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そのまま飛び出してきたみたい
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廃屋のような埃っぽい部屋で、ナジュアムは目を開けた。腕を体のうしろで縛り上げられ、床に転がされていた。
頭がぼうッとする。
妙な魔法道具で眠らされたせいなのか、頭が重く、うまく体が動かせなかった。
「ああん? なんだ、男じゃねえか」
「でもきれいな顔をしてるぞ」
会話だけでこれからどんな目に合うのか想像がついた。
そうか、ヤラン、そこまで落ちてしまったのか。
こういう事態になるとしても、せいぜい相手をするのはヤランだけだろうと高をくくっていた。こんなことのために人を呼ぶなんて。
どう考えても最悪の事態だというのに、ナジュアムはまだどこか冷静だった。オーレンに叱られてしまうな、と、妙な心配をしていた。
「どんな気分だよ、ナジュアム」
「ヤラン、どうしてこんなことを」
せき込みながら、ナジュアムは尋ねる。どうにも視界がハッキリしなかった。声とシルエットでヤランだとわかるのだが、顔のあたりは黒く塗りつぶされたようだった。
「おまえは男が好きだから、おぜん立てしてやったんじゃねえか」
またそれか、といっそ呆れてしまった。
「言ったってどうせ信じないんだろうけど、俺は、おまえ以外に体を許したことはないよ」
ヤランは一瞬動揺したように目を泳がせるが、すぐに無理やり笑ってみせた。
「はっ! 嘘をつくなよ。じゃああの男はどうなんだ」
「彼とはそういう関係じゃない」
「そんなの……信じられるか」
ヤランが気弱な顔を見せた時、隣に立っていた男がしびれを切らしたように声を荒げた。
「おい、はじめていいのか」
声の感じからすると、男じゃないかと文句を言っていたほうだと思うのだが、いったい今の会話でどうしてやる気になってしまうのか。
「好きにしろ」
ヤランは吐き捨て背を向ける。
彼の説得は無理だと諦めて、ナジュアムはこれから犯罪に加担しようという男たちに声をかける。つとめて冷静に。
「理解しているんですか。これは犯罪です。こんなことをしたって、汚れるのは俺じゃない。あなた方です。今ならまだ引き返せる」
男たちはそれを聞いて大笑いした。
「そんなもん、とっくだよ」
男はナジュアムにまたがった。重さにぐっと息が詰まる。
不器用な手つきで半端にボタンをはずされる。腕を縛られているせいで、すべて脱がせることはできないようだった。平らな胸に嫌気がさしてくれればと思ったが、男はナジュアムの肌を見てごくりと唾をのんだ。
気持ち悪さを堪えて目を閉じる。ここで下手に暴れるよりは、好きにさせたほうがまだ痛い思いをしないだろうか。こんな時まで計算してしまう自分が嫌になる。
ベルトに手がかかり、ズボンを下ろされそうになったところで、嫌悪感が勝った。
それでも、ナジュアムは口を引き結んで耐える。
太ももに、ひやりと風を感じた。
「おい、ナジュアム、もっと抵抗しろよ!」
なぜかヤランのほうが悲鳴じみた声を上げ、ナジュアムの肩を乱暴に押した。
「痛っ」
ナジュアムが声を上げると同時に、カシャッと小さな音がした。お守りが壊れたのだ。そうすべきだとわかっていたが、本当に壊れてしまったのだと悲しくなった。
「ナジュアム、聞いてんのか!」
ヤランが腕を振り上げたので、ギュッと目をつぶる。
「そのまま、目をつぶっていてください」
「――え?」
耳なじみのある声に思わず目を開きかけるが、その前に大きく暖かな手でそっと目を塞がれる。ふわっと場に似合わぬブイヨンの匂いがした。ドサドサと人の倒れるような音が聞こえる。
「オーレン」
彼の手が外されたとき、それまでぼやけていた視界が不思議とハッキリした。
二人の見知らぬ男とヤランが、床に倒れ込んでいた。
オーレンはエプロン姿でレードルを握りしめたままで、まるでキッチンからそのまま飛び出してきたみたいだった。
「オーレン、どうしてここに」
「動かないで。縄を外します」
縄は、オーレンの言葉に従う従順な蛇のようにほどけていった。腕に残ったあとを痛ましげにさすったあと、彼はすこし視線をさ迷わせ「失礼します」とナジュアムの服のボタンに手をかけた。
「あ、自分で」
やろうとしたのだが、手が震えてうまく留められない。おとなしく彼の手を借りて、代わりに質問を投げかける。
「オーレン、この人たちは」
「眠ってもらっただけです」
オーレンは、ナジュアムの太ももあたりにわだかまったズボンに手のばしかけて引っ込めた。
「その……、あとは自分でできますか」
「うん、ごめん」
「それより、こいつらどうしますか?」
オーレンはすっくと立ちあがり、床に倒れる男たちを見下ろした。
「不能にしてやりましょうか」
「つ、つぶす気?」
こっちまでヒヤッとして、ナジュアムは慌てて身なりを整えた。
「物理がいいですか?」
オーレンはやけにあどけない顔で首を傾げた。
「いや、そうじゃなくて……、未遂なのに」
「前科はなさそうな感じでした?」
ありそうだった。目をそらしてしまった。
「未遂だろうと、許せるわけないんですけどね。まあ、ナジュアムさんの前だし、見苦しくないほうにしておきましょうか。俺は温厚なんで」
自分で温厚って言った!
