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31話 若き剣士! 毒舌な受付嬢!
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クエスト広場の入り口から、柄のついた木の棒を手にした係員らしき男が笛を鳴らしながら駆け寄ってくる。
「こらっ! 何をしている。冒険者同士の乱闘はご法度だぞ!?」
マズイ、これは捕まるんじゃないか? 勘弁してくれよ。すべての元凶はコイツなのに……。俺は若い剣士を睨み、プイっと顔をそむけ、係員に頭を下げる。
「申し訳ありません、取り乱してしまいました。以後気を付けます」
係員は来るや否や、ため息を吐きながら、木の棒を肩に担ぐ。
「いいか、今回は見逃すが、くれぐれも乱闘騒ぎは起こしてくれるなよ? 最悪の場合、冒険者登録を抹消も覚悟しておくように」
冒険者登録を抹消? 一体なんのことだ……まぁ、よくわからないが、ここは下手に逆らわない方が身のためだ。俺は、申し訳なさそうな表情を浮かべ。頭をゆっくりと下げる。
「肝に銘じておきます……」
周囲のざわつきが落ち着き始めたころ、係員がブツブツと呟きながら姿が見えなくなるやいなや、さっきの若い剣士が俺の肩を力強く掴んだ。
「おい! 話は終わってないぞ!?」
やめておこう、相手をするだけ無駄だ。俺は彼と距離を空けて、掲示板を眺める。よく見てみると、掲示板の上には何やら文字が刻まれている。一番左の掲示板には”E”の文字、そして、一番右の掲示板は”A”の文字だ。それは規則正しく並んでおり、E→D→C→B→Aの順で並んでいる。どこか見覚えのある並び方だ。
「もしかして、あの文字ってゲームとかでよくある、”ランク”みたいなものか?」
そう仮定するなら、確かに左側には冒険者の人だかりができてるし、右側にはそれほど冒険者が集まっていないな。ということは右の人達は国から選ばれたエリート……ってところか。
「お前、話しを聞いて――」
「さてと、ドラゴンの情報を探しに行くかな……」
俺は彼の話を無視して、クエスト広場の建物に入ろうとする。自分が相手にされてないことに腹を立て、ギリギリと歯ぎしりをすると、その場で地団太を踏んだ。その後、何かを思いついて、ニヤリと笑みを浮かべた後、ドヤ顔で話をし始める。
「お前、ドラゴンを探してるんだろ? 俺は知ってるぞ!」
俺の歩く足がピタッと止まる。この若い剣士がドラゴンの居場所を知ってる? 仮に知ってたとしても、彼から教わるつもりはない。俺はクルっと振り返り、彼に強い口調で話した。
「いいか? 君から、教わるつもりはない。君と関わりたくないから、どこかに行ってくれ」
自分でも驚くほどに、冷静で淡々とした口調で彼を突っぱねた。すると、彼は自分を指さし、自信ありげに答えた。
「俺の名はブレイド、最強の剣士を目指す、冒険者だ! アンタ、名前は?」
「……」
「おい、人が名前を名乗ったんだ、アンタも名乗れよ」
俺はため息を吐き、冷たい視線をブレイドに送った。
「謝らない奴に、名乗る名前を持ってないんだけど……」
そう言い放つと、ブレイドは眉間にしわを寄せて、頭を力強く掻く。恐らく、彼はそう言ったことをしたことが無いんだろう。プライドの塊といったところか。しばらく葛藤した後、彼は視線を泳がしながら、口を尖らせた。
「わ、悪かったな。踏んづけちまって……」
なんだ、ちゃんと謝れるじゃないか。決して礼儀ができない若者……というわけではなさそうだ。まあ、そういうことなら今回は許してやるとするか。
「中島佑太だ、じゃあ、気を付けてな」
俺は手を軽く上げて、前に進もうとすると、彼は回り込んで、俺の行く手を阻んだ。
「いや、おい! 俺はドラゴンの場所を知ってるって言ったろ?」
なんだ? やけに突っかかってくるじゃないか。コイツ、何が目的なんだ?
