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1章 新人冒険者とサポーター
02. 初依頼
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ディラルドは、一階が食事処となっている『ウサギの憩い亭』で朝食をとりながら今日の予定を熟考していた。王都内で受けられる依頼は様々なものがあり、ギルドに依頼されていない日はないと言ってよいくらい多い。昨日、フィオナに伝えたように今日と明日は、王都案内を兼ねるため、どのような依頼が最適かということを考えていた。
(うーん、あんまり時間がかかる依頼は向いてないよなー)
「おはようございます、ディラルドさん」
ディラルドが普段ギルドに出されているような依頼を思い浮かべていると、すでに準備万端なフィオナが目の前の席に座った。
「おはよう、フィオナさん。もう朝ごはんは食べたの?」
「今日はすごく早く目が覚めちゃって……。だから、朝ごはんも早いうちにいただいちゃいました」
一つにくくった髪の先を触りながらフィオナは照れくさそうに笑う。
(まぁ、僕も最初の頃はやたらと張り切って早起きしてたからなぁ)
自分が新人だった頃を思い出し、ディラルドも笑う。今のディラルドもそれなりに早起きで、食事をとるのも早い方だが、フィオナは食堂が開くとほぼ同時に朝食をとりに来たようだった。
「あの、昨日みたいに私のことはフィオナでいいですよ。これから色々教えていただくわけですし……」
「ん、分かった。僕のこともディルでいいよ? 敬語もいらないし」
最後に残ったコーヒーを飲みながら、ディラルドはそう伝える。ディラルドの言葉を聞いたフィオナは、しかし、勢いよく首を横に振って答える。
「そんな、敬語を外すなんてできませんよ! 私のほうが年下ですし……。あ、でも、呼び方はディルさんと呼ばせてもらいます!」
「フィオナって16歳だっけ? 三つしか違わないし、そんなに気にしなくていいのに」
実際ギルドの冒険者たちでイニィルやスティーリアといったディラルドよりも年下の者も、ディラルドに敬語を使うことはあまりない。
その中にはディラルドがサポーターであることを馬鹿にしてそうしている者たちもいるが、ディラルドに親しみを感じ敬意を払っているものも多い。
「ま、その辺はおいおいってところで。とりあえず今日の予定をざっくり話そうかな」
ディラルドのそのセリフにあわあわしていたフィオナは居住まいを正す。
「昨日も言った通り、今日と明日は王都内で完結する依頼を受けよう。午前中に1つか2つ、午後に2つか3つかな。今日は、商業街である東区――この辺の依頼と、職人街の南区の依頼にしよう。時間があれば、中央にある王城の方まで行ってもいいかもね」
「東区が商業街、南区が職人街……」
覚えるためにフィオナはぶつぶつとディラルドの言葉を繰り返す。王都はさらに貴族街の北区と開発から取り残された旧市街のある西区があり、それぞれの街区が小規模の街並みの大きさを誇っている。乗り合い竜車がそれぞれの街区をつないでおり、それなりに移動はしやすくなっているものの、冒険者たちは依頼を受ける都合上歩き回ることの方が多い。
「じゃあ、ギルドに行って依頼を受けに行こうか」
食事を摂り終えたディラルドはそう言って立ち上がり、宿の女将にお礼の言葉をかける。フィオナもディラルドの後を追って、立ち上がり宿の出入り口へと向かう。
そんな二人に宿の女将から、
「二人とも、頑張ってくるんだよ!」
と、声がかけられる。それに対し、ディラルドは軽くうなずき、フィオナは嬉しそうに大きく頷いた。
二人がギルドに到着すると、中にはそれなりの冒険者たちがそろっていた。いつものギルドの様子をちらりとみたディラルドは依頼の貼ってある一角へと足を進める。
「基本的に依頼はここに張り出されていて、随時更新されるから。この中から受けたい依頼票をはがして受付にもっていくんだ。依頼種別とランクごとに張り出されていて、自分のランクより一つ上の依頼ランクのものまで受けられるから」
ディラルドの説明にフィオナはこくこくと頷く。そして、依頼票を眺める。ランクごとに分けられているとはいえ、その数はかなりのものでありその中から目当ての依頼を探すのはかなり骨が折れそうだ。
