父も凄く困っていたんですよ」と応じた。
「あの頃は、まだデジカメは海の物とも山の物とも知れないという感じで、メーカーも、量販店も、カメラ屋も、扱いに戸惑っていたんじゃないかなぁ。それが20年も経つと、カメラって言ったらデジタルが当たり前で、ケータイやスマホのおまけ機能ですごく綺麗な画像が撮れるわけじゃないですか。時代が変わったと言ってしまえばそれまでですけれど、少なくとも、彩智ちゃんとか一緒に来てた子は、フィルムどころかデジカメが100万画素ほどの荒い画像だった時代だって知らないでしょう?」
「あの頃をリアルタイムで知っている身としては、デジカメの進化は目まぐるしくてものすごく早く過ぎていったような気はするけれど、それでもちゃんと段階を踏んで、進化してきたことを知っているわけだからな。でも、その過程を知らない人間にとっては、完成されたものが目の前にあるのが当然なんだから、知らないことが当たり前なんだろ。君がマニュアルの車を運転できないのと、感覚はそんなに変わらないんじゃないか?」
「別に私の免許証はオートマ限定じゃないですよ。まぁ、マニュアル車を運転しろって言われたら全然練習していないので無理ですけれど。……そういう意味じゃなくて」
「いや。言いたいことは分かる。俺らが10年も20年も待った物が、あの子たちの目の前には、当たり前のように用意されている。最初から、あのスペックのデジカメを使うことが出来る今の若い子たちは、凄く幸せなんだろう」
徳人は空になったカップを押し出し、「やっぱりもう一杯淹れてくれ。今度は砂糖なしで」と言った。そのカップを取り上げる四季に、「それで、そんな若い子たちが羨ましい、と思っているわけだ」と茶化して言った。
四季はカウンターの中で、ポットのお湯をカップに注ぐ微かな音を立てながら、
「羨ましい、のかなぁ。あの子……言っていたんですよ。「クラシックカメラならぬクラシックデジカメ」って。そんなに時間が経ったのかなぁってつい思ってしまって。いえ、それよりも、私もデジカメの進化の横で成長した世代だったんだんだなぁって、今更気付いて、何だか寂しくなったんです」
答えると同時に、紅茶の入ったカップを盆にのせて歩いて来ると、徳人の前に置いた。砂糖は要らないと言ったのに、受け皿の上には小さな角砂糖が二つ、添えられている。
「自分で堂々とレトロなんて書いているくせに」
「レトロはちょっと古い。クラシックは凄く古い、アンティークはかなり古いってイメージがあるじゃないですか」
「レトロとかクラシックとかアンティークとかって言葉を古いって意味で捉えると間違うと思うんだけどな。それに、君はQV-10が出た時に5歳か6歳くらいだろ。一緒に成長したって言っても、デジカメの性能が上がっていくのを肌で知っている世代じゃないだろう」
「それでも、ものすごく年を取ったように感じるんです。その間に、私は東京で成功しようと頑張ったけれど果たせずに、結局、田舎で燻ってる。徳人さんはその間に、大企業のキャリアをあっさり捨てて、田舎で小説書きをやりながらセカンドライフの真っ只中。私と徳人さんだって、一緒に成長したはずなのにどこでこんなに差がついちゃったんでしょう。一緒にお風呂入ってた頃は、そんなふうになるなんて、思ってもいなかったのに」
その時、入り口のに付けられた鐘がカランとなり、次の瞬間、バタタッ! と派手な音が響いた。
徳人は入口の方に目をやると、先ほど話題に上がっていた彩智の友達の背の高いショートカットの女の子――水谷晶乃が段差を踏み外したらしく両手を付いて四つん這いになっていた。その目が泳ぎ、唇が震えている。慌てたように立ち上がろうとして、足を滑らせ、膝を打つ音が聞こえた。向こう脛を打ったらしくかなり痛そうだ。それでも、両目の端に涙を浮かべながら、立ち上がる。
「すみません。カメラを返しに来たんですが……ええと、お、お二人は、そういう関係だったのですか?」
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