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文筆業とか言ってみたり
11 知ってたんだね
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チェルト君のうちをお暇したあと、ミラロゥはすっかりふさぎ込んでいた。
ミラロゥは湯気の立つカップを前にしばし黙り込んでいたのだが、急にテーブルのコーヒーカップをつかみ、勢いよくあおった。熱かったらしく、カップを揺らして服に染みを作っている。
彼らしからぬ失敗に、僕は一瞬ポカンとしてしまった。
「火傷しなかった?」
「ああ、大丈夫だ、すまない」
動揺しているミラロゥは珍しいし僕としては余裕で「アリ!」なんだけど、それを楽しむほど意地悪でもないつもりだ。
ひとまず洗濯機に汚れた服を放り込んでくると、ミラロゥは着替えを取りに行くでもなく、半裸のまま項垂れていた。
ミラロゥには悪いが、ちょっと面白い。
「失礼」
一声かけてから、僕は正面から彼の膝の上に乗っかった。ハグをして彼が冷えてしまわないように守るつもりだ。
落ち着いて欲しいから、あやすように背中を叩く。
「知ってたんだね、ミラロゥ。日本みたいな国があるってこと」
ミラロゥは長い溜息を付き、片手で自分の顔を隠すように髪をくしゃっとさせた。
憂いのある顔もいいなー。なんて鼻息を荒くしていたら、根負けしたようにミラロゥは苦笑した。
だが、知的な灰色の瞳は沈んだままだ。どこか遠くを見るように彼は言った。
「その国は、ヤマトリーノというんだ」
「ぐっ」
「どうした?」
ミラロゥが不思議そうにこちらを見る。
「いや、響きが陽気だなって」
ヤマトリーノ。
口に出してみたら笑いを堪えきれず、僕はミラロゥの肩にごりごり頭をこすりつけた。ぜったい違う国じゃん。
すっかり空気が緩み、ミラロゥの気も緩んだらしい。ため息交じりではあったけど、笑って、僕の髪を撫でた。
「君の世界のマンガを読ませてもらっただろう。だから、似ているとは思っていた。けれど言い出せなかった。怖かったんだ。下手に里心がつけば、君は向こうに帰りたいと思ってしまうんじゃないかって」
それって迂遠な言い方だな。
帰ってしまうじゃなくて、帰りたいと思ってしまう、か。
「つまり、帰るとまでは言い出さないと分かっちゃいるけど、里心をつけて僕が寂しい思いをするんじゃないかと心配したってことであってる?」
密着していた体を離して顔を覗き込むと、ミラロゥはかすかに頷いた。
「そんなんでよく、僕がエッセイ書くこと止めなかったね。あれ書くために僕、日がな一日向こうの世界のこと考えてるんだけど」
「君のしたいことを止めることはできないよ」
「本当は嫌なの? なら、やめようか?」
望まれるから続けているだけで別に書くのが大好きってわけでもないので、僕としてはそれでも構わないんだけど……。
「やめなくてもいい」
なんて言うくせに、ミラロゥの眉間にはくっきりとしわが寄っている。僕はそこへ甘噛みみたいに食いついた。そうするうち、彼のこわばりもほどけていく。
「君が故郷を懐かしむ権利を、私が侵害できるはずがないんだ。ルノンは好きなようにしていいんだよ」
どことなく突き放すような物言いだ。口を尖らせて睨みつけてしまった。
僕の視線に気づいて、ミラロゥは「いや――」と首を振った。
「違うな、そんなのは建前だ。本当は君を縛り付けてしまいたい。囲いを作ってここから出られなくしてしまいたい」
「監禁コース来た!」
「どうしてそこで嬉しそうな顔をするんだ」
「そりゃ嬉しいよ。攻めの執着はご褒美だし。本当に閉じ込められちゃったら窮屈かもしれないけど、ミラロゥはなんだかんだ僕に甘いから、ちょっとくらいの外出なら許してくれるだろ。それにね、ヤンデレキメるんならもっとヤバい目付きをしないと。そんな優しいまなざしで言われても、大事にされているってことしか伝わらないよ!」
容赦なくダメ出しをしたところ、彼は笑い出したいのを堪えるみたいな顔つきになっていく。
「たとえば僕が、向こうの世界の食べ物に未練があったとして、一人で食べたってきっとおいしいと思えないよ」
「君の未練は食べ物だけなのか?」
「そんなことはないよ。アニメとか電子書籍にならないマンガとか。えっと……。あ! ソーダ味のアイスとか!」
「やっぱり食べ物じゃないか」
ミラロゥは僕を乗せたまま笑い出す。落ちそうとまでは思わないけど、揺れるから慌てて肩に縋りついた。
「ねえ、ちゃんと聞いてた? 僕いま良いこと言ったつもりなんだけど」
「聞いていたよ」
彼はひとしきり笑って、すっきりしたようだった。こっちはほっぺをつついてやりたい気分だけどね。
「僕といると幸せでしょう?」
むくれたままで尋ねると、ミラロゥは素直にうなずいた。
「早く服を着たら?」
「いっそ脱いでしまうっていう手もあると思うが?」
「途中で洗濯機に呼び出されるよ」
「無視すればいい」
本気なのか、からかわれているのか微妙なところだけど、なんにせよミラロゥが調子を取り戻したのは何よりだ。
◇
一月後、僕らの家に冷凍便が届けられた。
ミラロゥはあらゆる伝手を使って、ヤマトリーノの品を扱う店を探し出した。