ナジュアムが驚いているうちに、彼はしゃがみこんで一人ずつ額に指をつきつけ何事かつぶやいた。魔法を使う様子はいつものオーレンと違って見える。非常に冷淡なまなざしをしている。
足音を立てて、オーレンは再びナジュアムの前に戻ってきた。目がギラギラして見える。変に興奮している、みたいな。
「オーレンって、やっぱり魔人なんじゃないの?」
彼はそれを聞き、まぶたを半分おろした。
「ナジュアムさん、俺のこと怖いですか?」
ぞっとするほど真剣な顔だった。こたえを間違えれば、オーレンがこのままどこかへ行ってしまいそうな。
息が詰まった。緊張で溜まってしまった唾を飲み込んて、ようやく口を開きかけたその時、声より先にお腹がぐーと鳴った。これが答えのような気もする。
オーレンが、笑いを堪えている。
「そういえばナジュアムさん、俺の顔見たらお腹空くんでしたっけ」
いや、全然堪えられていない。ナジュアムはヤケになって認めてしまった。
「まあね」
心底恥ずかしいが、おかげで妙な空気はどこかへ行った。
「帰りましょうか。こんな汚いとこ、いつまでもいちゃダメですよ」
「うん……。いや待って、警邏を呼ばないと」
「え!? 目の前にお腹を空かせたナジュアムさんがいるのに、それなんて苦行ですか」
「やめて、からかわないで」
「本気です」
なおさら性質が悪い。
でも、こっちの方が彼らしい。
頭がぼうッとする。
妙な魔法道具で眠らされたせいなのか、頭が重く、うまく体が動かせなかった。
「ああん? なんだ、男じゃねえか」
「でもきれいな顔をしてるぞ」
会話だけでこれからどんな目に合うのか想像がついた。
そうか、ヤラン、そこまで落ちてしまったのか。
こういう事態になるとしても、せいぜい相手をするのはヤランだけだろうと高をくくっていた。こんなことのために人を呼ぶなんて。
どう考えても最悪の事態だというのに、ナジュアムはまだどこか冷静だった。オーレンに叱られてしまうな、と、妙な心配をしていた。
「どんな気分だよ、ナジュアム」
「ヤラン、どうしてこんなことを」
せき込みながら、ナジュアムは尋ねる。どうにも視界がハッキリしなかった。声とシルエットでヤランだとわかるのだが、顔のあたりは黒く塗りつぶされたようだった。
「おまえは男が好きだから、おぜん立てしてやったんじゃねえか」
またそれか、といっそ呆れてしまった。
「言ったってどうせ信じないんだろうけど、俺は、おまえ以外に体を許したことはないよ」
ヤランは一瞬動揺したように目を泳がせるが、すぐに無理やり笑ってみせた。
「はっ! 嘘をつくなよ。じゃああの男はどうなんだ」
「彼とはそういう関係じゃない」
「そんなの……信じられるか」
ヤランが気弱な顔を見せた時、隣に立っていた男がしびれを切らしたように声を荒げた。
「おい、はじめていいのか」
声の感じからすると、男じゃないかと文句を言っていたほうだと思うのだが、いったい今の会話でどうしてやる気になってしまうのか。
「好きにしろ」
ヤランは吐き捨て背を向ける。
彼の説得は無理だと諦めて、ナジュアムはこれから犯罪に加担しようという男たちに声をかける。つとめて冷静に。
「理解しているんですか。これは犯罪です。こんなことをしたって、汚れるのは俺じゃない。あなた方です。今ならまだ引き返せる」
男たちはそれを聞いて大笑いした。
「そんなもん、とっくだよ」
男はナジュアムにまたがった。重さにぐっと息が詰まる。
不器用な手つきで半端にボタンをはずされる。腕を縛られているせいで、すべて脱がせることはできないようだった。平らな胸に嫌気がさしてくれればと思ったが、男はナジュアムの肌を見てごくりと唾をのんだ。
気持ち悪さを堪えて目を閉じる。ここで下手に暴れるよりは、好きにさせたほうがまだ痛い思いをしないだろうか。こんな時まで計算してしまう自分が嫌になる。