「とりあえず午前と午後の分、合わせて自分で選んでみなよ。今日一日で完了させるつもりだから、そのことも踏まえて」
「わ、わかりました……」
フィオナはおずおずと依頼板に近づく。街中での依頼であるから、種別は『支援』にあたる。その一角で、さらに、G、F級の依頼に目を通していく。
(あれ、これって王都の街区ごとに分けられてる……? だったら、この辺を探していけば……)
フィオナが見ている場所には商業街の依頼が固まっていた。その中から、午前中に終わりそうなものを一枚見つけるとその依頼票を剥がし、次に職人街の依頼を探し始めた。
それからしばらくして――。
「ディルさん、この三つにしようと思うんですけどどうですか?」
フィオナが持ってきた三枚の依頼票にディラルドは目を通す。内容は商業街での『目玉商品の開発』、職人街での『商品の試着』『商品の納品の手伝い』。すべてG級の依頼で、今日中に終わらせることができる。
「うん、内容はいいと思う。でも、これだと依頼料少な目だけど大丈夫?」
G級の支援依頼はほぼ誰でも達成可能なので報酬は低めになってる。だから、ワンランク上の依頼まで受けることが許されているのだ。
「はい。初日ですし……。まだ持ってきたお金もありますから。王都の様子を掴むのと、しっかり依頼をこなすことを目的にしようかと思って」
「なるほど。うん、わかった。じゃあ、受付で手続きしてこようか」
二人は、依頼票をもって受付に向かう。いくつかある依頼受付カウンターの前にはそれぞれ、数人の冒険者たちが並んでいる。二人は、適当な列を選んで最後尾につく。
「でも、ギルドの依頼ってほんとにいろいろあるんですね?」
先ほど見た依頼票を思い出し名がらフィオナはディラルドに話しかける。実際、今回受けるのようなもののほかに、家庭教師やベビーシッター、果てには素行調査といったようなものまであった。
「まぁね。ギルドの方も積極的に依頼を出してもらうようにしてるみたいだし。ただ、問題もあるけど……」
「問題……ですか?」
「うん、それは――」
ディラルドが答えようとしたとき、受付から声がかかった。二人は、会話を中断して依頼票を受付に提出する。
「はい、了解しました。それでは、こちらの書類をお持ちください。依頼の詳細が書かれております。達成したら、その書類に依頼主からのコメントをもらってください。その紙を提出していただいたら、依頼達成ととなります」
「はい、わかりました」
フィオナの真剣な表情に、受付の男性はにっこり笑う。
「初依頼ですね、頑張ってください! ディル、しっかりサポートしてあげてください」
「ん、了解」
ディラルドは短く返事を返し、フィオナとともにギルドの出口へと向かう。最初の依頼は、ギルドと同じ東区だから移動は徒歩である。早い店はすでに開店しており、通りはそこそこにぎわい始めていた。フィオナは、その様子をきょろきょろと眺めながら歩いていく。
「えっと、この店ですよね。すみませーん」
最初の依頼の『目玉商品の開発』は、ギルドから数分歩いたところに位置した店だった。開店予定はちょうど一週間後ということもあり、店の外観は整っている。
二人が声をかけて店の中に入ると責任者らしき男性が走り寄ってきた。
「もしかして、ギルドからきた冒険者の人たち?」
「あ、はい。えっと、私が依頼を受けたフィオナ・セスタです」
「僕はサポーターのディラルド・アッシュです」
フィオナが少々緊張気味に答えているのを見て、アッシュは彼女の肩に手を置きながら答える。
「そっか、僕はここの店長のアントン・メイスンだよ。今日はよろしくね。早速、依頼内容の説明をしてもいいかい?」
アントンの言葉に二人が頷いたのを確認して、依頼の内容が説明される。その内容とは、アントンの店――料理店なのだが――で、目玉料理となる試食に付き合ってほしいとのことだった。現在の試作候補は五品。それらを食べ比べてどれがよいかを決めてほしいとのことだった。
「知り合いに頼むよりももっと客観的な意見がほしくてね。悪いが協力してくれるかい?」
「わ、わかりました」
「……フィオナ、五品も食べれるの?」
いくら早起きして朝食を食べていたとはいえ、昼食にはまだまだ早い。見るからに小食そうな――実際、昨日の昼食もハーフサイズだった――フィオナが、いくら試食用の小さいサイズとはいえ五品も食べれるとは思わないディラルドは小声で尋ねる。
(お昼からの仕事に影響してもよくないしなー)
