クロガネはミスリルと踊る

神崎

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1章 新人冒険者とサポーター

03. 貴族

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 王都内での依頼二日目――。
 昨日は、午前の依頼に引き続き午後の依頼も問題なくこなすことができたといえる。もちろん、G級の依頼なのでこなせて当たり前といえば当たり前なのだが、フィオナは充実感を感じていた。
 『ウサギの憩い亭』で朝食をとりながら、昨日のことを思い出し微笑みを浮かべる。初依頼ということもあって緊張していたが、どの依頼主もフィオナの仕事に満足して喜んでくれた。


(うん、やっぱり人の役に立つって嬉しいな……。まだまだ、これからが大変なんだろうけど、冒険者になってよかった。今日も頑張らなくちゃ……!)


 そうやって気合を入れていると、二階からディラルドがあくびをしながら下りてきた。


「ディルさん、おはようございます」
「ふぁ~、おはよう、フィオナ……。エナさん、僕にも朝ごはんお願い」


 ディラルドは宿の女将にそう声をかけると、フィオナの向かい側の席に座る。


「なんか眠そうですね……。昨日寝たの遅かったんですか?」
「うん、ちょっと報告書を書いてたんだ。報告書書くのはサポーターの仕事の一つだからね」


 首を傾げたフィオナにそう答えて、ディラルドはまたあくびをする。サポーターが書く報告書は、自分がどのように新人をフォローしたかということと、新人がどうだったかを記す必要がある。これは、ギルドがその新人がどの程度冒険者としてやっていけるを知るための指針の一つとしているからだ。


「全く、シャキッとしないかい。そんなんじゃフィオナちゃん呆れちゃうよ!」
 

 ディラルドがあくびを連発していると、宿の女将――エナがディラルドの食事を運んできた。その顔には呆れの色が強く浮かんでいる。


「う、わかったよ……。フィオナに呆れられるのは先輩としても困るし」


 そう言って、頬を手のひらで叩いて、軽く頭を振る。そして、エナが入れてくれたコーヒーを一口飲むと、少しすっきりしたようで、続いて食事に手を付け始める。


「ディルさん、今日は、北区と西区の依頼を受けるんですよね?」
「そうだね。後はできれば王城の方もみせたいかな。ただ、北区と西区はややこしい依頼が多いからなぁ。時間ないかも。まぁ、王都で腰を落ち着けて仕事するならそのうち見る機会もあるだろうけど」


 ディラルドは過去に自分が受けたその街区の依頼を思い出して渋い表情を見せる。貴族街から寄せられる依頼は無理難題を言ってくるものが多い。そうでなくとも、王都の外に出なければ達成できないものがほとんどを占めている。もちろん、そうでない依頼もあるが、それは貴族の子女に対する家庭教師だったりするので、フィオナには荷が思いだろう。


(ちょうどいい依頼があるといいんだけど……。西区は西区で、なかなか大変だしな。でも王都にいる以上この二つの依頼は絶対に今受けとくべきなんだよね)


「そんなに大変なんですか……?」


 ディラルドが黙り込んでしまったの見て不安に思ったのか、フィオナは恐る恐る尋ねる。


「うーん……。フィオナのいた街に貴族は結構いた?」
「私がいた街ですか? えっと、そんなにはいなかったです。街の領主様とその方の私兵が貴族だったくらいです。いい方でしたよ」
「そっか。それじゃあ、王都の貴族街の参考にはならないかな……。説明するよりとりあえず依頼を受けたほうが早い気がするな」


 下手に先入観を持たない方がいいだろうと考えて、ディラルドはその話題を打ち切った。フィオナはディラルドの態度を不安に思っていたが、昨日の依頼でもディラルドが色々フォローしてくれたことを思い出し、彼が付いていてくれるならきっと大丈夫と自分に言い聞かせ朝食の残りに取り掛かった。



 


 商業街である東区の熱気あふれる賑やかさや職人街である南区の堅気気質を感じさせる雰囲気とは違い、貴族街である北区は一種独特な雰囲気を放っていた。
 北区の入り口近くには王立のアカデミーが建っており、そのあたりはまだ学生の醸し出す賑やかさがあるのだが、そこからさらに街中に進むと、厳かさと華やかさが並立していた。


「何ていうか、歩いている人たちの雰囲気も違うんですね……」


 フィオナが周りを見渡しながら呟く。
 通りを歩いている人のほとんどが貴族であり、着ているものもその品質の良さがわかるようなものばかりだった。また、商業街や職人街の通りとは違い走っている人や大きな荷物を持っている人は見当たらず、皆、自分の後ろに従者を従えゆっくりと歩いているのだった。


