絶滅危惧種のアイロニー

のは(山端のは)

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1 通り雨

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 ごうんごうんと、大型の洗濯機が音を立てている。外は雷雨で、重たく湿った空気がコインランドリーを満たしていた。

 客は二人だけ。でも、少しおかしい。
 この町にはもう、年寄りしかいないはずなのに、狭い空間に高校生が二人もいる。
 一人は俺。では、彼は?

 洗濯槽の中身がぐるぐる回る様子を熱心に見つめている少年は、明るい茶色の髪をしていた。さらさらで、寝ぐせとは縁がなさそうだ。瞳の色までは見えなかったけど、青ければいいなと、なんとなく思った。
 彼の人形じみた顔立ちによく似合うだろうから。

「……なんですか?」
 不躾な視線にイラついたのかと思ったが、彼の整いすぎた顔からは何の表情も読み取れなくて、少し息が詰まった。
「ああ、悪い。絶滅危惧種がいるな、と思って」
「絶滅?」

 目を丸くして、パチパチ瞬きすると、たちまちあどけない表情になる。やはり若いなと俺はなんだか感動してしまった。
 本当のところ、彼が何者か、俺はもう検討がついている。

 彼はシティからきた、新人類ってヤツだろう。
 わからないのは、なぜ新人類がわざわざ旧人類の町にきたのかというところだ。

 そんなことを考えていたら、彼の端正な顔にくっきりとしわが刻まれたので、俺は慌てて答えた。

「この辺の高校、みんななくなっちゃったから」
 高校どころか、中学校も、小学校も全部閉ざされてしまった。だから、学生全般、絶滅危惧種。今の時代に、それはぜんぜん珍しいことじゃない。
 きっと現役の校舎なんてものがあるとしたら、保護区エデンか、あるいは新区画シティだけだ。

「僕は――」
 少年が言いかけたとき、轟音が響き渡った。落雷だ。
「近いな」
 俺はわくわくと窓に駆け寄った。するともう一度、空が光って大きな音を立てた。
 その時ほんの一瞬、窓に俺の姿が映り込んだ。
 校章入りの半袖シャツに、折り目のついた紺色のパンツ。校舎もないのに制服の着用を義務付けられた俺は、この町に一人だけ取り残された子供だった。

 雷雲はすでに遠のきつつあるようだ。ときおり淡く光るものの、もう落ちてはこられないようだ。
 つまらないな……。
 俺はしばらく、外の様子を眺めていた。背後でピーッと無機質な音が鳴り響くまで。

 なんとはなしに見ていると少年は不思議な動きをした。
 取っ手に触れようと手を伸ばし、とまどったように引っ込める。それを二、三度繰り返してから、なにやら決意めいた表情を浮かべて洗濯槽の扉を開いた。

 そうかと思えば、黒いTシャツを手に取り、不思議そうに見つめている。
 きれいな手が、ゆっくりと生地をなでる。その仕草はやけに直線的で、非常に不慣れに見えた。
 雷より、やっぱり、こっちのほうが面白いかも。
 再び視線が交差して、彼はかすかにため息をもらした。

「――僕は、高校生じゃないですよ。卒業している年です。それに、この町の住人でもない」
「うん。シティから来たんだろ? でも、そっか。高校生じゃないんだ。久々に、子供を見たと思ったのにな」
「……すみません」
「なんで謝んの。勘違いしたのは、俺のほうなのに」

 俺が苦笑すると、彼はふと顔をそむけた。彼は空っぽになった洗濯槽を、やっぱり不思議なくらい熱心に見つめている。
 帰らないのかなと思ったが、いなくなってほしいわけじゃないから、余計なことは言わなかった。

 いつのまにか雨も去って、日差しが狭いコインランドリーを満たしていた。
 いまこの瞬間、ここは博物館になってしまったのかもしれない。
 彼にとってはこの場所が。俺にとっては彼が、貴重な展示品だ。



   ◆
 今日は奉仕の日だ。
 病院へ行って、一人一人と話をする。
 ここにいる患者たちは、もう一人では起き上がることもできない。
 彼らは俺の訪問を待っている。でも、俺には気の重い時間だ。笑顔を張り付け、彼らを励ます。それだけなのに、どんどん削られていくようだった。

 それでなくとも俺が町を歩くと、それだけでそこかしこのドアや窓が開く。

「寄っていきなさい」
伊澄いすみくん、これを持っていきなさい」
「今日は何をしていたの? 伊澄」

 あちこちからしわがれた声が届く。ここには俺の他に、子供がいないから仕方がない。けれど俺は、監視されているみたいで窮屈だった。

 遠くで街宣車の放送が聞こえた。
『■■■にはすべての■■を■■いましょう』
 よく聞き取れなかったが、どうせいつものやつだ。ここのところ、怪しい宗教がこのあたりをうろついている。