「だ、大丈夫です。食べれます……!たぶん……。えっと、いざとなったら食べてもらえますか?」
勢い込んで言ったもののやはり自身がないのか、おずおずとディラルドの方を見てそんなことを聞いてくる。ディラルドは苦笑しながら頷き、答えた。
「ま、もちろんそうするけどね。でも、どの料理も一口はちゃんと食べてフィオナが判断するんだよ?」
「はい……! アントンさん、よろしくお願いします!」
ディラルドの言葉に再び気合を入れなおし、アントンの方に向き直る。その様子は、まるでこれから決闘にでも挑むかのようだ。実際、小食のフィオナが五品もの料理を食べるのだ。しかも、初依頼で失敗したくないという気持ちもある。そのような気持ちになるもの無理はない。
アントンはそんなフィオナの様子に引きつった笑いを浮かべると、ディラルド達を店内の席に案内し、慌てて料理の準備し始める。
そして、フィオナが席について少し落ち着いた頃、五品の料理が運ばれてきた。試食用に小さめのサイズで準備されているが、どの料理も彩がよく、美味しそうだった。これには緊張で顔が硬くなっていたフィオナも表情を綻ばせる。
「それでは召し上がってください」
アントンのその言葉にフィオナは料理に手を付け始める。ちなみにディラルドは同じ席で、コーヒーを頂きながら、フィオナが食べきれない料理が出るのを待っている。傍から見ると、すごい光景だが、そんなことを気にかける余裕はフィオナにはない。
目の前の料理を味わいながら、真剣に、どの料理がいいか考えている。もちろん、一皿全部食べることはせずに、ある程度のところで次の皿に移り、残りをディラルドに渡している。
そんなことを繰り返し、フィオナはついに全品の試食を終えた。最後に入れてもらった紅茶を飲み干すと、目を瞑りしばし黙考した。そして、目を開くと立ち上がり、アントンに目を向ける。
「アントンさん、一つお聞きしたいんですが、これらの料理は見た目や使ってる素材からしてどちらかというと女性をターゲットとしていますよね?」
アントンはフィオナの言葉に頷くと、それがどうかしたんだろうか、と訝しげにフィオナの次の言葉を待つ。
「そうですか……。どの料理も美味しかったです。でも、女性向けにするには少々、味付けが濃いといいますか、全体的に塩分が多いと思います。ギルドが近くにあるから冒険者の女性も客層になるかとは思いますが、この味付けだとギルドの味付けと差別化が難しいかと……。どちらかというと、もう少し柔らかなといいますか、優しい味付けにした方がいいんじゃないでしょうか?」
フィオナはどの料理を選ぶでもなく、そのようなことを告げた。確かに、ギルドの食堂の味付けは全体的に濃い。どちらかというと、男性の多いギルドではそのような味付けが好まれるからだ。対して、アントンの料理は、フィオナが言うように見た目や素材は明らかに女性向けなのに味付けは濃い目にしてあった。
「な、なるほど……。確かに、言われてみればそうだ。冒険者の女性はああいう味付けを好むかと思っていただが……。」
アントンは顎に手をやりしばらく考えると、ぱっと笑みを浮かべた。
「いや、ありがとう! 冒険者の女性から貴重な意見を聴けて良かったよ! フィオナさんの意見を参考にもう少し練ってみるとしよう。依頼は、これで達成ということにしておくよ。いや、本当にありがとう。店がオープンしたら、ぜひ食べに来てくれ。もちろんディラルド君も。依頼は」
アントンはそう言って、ギルドからの書類にコメントとサインをしてフィオナに渡した。
「あ、ありがとうございます。是非、また寄せてもらいますね」
「僕も、目玉商品がどうなるか楽しみにしてますね」
フィオナとディラルドはそう言って、店をでる。
店を出てしばらく歩くと、フィオナが突然顔を覆ってしまった。その様にディラルドは慌ててしまう。
「ちょっ!? どうしたの、フィオナ?」
「うう……。でしゃばっちゃいました……。私、料理人でもないのに……」
どうやら先ほどの依頼の件を気にしているらしく、フィオナの耳は恥ずかしさからか赤くなっている。
「いや、むしろあそこでちゃんと意見を言えたのは立派だよ。見当違いな意見だったら、アントンさんもあんな風に喜ばなかっただろうしね」
ディラルドはそう言って、ぽんぽんと、軽くフィオナの頭をたたく。ディラルドの言動に、フィオナはまだ頬の赤みはとれていないが、そうでしょうか、と小さく呟いて顔を上げた。