「なんだよ、さっきも言ったが、君から教えてもらうつもりはないって言ったろ?」
「アンタ、さっきのはどうやったんだ? 何もない所から、肉を取り出したり、武器を瞬時に持ち手を入れ替えてたろ?」
なるほど、聞きたかったことはそれか。だが、彼に言ったところで何も変わりはしないし、言うだけ時間の無駄かな? 俺は先を急ぐように、彼の横を通り過ぎようとした。
「別に君に言ったところで、理解はできないだろうから、やめておくよ」
なんせ俺ですら理解できないんだ。UIやインベントリがこんな使い方ができるって思ってなかったし。知らない仕様もまだまだあるし、それを彼に伝えたところで中途半端に解釈されて終わりだ。俺は、そのままクエスト広場の中に入っていった。建物内はとてもゆったりとしたスペースで、開放感のある内装をしている。
まず目に飛び込んできたのは、天井まで伸びる一本の“樹”だった。樹齢何百年だよ、と言いたくなるほど太い丸太柱が中央にどん、と据えられていて、根元をぐるりと囲むように円形の受付カウンターが設けられている。カウンターの内側には十数人の受付嬢――同じ色のベストに胸章――が手分けして対応中で、依頼票らしき紙を受け取っては、判を押し、台帳に記入し、鈴で次の列を呼ぶ。インクと紙の匂い、蝋(ろう)の甘い匂いが鼻に残る。
人混みの荒波から外れ、どんな風になっているのか気になった俺は周囲をぐるりと歩いてみる。
カウンターは用途で区切られていて、「受注」「達成報告」「査定・換金」と札が掲げてある。「達成報告」の前には計量秤や刃こぼれの少ない鑑定用の短刀が並んだ作業台があり、冒険者が袋から牙や爪をざらざらと出すと、受付嬢が手早く数え、重さを量り、封蝋付きの紙片と引き換えに布袋を渡す。じゃら、と銀貨が触れ合う乾いた音に、列の空気が一瞬だけ弾んだ。
「なるほど、クエストを受注して達成したらお金がもらえるようになるんだな」
「お前さ、もしかして冒険者登録してないんだろ?」
唐突に後ろから声を掛けられ、ビクッと身体を反応させて、後ろを振り返る。そこには、ブレイドという男が立っていた。どうやら俺の後を付いてきていたらしい。
「なっ! びっくりするじゃないか、急に声を掛けるなよ」
「まぁ、いいじゃねぇか。それより、冒険者登録してないだろ?」
冒険者登録? そういえば、さっき係員が言ってたことか? 周りをキョロキョロと見渡すと、彼は壁側を指で指し示す。外壁沿いにはもう一段小ぶりの掲示板が並び、冒険者向けの“注意書き”が張り出されていた。他にも冒険者が守らなければいけない”ルール”も記載されているみたいだな。――さっき外で係員が言っていた抹消うんぬんは、ここに書かれているやつか。俺は掲示板に近づき、内容を目で追った。
「冒険者同士の戦闘は禁止……か。よかったな、あのまま戦ってたら君、危なかったんじゃないか?」
俺が鼻で笑いながらそう言うと、ブレイドは胸を張って、堂々と言い放った。
「大丈夫だ、俺は強いから負けないし!」
「いや、そういうことじゃないんだけど……」
目線を上げると、柱の中腹から木製の梁が放射状に伸び、天窓からの光を和らげる布幕がゆるく張られている。受付の動線に沿って、足元には縄のガイドが敷かれ、行列が絡まないようになっているのも冒険者を配慮しての事だろう。俺は再度、掲示板に目を向ける。冒険者になるには、制約でガチガチに縛られるようだ。冒険者登録だけで銀貨を10枚必要とすることや、登録してから、しばらくの間は、複数人で行動をしなければいけないことは、正直身軽とは言えないな。なにより、受注や換金などをほとんどこのクエスト広場で行わなければいけない事は俺にとって非常に厄介だ。
「守ってくれる代わりに、自由が利かないってのはなぁ」
拠点は川を超えた向こう側、何度も足を運ぶたびに川とタタール森林を超えるってのはかなり億劫だ。移動手段があればいいんだろうが、それを抜きにしても、そもそも物理的に銀貨10枚がないからいずれにしろ冒険者は今はなれないな。
「おい、冒険者にならないのか? クエストに集中できる良い環境だと思うんだけどな……」
彼の言うとおり、身の安全がある程度保証されて、クエストに集中できるのは良いことだと思うんだけどな。しばらく熟考したが、俺は首を横に振った。
「いや、俺は冒険者にならなくてもいいかな。自由に動けなくなるのは、面倒だし」
「でも、お前、ドラゴンの情報はどうするんだよ。冒険者にならねぇと、情報も手に入りづらいだろ?」
「そうなのか?」
「そりゃ、冒険者じゃないのに、ドラゴンの情報を与えてどうするんだよ」
確かに、言われてみれば、至極当然か……。俺はチラッとブレイドの顔を見ると、ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべていた。コイツ……、それが狙いか……。軽くため息を吐いて、彼に話しかける。
「わかったよ……軽く教えるけど、俺も全部わかってるわけじゃない。それでいいなら」
「さすが! 話分かるじゃないか、待ってろ、今から聞いてきてやるから」
そういって、彼は受付に向かった。ったく、知ってるんじゃないのかよ……。待っている間、目の前では、革鎧の二人組が「受注」窓口で紙を受け取り、受付嬢が角印をどん、と押していた。彼らは掲示板で剥がした依頼票を差し出し、受付で“正式な受注票”に換えてもらっているようだ。流れは――外で依頼を選ぶ→ここで受注登録→達成したら素材や証明を出して査定→換金、か。なるほど、思っていたよりシステマチックだ。
しかし、待てど待てど一向に彼は戻ってくる気配が無い。どうしたのだろうか?
