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もう充分
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離れろと言われて、俺は思わずヴェルを見た。
ヴェルからすれば侵入者。警戒するのは無理もない。
でもイシャズはなんでヴェルに対して敵意を向けているんだろう。
「あ! ひょっとして、あのとき俺が――鷹掴みにされてたから!?」
イシャズの村への行きかえり、巣に持ち帰られる餌みたいな気分だって、自分でも思ったっけ。
「大丈夫だよ、イシャズ、あれ別に痛くはないんだ!」
「ルアーカ! 君がのんきなのは今更だけど、そいつは本当に危険なんだ!」
「人の領域に来てよくもぬけぬけと……」
向かっていきそうなヴェルを、俺は抱っこをするみたいに引き留めた。
「ヴェル、イシャズは俺の親友なんだ。ひどいことはしないでね?」
彼は一瞬俺を恨めしそうに睨んだけれど、今にも燃え上がりそうな炎を収めてくれた。
「少し、話をしてもいいよね」
こくりと頷くヴェルの頭を思わずなでてしまった。嫌がるかなと思ったら、おとなしくしている。
もう手を離しても平気かなと思ったのだけど、ヴェルは「そのままで」と言う。仕方ないので横に並んで手をつなぐ。
「イシャズ、何か誤解があるみたいだけど、ヴェルは危なくないよ」
「わかっていないのは君のほうだ! その姿、魔力を与えられたんだろう!」
「そうだよ? かっこいいだろ」
なんて、自分で言うとちょっと恥ずかしいけど……。
俺にとってはもう、これは自慢なんだ。爪まで赤く染まった手足も、宝石のように輝くヴェルの魔力の結晶も。
だけどイシャズは目を見開き、泣き出しそうな顔をした。
なんでだろう。こんなにきれいなのに。
「君は、魔力のせいで、そいつに従属するしかなくなっている」
「従属?」
「精霊は、気に入ったものに甘い蜜を与えて惹きつけるんだよ」
思い当たることは、ありすぎる。
ヴェルはいつもいい匂いがするし、飲ませてくれる水もほのかに甘い。
「獲物を逃がさないようにする罠なんだ……」
「罠って」
俺が笑うと、イシャズはますます苦しげに顔を歪めた。
前までの俺なら、あんな顔をさせたことを悔やんだだろうと、どこか他人事のように思った。
彼は俺を案じてくれているのだ。
だけど彼の言葉は、人間側の理解であって、俺にはもう――。
「一緒に来てくれ、ルアーカ! 今ならまだ間に合う。体にしみ込んだ魔力を抜けば、人間に戻れるはずだ」
「人間に、戻る……?」
俺はハッと顔を上げた。
「時間はかかるかもしれない。だけど俺が、必ず治して見せるから!」
あの時と同じだな、と、俺はぼんやり考えた。
俺が飢え死に寸前で彼の住む村にたどり着いたとき。
イシャズが俺を拾って、彼の両親を説得してくれた。
このまま放っておけない、助けたいって、俺のために頭を下げてくれた。
懐かしくて、自然と笑みがこぼれた。
ホッとしたように、イシャズが眉から力を抜いたけれど、違うんだ。
「ごめん、イシャズ。一緒には行けない」
「君は騙されているんだ! 上位精霊は言葉巧みに人を惑わす。魔力を与えたあとは……自らの糧として取り込むんだ」
「ああ、その話か……」
「ルアーカ、まさか!」
確かに食べられかけたけど……、言うのは恥ずかしいなとちょっと身じろぐ。
その瞬間、ヴェルと繋いでいた手がほどけてしまった。
彼の顔が青ざめて見えたので、そっと繋ぎなおす。ヴェルがこっちを向いた。俺は微笑んでしっかりと頷いて見せた。