「うん、そうだよ。自信を持ちなよ。それと、初依頼達成おめでとう」
ディラルドのその言葉にフィオナは目を見開き、次の瞬間に、
「はい……!」
満面の笑みを浮かべたのだった。
(うーん、あんまり時間がかかる依頼は向いてないよなー)
「おはようございます、ディラルドさん」
ディラルドが普段ギルドに出されているような依頼を思い浮かべていると、すでに準備万端なフィオナが目の前の席に座った。
「おはよう、フィオナさん。もう朝ごはんは食べたの?」
「今日はすごく早く目が覚めちゃって……。だから、朝ごはんも早いうちにいただいちゃいました」
一つにくくった髪の先を触りながらフィオナは照れくさそうに笑う。
(まぁ、僕も最初の頃はやたらと張り切って早起きしてたからなぁ)
自分が新人だった頃を思い出し、ディラルドも笑う。今のディラルドもそれなりに早起きで、食事をとるのも早い方だが、フィオナは食堂が開くとほぼ同時に朝食をとりに来たようだった。
「あの、昨日みたいに私のことはフィオナでいいですよ。これから色々教えていただくわけですし……」
「ん、分かった。僕のこともディルでいいよ? 敬語もいらないし」
最後に残ったコーヒーを飲みながら、ディラルドはそう伝える。ディラルドの言葉を聞いたフィオナは、しかし、勢いよく首を横に振って答える。
「そんな、敬語を外すなんてできませんよ! 私のほうが年下ですし……。あ、でも、呼び方はディルさんと呼ばせてもらいます!」
「フィオナって16歳だっけ? 三つしか違わないし、そんなに気にしなくていいのに」
実際ギルドの冒険者たちでイニィルやスティーリアといったディラルドよりも年下の者も、ディラルドに敬語を使うことはあまりない。
その中にはディラルドがサポーターであることを馬鹿にしてそうしている者たちもいるが、ディラルドに親しみを感じ敬意を払っているものも多い。
「ま、その辺はおいおいってところで。とりあえず今日の予定をざっくり話そうかな」
ディラルドのそのセリフにあわあわしていたフィオナは居住まいを正す。
「昨日も言った通り、今日と明日は王都内で完結する依頼を受けよう。午前中に1つか2つ、午後に2つか3つかな。今日は、商業街である東区――この辺の依頼と、職人街の南区の依頼にしよう。時間があれば、中央にある王城の方まで行ってもいいかもね」
「東区が商業街、南区が職人街……」
覚えるためにフィオナはぶつぶつとディラルドの言葉を繰り返す。王都はさらに貴族街の北区と開発から取り残された旧市街のある西区があり、それぞれの街区が小規模の街並みの大きさを誇っている。乗り合い竜車がそれぞれの街区をつないでおり、それなりに移動はしやすくなっているものの、冒険者たちは依頼を受ける都合上歩き回ることの方が多い。
「じゃあ、ギルドに行って依頼を受けに行こうか」
食事を摂り終えたディラルドはそう言って立ち上がり、宿の女将にお礼の言葉をかける。フィオナもディラルドの後を追って、立ち上がり宿の出入り口へと向かう。
そんな二人に宿の女将から、
「二人とも、頑張ってくるんだよ!」
と、声がかけられる。それに対し、ディラルドは軽くうなずき、フィオナは嬉しそうに大きく頷いた。
二人がギルドに到着すると、中にはそれなりの冒険者たちがそろっていた。いつものギルドの様子をちらりとみたディラルドは依頼の貼ってある一角へと足を進める。
「基本的に依頼はここに張り出されていて、随時更新されるから。この中から受けたい依頼票をはがして受付にもっていくんだ。依頼種別とランクごとに張り出されていて、自分のランクより一つ上の依頼ランクのものまで受けられるから」
ディラルドの説明にフィオナはこくこくと頷く。そして、依頼票を眺める。ランクごとに分けられているとはいえ、その数はかなりのものでありその中から目当ての依頼を探すのはかなり骨が折れそうだ。
「とりあえず午前と午後の分、合わせて自分で選んでみなよ。今日一日で完了させるつもりだから、そのことも踏まえて」
「わ、わかりました……」
フィオナはおずおずと依頼板に近づく。街中での依頼であるから、種別は『支援』にあたる。その一角で、さらに、G、F級の依頼に目を通していく。
(あれ、これって王都の街区ごとに分けられてる……? だったら、この辺を探していけば……)