俺は痺れを切らして彼を探すために動いた。クルっとカウンターを回ると、話をしている彼を見つけた。彼と話すのはとても可愛らしい女性の受付嬢。黄色のバンダナを頭に巻き、そばかすと眼鏡の受付嬢。胸元の名札には〈ミレーユ〉、左腕には受付嬢を証明する銀色の腕章、その下には小さい文字で”情報窓口”と記されている。彼女の特徴は何といってもバンダナに隠し切れないほどの緑色の髪の毛だ。パーマとウェーブを織り交ぜたような髪型で、無造作ながらも、彼女の優しい雰囲気をこれでもかと醸し出している。
彼は身振り手振りで必死に何かを伝えているが、彼女はただ申し訳なさそうに頭を下げるだけだった。
「おい、どうしたんだ?」
「あ、アンタ! いや……この人がドラゴンの情報を教えてくれないんだよ」
ミレーユさんは書類の角をトントンと揃え、伸びていく列へ一度だけ目をやってから、落ち着いた声で告げた。
「ですから、何度も申し上げますが……ドラゴンの情報はBランク以上の冒険者にのみお伝えできることとなってますので、ブレイドさんはEランクですよね? パーティも組まれてないようですし……」
彼女はそう言いながらも、口元を手で優しく隠し、笑いを隠す。
コイツ……全然弱いじゃないか。俺はおもわず彼を蔑むようにチラッと視線を送る。ブレイドは頬に汗が流れ、気まずそうに頬を指でカリカリと掻いた――
「こらっ! 何をしている。冒険者同士の乱闘はご法度だぞ!?」
マズイ、これは捕まるんじゃないか? 勘弁してくれよ。すべての元凶はコイツなのに……。俺は若い剣士を睨み、プイっと顔をそむけ、係員に頭を下げる。
「申し訳ありません、取り乱してしまいました。以後気を付けます」
係員は来るや否や、ため息を吐きながら、木の棒を肩に担ぐ。
「いいか、今回は見逃すが、くれぐれも乱闘騒ぎは起こしてくれるなよ? 最悪の場合、冒険者登録を抹消も覚悟しておくように」
冒険者登録を抹消? 一体なんのことだ……まぁ、よくわからないが、ここは下手に逆らわない方が身のためだ。俺は、申し訳なさそうな表情を浮かべ。頭をゆっくりと下げる。
「肝に銘じておきます……」
周囲のざわつきが落ち着き始めたころ、係員がブツブツと呟きながら姿が見えなくなるやいなや、さっきの若い剣士が俺の肩を力強く掴んだ。
「おい! 話は終わってないぞ!?」
やめておこう、相手をするだけ無駄だ。俺は彼と距離を空けて、掲示板を眺める。よく見てみると、掲示板の上には何やら文字が刻まれている。一番左の掲示板には”E”の文字、そして、一番右の掲示板は”A”の文字だ。それは規則正しく並んでおり、E→D→C→B→Aの順で並んでいる。どこか見覚えのある並び方だ。
「もしかして、あの文字ってゲームとかでよくある、”ランク”みたいなものか?」
そう仮定するなら、確かに左側には冒険者の人だかりができてるし、右側にはそれほど冒険者が集まっていないな。ということは右の人達は国から選ばれたエリート……ってところか。
「お前、話しを聞いて――」
「さてと、ドラゴンの情報を探しに行くかな……」
俺は彼の話を無視して、クエスト広場の建物に入ろうとする。自分が相手にされてないことに腹を立て、ギリギリと歯ぎしりをすると、その場で地団太を踏んだ。その後、何かを思いついて、ニヤリと笑みを浮かべた後、ドヤ顔で話をし始める。
「お前、ドラゴンを探してるんだろ? 俺は知ってるぞ!」
俺の歩く足がピタッと止まる。この若い剣士がドラゴンの居場所を知ってる? 仮に知ってたとしても、彼から教わるつもりはない。俺はクルっと振り返り、彼に強い口調で話した。
「いいか? 君から、教わるつもりはない。君と関わりたくないから、どこかに行ってくれ」
自分でも驚くほどに、冷静で淡々とした口調で彼を突っぱねた。すると、彼は自分を指さし、自信ありげに答えた。
「俺の名はブレイド、最強の剣士を目指す、冒険者だ! アンタ、名前は?」
「……」
「おい、人が名前を名乗ったんだ、アンタも名乗れよ」
