ダンシング・オメガバース

のは(山端のは)

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10 メモの三番目

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 僕とビィくんは再びシャトルバスに乗って移動した。どうせなら三つあるステージ全部回ろうという話になったのだ。
 デートの邪魔をするのは悪いなどと、子供たちは言ってたけど、実際はこの次に向かう場所に興味がなかったのかもしれない。

「パネロ地区のステージはおもしろいんだよ。まあ、玄人向きだけどな」
 とはビィくんの言である。

 天然石がごろごろっと転がる公園で、石の上や芝生を舞台にして、パフォーマンスが行われていた。
 うん。ダンスというより、パフォーマンスなんだよ。
 ときどき思い出したように動く、瀕死の魚みたいな人とか、うずくまった姿勢でごろり、ごろりと転がってるだけとか。前衛的って言えばいいのかな。

 アニメに出てくる高貴な敵が悪だくみしてるときのBGMみたいな曲が流れているし、どうにも僕は落ち着かない。

 このステージでは、演者と見物人がキレイにわかれていた。案外と真剣に評価している。確かに玄人向けだ。
 ここは長居せずに、次のステージへと向かった。

「次で最後だよね。どんなステージ?」
 シャトルバスの中で僕はビィくんに尋ねた。だが彼は、なにやらそっけない。そっぽを向いてしまった。
「行けばわかるよ」

 そこは展望公園のようで、高台から街並みを見渡すことができた、
「ここはさ、夜景で有名なんだよ」
「へえ。デートコースみたいな?」
「まあ、ね。そんなところかな」
 なんとなく歯切れの悪い返事だ。さすがに疲れたのだろうか。けれど、チラチラとステージのほうを見ているし。

「すこし、踊ってく?」
「え!? いいのか!」

 思った以上に食いつきがよかった。もともと、そういう約束だったんだよな。
「僕のヘロヘロなダンスでも良かったら、だけど」
「うん、それでもいい」

 へにゃっとした顔でビィくんが笑うので、僕はびっくりした。思えば、彼が僕の前でこんなふうに笑うのを見たことがない。
 いつもちょっと皮肉気なんだよ。
 ずいぶんと打ち解けてくれたものだと嬉しくなる半面、あと数日で転校しちゃうという事実に気づいて寂しくなった。

「転校先って遠いの?」
「同じ町だよ」
「じゃあ、会おうと思えば会えるね。ときどきは一緒に遊ぼうよ」
「……いいのかよ。そんなこと言って、おっさんが怒るぞ」
「あはは。大人げないよねえ」

 ステージ横の階段を上ったところでようやく気がついた。踊ってんの全員カップルだな。

 ここのステージはそれほど広くない。それでもまだ場所に余裕があるのは、ワルツみたいな距離感で二人の世界に浸る人が多いからだ。

 僕はミラロゥのことを思い出した。彼と踊るとき、最初は僕の適当なダンスから始める。
 たとえば両手を掲げてヒラヒラヒラっと振れば、ミラロゥがそれに応えて、僕の動きに似て非なるダンスを披露する。
 それがやたらとカッコいいので、ついついハイテンションになってしまって、笑いながらヘンテコダンスを続けるうち、気づけば互いにすこしずつ歩み寄っている。

 手を伸ばせば届く位置まで来る頃には、ノリノリのリズムがすこしずつゆったりとしたものに変わっている。
 手を取られ、腰を引き寄せられる。やがて、頬がくっつくくらいの距離で体を揺らすだけになる。
 そしてミラロゥが囁くんだ。「ベッドに行こうか」って。

 このステージのカップルたち、そういういかがわしさを放ってる!
 これは、ビィくんの情操教育によくないのでは。
 降りようかなって思ったところで、ビィくんに手を繋がれてしまう。

「誘っといて逃げんなよ?」
「えっと、手、繋ぐの?」
「そのほうがルノンだって踊りやすいだろ。ただ、俺に合わせて揺れるだけ」
 そう言いながら、ビィくんが恋人つなぎ的な絡め方をしてくるので、僕は発作的に叫びそうになった。

「もも、ものすごい罪悪感なんですけど!?」
「なんで? いまさら浮気だって気づいたの?」
「じゃなくて、いたいけな子供になんてことをしてるんだ! ビィくん、僕のこと訴えないでね」
「おまっ! ここで子ども扱いすんのかよ!!」
 今度はビィくんが大声を出した。僕がビクついたせいかハッと口を閉ざし、小さな声で何か言いかけた。

