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甘えるべきは
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「ヴェル、ごめん、俺もうヴェルの世話になるわけにはいかない」
「なぜ?」
ヴェルのピンク色の髪が、ふわりと揺れる。彼は俺を寝床に座らせると静かに問うた。彼が優しいから、余計に罪悪感が募った。
俺はぐっと唇を噛んで、覚悟を決めて打ち明けた。
「俺、泥棒なんだ」
「泥棒? 何が欲しい」
彼は洞窟内を見回した。望めばくれる、みたいな仕草だった。
でもこんなこと、許されるわけがない。
「俺は……不死鳥の卵を盗みに来たんだ!」
「私が卵を産むように見えるのか」
ヴェルが目を見開くので、俺のほうがギョッとした。
「見えないけど……、でも、嫌だろう? 同族の卵を狙ってる奴なんて」
「そもそも不死鳥は卵など産まない。魔力の調整で、ひなに還ることならあるが……」
ひなに還るってどういうことだろう?
一瞬思考がそれかけたけど、今はそれどころじゃない。
不死鳥の卵が存在しないと、ヴェルは言ったのだ。
「けど、不死鳥の卵は万病に効くって! すごい高値で取引されるんだって!」
「落ち着けルアーカ、何か、他の物と間違えたのではないのか。たとえば……、火羽鳥(ヒバネドリ)だとか」
「火羽鳥?」
「炎の中で暮らす魔獣の一種だ。とはいえ、万病に効く卵などないし、火羽鳥の卵などむしろ人には毒だろうな」
「そんな、じゃあ、イシャズは治らないの!?」
子供のころ、俺は両親を亡くして故郷を追い出された。そしてイシャズの住む村へとたどり着いた。
行き倒れかけていた俺を助けてくれたのがイシャズだ。
彼と彼の家族は、俺が独り立ちするまでの手助けをしてくれた。本来なら使用人とご主人様という関係だったけど、彼らは俺を家族みたいに扱ってくれた。イシャズは俺にとって、友達のような弟のような存在だった。
だから今度は、俺がイシャズを助けたい。
ヴェルはふっとため息をついた。
「そんなにその者のことが大事なのか」
「うん、俺の命より」
そう口にした瞬間、ヴェルの体から炎が上がった。
「熱っ!」
体を縮めたときにはもう消えていたけれど、ちょっとびっくりした。
「すまない」
俺は急いで言い繕った。
「いや、ヴェルに救ってもらった命を粗末にするっていう意味じゃないよ! だけど、そのくらいの覚悟で出てきたんだ。イシャズも俺の命の恩人だから」
「おまえはそんなにあちこちで拾われてしまうのか」
しまった。妙な心配をされている。
「ヴェルとイシャズだけだよ」
ヴェルはしばし目を据わらせて俺を見ていたが、やがて根負けしたようにつぶやいた。
「……どんな病気だ」
「魔力がねじれているって」
「魔力? そいつは魔法使いか?」
「修業をすればなれるんだって! 有名な先生に弟子入りできるところだったんだよ! ……病気にさえならなければ」
いったん浮上しかけた気持ちが、また沈んでしまった。
ベッドに横たわり、額に汗を浮かべるイシャズの姿を思い出して。
「そんな顔をするな……。私になら治せるかもしれない」
「ヴェル、それ、本当?」
心の中に光がぽつんと灯った。
その火は、すぐに陰る。
「だけど、それじゃあ俺、あまりにも身勝手だ」
結果的に勘違いだったとしても、俺は卵を盗みに来たわけだし。
「ルアーカ、私のひな――」
長い指が顎にかかって、俺に顔を上げさせた。こちらをのぞき込むヴェルのオレンジの虹彩と青い瞳孔から目をそらせなかった。
「おまえが今、甘えるべきは誰だ」
あたりに果実のような甘い香りが満ちた。
そのままぴったりくっついて眠ってしまいたくなるような、ヴェルの匂い。
「……ヴェル?」
「そう、私だ」
彼は満足そうに微笑んだ。
「イシャズを治してくれるの?」
「実際に見てみなければわからないが、おそらく」
気がせく俺を、ヴェルはやんわりと押しとどめた。
「行くのは元気になってからだ」
「俺は元気だよ」
「いいや、顔色が悪い。熱が出てきたんじゃないのか?」
「イシャズはもっと辛そうだった」
「ルアーカ、あまり私の巣の中をよそ者の名で満たすな」
ちょっとふてくされたようにヴェルがそっぽを向けば、小精霊たちまで彼に賛同するように上下運動をした。
「ごめん……ヴェル」
呼びかけると、彼の長いまつげがピクリと動いた。
ああ、本当だ。ヴェルは可愛い。
ふっと気が抜けて、俺は寝床に倒れ込んだ。
一度体の重さを自覚したら、もう起き上がれそうもなかった。
ヴェルはふっと洞窟の出口に目をやった。
「それに、もうすぐ雨が降る。その前に寝てしまえ」
そういって、ヴェルは俺のおでこにキスをした。
「なぜ?」
ヴェルのピンク色の髪が、ふわりと揺れる。彼は俺を寝床に座らせると静かに問うた。彼が優しいから、余計に罪悪感が募った。
俺はぐっと唇を噛んで、覚悟を決めて打ち明けた。
「俺、泥棒なんだ」
「泥棒? 何が欲しい」
彼は洞窟内を見回した。望めばくれる、みたいな仕草だった。
でもこんなこと、許されるわけがない。
「俺は……不死鳥の卵を盗みに来たんだ!」
「私が卵を産むように見えるのか」
ヴェルが目を見開くので、俺のほうがギョッとした。
「見えないけど……、でも、嫌だろう? 同族の卵を狙ってる奴なんて」
「そもそも不死鳥は卵など産まない。魔力の調整で、ひなに還ることならあるが……」
ひなに還るってどういうことだろう?