俺はため息を吐き、冷たい視線をブレイドに送った。
「謝らない奴に、名乗る名前を持ってないんだけど……」
そう言い放つと、ブレイドは眉間にしわを寄せて、頭を力強く掻く。恐らく、彼はそう言ったことをしたことが無いんだろう。プライドの塊といったところか。しばらく葛藤した後、彼は視線を泳がしながら、口を尖らせた。
「わ、悪かったな。踏んづけちまって……」
なんだ、ちゃんと謝れるじゃないか。決して礼儀ができない若者……というわけではなさそうだ。まあ、そういうことなら今回は許してやるとするか。
「中島佑太だ、じゃあ、気を付けてな」
俺は手を軽く上げて、前に進もうとすると、彼は回り込んで、俺の行く手を阻んだ。
「いや、おい! 俺はドラゴンの場所を知ってるって言ったろ?」
なんだ? やけに突っかかってくるじゃないか。コイツ、何が目的なんだ?
「なんだよ、さっきも言ったが、君から教えてもらうつもりはないって言ったろ?」
「アンタ、さっきのはどうやったんだ? 何もない所から、肉を取り出したり、武器を瞬時に持ち手を入れ替えてたろ?」
なるほど、聞きたかったことはそれか。だが、彼に言ったところで何も変わりはしないし、言うだけ時間の無駄かな? 俺は先を急ぐように、彼の横を通り過ぎようとした。
「別に君に言ったところで、理解はできないだろうから、やめておくよ」
なんせ俺ですら理解できないんだ。UIやインベントリがこんな使い方ができるって思ってなかったし。知らない仕様もまだまだあるし、それを彼に伝えたところで中途半端に解釈されて終わりだ。俺は、そのままクエスト広場の中に入っていった。建物内はとてもゆったりとしたスペースで、開放感のある内装をしている。
まず目に飛び込んできたのは、天井まで伸びる一本の“樹”だった。樹齢何百年だよ、と言いたくなるほど太い丸太柱が中央にどん、と据えられていて、根元をぐるりと囲むように円形の受付カウンターが設けられている。カウンターの内側には十数人の受付嬢――同じ色のベストに胸章――が手分けして対応中で、依頼票らしき紙を受け取っては、判を押し、台帳に記入し、鈴で次の列を呼ぶ。インクと紙の匂い、蝋(ろう)の甘い匂いが鼻に残る。
人混みの荒波から外れ、どんな風になっているのか気になった俺は周囲をぐるりと歩いてみる。
カウンターは用途で区切られていて、「受注」「達成報告」「査定・換金」と札が掲げてある。「達成報告」の前には計量秤や刃こぼれの少ない鑑定用の短刀が並んだ作業台があり、冒険者が袋から牙や爪をざらざらと出すと、受付嬢が手早く数え、重さを量り、封蝋付きの紙片と引き換えに布袋を渡す。じゃら、と銀貨が触れ合う乾いた音に、列の空気が一瞬だけ弾んだ。
「なるほど、クエストを受注して達成したらお金がもらえるようになるんだな」
「お前さ、もしかして冒険者登録してないんだろ?」
唐突に後ろから声を掛けられ、ビクッと身体を反応させて、後ろを振り返る。そこには、ブレイドという男が立っていた。どうやら俺の後を付いてきていたらしい。
「なっ! びっくりするじゃないか、急に声を掛けるなよ」
「まぁ、いいじゃねぇか。それより、冒険者登録してないだろ?」
冒険者登録? そういえば、さっき係員が言ってたことか? 周りをキョロキョロと見渡すと、彼は壁側を指で指し示す。外壁沿いにはもう一段小ぶりの掲示板が並び、冒険者向けの“注意書き”が張り出されていた。他にも冒険者が守らなければいけない”ルール”も記載されているみたいだな。――さっき外で係員が言っていた抹消うんぬんは、ここに書かれているやつか。俺は掲示板に近づき、内容を目で追った。
「冒険者同士の戦闘は禁止……か。よかったな、あのまま戦ってたら君、危なかったんじゃないか?」
俺が鼻で笑いながらそう言うと、ブレイドは胸を張って、堂々と言い放った。
「大丈夫だ、俺は強いから負けないし!」
「いや、そういうことじゃないんだけど……」
