37 / 42
文筆業とか言ってみたり
11 知ってたんだね
しおりを挟む
チェルト君のうちをお暇したあと、ミラロゥはすっかりふさぎ込んでいた。
ミラロゥは湯気の立つカップを前にしばし黙り込んでいたのだが、急にテーブルのコーヒーカップをつかみ、勢いよくあおった。熱かったらしく、カップを揺らして服に染みを作っている。
彼らしからぬ失敗に、僕は一瞬ポカンとしてしまった。
「火傷しなかった?」
「ああ、大丈夫だ、すまない」
動揺しているミラロゥは珍しいし僕としては余裕で「アリ!」なんだけど、それを楽しむほど意地悪でもないつもりだ。
ひとまず洗濯機に汚れた服を放り込んでくると、ミラロゥは着替えを取りに行くでもなく、半裸のまま項垂れていた。
ミラロゥには悪いが、ちょっと面白い。
「失礼」
一声かけてから、僕は正面から彼の膝の上に乗っかった。ハグをして彼が冷えてしまわないように守るつもりだ。
落ち着いて欲しいから、あやすように背中を叩く。
「知ってたんだね、ミラロゥ。日本みたいな国があるってこと」
ミラロゥは長い溜息を付き、片手で自分の顔を隠すように髪をくしゃっとさせた。
憂いのある顔もいいなー。なんて鼻息を荒くしていたら、根負けしたようにミラロゥは苦笑した。
だが、知的な灰色の瞳は沈んだままだ。どこか遠くを見るように彼は言った。
「その国は、ヤマトリーノというんだ」
「ぐっ」
「どうした?」
ミラロゥが不思議そうにこちらを見る。
「いや、響きが陽気だなって」
ヤマトリーノ。
口に出してみたら笑いを堪えきれず、僕はミラロゥの肩にごりごり頭をこすりつけた。ぜったい違う国じゃん。
すっかり空気が緩み、ミラロゥの気も緩んだらしい。ため息交じりではあったけど、笑って、僕の髪を撫でた。
「君の世界のマンガを読ませてもらっただろう。だから、似ているとは思っていた。けれど言い出せなかった。怖かったんだ。下手に里心がつけば、君は向こうに帰りたいと思ってしまうんじゃないかって」
それって迂遠な言い方だな。
帰ってしまうじゃなくて、帰りたいと思ってしまう、か。
「つまり、帰るとまでは言い出さないと分かっちゃいるけど、里心をつけて僕が寂しい思いをするんじゃないかと心配したってことであってる?」
密着していた体を離して顔を覗き込むと、ミラロゥはかすかに頷いた。
「そんなんでよく、僕がエッセイ書くこと止めなかったね。あれ書くために僕、日がな一日向こうの世界のこと考えてるんだけど」
「君のしたいことを止めることはできないよ」
「本当は嫌なの? なら、やめようか?」
望まれるから続けているだけで別に書くのが大好きってわけでもないので、僕としてはそれでも構わないんだけど……。
「やめなくてもいい」
なんて言うくせに、ミラロゥの眉間にはくっきりとしわが寄っている。僕はそこへ甘噛みみたいに食いついた。そうするうち、彼のこわばりもほどけていく。
「君が故郷を懐かしむ権利を、私が侵害できるはずがないんだ。ルノンは好きなようにしていいんだよ」
どことなく突き放すような物言いだ。口を尖らせて睨みつけてしまった。
僕の視線に気づいて、ミラロゥは「いや――」と首を振った。
「違うな、そんなのは建前だ。本当は君を縛り付けてしまいたい。囲いを作ってここから出られなくしてしまいたい」
「監禁コース来た!」
「どうしてそこで嬉しそうな顔をするんだ」
「そりゃ嬉しいよ。攻めの執着はご褒美だし。本当に閉じ込められちゃったら窮屈かもしれないけど、ミラロゥはなんだかんだ僕に甘いから、ちょっとくらいの外出なら許してくれるだろ。それにね、ヤンデレキメるんならもっとヤバい目付きをしないと。そんな優しいまなざしで言われても、大事にされているってことしか伝わらないよ!」
容赦なくダメ出しをしたところ、彼は笑い出したいのを堪えるみたいな顔つきになっていく。
「たとえば僕が、向こうの世界の食べ物に未練があったとして、一人で食べたってきっとおいしいと思えないよ」
「君の未練は食べ物だけなのか?」
「そんなことはないよ。アニメとか電子書籍にならないマンガとか。えっと……。あ! ソーダ味のアイスとか!」
「やっぱり食べ物じゃないか」
ミラロゥは僕を乗せたまま笑い出す。落ちそうとまでは思わないけど、揺れるから慌てて肩に縋りついた。
