ダンシング・オメガバース

のは(山端のは)

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キスをしない日

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 五月二十三日はキスの日なんだって。
 昨日読んだマンガに書いてあった。
 世界と比べてどうかは知らないけど、日本にはおかしな記念日が多いと思う。バニーの日とかバニーさんの日とか逆バニーの日とか。
 まあバニーはともかく、キスの日ってのはちょっと面白そうだ。

 なんて考えながら瞼を開くと、ミラロゥが柔らかく微笑んでいた。
 どうやら僕の目覚めを待っていたらしい。彼は枕から顔をあげ、さっそくキスをしようとする。そこをさっと手で止めた。

「今日さ、キスをしない日にしない?」
「うん?」

 長いまつげをバシバシさせて、ミラロゥは僕の言葉の意味を読み取ろうとしている。
 僕はまことしやかに語ってやった。日本にはキスの日ってのがあるんだよって。

「でも普通にキスをするだけじゃつまんないから、キスをしない日にしてみない?」
「それはなにか楽しいのか? せっかくの休日だぞ」
「先生のえっち。そんなに僕にキスしたい?」

 したいに決まってるよね?
 僕は確信を持っていたのだが、ミラロゥはぐっと口をひん曲げて「いいだろう」と頷いた。
 そうして戦いの幕が上がった。

 僕たちがつがいになってからというもの、おはようからおやすみまでキスをしなかった日など一度もない。僕はミラロゥにくっつくのが好きだし、身を寄せ合えば彼は自然と僕にくちびるを重ねる。
 それが日常なものだから、気を抜くとすぐキスしそうになる。
 午前中はまだ、互いに面白がる余裕があった。

 午後二時を過ぎたころ、僕はすでに後悔しはじめていた。
 できないと思えば思うほど、視線はあのくちびるに吸い寄せられる。先生はいつだってかっこいいけど、知ってるけど! なんかやたらと魅力的に見えるのだ。

 たとえば外出先なら、キスしたくても我慢するだろうって、自分で自分に言い聞かせてみた。逆効果だった。
 そういうとき、帰ったら速攻イチャついちゃうし、いま家だし、二人きりだぞ。キスできないなんてツライ。

 それでも自分が発案者である手前、今更やめようとも言いづらかった。

 マンガだ。マンガを読むんだ。僕はお気に入りのソファーへ向かった。
 それだけでかなり気がそれるはずだ。だが、僕のたしなむBLは甘々なものが多い。濃厚なキスシーンやそれ以上の行為がたびたび出てくる。
 僕の脳裏にもミラロゥのあんな顔やこんな顔が浮かんできちゃう。

 わしゃわしゃわしゃっと髪をかきまぜて唸っていたら、コツンと小さな音がした。ミラロゥがテーブルにマグカップを置いたのだ。香りからして紅茶だ。

「ルノンも飲むだろ?」
「飲む」
 早足で近づいて、お礼の代わりにキスをしかけて寸前でハッと飛びのく。

「うむ、むむむ……!」
 硬く目をつぶり僕が必死に耐えてるってのに、ミラロゥときたら忍び笑いだ。

 余裕だな。
 僕はちょっとムッとして、こちらからも誘惑を仕掛けてやることにした。
 くっついたらしたくなるだろ、キス。
 ギュッと抱きついて、ミラロゥの香りをスンスン嗅ぐ。相変わらずいい匂いだ。うっとりしてしばらくぬくもりを味わっていたら、勝負を忘れて僕のほうからキスしそうになった。

 ミラロゥの口角が上がるのを見て我に返る。

「あっぶな! 誘惑しないでよね、先生」
「私はなにもしていない」
 彼は身の潔白を示すように両手をあげた。そっからはもう、我慢するのは僕ばっか。
 なんだこれ、フェアじゃないだろ。ミラロゥはかっこよすぎるんだからハンデが欲しいよ。

 そりゃね、踊りだしちゃえばミラロゥだって抗えないと思うよ。でもそれはしちゃダメだと思うんだ。勝負に勝って試合に負けるって感じがする。
 ホント、僕ときたら、せっかくの休みの日になにをやってるんだろう。

 ようやっと日が落ちた。
 夕食のあとはそれぞれ就寝までのんびりした時間をすごす。ミラロゥはたいてい本を読んでいる。ところが珍しいことに、彼が寝落ちしていた。

 僕はソロソロとミラロゥに近寄った。
 今ならバレずにキスできるかもなんてズルいことを考えた。罠かもしれないぞと思わなくもない。それならそれでミラロゥも寝たふりを決め込んでてくれないかな。

 願いもむなしく、ミラロゥは薄く目を開ける。そして顔を近づけている僕を見て一瞬キョトンとした。

 そしてすぐに片手で頭を押さえてうめいた。
「ああ、失敗した! もうすこし寝ておくんだった」
 なんだ、ミラロゥもやっぱり我慢していたんだ。僕はホッとして笑ってしまった。

「先生、そこで寝るんなら、もうベッド行こう?」
「ああ」

 ミラロゥの手を引いてベッドに潜ったのはいいけれど、僕は全然眠れそうもなかった。
 おやすみのキスもないなんて!
 先生もなかなか強情だ。

 そこからがまた長かった。何度も寝返りを打ち、何度も時間を確かめた。
 いよいよだ。もうすぐ午前零時になる。五分前からじりじりと待ち、十秒前にカウントダウンを始めていた僕は、時計が重なるのと同時にミラロゥにキスをした。

 起きていたのか起こしてしまったのか、ミラロゥはすぐ長いキスを返してくれた。
 今日一日分には到底足りないけど、でも、なんだかかなり安心してしまい途端に眠くなってきた。
 それでも欲張りな気持ちもあって、もう一度だけと、軽く口づける。

「……変なことを言い出すんじゃなかった」
 そうだなって返ってくると思ったのに、ミラロゥの返事は意外なものだった。

「けど、悪くなかった」
 キスできなかったのに?
 ムッとしかけた僕のまぶたに優しく口づけて、ミラロゥはささやいた。

「一日中、君の視線が私に釘付けだったから」

 僕は反論できず、枕に顔を押し付けた。
 ああ、もうなんか、メチャメチャ悔しい!
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