そして、味噌らしきものを見つけたという。
「こ、これは……」
冷凍便で送られてきたそれを見て、僕はゴクンと唾をのんだ。
「納豆だね」
ミラロゥは湯気の立つカップを前にしばし黙り込んでいたのだが、急にテーブルのコーヒーカップをつかみ、勢いよくあおった。熱かったらしく、カップを揺らして服に染みを作っている。
彼らしからぬ失敗に、僕は一瞬ポカンとしてしまった。
「火傷しなかった?」
「ああ、大丈夫だ、すまない」
動揺しているミラロゥは珍しいし僕としては余裕で「アリ!」なんだけど、それを楽しむほど意地悪でもないつもりだ。
ひとまず洗濯機に汚れた服を放り込んでくると、ミラロゥは着替えを取りに行くでもなく、半裸のまま項垂れていた。
ミラロゥには悪いが、ちょっと面白い。
「失礼」
一声かけてから、僕は正面から彼の膝の上に乗っかった。ハグをして彼が冷えてしまわないように守るつもりだ。
落ち着いて欲しいから、あやすように背中を叩く。
「知ってたんだね、ミラロゥ。日本みたいな国があるってこと」
ミラロゥは長い溜息を付き、片手で自分の顔を隠すように髪をくしゃっとさせた。
憂いのある顔もいいなー。なんて鼻息を荒くしていたら、根負けしたようにミラロゥは苦笑した。
だが、知的な灰色の瞳は沈んだままだ。どこか遠くを見るように彼は言った。
「その国は、ヤマトリーノというんだ」
「ぐっ」
「どうした?」
ミラロゥが不思議そうにこちらを見る。
「いや、響きが陽気だなって」
ヤマトリーノ。
口に出してみたら笑いを堪えきれず、僕はミラロゥの肩にごりごり頭をこすりつけた。ぜったい違う国じゃん。
すっかり空気が緩み、ミラロゥの気も緩んだらしい。ため息交じりではあったけど、笑って、僕の髪を撫でた。
「君の世界のマンガを読ませてもらっただろう。だから、似ているとは思っていた。けれど言い出せなかった。怖かったんだ。下手に里心がつけば、君は向こうに帰りたいと思ってしまうんじゃないかって」
それって迂遠な言い方だな。
帰ってしまうじゃなくて、帰りたいと思ってしまう、か。
「つまり、帰るとまでは言い出さないと分かっちゃいるけど、里心をつけて僕が寂しい思いをするんじゃないかと心配したってことであってる?」
密着していた体を離して顔を覗き込むと、ミラロゥはかすかに頷いた。
「そんなんでよく、僕がエッセイ書くこと止めなかったね。あれ書くために僕、日がな一日向こうの世界のこと考えてるんだけど」
「君のしたいことを止めることはできないよ」
「本当は嫌なの? なら、やめようか?」
望まれるから続けているだけで別に書くのが大好きってわけでもないので、僕としてはそれでも構わないんだけど……。
「やめなくてもいい」
なんて言うくせに、ミラロゥの眉間にはくっきりとしわが寄っている。僕はそこへ甘噛みみたいに食いついた。そうするうち、彼のこわばりもほどけていく。
「君が故郷を懐かしむ権利を、私が侵害できるはずがないんだ。ルノンは好きなようにしていいんだよ」
どことなく突き放すような物言いだ。口を尖らせて睨みつけてしまった。
僕の視線に気づいて、ミラロゥは「いや――」と首を振った。
「違うな、そんなのは建前だ。本当は君を縛り付けてしまいたい。囲いを作ってここから出られなくしてしまいたい」
「監禁コース来た!」
「どうしてそこで嬉しそうな顔をするんだ」
「そりゃ嬉しいよ。攻めの執着はご褒美だし。本当に閉じ込められちゃったら窮屈かもしれないけど、ミラロゥはなんだかんだ僕に甘いから、ちょっとくらいの外出なら許してくれるだろ。それにね、ヤンデレキメるんならもっとヤバい目付きをしないと。そんな優しいまなざしで言われても、大事にされているってことしか伝わらないよ!」
容赦なくダメ出しをしたところ、彼は笑い出したいのを堪えるみたいな顔つきになっていく。
「たとえば僕が、向こうの世界の食べ物に未練があったとして、一人で食べたってきっとおいしいと思えないよ」
「君の未練は食べ物だけなのか?」
「そんなことはないよ。アニメとか電子書籍にならないマンガとか。えっと……。あ! ソーダ味のアイスとか!」
「やっぱり食べ物じゃないか」
ミラロゥは僕を乗せたまま笑い出す。落ちそうとまでは思わないけど、揺れるから慌てて肩に縋りついた。
「ねえ、ちゃんと聞いてた? 僕いま良いこと言ったつもりなんだけど」
「聞いていたよ」
彼はひとしきり笑って、すっきりしたようだった。こっちはほっぺをつついてやりたい気分だけどね。
「僕といると幸せでしょう?」
むくれたままで尋ねると、ミラロゥは素直にうなずいた。
「早く服を着たら?」
「いっそ脱いでしまうっていう手もあると思うが?」
「途中で洗濯機に呼び出されるよ」
「無視すればいい」
本気なのか、からかわれているのか微妙なところだけど、なんにせよミラロゥが調子を取り戻したのは何よりだ。
◇
一月後、僕らの家に冷凍便が届けられた。
ミラロゥはあらゆる伝手を使って、ヤマトリーノの品を扱う店を探し出した。
そして、味噌らしきものを見つけたという。
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