一瞬思考がそれかけたけど、今はそれどころじゃない。
不死鳥の卵が存在しないと、ヴェルは言ったのだ。
「けど、不死鳥の卵は万病に効くって! すごい高値で取引されるんだって!」
「落ち着けルアーカ、何か、他の物と間違えたのではないのか。たとえば……、火羽鳥(ヒバネドリ)だとか」
「火羽鳥?」
「炎の中で暮らす魔獣の一種だ。とはいえ、万病に効く卵などないし、火羽鳥の卵などむしろ人には毒だろうな」
「そんな、じゃあ、イシャズは治らないの!?」
子供のころ、俺は両親を亡くして故郷を追い出された。そしてイシャズの住む村へとたどり着いた。
行き倒れかけていた俺を助けてくれたのがイシャズだ。
彼と彼の家族は、俺が独り立ちするまでの手助けをしてくれた。本来なら使用人とご主人様という関係だったけど、彼らは俺を家族みたいに扱ってくれた。イシャズは俺にとって、友達のような弟のような存在だった。
だから今度は、俺がイシャズを助けたい。
ヴェルはふっとため息をついた。
「そんなにその者のことが大事なのか」
「うん、俺の命より」
そう口にした瞬間、ヴェルの体から炎が上がった。
「熱っ!」
体を縮めたときにはもう消えていたけれど、ちょっとびっくりした。
「すまない」
俺は急いで言い繕った。
「いや、ヴェルに救ってもらった命を粗末にするっていう意味じゃないよ! だけど、そのくらいの覚悟で出てきたんだ。イシャズも俺の命の恩人だから」
「おまえはそんなにあちこちで拾われてしまうのか」
しまった。妙な心配をされている。
「ヴェルとイシャズだけだよ」
ヴェルはしばし目を据わらせて俺を見ていたが、やがて根負けしたようにつぶやいた。
「……どんな病気だ」
「魔力がねじれているって」
「魔力? そいつは魔法使いか?」
「修業をすればなれるんだって! 有名な先生に弟子入りできるところだったんだよ! ……病気にさえならなければ」
いったん浮上しかけた気持ちが、また沈んでしまった。
ベッドに横たわり、額に汗を浮かべるイシャズの姿を思い出して。
「そんな顔をするな……。私になら治せるかもしれない」
「ヴェル、それ、本当?」
心の中に光がぽつんと灯った。
その火は、すぐに陰る。
「だけど、それじゃあ俺、あまりにも身勝手だ」
結果的に勘違いだったとしても、俺は卵を盗みに来たわけだし。
「ルアーカ、私のひな――」
長い指が顎にかかって、俺に顔を上げさせた。こちらをのぞき込むヴェルのオレンジの虹彩と青い瞳孔から目をそらせなかった。
「おまえが今、甘えるべきは誰だ」
あたりに果実のような甘い香りが満ちた。
そのままぴったりくっついて眠ってしまいたくなるような、ヴェルの匂い。
「……ヴェル?」
「そう、私だ」
彼は満足そうに微笑んだ。
「イシャズを治してくれるの?」
「実際に見てみなければわからないが、おそらく」
気がせく俺を、ヴェルはやんわりと押しとどめた。
「行くのは元気になってからだ」
「俺は元気だよ」
「いいや、顔色が悪い。熱が出てきたんじゃないのか?」
「イシャズはもっと辛そうだった」
「ルアーカ、あまり私の巣の中をよそ者の名で満たすな」
ちょっとふてくされたようにヴェルがそっぽを向けば、小精霊たちまで彼に賛同するように上下運動をした。
「ごめん……ヴェル」
呼びかけると、彼の長いまつげがピクリと動いた。
ああ、本当だ。ヴェルは可愛い。
ふっと気が抜けて、俺は寝床に倒れ込んだ。
一度体の重さを自覚したら、もう起き上がれそうもなかった。
ヴェルはふっと洞窟の出口に目をやった。
「それに、もうすぐ雨が降る。その前に寝てしまえ」
そういって、ヴェルは俺のおでこにキスをした。
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