「ねえ、ちゃんと聞いてた? 僕いま良いこと言ったつもりなんだけど」
「聞いていたよ」
彼はひとしきり笑って、すっきりしたようだった。こっちはほっぺをつついてやりたい気分だけどね。
「僕といると幸せでしょう?」
むくれたままで尋ねると、ミラロゥは素直にうなずいた。
「早く服を着たら?」
「いっそ脱いでしまうっていう手もあると思うが?」
「途中で洗濯機に呼び出されるよ」
「無視すればいい」
本気なのか、からかわれているのか微妙なところだけど、なんにせよミラロゥが調子を取り戻したのは何よりだ。
◇
一月後、僕らの家に冷凍便が届けられた。
ミラロゥはあらゆる伝手を使って、ヤマトリーノの品を扱う店を探し出した。
そして、味噌らしきものを見つけたという。
「こ、これは……」
冷凍便で送られてきたそれを見て、僕はゴクンと唾をのんだ。
「納豆だね」
ミラロゥは湯気の立つカップを前にしばし黙り込んでいたのだが、急にテーブルのコーヒーカップをつかみ、勢いよくあおった。熱かったらしく、カップを揺らして服に染みを作っている。
彼らしからぬ失敗に、僕は一瞬ポカンとしてしまった。
「火傷しなかった?」
「ああ、大丈夫だ、すまない」
動揺しているミラロゥは珍しいし僕としては余裕で「アリ!」なんだけど、それを楽しむほど意地悪でもないつもりだ。
ひとまず洗濯機に汚れた服を放り込んでくると、ミラロゥは着替えを取りに行くでもなく、半裸のまま項垂れていた。
ミラロゥには悪いが、ちょっと面白い。
「失礼」
一声かけてから、僕は正面から彼の膝の上に乗っかった。ハグをして彼が冷えてしまわないように守るつもりだ。
落ち着いて欲しいから、あやすように背中を叩く。
「知ってたんだね、ミラロゥ。日本みたいな国があるってこと」
ミラロゥは長い溜息を付き、片手で自分の顔を隠すように髪をくしゃっとさせた。
憂いのある顔もいいなー。なんて鼻息を荒くしていたら、根負けしたようにミラロゥは苦笑した。
だが、知的な灰色の瞳は沈んだままだ。どこか遠くを見るように彼は言った。
「その国は、ヤマトリーノというんだ」
「ぐっ」
「どうした?」
ミラロゥが不思議そうにこちらを見る。
「いや、響きが陽気だなって」
ヤマトリーノ。
口に出してみたら笑いを堪えきれず、僕はミラロゥの肩にごりごり頭をこすりつけた。ぜったい違う国じゃん。
すっかり空気が緩み、ミラロゥの気も緩んだらしい。ため息交じりではあったけど、笑って、僕の髪を撫でた。
「君の世界のマンガを読ませてもらっただろう。だから、似ているとは思っていた。けれど言い出せなかった。怖かったんだ。下手に里心がつけば、君は向こうに帰りたいと思ってしまうんじゃないかって」
それって迂遠な言い方だな。
帰ってしまうじゃなくて、帰りたいと思ってしまう、か。
「つまり、帰るとまでは言い出さないと分かっちゃいるけど、里心をつけて僕が寂しい思いをするんじゃないかと心配したってことであってる?」
密着していた体を離して顔を覗き込むと、ミラロゥはかすかに頷いた。
「そんなんでよく、僕がエッセイ書くこと止めなかったね。あれ書くために僕、日がな一日向こうの世界のこと考えてるんだけど」
「君のしたいことを止めることはできないよ」
「本当は嫌なの? なら、やめようか?」
望まれるから続けているだけで別に書くのが大好きってわけでもないので、僕としてはそれでも構わないんだけど……。
「やめなくてもいい」
なんて言うくせに、ミラロゥの眉間にはくっきりとしわが寄っている。僕はそこへ甘噛みみたいに食いついた。そうするうち、彼のこわばりもほどけていく。
「君が故郷を懐かしむ権利を、私が侵害できるはずがないんだ。ルノンは好きなようにしていいんだよ」
どことなく突き放すような物言いだ。口を尖らせて睨みつけてしまった。
僕の視線に気づいて、ミラロゥは「いや――」と首を振った。
「違うな、そんなのは建前だ。本当は君を縛り付けてしまいたい。囲いを作ってここから出られなくしてしまいたい」
「監禁コース来た!」
「どうしてそこで嬉しそうな顔をするんだ」
