切り取られた世界の中で、広がる世界 ~初心者カメラ女子高生のエンジョイフォト~

弐式

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【1章】晶乃と彩智

24.新たな出会い

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 晴れた空に漂う雲の流れが速い。そして遮蔽物の少ない屋上の風は強く、4月の風はまだ肌寒い。駅伝部員から逃れて屋上に来た彩智は、落下防止用の柵に背中を預けて空を見上げていた。ちょっと埃っぽい屋上で何だか昼ご飯を食べる気にもならず、蓋をしたままの小さな弁当箱を、伸ばした足の膝の横に置いた。

「何で諦めてくれないんだろう。そんなに守りたいものなのかなぁ。そんなに、守らなきゃ、いけないものなのかなぁ」

 はぁ、とため息をつく。

「私は何でこんな所にいるんだろ」

 と考えると、何だかふつふつと怒りが湧いてきた。

「……ってか、何で私が逃げ隠れしなきゃならないのよっ!」

 ムキーッ! と両腕を突き上げた彩智の耳に、クスクスという押し殺した笑い声が聞こえた。右の方に目を向けると、長身の男が立っていた。晶乃と比べても大分高く見える。整った顔立ちに、ふわっとした髪型の、世間一般で言うところのイケメンだろう。

 素早く名札に視線を走らせる。『伊庭』と書かれた苗字の下には、3年であることを示す緑のラインが引いてある。そして、その手の中には随分クラシカルな外観のカメラが握られている。

「さっきから、落ち込んだり腹を立てたり、忙しそうだな」

「何か御用ですか? ……撮らないでくださいね」

「撮るなら、声をかける前に撮ってるさ。……君は、ひょっとして桑島先生の?」

「先輩はひょっとして、写真研究部の先輩ですか?」

「ああ」

 と答えた伊庭は、何も言わずに彩智と同じように柵に背を預けるように、彩智の横に座る。

「俺も、先生の葬儀には参列していたんだが、見覚えはないか?」

「すみません。あの時は忙しくて……。平木部長や岩井副部長も参列してくださっていたみたいですね。私は全然気付かなかったんですが」

「そうか」

「ところで、何かを撮影に来たんじゃ?」

「帰りにフィルムを現像に出そうと思っていたけれど、3枚ほど残っていてね」

 彩智の方にいきなりレンズを向けられ、シャッターが切られた。機械式カメラ特有のカシャっというシャッター音は、デジカメのそれとは違う。

「いきなり撮らないでください」

「まあ、そう言うなよ。写真研究部がなくなったら、学校にカメラを持ってくることもなくなるからな。一応、この学校は一部の例外を除いてカメラの持ち込みは禁止なんだよ。スマホとか携帯電話のカメラ機能があるから建前でしかないんだけれどな。俺は写真部に移る気はないから、最後にこの学校を色々と撮っておこうと思ってな」

「はぁ、そうですか……」

 と空返事をした彩智は、聞き流しかけた言葉の意味を1秒後に理解し、はっと顔を上げた。

「写真研究部が無くなるって、どういう意味ですか?」

「そのままの意味。予定では、5月末日をもって写真研究部は解散。写真部に合流することになる。俺は写真部の連中は大嫌いだから、一緒にやる気はないけれどな。まぁ、写真研究部は居心地よかったから所属はしていたけれど、写真なんて何処でも撮れるし、学校に縛られて撮るものでもないしな」

 伊庭がカメラの左側についている小さな円形の部品――巻取りクランクを回しながら話している間、彩智が考えていたのは、廃部になるのは、先日の件だろうか、ということだった。自分が怪我をしたことで、一つの部が潰れてしまったら、自分が被害者とはいえ寝覚めが悪い。

「ひょっとして私のせ――」

 謝ろうとしてしまった彩智の言葉が、小さなカチリという音で止められた。いつの間にか、伊庭が持っているカメラの裏蓋が開かれた音だった。巻き取りが終わった小さな円筒状のフイルムの外装を抜き出して、そして閉じられるのを何となく眺める。

 何を言おうとしたのか、一瞬飛んでしまった彩智の目の前に、伊庭が「やる」とカメラを突き出してきた。思わず受け取ってしまった。思ったよりも重さはない。こすれなどの多いボディが、作られて人の手に渡って長い時間が経っていることを思わせる。

「こんなの……受け取れません」

 慌てて突き返そうとする。受け取ったら悪いというより、渡されても困るというものだ。

「気にするな。どうせ、中古リサイクルショップのジャンク品コーナーで投げ売りしてあったカメラだ」

 彩智が本当に困っているのを気が付いていないらしく、大きく伸びをした伊庭は、「そういう意味じゃなくて……」という彩智の抗議の声は無視して、「午後からの授業に遅れるなよ」という言葉を残してスタスタと去っていった。

 慌てて立ち上がり追いかけようとした彩智だったが、伊庭は屋上から校舎の中に戻ってしまって手の中の古いカメラだけが残された。
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