「聞いて、イシャズ。人としての俺は、多分もう死んだんだ」
イシャズの顔が嫌悪に歪んだのを見て、俺は慌てて続けた。
「誤解しないで! ヴェルは助けてくれたんだ。死にかけて倒れた俺に魔力を与えて生かしてくれた。だけど、恩があるから一緒にいるんじゃない。一緒にいたいから、ここにいる」
「ルアーカ……」
呆けたように、ヴェルが俺の名をつぶやいた。
「いていいよね?」
「当然だ」
その割に、ヴェルは顔をしかめている。照れ隠しだろうかと笑いをこらえていると、彼は一歩前に出てイシャズと向き合った。
「ルアーカは渡さない」
少年の姿であっても、やっぱりヴェルは王様のようだった。
イシャズは村長の息子だし、とても優秀だから、みんなより偉いのだと思っていた。けれどそんな彼も、ヴェルの前では気圧されたように何も言えずにいる。
「ルアーカは、本来魔力を持たないものだったのだと思う。だが、何者かの願いが彼に宿っていた」
「願い?」
思わず口を挟むと、ヴェルは鷹揚に頷いた。
「ああ、強い願いはもはや魔法だ。加護の力が結晶となってお前の中に宿っていた。願ったのは、おまえだろう?」
「イシャズが? 何を願ったの?」
イシャズはかすかに震えていた。何かを言おうと口を開きかけ、結局唇を嚙んでしまう。
「おまえは誰かに、ルアーカを守って欲しかったんじゃないのか? そのおかげで、魔力を持たぬはずのルアーカに私の力を注ぐことができた。おまえのおかげでルアーカを助けられたことは確かだ。そのことについては礼を言う」
「……そう、なの? イシャズ」
イシャズは無言を貫いた。
けれど否定もしなかった。それが答えのように思えた。
やっぱり二人は、俺の恩人なんだ……。
「ありがとう、イシャズ、ここまで来てくれて。でもやっぱり、俺は行けないよ」
その気持ちだけで充分なんだ。
そう伝えると、彼は静かに涙した。
「誰かに願いを託したとき、おまえは一度ルアーカの手を離したんだ。そして私が拾った。もう私のものだ」
ヴェルからすれば侵入者。警戒するのは無理もない。
でもイシャズはなんでヴェルに対して敵意を向けているんだろう。
「あ! ひょっとして、あのとき俺が――鷹掴みにされてたから!?」
イシャズの村への行きかえり、巣に持ち帰られる餌みたいな気分だって、自分でも思ったっけ。
「大丈夫だよ、イシャズ、あれ別に痛くはないんだ!」
「ルアーカ! 君がのんきなのは今更だけど、そいつは本当に危険なんだ!」
「人の領域に来てよくもぬけぬけと……」
向かっていきそうなヴェルを、俺は抱っこをするみたいに引き留めた。
「ヴェル、イシャズは俺の親友なんだ。ひどいことはしないでね?」
彼は一瞬俺を恨めしそうに睨んだけれど、今にも燃え上がりそうな炎を収めてくれた。
「少し、話をしてもいいよね」
こくりと頷くヴェルの頭を思わずなでてしまった。嫌がるかなと思ったら、おとなしくしている。
もう手を離しても平気かなと思ったのだけど、ヴェルは「そのままで」と言う。仕方ないので横に並んで手をつなぐ。
「イシャズ、何か誤解があるみたいだけど、ヴェルは危なくないよ」
「わかっていないのは君のほうだ! その姿、魔力を与えられたんだろう!」
「そうだよ? かっこいいだろ」
なんて、自分で言うとちょっと恥ずかしいけど……。
俺にとってはもう、これは自慢なんだ。爪まで赤く染まった手足も、宝石のように輝くヴェルの魔力の結晶も。
だけどイシャズは目を見開き、泣き出しそうな顔をした。
なんでだろう。こんなにきれいなのに。
「君は、魔力のせいで、そいつに従属するしかなくなっている」
「従属?」
