絶滅危惧種のアイロニー

のは(山端のは)

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10 共犯者

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 それから俺たちは二人で冬を越えた。
 リハルがいなければ、俺は凍死していたかもしれない。
 ぬくもりを求めて時に深くつながり、時に冗談を交わし、二人きりの濃密な時間を過ごした。

 そして春になって、リハルはいよいよ、動いている時間のほうが少なくなっていた。

 リハルはステージの端に座っている。
 俺はバスケットボールを、ゴールに向かって投げた。

「俺たちって、とことんエデンと逆をいってるよな」
 ボールはきれいな弧を描いて、ゴールに吸い込まれていく。
 バスケは一人でするのに向いている。
 もちろん、リハルと出来たらもっと面白かっただろうけど、意外なことに彼は球技全般苦手らしい。
 スポーツを保存するための機能はついていないそうだ。

 俺は返事がなくても一人で話をつづけた。
「関わっちゃいけないはずの旧人類と新人類で仲良くして、子供を作る以外の理由で、あいつらが心底大事にしているたねを消費してる」

 振り返ってみても、やっぱりリハルは反応しない。
 ボールを拾いに行こうとしたところで、リハルが何かつぶやいた。
「リハル!」
 慌てて駆け寄ると、彼は俺を見て泣き笑いのような顔を浮かべた。
「絶滅危惧種のアイロニーですね」
「アイロニー?」
「皮肉だと言いました。本当は、君の行動が制限されるいわれはないんです。エデンの在り方は歪んでいます。保護なんて言いながら、君たちを傷つけてる」
 
 その時、リハルはハッと何かに気づいたように、俺の両肩をきつく掴んだ。
「伊澄、逃げて……。エデンが僕を探しに来る。そうしたら、君まで捕まってしまう」
 俺は一瞬ぎくりとして、それから無理に笑った。リハルを安心させたかった。
「捕まらないよ。大丈夫」

 けれどリハルは聞いていなかった。彼はまた動かなくなってしまった。
 俺はリハルの隣に座り、彼の髪を撫でた。

 俺はリハルに隠していることがある。
 本当はもう、とっくに俺たちの居場所は見つかってるんだってこと。
 リハルが眠っているうちに、俺は一度エデンの使者を追い返している。

 雨の降る中、彼らは傘を差し、その下で笑顔を作っていた。
「お迎えにあがりました。イスミ君。大丈夫、あなたならまだまだ立派につとめを果たせます」
「リハルはもう長くない。その日が来るまでは一緒にいたい。邪魔しないでくれ!」
 そう言って彼らを無理やり追い出した。
 言いたくないことを、認めたくないことを、自分の口で告げてしまったことが辛かった。

 俺は隣に座るリハルを抱き寄せた。
 広すぎる体育館のステージで、観客もいないまま悲劇を演じているような、むなしさがあった。
「リハル……。リハルがいなかったら、俺は何の疑問も持たず、今頃エデンでつとめを果たしていたかな。リハルに夢中になっていなければ、じいちゃんたちの自殺も、防げたのかなあ」

 ボロボロと涙がこぼれた。
 わかってる。こんなの意味のない『もしも』だって。
 リハルは俺を、新人類を壊してしまう存在だっていうけど、俺だって、リハルに会って壊れてしまったんだ。
 だけどリハルと過ごした日々は、鮮やかだった。
 花に囲まれたエデンよりも、ずっと。
 色鮮やかだった。
「嫌だよリハル――離れたくない……」

 いっそこのまま、俺の手で彼を殺して、どこかに隠してしまおうか。

「永遠に、俺だけのものにできたらいいのに」
 リハルはピクリとも動かない。
 でも、額を合わせればまだ熱を感じられる。
「エデンに、リハルを返したくない。全部焼かれて、他のだれかになって、俺の知らないところで生きるなんて嫌だ。だれも知らないところに隠して永遠に俺だけのリハルにしたい」