ベルトに手がかかり、ズボンを下ろされそうになったところで、嫌悪感が勝った。
それでも、ナジュアムは口を引き結んで耐える。
太ももに、ひやりと風を感じた。
「おい、ナジュアム、もっと抵抗しろよ!」
なぜかヤランのほうが悲鳴じみた声を上げ、ナジュアムの肩を乱暴に押した。
「痛っ」
ナジュアムが声を上げると同時に、カシャッと小さな音がした。お守りが壊れたのだ。そうすべきだとわかっていたが、本当に壊れてしまったのだと悲しくなった。
「ナジュアム、聞いてんのか!」
ヤランが腕を振り上げたので、ギュッと目をつぶる。
「そのまま、目をつぶっていてください」
「――え?」
耳なじみのある声に思わず目を開きかけるが、その前に大きく暖かな手でそっと目を塞がれる。ふわっと場に似合わぬブイヨンの匂いがした。ドサドサと人の倒れるような音が聞こえる。
「オーレン」
彼の手が外されたとき、それまでぼやけていた視界が不思議とハッキリした。
二人の見知らぬ男とヤランが、床に倒れ込んでいた。
オーレンはエプロン姿でレードルを握りしめたままで、まるでキッチンからそのまま飛び出してきたみたいだった。
「オーレン、どうしてここに」
「動かないで。縄を外します」
縄は、オーレンの言葉に従う従順な蛇のようにほどけていった。腕に残ったあとを痛ましげにさすったあと、彼はすこし視線をさ迷わせ「失礼します」とナジュアムの服のボタンに手をかけた。
「あ、自分で」
やろうとしたのだが、手が震えてうまく留められない。おとなしく彼の手を借りて、代わりに質問を投げかける。
「オーレン、この人たちは」
「眠ってもらっただけです」
オーレンは、ナジュアムの太ももあたりにわだかまったズボンに手のばしかけて引っ込めた。
「その……、あとは自分でできますか」
「うん、ごめん」
「それより、こいつらどうしますか?」
オーレンはすっくと立ちあがり、床に倒れる男たちを見下ろした。
「不能にしてやりましょうか」
「つ、つぶす気?」
こっちまでヒヤッとして、ナジュアムは慌てて身なりを整えた。
「物理がいいですか?」
オーレンはやけにあどけない顔で首を傾げた。
「いや、そうじゃなくて……、未遂なのに」
「前科はなさそうな感じでした?」
ありそうだった。目をそらしてしまった。
「未遂だろうと、許せるわけないんですけどね。まあ、ナジュアムさんの前だし、見苦しくないほうにしておきましょうか。俺は温厚なんで」
自分で温厚って言った!
ナジュアムが驚いているうちに、彼はしゃがみこんで一人ずつ額に指をつきつけ何事かつぶやいた。魔法を使う様子はいつものオーレンと違って見える。非常に冷淡なまなざしをしている。
足音を立てて、オーレンは再びナジュアムの前に戻ってきた。目がギラギラして見える。変に興奮している、みたいな。
「オーレンって、やっぱり魔人なんじゃないの?」
彼はそれを聞き、まぶたを半分おろした。
「ナジュアムさん、俺のこと怖いですか?」
ぞっとするほど真剣な顔だった。こたえを間違えれば、オーレンがこのままどこかへ行ってしまいそうな。
息が詰まった。緊張で溜まってしまった唾を飲み込んて、ようやく口を開きかけたその時、声より先にお腹がぐーと鳴った。これが答えのような気もする。
オーレンが、笑いを堪えている。
「そういえばナジュアムさん、俺の顔見たらお腹空くんでしたっけ」
いや、全然堪えられていない。ナジュアムはヤケになって認めてしまった。
「まあね」
心底恥ずかしいが、おかげで妙な空気はどこかへ行った。
「帰りましょうか。こんな汚いとこ、いつまでもいちゃダメですよ」
「うん……。いや待って、警邏を呼ばないと」
「え!? 目の前にお腹を空かせたナジュアムさんがいるのに、それなんて苦行ですか」
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