目線を上げると、柱の中腹から木製の梁が放射状に伸び、天窓からの光を和らげる布幕がゆるく張られている。受付の動線に沿って、足元には縄のガイドが敷かれ、行列が絡まないようになっているのも冒険者を配慮しての事だろう。俺は再度、掲示板に目を向ける。冒険者になるには、制約でガチガチに縛られるようだ。冒険者登録だけで銀貨を10枚必要とすることや、登録してから、しばらくの間は、複数人で行動をしなければいけないことは、正直身軽とは言えないな。なにより、受注や換金などをほとんどこのクエスト広場で行わなければいけない事は俺にとって非常に厄介だ。
「守ってくれる代わりに、自由が利かないってのはなぁ」
拠点は川を超えた向こう側、何度も足を運ぶたびに川とタタール森林を超えるってのはかなり億劫だ。移動手段があればいいんだろうが、それを抜きにしても、そもそも物理的に銀貨10枚がないからいずれにしろ冒険者は今はなれないな。
「おい、冒険者にならないのか? クエストに集中できる良い環境だと思うんだけどな……」
彼の言うとおり、身の安全がある程度保証されて、クエストに集中できるのは良いことだと思うんだけどな。しばらく熟考したが、俺は首を横に振った。
「いや、俺は冒険者にならなくてもいいかな。自由に動けなくなるのは、面倒だし」
「でも、お前、ドラゴンの情報はどうするんだよ。冒険者にならねぇと、情報も手に入りづらいだろ?」
「そうなのか?」
「そりゃ、冒険者じゃないのに、ドラゴンの情報を与えてどうするんだよ」
確かに、言われてみれば、至極当然か……。俺はチラッとブレイドの顔を見ると、ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべていた。コイツ……、それが狙いか……。軽くため息を吐いて、彼に話しかける。
「わかったよ……軽く教えるけど、俺も全部わかってるわけじゃない。それでいいなら」
「さすが! 話分かるじゃないか、待ってろ、今から聞いてきてやるから」
そういって、彼は受付に向かった。ったく、知ってるんじゃないのかよ……。待っている間、目の前では、革鎧の二人組が「受注」窓口で紙を受け取り、受付嬢が角印をどん、と押していた。彼らは掲示板で剥がした依頼票を差し出し、受付で“正式な受注票”に換えてもらっているようだ。流れは――外で依頼を選ぶ→ここで受注登録→達成したら素材や証明を出して査定→換金、か。なるほど、思っていたよりシステマチックだ。
しかし、待てど待てど一向に彼は戻ってくる気配が無い。どうしたのだろうか?
俺は痺れを切らして彼を探すために動いた。クルっとカウンターを回ると、話をしている彼を見つけた。彼と話すのはとても可愛らしい女性の受付嬢。黄色のバンダナを頭に巻き、そばかすと眼鏡の受付嬢。胸元の名札には〈ミレーユ〉、左腕には受付嬢を証明する銀色の腕章、その下には小さい文字で”情報窓口”と記されている。彼女の特徴は何といってもバンダナに隠し切れないほどの緑色の髪の毛だ。パーマとウェーブを織り交ぜたような髪型で、無造作ながらも、彼女の優しい雰囲気をこれでもかと醸し出している。
彼は身振り手振りで必死に何かを伝えているが、彼女はただ申し訳なさそうに頭を下げるだけだった。
「おい、どうしたんだ?」
「あ、アンタ! いや……この人がドラゴンの情報を教えてくれないんだよ」
ミレーユさんは書類の角をトントンと揃え、伸びていく列へ一度だけ目をやってから、落ち着いた声で告げた。
「ですから、何度も申し上げますが……ドラゴンの情報はBランク以上の冒険者にのみお伝えできることとなってますので、ブレイドさんはEランクですよね? パーティも組まれてないようですし……」
彼女はそう言いながらも、口元を手で優しく隠し、笑いを隠す。
コイツ……全然弱いじゃないか。俺はおもわず彼を蔑むようにチラッと視線を送る。ブレイドは頬に汗が流れ、気まずそうに頬を指でカリカリと掻いた――
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