 その時、ぴくりとリハルが動いた。慌てて彼の瞳を覗き込むと、感情の見えない人形みたいな顔から、ふっと“リハル”が戻ってくる。彼は笑った。いつもの微笑じゃなく、子供みたいに顔をクシャっとさせて。
「それ、最高じゃないですか」

 こんな顔、できるのか。
 けれど、リハルはすぐに笑いを引っ込めてしまう。
「僕だって、新しい体になりたくない。僕は僕のまま、あなたを想って死にたい。永遠にあなたのものにしてほしい。――伊澄、エデンから、僕を隠して」
「わかった。必ず――」

 答えたときには、またリハルは人形に戻ってしまった。それでも俺はリハルの手を固く握って、もう一度彼に誓った。
「必ず守るよ」

 それから数日後、リハルは目を覚ましてポツリと言った。
「そろそろ本当に限界のようです」
 電池の残量でも告げるように、彼は淡々としていた。
 顔を歪めた俺を見て、リハルは首を振る。

「これでも、ワクワクしてるんです。あなたとできる、最後の悪巧みだから」
 なるほど表情筋は、先に壊れてしまったらしい。
 俺は彼の言葉を信じることにした。
 そうだな、これは、悪巧みだ。

 俺たちは恋人じゃない。友人というのも少し違う。共犯者というのが、一番しっくりくる。
 人類の存在なんかより、お互いを選んだ。

「まだ歩けるうちに、あの場所へ連れて行ってください。あなたと初めて会った場所。あなたと始めてキスをした場所」
「コインランドリー?」
「……はい……」
「わかった。行こう」

 だれも使わなくなったコインランドリーはすっかり草生くさむして、今にも埋もれてしまいそうで、俺達には好都合だった。
 リハルを洗濯槽の見える椅子に座らせた。
 リハルは薄く微笑んで俺に感謝を述べようとした。
 そんなもの、聞きたくなかったから、唇で塞いでやった。

 くちびるに感じていた熱が、急速に失われる。
 きれいだと思っていた瞳が、怖いくらいに冷たくなる。
「本当にギリギリじゃないか……ひどいやつ」
 俺は彼の瞼をそっと閉じてやった。

「リハル、愛してる。お前だけが俺の――」
 リハルの目から、涙が一筋こぼれた。
「え――?」
 違う。雨だ。
 天井に穴が開いているのだ。
 雨は植物たちを滾らせて、リハルを苗床にここが楽園になるだろう。
 だけどお前のいる楽園なら、俺は縛られても構わない。

 それからほどなく、エデンの使者は約束通り俺を迎えに来た。
 本当にこいつらは、俺に悲しむ暇をくれない。

 以前までの俺なら、ろくに抵抗もできずに連れ去られたんだろうけど……。
 でも今は、そう簡単に折れてやる気はない。

 ――リハルは、ここまで予想していたのかな。
 そうだとしたら、ホント悪いヤツだよ。

 リハルを守る。それは、この世界に彼を取り戻させないことだ。
 彼と過ごした日々を奪わせないことだ。
 俺はそのために、エデンと戦う。
 これはきっと、リハルの本当の望みなんだ。

 俺に、自分自身を守れって言ってるんだ。

「なあ、エデンて人間のためにあるんだろう? 俺も欲しいな、俺のための街」
 俺は無邪気さを装って、そのうちの一人に笑いかけた。愛想笑いなら散々してきた。俺の得意分野だ。

「ここで、みんなで暮らせばいいよ。エデンじゃさ、旧人類との接触を必要最低限にしろって言われるだろ? ここでなら、俺と好きなだけおしゃべりできるよ? こうして握手することも」

 手を握った相手は、笑みをひっこめフリーズした。他の二人は、俺から目を離せないようだ。

 壊せるかな、壊さなきゃ。
 正しく絶滅するために。
 続けよう。リハルと始めた、最後の悪巧みを――。









         終

       
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