 家に帰ると、じいちゃんが真剣な顔で情報ディスプレイを覗き込んでいた。
 じいちゃんは俺に気づいて画面をオフにしたけれど、音だけは廊下まで響いていた。
『■曜日には、すべての穢れを払いましょう』

 俺はぞっとして、自分の部屋に駆け込んだ。
「伊澄」
 扉の前でじいちゃんが俺を呼んだけど、返事をする気にはなれなかった。

 不気味で不安な■曜日は同時に、一番楽しみな日でもあった。コインランドリーに行けば、彼に会える。
 彼は、毎週コインランドリーにやってきた。
「また見てますね」
「またいるから」
 俺たちは顔を見合わせて、すぐにそらす。そらすのはフリだけで、俺はずっと彼のほうに意識を向けていた。

 見れば見るほど彼は不思議で不可解で、きれいだった。見た目は少年なのに、言葉も仕草も落ち着いていて、俺の知るだれよりも大人びている。
 丁寧すぎる言葉づかいも、彼の繊細な姿態にはなんだかふさわしい気がした。

 ため息まで軽やかで、やはり若々しいのだった。



「いつきてもここは君しかいませんね」
「■曜日はね。みんな出かけてるから」
「ふうん」

 ごく短い会話だったけど、俺は内心かなり舞い上がっていた。興味があるのは俺のほうばかりかと思っていた。
 話かけてもらった。ただそれだけでこんなにも浮き立つ。

「シティにはコインランドリーってないの?」
「ありません」
 彼があまりにあっさりうなずくので、俺のほうが当惑した。

「個人ができることを制限することで、効率化を図っているんです」
「ん? どういうこと?」
「洗濯ものは所定のカゴに入れて置けば、ロボットが回収し、決まった時間にもどってきます」
「へえ、便利だね」

「洗剤の量から水の量、身につける素材まで全て、あらかじめ決まっているんです。その日の朝、AIが気象条件に合わせて着る服を指定します。あなたがたはこれを便利と言い、僕は不自由だと言います」
「いや、俺から見ても不自由だよ」
「そうですか」
「そうだよ」

 俺たちはそれきりまた黙り込んだ。シティは俺の想像よりもヤバいところらしい。



 その日を境に俺はコソコソするのをやめて堂々と彼をながめて過ごした。
 見つめずにはいられなかった。ふだん見ている人々と彼はまるで違う。肌、血管、瞳。
 体内に含まれる水分量が充実していてなにもかも、跳ね返してしまいそうだ。

 若いってだけで、こんなにも目を引くものだとは知らなかった。
 彼は諦めたようにため息をついて、俺のとなりに座った。
 急に距離が近くなって、俺はギクリと彼から目をそらした。

 くっついてしまいそうなほど近くに、彼の細い腕がある。そこから立ちのぼる熱が、俺の体温も一度あげてしまった感じがする。
「見ないんですか?」
「へ!?」
「ほら、近くでどうぞ」
 彼の声は笑いを含んだものだった。それでも俺はゾッと身をすくめた。

「あの、怒ってる?」
 そう尋ねつつも、彼から目をそらせなかった。
 近くで見ても、彼の肌はどこまでも滑らかで、化粧でもしているみたいだった。
 瞳は、青じゃなかった。ガラスのように透き通った、琥珀色アンバー
「――怒る? どうして?」
「俺がジロジロ見てたから」
「いいえ、それは誤解です。ただ、僕もすこし君に興味をもちました」
「え?」

 思わず振り向くと、彼は妙に慣れたしぐさで俺に顔を近づけた。
 なにが起こったのか理解するまで三秒ほど必要だった。
 そのあいだに、彼のくちびるがすこし動いて、俺のくちびるを柔らかに刺激した。慌てて押しのければ彼はきょとんとしている。

「あれ、違いました?」
「な、なにが!」
「そうですか。だったら、シティでは気をつけたほうがいいです。見つめるってことは、誘ってるってことだから」
「さそ」
「それ以上のことも、求めているようなあつーい視線でしたよ」

 彼は俺のみぞおちに軽く指を当てた。そのまま薄いTシャツ越しに白い指がゆっくりと下りていく。へそのあたりで俺はようやく「ひっ」と身をよじった。
 それ以上ってなんだ。

「なんで、男同士でそんな!」
「何か問題が?」
 彼は首を傾げた。瞳はどこまでも澄んでいて本気でわからないようだった。
「俺は……子供を作らなきゃならないし」
「旧人類の勤め、ですか。ふうん、君も大変ですね。年の近い相手という条件ですら、この町では満たせそうもないのに」

「え?」
「だって、君でしょう? この町でただ一人の高校生。絶滅危惧種は、君のほうだ」
「だから、俺に興味を持ったの……?」
「なに言ってるんです。君がこっちを見るからでしょう」

 彼は不思議そうに首を傾げ、俺を見つめた。
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