「精霊は、気に入ったものに甘い蜜を与えて惹きつけるんだよ」
思い当たることは、ありすぎる。
ヴェルはいつもいい匂いがするし、飲ませてくれる水もほのかに甘い。
「獲物を逃がさないようにする罠なんだ……」
「罠って」
俺が笑うと、イシャズはますます苦しげに顔を歪めた。
前までの俺なら、あんな顔をさせたことを悔やんだだろうと、どこか他人事のように思った。
彼は俺を案じてくれているのだ。
だけど彼の言葉は、人間側の理解であって、俺にはもう――。
「一緒に来てくれ、ルアーカ! 今ならまだ間に合う。体にしみ込んだ魔力を抜けば、人間に戻れるはずだ」
「人間に、戻る……?」
俺はハッと顔を上げた。
「時間はかかるかもしれない。だけど俺が、必ず治して見せるから!」
あの時と同じだな、と、俺はぼんやり考えた。
俺が飢え死に寸前で彼の住む村にたどり着いたとき。
イシャズが俺を拾って、彼の両親を説得してくれた。
このまま放っておけない、助けたいって、俺のために頭を下げてくれた。
懐かしくて、自然と笑みがこぼれた。
ホッとしたように、イシャズが眉から力を抜いたけれど、違うんだ。
「ごめん、イシャズ。一緒には行けない」
「君は騙されているんだ! 上位精霊は言葉巧みに人を惑わす。魔力を与えたあとは……自らの糧として取り込むんだ」
「ああ、その話か……」
「ルアーカ、まさか!」
確かに食べられかけたけど……、言うのは恥ずかしいなとちょっと身じろぐ。
その瞬間、ヴェルと繋いでいた手がほどけてしまった。
彼の顔が青ざめて見えたので、そっと繋ぎなおす。ヴェルがこっちを向いた。俺は微笑んでしっかりと頷いて見せた。
「聞いて、イシャズ。人としての俺は、多分もう死んだんだ」
イシャズの顔が嫌悪に歪んだのを見て、俺は慌てて続けた。
「誤解しないで! ヴェルは助けてくれたんだ。死にかけて倒れた俺に魔力を与えて生かしてくれた。だけど、恩があるから一緒にいるんじゃない。一緒にいたいから、ここにいる」
「ルアーカ……」
呆けたように、ヴェルが俺の名をつぶやいた。
「いていいよね?」
「当然だ」
その割に、ヴェルは顔をしかめている。照れ隠しだろうかと笑いをこらえていると、彼は一歩前に出てイシャズと向き合った。
「ルアーカは渡さない」
少年の姿であっても、やっぱりヴェルは王様のようだった。
イシャズは村長の息子だし、とても優秀だから、みんなより偉いのだと思っていた。けれどそんな彼も、ヴェルの前では気圧されたように何も言えずにいる。
「ルアーカは、本来魔力を持たないものだったのだと思う。だが、何者かの願いが彼に宿っていた」
「願い?」
思わず口を挟むと、ヴェルは鷹揚に頷いた。
「ああ、強い願いはもはや魔法だ。加護の力が結晶となってお前の中に宿っていた。願ったのは、おまえだろう?」
「イシャズが? 何を願ったの?」
イシャズはかすかに震えていた。何かを言おうと口を開きかけ、結局唇を嚙んでしまう。
「おまえは誰かに、ルアーカを守って欲しかったんじゃないのか? そのおかげで、魔力を持たぬはずのルアーカに私の力を注ぐことができた。おまえのおかげでルアーカを助けられたことは確かだ。そのことについては礼を言う」
「……そう、なの? イシャズ」
イシャズは無言を貫いた。
けれど否定もしなかった。それが答えのように思えた。
やっぱり二人は、俺の恩人なんだ……。
「ありがとう、イシャズ、ここまで来てくれて。でもやっぱり、俺は行けないよ」
その気持ちだけで充分なんだ。
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