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小話
桜餅
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三月三日、琉冬のおかあさんがやって来た。淡い緑のすてきな着物姿だ。琉冬によく似た美貌の持ち主なので、俺はこっそり見とれてしまった。
ところで琉冬はと言えば、間の悪いことに商店街の手伝いに駆り出されていた。ちなみに俺は留守番だ。
「あら、いいんですよ。桜餅を多めにいただいたから、お裾分けしようと思って立ち寄っただけですから」
桜餅って多めに貰うものだっけ?
疑問に思ったものの、いつまでもおかあさんを玄関先に立たせておくわけにもいかない。
「上がっていきませんか? お茶か珈琲をお入れしますよ。お勧めは珈琲です」
「そうなの?」
「お茶は琉冬みたいにうまく淹れられないんですが、珈琲はマシン任せなんでうまいですよ」
「じゃあ、珈琲をいただこうかしら」
「どうぞどうぞ」
そうして互いに近況を伝え合ううちに、琉冬から昼過ぎには戻ると連絡が来た。一緒に食事でもどうですかと誘ったのだが、残念ながら友人と約束があるらしい。おかあさんは、珈琲を一杯だけ飲んでそそくさと帰っていった。
「会えなくて残念だったな」
玄関先で伝えると、琉冬は肩をすくめただけだった。照れ屋さんめ。
お昼はちらし寿司だったので、桜餅は三時のおやつにいただくことにした。
そろそろ時間かなと階段を下りてダイニングに向かうと、琉冬もちょうどお湯を沸かしてお茶の準備を始めていた。
俺はキッチンの作業台に乗せられた桜餅をしげしげと見つめた。飾り気のない透明トレーに詰められていて、賞味期限も商品名のラベルもついていない。眺めているだけというのもなんなので、テープを剥がすくらいはしておこう。
「桜餅って、関東と関西とでモノが違うんだってな。俺はこっちしか食べたことないけど」
こっちというのは道明寺粉のつぶつぶしたヤツだ。
ちなみに桜餅に種類があることも、これの原材料が道明寺粉というらしいことも、おかあさんから教えてもらったばかりだ。
粉? え、これ粉ですか?
って聞いちゃったもんね。
おかあさんは笑うでもなく真面目な顔で「もち米を蒸して乾燥させたものですよ」と説明してくれた。
うん。もち米だとは、思っていたよ……。
「俺ももっぱらこっちですね」
琉冬はひょいと俺から桜餅を取り上げて、和菓子の皿に盛り付けた。そうか、俺は透明トレーから手づかみで食べるつもりだったよ。
だけどこうして黒い皿に乗せられると、葉っぱの緑とつやつやした綺麗なピンク色が映えていかにもおいしそうだった。桜の香りがふわっとするのもいい。
実のところ、子供の頃はこの香りがあまり好きではなかった。いつの間にかおいしいと感じるようになっているのだから、大人になるってふしぎなもんだ。
二人でダイニングテーブルまで移動した。
まずはお茶で口の中を湿らせる。
琉冬が入れるといつもと同じ緑茶のはずなのに、舌触りがまろやかで香りも良くて変な渋みもない。満足してニッコリすると、視線の端で琉冬も口角をあげた。
俺は菓子切りを手に取った。さてどこから取りかかろう。
琉冬が嫁に来てから和菓子を食べる機会が増えたとはいえ、餅系は綺麗に食べるのがなかなか難しいのだ。
「――それにしても、桜餅っていつからひな祭りの日に食べるようになったんでしょうね」
琉冬はちょっと納得できない、みたいな顔つきだ。俺はと言えば言われて初めて今日が何の日か気づいたくらいだ。
「そういやひな祭りか。俺一人っ子だし、縁遠かったからあんまり意識してなかったな」
ひなあられくらいは食べたかもしれないが、それ以外は記憶にない。
「うちは七段飾りを出してましたね」
「へー! 七段飾り」
答えるあいだも、俺の意識は桜餅にあった。
ようやく一口サイズに切り終わったところだ。
苦労の甲斐はあった。もち米とあんこの甘さと、葉っぱの塩味がちょうどいいバランスだ。甘すぎず、くど過ぎず、なんていうか上質だ。
「……興味があるなら、来年は見に行きましょうか」
「いや、興味があるかと聞かれると困るけど、理由をつけて家族に会いに行くのは賛成だよ」
「うーん、気が向いたら?」
琉冬が良くても、向こうが寂しがるんじゃないかと指摘してやると、彼はしぶしぶ頷いた。
このくらい言ってやらないと、自分から行きたいって言いださないんじゃないかと思う。
「なあ、それにしてもこれ本当にうまいな。どこの店のだろ。書いてなかったよね?」
「おそらく、母の手作りですね」
「いただきものだって言ってたけど?」
「あの人、褒められるのが苦手だから」
どういうこと?
俺は思わず首を傾げる。
すると琉冬は不愉快そうに眉を寄せた。
「褒めるでしょう、桂聖は」
「褒めるというか、実際すごいよね。おいしいし色も形もきれいだし、えー、おかあさんすげー! 桜餅って作れるんだ!」
「ほら」
なるほど、こういうのが苦手らしい。
けど、なんかそれってちょっと……。
「おかあさんって、可愛いとこあるね」
褒められたくないからって嘘をつくなんて。しかも、速攻息子にバレる嘘。そして琉冬はさっさとバラしちゃうタイプだ。
ニヤニヤしちゃう口元をさりげなく隠していると、琉冬はムッとしたようだ。
「……うわきもの」
「ん? なんで怒った? もしかして、可愛いって言ったから?」
わかっていたけど聞いてやる。琉冬はますます顔をしかめる。
「琉冬も可愛いよ」
今すぐキスしたいくらいだ。
「俺のことはいくら褒めてもいいですけどね、母への感想はおいしかったくらいにとどめておいてくださいね」
あとでメッセージ送っとこうと思ってることまでバレてるね。
「わかったよ」
「それと、俺だってこのくらい作れますから」
対抗している。
ふだんはイケメンなのに、こうして不意に俺の前でだけ可愛いところを見せるから、たまらないんだよな。
食べてる途中だけど席を立ち、俺は彼の横に回り込んでキスしてやった。
琉冬は無言で俺を抱きよせ膝に乗せる。こりゃまだ怒ってんな。
「桜餅もいいけどさ、どうせならチーズケーキが食べたいな。琉冬の得意なヤツ。今度作って?」
甘えてみせると、彼の目元がすこし和らぐ。
このまま話題をそらしてやれ。
……とはいえひな祭りの話題はこれ以上思いつきそうもないので、節句つながりで聞いてみた。
「ところで、琉冬んちなら、こいのぼりもすごいの上げてそうだね」
「桂聖のうちは、あげなかったんですか?」
俺はちょっと考えて、子供のころ両親と温泉街まで行ったことを話した。
その日は良く晴れていて程よく風もあって、温泉街のあちこちで色とりどりのこいのぼりがはためく姿を、あきもせず眺めてたななんて思い出した。
「へえ。そっちは、ニュースでしか見たことないですね」
「じゃあ行ってみる?」
たしか、四月から五月半ばぐらいまでは見られたはずだ。タイミングがあえば、桜も咲いているかもしれない。
距離的には日帰りでも余裕だけど、せっかくだから泊まりに行くのもいいかもな。
盛り上がるうちに、琉冬の機嫌もすっかり治ったようだった。
終
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どっちの桜餅がなじみ深いですか?
ところで琉冬はと言えば、間の悪いことに商店街の手伝いに駆り出されていた。ちなみに俺は留守番だ。
「あら、いいんですよ。桜餅を多めにいただいたから、お裾分けしようと思って立ち寄っただけですから」
桜餅って多めに貰うものだっけ?
疑問に思ったものの、いつまでもおかあさんを玄関先に立たせておくわけにもいかない。
「上がっていきませんか? お茶か珈琲をお入れしますよ。お勧めは珈琲です」
「そうなの?」
「お茶は琉冬みたいにうまく淹れられないんですが、珈琲はマシン任せなんでうまいですよ」
「じゃあ、珈琲をいただこうかしら」
「どうぞどうぞ」
そうして互いに近況を伝え合ううちに、琉冬から昼過ぎには戻ると連絡が来た。一緒に食事でもどうですかと誘ったのだが、残念ながら友人と約束があるらしい。おかあさんは、珈琲を一杯だけ飲んでそそくさと帰っていった。
「会えなくて残念だったな」
玄関先で伝えると、琉冬は肩をすくめただけだった。照れ屋さんめ。
お昼はちらし寿司だったので、桜餅は三時のおやつにいただくことにした。
そろそろ時間かなと階段を下りてダイニングに向かうと、琉冬もちょうどお湯を沸かしてお茶の準備を始めていた。
俺はキッチンの作業台に乗せられた桜餅をしげしげと見つめた。飾り気のない透明トレーに詰められていて、賞味期限も商品名のラベルもついていない。眺めているだけというのもなんなので、テープを剥がすくらいはしておこう。
「桜餅って、関東と関西とでモノが違うんだってな。俺はこっちしか食べたことないけど」
こっちというのは道明寺粉のつぶつぶしたヤツだ。
ちなみに桜餅に種類があることも、これの原材料が道明寺粉というらしいことも、おかあさんから教えてもらったばかりだ。
粉? え、これ粉ですか?
って聞いちゃったもんね。
おかあさんは笑うでもなく真面目な顔で「もち米を蒸して乾燥させたものですよ」と説明してくれた。
うん。もち米だとは、思っていたよ……。
「俺ももっぱらこっちですね」
琉冬はひょいと俺から桜餅を取り上げて、和菓子の皿に盛り付けた。そうか、俺は透明トレーから手づかみで食べるつもりだったよ。
だけどこうして黒い皿に乗せられると、葉っぱの緑とつやつやした綺麗なピンク色が映えていかにもおいしそうだった。桜の香りがふわっとするのもいい。
実のところ、子供の頃はこの香りがあまり好きではなかった。いつの間にかおいしいと感じるようになっているのだから、大人になるってふしぎなもんだ。
二人でダイニングテーブルまで移動した。
まずはお茶で口の中を湿らせる。
琉冬が入れるといつもと同じ緑茶のはずなのに、舌触りがまろやかで香りも良くて変な渋みもない。満足してニッコリすると、視線の端で琉冬も口角をあげた。
俺は菓子切りを手に取った。さてどこから取りかかろう。
琉冬が嫁に来てから和菓子を食べる機会が増えたとはいえ、餅系は綺麗に食べるのがなかなか難しいのだ。
「――それにしても、桜餅っていつからひな祭りの日に食べるようになったんでしょうね」
琉冬はちょっと納得できない、みたいな顔つきだ。俺はと言えば言われて初めて今日が何の日か気づいたくらいだ。
「そういやひな祭りか。俺一人っ子だし、縁遠かったからあんまり意識してなかったな」
ひなあられくらいは食べたかもしれないが、それ以外は記憶にない。
「うちは七段飾りを出してましたね」
「へー! 七段飾り」
答えるあいだも、俺の意識は桜餅にあった。
ようやく一口サイズに切り終わったところだ。
苦労の甲斐はあった。もち米とあんこの甘さと、葉っぱの塩味がちょうどいいバランスだ。甘すぎず、くど過ぎず、なんていうか上質だ。
「……興味があるなら、来年は見に行きましょうか」
「いや、興味があるかと聞かれると困るけど、理由をつけて家族に会いに行くのは賛成だよ」
「うーん、気が向いたら?」
琉冬が良くても、向こうが寂しがるんじゃないかと指摘してやると、彼はしぶしぶ頷いた。
このくらい言ってやらないと、自分から行きたいって言いださないんじゃないかと思う。
「なあ、それにしてもこれ本当にうまいな。どこの店のだろ。書いてなかったよね?」
「おそらく、母の手作りですね」
「いただきものだって言ってたけど?」
「あの人、褒められるのが苦手だから」
どういうこと?
俺は思わず首を傾げる。
すると琉冬は不愉快そうに眉を寄せた。
「褒めるでしょう、桂聖は」
「褒めるというか、実際すごいよね。おいしいし色も形もきれいだし、えー、おかあさんすげー! 桜餅って作れるんだ!」
「ほら」
なるほど、こういうのが苦手らしい。
けど、なんかそれってちょっと……。
「おかあさんって、可愛いとこあるね」
褒められたくないからって嘘をつくなんて。しかも、速攻息子にバレる嘘。そして琉冬はさっさとバラしちゃうタイプだ。
ニヤニヤしちゃう口元をさりげなく隠していると、琉冬はムッとしたようだ。
「……うわきもの」
「ん? なんで怒った? もしかして、可愛いって言ったから?」
わかっていたけど聞いてやる。琉冬はますます顔をしかめる。
「琉冬も可愛いよ」
今すぐキスしたいくらいだ。
「俺のことはいくら褒めてもいいですけどね、母への感想はおいしかったくらいにとどめておいてくださいね」
あとでメッセージ送っとこうと思ってることまでバレてるね。
「わかったよ」
「それと、俺だってこのくらい作れますから」
対抗している。
ふだんはイケメンなのに、こうして不意に俺の前でだけ可愛いところを見せるから、たまらないんだよな。
食べてる途中だけど席を立ち、俺は彼の横に回り込んでキスしてやった。
琉冬は無言で俺を抱きよせ膝に乗せる。こりゃまだ怒ってんな。
「桜餅もいいけどさ、どうせならチーズケーキが食べたいな。琉冬の得意なヤツ。今度作って?」
甘えてみせると、彼の目元がすこし和らぐ。
このまま話題をそらしてやれ。
……とはいえひな祭りの話題はこれ以上思いつきそうもないので、節句つながりで聞いてみた。
「ところで、琉冬んちなら、こいのぼりもすごいの上げてそうだね」
「桂聖のうちは、あげなかったんですか?」
俺はちょっと考えて、子供のころ両親と温泉街まで行ったことを話した。
その日は良く晴れていて程よく風もあって、温泉街のあちこちで色とりどりのこいのぼりがはためく姿を、あきもせず眺めてたななんて思い出した。
「へえ。そっちは、ニュースでしか見たことないですね」
「じゃあ行ってみる?」
たしか、四月から五月半ばぐらいまでは見られたはずだ。タイミングがあえば、桜も咲いているかもしれない。
距離的には日帰りでも余裕だけど、せっかくだから泊まりに行くのもいいかもな。
盛り上がるうちに、琉冬の機嫌もすっかり治ったようだった。
終
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どっちの桜餅がなじみ深いですか?
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