「フィオナ、気持ちはわかるけどあまりきょろきょろしない方がいいよ。中にはいちゃもんをつけてくる人もいるから」


 小声でディラルドはフィオナを窘める。貴族の中には平民を見下しているものも多いため、下手な行動をとると、目をつけられてしまう可能性があるのだ。ディラルドが小声でさらにそう説明すると、フィオナは慌ててこくこくと頷くと、周りを見るのをやめ、前だけを見るようになった。そのかちかちになってる様子をみて、ディラルドは苦笑する。


「えっと、依頼人の住所はここですよね」


 フィオナが緊張した様子で歩くことしばらく、依頼書に書かれた住所に二人はやってきた。そこは貴族街の中でもかなり大きい屋敷であり、貴族階級が高いであろうことを伺わせていた。
 フィオナは扉の前に立つと一つ大きく息をついて、呼び鈴を鳴らした。


「どちら様でしょうか?」
「あ、冒険者ギルドから参りましたフィオナといいます。出されている依頼についてお伺いに来たのですが」


 出てきたメイドにフィオナが訪問の理由を告げると、二人は屋敷の部屋へと案内された。おそらくは何部屋かあるであろう訪問者用の部屋の中ではランクの低い部屋であるが、それでも高級な調度品が取り揃えられており、その雰囲気がフィオナの緊張をさらに煽っていた。


「ふん、貴様らがわしの依頼を受けるという冒険者か」


 ディラルドがフィオナの緊張具合に見かねて声をかけようとしたとき、恰幅のいい男が家令らしき男性を連れて部屋にはいってきた。この男が屋敷の主人であり、今回、ギルドに依頼を出した貴族なのだろう。


「はい、サポーターのディラルド・アッシュと申します、閣下」
「フィ、フィオナ・セスタと申します。あの、早速依頼のはな――」

「その前に貴様の冒険者ランクは何だ?」


 フィオナが依頼の話を聞こうとするのを遮って、その貴族はそう尋ねる。ディラルドがサポーターと名乗っているからか、その目はフィオナのみに向けられている。


「えっと……。Gランクです。その、一昨日登録したばかりで……」
「ふざけてるのか、ギルドは。このわしが依頼を出しているんだぞ。もっと高ランクの冒険者をよこさぬか」
「え……」

 その貴族はフィオナのランクを聞いた途端、話にならないとばかりに言い捨てる。フィオナはその様子にどうしていいかわからず、不安げな顔を見せる。


(またか……)


 ディラルドは、気づかれないように小さくため息をついてしまう。依頼のランクはギルド内で適切に判断されている。実際今回出されている依頼は『王立アカデミーにいる娘の交友関係の調査』――王立アカデミーへの調査はギルドか王軍の関係者でなければできない――というものであり、Gランクの冒険者でも十分こなせるものである。しかし、貴族の中には見栄のためか、簡単な依頼でもランクの高めの冒険者をよこすように求めることがある。ディラルドも自分が純粋に冒険者をしていた時も含め、何度かそのようなことを経験している。


「閣下。確かに、彼女は新人でまだGランクです。しかし、昨日の彼女の仕事ぶりを見ていましたが、Gランク以上の働きができています。今後が期待できる新人ですよ」


 いつものようにディラルドがそうフォローするも、相手は表情を変えないままだ。仕方ないとばかりに、ディラルドはさらに言い募る。


「それに今はサポーターですけど、私のほうもC級の冒険者ですし。しっかり、依頼をこなしてみせますよ」


 ディラルドのその言葉を聞いた家令の男性は何かを思い出したかのように、目を見開くと主人に何事かを耳打ちした。それを聞いた貴族はしばし黙考した後、頷いた。そして、


「わかった。それでは貴様らに任せよう」
 と、急に態度を変えた。その急変にフィオナは驚くも、
「も、もちろんです!」
 力強く答える。


 その後、家令の男性から詳しい依頼内容を聞かされる。その内容は、アカデミーに通う娘の友人の調査というものだった。


「どうもわしの娘なのに平民の娘となれ合っているようでな。その真偽の方を確認してもらいたい」
「……わかりました」

 平民という言葉に嫌悪感も露わにその貴族は言い切る。その態度にディラルドもフィオナも眉を顰めそうになるのを堪え、依頼内容を了承し立ち上がる。二人が立ち上がったのを見て、貴族は用が済んだとばかりに、挨拶もなしに部屋を出て行ってしまう。
 その後、二人は家令の男性に見送られ屋敷を出た。そして、どちらからともなく顔を見合わせ、ため息をついて歩き出した。
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