「そりゃ嬉しいよ。攻めの執着はご褒美だし。本当に閉じ込められちゃったら窮屈かもしれないけど、ミラロゥはなんだかんだ僕に甘いから、ちょっとくらいの外出なら許してくれるだろ。それにね、ヤンデレキメるんならもっとヤバい目付きをしないと。そんな優しいまなざしで言われても、大事にされているってことしか伝わらないよ!」
容赦なくダメ出しをしたところ、彼は笑い出したいのを堪えるみたいな顔つきになっていく。
「たとえば僕が、向こうの世界の食べ物に未練があったとして、一人で食べたってきっとおいしいと思えないよ」
「君の未練は食べ物だけなのか?」
「そんなことはないよ。アニメとか電子書籍にならないマンガとか。えっと……。あ! ソーダ味のアイスとか!」
「やっぱり食べ物じゃないか」
ミラロゥは僕を乗せたまま笑い出す。落ちそうとまでは思わないけど、揺れるから慌てて肩に縋りついた。
「ねえ、ちゃんと聞いてた? 僕いま良いこと言ったつもりなんだけど」
「聞いていたよ」
彼はひとしきり笑って、すっきりしたようだった。こっちはほっぺをつついてやりたい気分だけどね。
「僕といると幸せでしょう?」
むくれたままで尋ねると、ミラロゥは素直にうなずいた。
「早く服を着たら?」
「いっそ脱いでしまうっていう手もあると思うが?」
「途中で洗濯機に呼び出されるよ」
「無視すればいい」
本気なのか、からかわれているのか微妙なところだけど、なんにせよミラロゥが調子を取り戻したのは何よりだ。
◇
一月後、僕らの家に冷凍便が届けられた。
ミラロゥはあらゆる伝手を使って、ヤマトリーノの品を扱う店を探し出した。
そして、味噌らしきものを見つけたという。
「こ、これは……」
冷凍便で送られてきたそれを見て、僕はゴクンと唾をのんだ。
「納豆だね」
30
あなたにおすすめの小説
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
優秀な婚約者が去った後の世界
月樹《つき》
BL
公爵令嬢パトリシアは婚約者である王太子ラファエル様に会った瞬間、前世の記憶を思い出した。そして、ここが前世の自分が読んでいた小説『光溢れる国であなたと…』の世界で、自分は光の聖女と王太子ラファエルの恋を邪魔する悪役令嬢パトリシアだと…。
パトリシアは前世の知識もフル活用し、幼い頃からいつでも逃げ出せるよう腕を磨き、そして準備が整ったところでこちらから婚約破棄を告げ、母国を捨てた…。
このお話は捨てられた後の王太子ラファエルのお話です。
恋が始まる日
一ノ瀬麻紀
BL
幼い頃から決められていた結婚だから仕方がないけど、夫は僕のことを好きなのだろうか……。
だから僕は夫に「僕のどんな所が好き?」って聞いてみたくなったんだ。
オメガバースです。
アルファ×オメガの歳の差夫夫のお話。
ツイノベで書いたお話を少し直して載せました。
【bl】砕かれた誇り
perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。
「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」
「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」
「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」
彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。
「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」
「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」
---
いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。
私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、
一部に翻訳ソフトを使用しています。
もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、
本当にありがたく思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる