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それでも構わない
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真っ白で瑞々しい果物を、ヴェルが手ずから口元へ運んでくれる。
彼は相変わらず、俺をひなだと思い込んでいる。
そして俺も、すっかりひなとしての行動が身についてしまったように思う。
目覚めたとき彼の羽の中でも腕の中でも、もはやあまり気にならない。
いや、一つだけ気にかかることがある。
果物をしゃくしゃく噛んで飲み込んでから、俺は自分の腕を嗅いだ。
「俺、臭くない?」
「人里へ降りる前の毛づくろいか?」
「せめて身づくろいって言ってよ。それもあるけど……、毎日ヴェルにくっついているから、気になって」
「毎日私が手入れしてるんだ、ちっとも気にならない」
ヴェルはどこか誇らしげに言った。手入れって、なんのことだろう。起きたら裸になってることがあるけど、まさか?
聞きたいけれど聞けずにいるうちに、ヴェルのほうがその気になった。
「だが、気分転換に水浴びするのもいいだろう」
ヴェルが連れてきてくれた場所は、森の中にひっそりとある、澄んだ泉だった。
空を飛ぶ、という初めての経験に青ざめてふらついていた俺は、その光景に癒され、ホッとため息をついた。
ヴェルはいつの間にか薄い布地の服をまとっている。俺の分はないんだろうかと恨めしく思うが、ひなは裸で問題ないとでも思っているんだろう。
見ているのは鳥やリスくらいだし、小精霊たちも洞窟で留守番している。諦めて、体に巻き付けていた布を地面にはらりと落とした。
ヴェルは微笑みを浮かべて俺の様子を眺めながら、指先で魔法を操り長い髪を器用にまとめた。
そして先に泉に入ると、俺を迎えるよう手を差し伸べた。
「滑るといけない」
本当にどこまでもひな扱いだ。
「平気だよ」
いったそばから岩肌につるんと足を取られて落ちかける俺を、ヴェルが危なげなく受け止める。そして俺を抱えたままゆっくりと泉につかる。
「あれ? 思ったよりも冷たくない?」
「冷たいほうが好みか?」
「そんなことはないけど……、ひょっとしてヴェルが浸かったから?」
「そうだ。もっと熱くなるぞ」
「魚が茹っちゃいそう」
「魚はいない。だからここにしたんだ」
なるほど、小さな生き物たちに対する、ヴェルの気遣いだったらしい。この泉、ヴェルが入るには少し狭いと思った。膝が水面から出てしまっている。
だから、ヴェルの膝の間にすっぽりと入る形になっても仕方ない。
ヴェルの言う通り、泉はどんどん温かくなってきた。
温度が上がるほど、ヴェルには心地よいらしく、上機嫌になっている。
「産湯だな」
「違うし、いまさら過ぎるよ」
ヴェルの知識はどこか半端だ。でも彼は俺の頭を撫でるように洗って、お湯をかけながら肩や胸元に手を這わせた。
俺はされるがままになりながら、自分の体を見下ろした。
俺の体はすっかり変わってしまった。
腹と足首に数個ずつ、きらきら輝く赤い石が出来ている。一見、体を彩るアクセサリーのようにも見える。
でもこれは、もはや俺の体の一部だ。
手首から指にかけて、それから脛からつま先は、爪も含めて真っ赤に染まっていた。髪の色も変わってきたように思う。茶色だったはずの髪が、今は赤毛になっている。
おでこが痒いなと思ったら、そこにも石が出来ているようだった。
「俺、このままだと真っ赤になっちゃう?」
くるっと体ごと振り向いて尋ねる。ヴェルはすっかりくつろいで、ゆったりした顔つきをしていた。
「いいや、すでに魔力もしっかりなじんだ。これ以上はそれほど変化もないはずだ」
そう言いながら、ヴェルはわずかに眉を寄せた。何を見ているのかと思ったら、おでこの石だった。
「すまない、顔のこれは、想定外だ」
「ああ、俺が可愛くてつい、ちゅーしちゃったの?」
なんてふざけて笑ったら、ヴェルは真顔で「そうだ」とうなずいた。こっちが反応に困るやつ。
「私にとっては可愛いが、お前は気に入らないのでは?」
俺は首を振って、そろりと前に向き直った。改めて可愛いといわれて、少々恥ずかしかったのだ。
嬉しい気持ちの中にじわりと不安も混じる。
しっかりなじんでしまったのか、魔力。
俺はまだ人間だろうか。それとも、何か別のものになってしまったのだろうか。
イシャズが見たらどう思うだろうとか、怖がられたらどうしようとか、そういう気持ちは確かにある。
だけど俺の気持ちは変わらない。
「ヴェル、イシャズが心配だ、会いに行きたい」
嫌われてもいい、もう二度と会えなくても。イシャズを助けたい。
「わかった」
ヴェルは俺を抱えたままザバーっと立ち上がった。
いきなりすぎてやっぱりあちこち隠す暇がない。鳥がけたたましい声を上げて一斉に飛び立ったのは、俺の裸が不愉快だった、とかじゃないよね?
「それにしても、服をどうしようかな。裸で村に降り立つわけにもいかないし」
布一枚というのも心許ない。
「やっぱボロボロになったアレを着ていくしかないかな」
「これのことか」
そう言いつつ、どこからともなく俺の服を取り出すので驚いた。
「なんで持ってるの!?」
「巣から出るついでに、捨てていいか聞こうと思って」
「今回のことが終わったら!」
「待て、そのまま着るな。せっかく毛づくろいしたのだから」
彼が手をかざすと、服がいきなり燃えた。
「ちょっ、ヴェル!?」
「よく見ろ」
すると俺の腕の中で、見る間に服の汚れが落ち穴がふさがり元通り――いや、何なら元よりきれいになっていた。
「こ、これが不死鳥の力……!」
「妙なところで感心するな」
「でも、ヴェルすごいよ! 魔法ってすごいんだね!」
「直したわけではない。日が落ちればボロくずとなって消え去るだろう」
「ヴェル、早く行こう。そして早く帰って来よう」
俺は本気で焦っているのに、ヴェルは手の甲で口元を隠して笑っている。
「ヴェルってば!」
「ああ、そうだな。手早く済ませて帰って来よう」
ヴェルは俺を片手で抱き寄せると不死鳥になって大きな翼を広げた。
そして俺はといえば、猛禽類が獲物を捕まえるみたいな持ち方をされて一緒に空を飛んでいる。
おそらくヴェルにとっては、抱えるのも鷲掴みも同じ感覚なんだ。
正直、めちゃめちゃ怖いけど、ヴェルが俺を落とすわけがない。
不安なのはむしろ、俺を――そしてヴェルを、村の人たちが受け入れてくれるかどうかだ。
彼は相変わらず、俺をひなだと思い込んでいる。
そして俺も、すっかりひなとしての行動が身についてしまったように思う。
目覚めたとき彼の羽の中でも腕の中でも、もはやあまり気にならない。
いや、一つだけ気にかかることがある。
果物をしゃくしゃく噛んで飲み込んでから、俺は自分の腕を嗅いだ。
「俺、臭くない?」
「人里へ降りる前の毛づくろいか?」
「せめて身づくろいって言ってよ。それもあるけど……、毎日ヴェルにくっついているから、気になって」
「毎日私が手入れしてるんだ、ちっとも気にならない」
ヴェルはどこか誇らしげに言った。手入れって、なんのことだろう。起きたら裸になってることがあるけど、まさか?
聞きたいけれど聞けずにいるうちに、ヴェルのほうがその気になった。
「だが、気分転換に水浴びするのもいいだろう」
ヴェルが連れてきてくれた場所は、森の中にひっそりとある、澄んだ泉だった。
空を飛ぶ、という初めての経験に青ざめてふらついていた俺は、その光景に癒され、ホッとため息をついた。
ヴェルはいつの間にか薄い布地の服をまとっている。俺の分はないんだろうかと恨めしく思うが、ひなは裸で問題ないとでも思っているんだろう。
見ているのは鳥やリスくらいだし、小精霊たちも洞窟で留守番している。諦めて、体に巻き付けていた布を地面にはらりと落とした。
ヴェルは微笑みを浮かべて俺の様子を眺めながら、指先で魔法を操り長い髪を器用にまとめた。
そして先に泉に入ると、俺を迎えるよう手を差し伸べた。
「滑るといけない」
本当にどこまでもひな扱いだ。
「平気だよ」
いったそばから岩肌につるんと足を取られて落ちかける俺を、ヴェルが危なげなく受け止める。そして俺を抱えたままゆっくりと泉につかる。
「あれ? 思ったよりも冷たくない?」
「冷たいほうが好みか?」
「そんなことはないけど……、ひょっとしてヴェルが浸かったから?」
「そうだ。もっと熱くなるぞ」
「魚が茹っちゃいそう」
「魚はいない。だからここにしたんだ」
なるほど、小さな生き物たちに対する、ヴェルの気遣いだったらしい。この泉、ヴェルが入るには少し狭いと思った。膝が水面から出てしまっている。
だから、ヴェルの膝の間にすっぽりと入る形になっても仕方ない。
ヴェルの言う通り、泉はどんどん温かくなってきた。
温度が上がるほど、ヴェルには心地よいらしく、上機嫌になっている。
「産湯だな」
「違うし、いまさら過ぎるよ」
ヴェルの知識はどこか半端だ。でも彼は俺の頭を撫でるように洗って、お湯をかけながら肩や胸元に手を這わせた。
俺はされるがままになりながら、自分の体を見下ろした。
俺の体はすっかり変わってしまった。
腹と足首に数個ずつ、きらきら輝く赤い石が出来ている。一見、体を彩るアクセサリーのようにも見える。
でもこれは、もはや俺の体の一部だ。
手首から指にかけて、それから脛からつま先は、爪も含めて真っ赤に染まっていた。髪の色も変わってきたように思う。茶色だったはずの髪が、今は赤毛になっている。
おでこが痒いなと思ったら、そこにも石が出来ているようだった。
「俺、このままだと真っ赤になっちゃう?」
くるっと体ごと振り向いて尋ねる。ヴェルはすっかりくつろいで、ゆったりした顔つきをしていた。
「いいや、すでに魔力もしっかりなじんだ。これ以上はそれほど変化もないはずだ」
そう言いながら、ヴェルはわずかに眉を寄せた。何を見ているのかと思ったら、おでこの石だった。
「すまない、顔のこれは、想定外だ」
「ああ、俺が可愛くてつい、ちゅーしちゃったの?」
なんてふざけて笑ったら、ヴェルは真顔で「そうだ」とうなずいた。こっちが反応に困るやつ。
「私にとっては可愛いが、お前は気に入らないのでは?」
俺は首を振って、そろりと前に向き直った。改めて可愛いといわれて、少々恥ずかしかったのだ。
嬉しい気持ちの中にじわりと不安も混じる。
しっかりなじんでしまったのか、魔力。
俺はまだ人間だろうか。それとも、何か別のものになってしまったのだろうか。
イシャズが見たらどう思うだろうとか、怖がられたらどうしようとか、そういう気持ちは確かにある。
だけど俺の気持ちは変わらない。
「ヴェル、イシャズが心配だ、会いに行きたい」
嫌われてもいい、もう二度と会えなくても。イシャズを助けたい。
「わかった」
ヴェルは俺を抱えたままザバーっと立ち上がった。
いきなりすぎてやっぱりあちこち隠す暇がない。鳥がけたたましい声を上げて一斉に飛び立ったのは、俺の裸が不愉快だった、とかじゃないよね?
「それにしても、服をどうしようかな。裸で村に降り立つわけにもいかないし」
布一枚というのも心許ない。
「やっぱボロボロになったアレを着ていくしかないかな」
「これのことか」
そう言いつつ、どこからともなく俺の服を取り出すので驚いた。
「なんで持ってるの!?」
「巣から出るついでに、捨てていいか聞こうと思って」
「今回のことが終わったら!」
「待て、そのまま着るな。せっかく毛づくろいしたのだから」
彼が手をかざすと、服がいきなり燃えた。
「ちょっ、ヴェル!?」
「よく見ろ」
すると俺の腕の中で、見る間に服の汚れが落ち穴がふさがり元通り――いや、何なら元よりきれいになっていた。
「こ、これが不死鳥の力……!」
「妙なところで感心するな」
「でも、ヴェルすごいよ! 魔法ってすごいんだね!」
「直したわけではない。日が落ちればボロくずとなって消え去るだろう」
「ヴェル、早く行こう。そして早く帰って来よう」
俺は本気で焦っているのに、ヴェルは手の甲で口元を隠して笑っている。
「ヴェルってば!」
「ああ、そうだな。手早く済ませて帰って来よう」
ヴェルは俺を片手で抱き寄せると不死鳥になって大きな翼を広げた。
そして俺はといえば、猛禽類が獲物を捕まえるみたいな持ち方をされて一緒に空を飛んでいる。
おそらくヴェルにとっては、抱えるのも鷲掴みも同じ感覚なんだ。
正直、めちゃめちゃ怖いけど、ヴェルが俺を落とすわけがない。
不安なのはむしろ、俺を――そしてヴェルを、村の人たちが受け入れてくれるかどうかだ。
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