フィオナが見ている場所には商業街の依頼が固まっていた。その中から、午前中に終わりそうなものを一枚見つけるとその依頼票を剥がし、次に職人街の依頼を探し始めた。
それからしばらくして――。
「ディルさん、この三つにしようと思うんですけどどうですか?」
フィオナが持ってきた三枚の依頼票にディラルドは目を通す。内容は商業街での『目玉商品の開発』、職人街での『商品の試着』『商品の納品の手伝い』。すべてG級の依頼で、今日中に終わらせることができる。
「うん、内容はいいと思う。でも、これだと依頼料少な目だけど大丈夫?」
G級の支援依頼はほぼ誰でも達成可能なので報酬は低めになってる。だから、ワンランク上の依頼まで受けることが許されているのだ。
「はい。初日ですし……。まだ持ってきたお金もありますから。王都の様子を掴むのと、しっかり依頼をこなすことを目的にしようかと思って」
「なるほど。うん、わかった。じゃあ、受付で手続きしてこようか」
二人は、依頼票をもって受付に向かう。いくつかある依頼受付カウンターの前にはそれぞれ、数人の冒険者たちが並んでいる。二人は、適当な列を選んで最後尾につく。
「でも、ギルドの依頼ってほんとにいろいろあるんですね?」
先ほど見た依頼票を思い出し名がらフィオナはディラルドに話しかける。実際、今回受けるのようなもののほかに、家庭教師やベビーシッター、果てには素行調査といったようなものまであった。
「まぁね。ギルドの方も積極的に依頼を出してもらうようにしてるみたいだし。ただ、問題もあるけど……」
「問題……ですか?」
「うん、それは――」
ディラルドが答えようとしたとき、受付から声がかかった。二人は、会話を中断して依頼票を受付に提出する。
「はい、了解しました。それでは、こちらの書類をお持ちください。依頼の詳細が書かれております。達成したら、その書類に依頼主からのコメントをもらってください。その紙を提出していただいたら、依頼達成ととなります」
「はい、わかりました」
フィオナの真剣な表情に、受付の男性はにっこり笑う。
「初依頼ですね、頑張ってください! ディル、しっかりサポートしてあげてください」
「ん、了解」
ディラルドは短く返事を返し、フィオナとともにギルドの出口へと向かう。最初の依頼は、ギルドと同じ東区だから移動は徒歩である。早い店はすでに開店しており、通りはそこそこにぎわい始めていた。フィオナは、その様子をきょろきょろと眺めながら歩いていく。
「えっと、この店ですよね。すみませーん」
最初の依頼の『目玉商品の開発』は、ギルドから数分歩いたところに位置した店だった。開店予定はちょうど一週間後ということもあり、店の外観は整っている。
二人が声をかけて店の中に入ると責任者らしき男性が走り寄ってきた。
「もしかして、ギルドからきた冒険者の人たち?」
「あ、はい。えっと、私が依頼を受けたフィオナ・セスタです」
「僕はサポーターのディラルド・アッシュです」
フィオナが少々緊張気味に答えているのを見て、アッシュは彼女の肩に手を置きながら答える。
「そっか、僕はここの店長のアントン・メイスンだよ。今日はよろしくね。早速、依頼内容の説明をしてもいいかい?」
アントンの言葉に二人が頷いたのを確認して、依頼の内容が説明される。その内容とは、アントンの店――料理店なのだが――で、目玉料理となる試食に付き合ってほしいとのことだった。現在の試作候補は五品。それらを食べ比べてどれがよいかを決めてほしいとのことだった。
「知り合いに頼むよりももっと客観的な意見がほしくてね。悪いが協力してくれるかい?」
「わ、わかりました」
「……フィオナ、五品も食べれるの?」
いくら早起きして朝食を食べていたとはいえ、昼食にはまだまだ早い。見るからに小食そうな――実際、昨日の昼食もハーフサイズだった――フィオナが、いくら試食用の小さいサイズとはいえ五品も食べれるとは思わないディラルドは小声で尋ねる。
(お昼からの仕事に影響してもよくないしなー)
「だ、大丈夫です。食べれます……!たぶん……。えっと、いざとなったら食べてもらえますか?」
勢い込んで言ったもののやはり自身がないのか、おずおずとディラルドの方を見てそんなことを聞いてくる。ディラルドは苦笑しながら頷き、答えた。
「ま、もちろんそうするけどね。でも、どの料理も一口はちゃんと食べてフィオナが判断するんだよ?」
「はい……! アントンさん、よろしくお願いします!」
ディラルドの言葉に再び気合を入れなおし、アントンの方に向き直る。その様子は、まるでこれから決闘にでも挑むかのようだ。実際、小食のフィオナが五品もの料理を食べるのだ。しかも、初依頼で失敗したくないという気持ちもある。そのような気持ちになるもの無理はない。
アントンはそんなフィオナの様子に引きつった笑いを浮かべると、ディラルド達を店内の席に案内し、慌てて料理の準備し始める。
そして、フィオナが席について少し落ち着いた頃、五品の料理が運ばれてきた。試食用に小さめのサイズで準備されているが、どの料理も彩がよく、美味しそうだった。これには緊張で顔が硬くなっていたフィオナも表情を綻ばせる。
「それでは召し上がってください」
アントンのその言葉にフィオナは料理に手を付け始める。ちなみにディラルドは同じ席で、コーヒーを頂きながら、フィオナが食べきれない料理が出るのを待っている。傍から見ると、すごい光景だが、そんなことを気にかける余裕はフィオナにはない。
目の前の料理を味わいながら、真剣に、どの料理がいいか考えている。もちろん、一皿全部食べることはせずに、ある程度のところで次の皿に移り、残りをディラルドに渡している。
そんなことを繰り返し、フィオナはついに全品の試食を終えた。最後に入れてもらった紅茶を飲み干すと、目を瞑りしばし黙考した。そして、目を開くと立ち上がり、アントンに目を向ける。
「アントンさん、一つお聞きしたいんですが、これらの料理は見た目や使ってる素材からしてどちらかというと女性をターゲットとしていますよね?」
アントンはフィオナの言葉に頷くと、それがどうかしたんだろうか、と訝しげにフィオナの次の言葉を待つ。
「そうですか……。どの料理も美味しかったです。でも、女性向けにするには少々、味付けが濃いといいますか、全体的に塩分が多いと思います。ギルドが近くにあるから冒険者の女性も客層になるかとは思いますが、この味付けだとギルドの味付けと差別化が難しいかと……。どちらかというと、もう少し柔らかなといいますか、優しい味付けにした方がいいんじゃないでしょうか?」
フィオナはどの料理を選ぶでもなく、そのようなことを告げた。確かに、ギルドの食堂の味付けは全体的に濃い。どちらかというと、男性の多いギルドではそのような味付けが好まれるからだ。対して、アントンの料理は、フィオナが言うように見た目や素材は明らかに女性向けなのに味付けは濃い目にしてあった。
「な、なるほど……。確かに、言われてみればそうだ。冒険者の女性はああいう味付けを好むかと思っていただが……。」
アントンは顎に手をやりしばらく考えると、ぱっと笑みを浮かべた。
「いや、ありがとう! 冒険者の女性から貴重な意見を聴けて良かったよ! フィオナさんの意見を参考にもう少し練ってみるとしよう。依頼は、これで達成ということにしておくよ。いや、本当にありがとう。店がオープンしたら、ぜひ食べに来てくれ。もちろんディラルド君も。依頼は」
アントンはそう言って、ギルドからの書類にコメントとサインをしてフィオナに渡した。
「あ、ありがとうございます。是非、また寄せてもらいますね」
「僕も、目玉商品がどうなるか楽しみにしてますね」
フィオナとディラルドはそう言って、店をでる。
店を出てしばらく歩くと、フィオナが突然顔を覆ってしまった。その様にディラルドは慌ててしまう。
「ちょっ!? どうしたの、フィオナ?」
「うう……。でしゃばっちゃいました……。私、料理人でもないのに……」
どうやら先ほどの依頼の件を気にしているらしく、フィオナの耳は恥ずかしさからか赤くなっている。
「いや、むしろあそこでちゃんと意見を言えたのは立派だよ。見当違いな意見だったら、アントンさんもあんな風に喜ばなかっただろうしね」
ディラルドはそう言って、ぽんぽんと、軽くフィオナの頭をたたく。ディラルドの言動に、フィオナはまだ頬の赤みはとれていないが、そうでしょうか、と小さく呟いて顔を上げた。
「うん、そうだよ。自信を持ちなよ。それと、初依頼達成おめでとう」
ディラルドのその言葉にフィオナは目を見開き、次の瞬間に、
「はい……!」
満面の笑みを浮かべたのだった。
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