「ルノン――俺は」
 薄く開きかけた唇を、そのまま噛んで、ビィくんはステージから飛び降りた。
 僕は彼ほど身軽じゃないので、慌てて階段に回り込む。
 だが、タイミング悪く入れ違いに人が来た。端に避けて待つつもりだったのに、相手は僕の前で立ち止まった。

「ケンカ? ちょうどいいね。どうやって誘おうか迷ってたから」
「ちょっ、手を――!」
 離してと最後まで言い切れなかった。相手が酒臭くて、思わず息を止めてしまったからだ。
 きつく握られた手首は痛いし、目つきがヤバい。さっきガラが悪そうと思ったにーちゃんたちに謝りたいくらい。
 この人はヤバい。平和に解決できる気がしない。

「ルノン!? ルノンを離せ!」
「おっと。ガキに用事はないんだ。もう帰んな」
 ハッと見やると、別の男にビィくんが羽交い絞めにされている。
「このオメガは俺たちが責任もって最後まで楽しませるから」
 イヤな感じの笑みを浮かべていた。
 なんとか手を振りほどこうと奮闘しているうちに、話しに加わる人がどんどん増える。

「おい、待てよ。フリータイムはまだだろ。勝手に決めんな」
「早めに気に入った子を抑えておくのは常識だろ」
「嫌がってるだろ、こっちに寄こせ」
「ベータは引っ込んでな!」
 なにこれ。なにが始まろうって言うんだ。

「俺たちはもう帰るところだ! そいつは参加者なんかじゃない!」
 ビィくんが声を張り上げる。
 フリータイムがなにかは知らないが、ろくでもない感じは伝わってくる。
 助けを求めて見まわすが、平和そうなカップルたちはさっさとこの場を離れていた。

「帰る。僕も帰ります! 通してください」
「待てって」

 急にぞわっと身が凍えた。もしかして、威嚇されてる? 狂暴なそれに中てられずにすんでいるのは、ミラロゥが僕に刷り込んだ、匂いとリズムのおかげなんだと思う。

「ビィくん! メモの三番目! お願いっ!」

 ビィくんも不利を悟ったのか、なんとか男の手から逃れて駆け出した。
 困ったときは連絡するように、メモには電話番号が書いてあった。ミラロゥを呼んでもらうと同時に、ビィくんをこれから起こることから遠ざけておきたいという狙いもある。

「その気になった?」
 僕の手をつかんだままの男を、改めて見る。金髪の、なにも考えていなければ、まあまあイケメンで通りそうな顔だ。今は品性のなさが透けて見えるようで気持ち悪い。

「気安く、触らないで貰えますか」
 僕にできる、精一杯の毅然とした態度。それを、男は鼻で笑った。

「オメガが」
「ただのオメガじゃない」
 こういう場合、マンガならだいたい自分の価値を上げてみせる。本当に高いかどうかは関係ない。相手にそう思わせられればいい。

「僕は異世界から来たオメガだから」

 こんなとき、キレイに微笑むことができるほどの度胸はない。
 自分が、どんな顔をしているかもわからない。小鳥の心臓みたいに鼓動が早くて、正直吐きそう。視界もときどきグニャっと歪む。

 周りの反応も、よくわからない。「へえ?」くらい。焦ってしまう。
 次、なんだっけ。なにをすればいいんだっけ。敵に囲まれたら……。
 そのとき、僕の頭に浮かんだのはなぜかゾンビで、ゾンビは共食いをしていた。

 敵を減らす。同士討ち。この世界ならば手段はただ一つ。

「ちゅ、ちゅまり、僕と踊りたいなら……」
 ヤバい、噛んだっ!
「僕に相応しいダンスをしろってこと」

 それでも僕はなんとか言い切った。目はそらしてしまったし、最後ゴニョゴニョになってしまたけれど。
 会場が一瞬静まり返る。爆笑されたなら失敗。もしも、成功なら――。

 誰かがポツリとつぶやいた。「ダンスバトル」って。やがて歓声と共に「ダンスバトルだ!」と雄たけびみたいな声があがる。

 首の皮一枚、繋がった!
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