中年オジが異世界で第二の人生をクラフトしてみた

Mr.Six

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32話 掴めぬ情報、安らぎの酒場

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 ブレイド、この男にはあまり期待しない方がいいかもしれないな。見たところ、銀板の胸当てや、すね当ては傷もそれほどなく、剣も刃こぼれがほとんどない。推測だが、冒険者になって間もないのだろう。茶色い髪を刈り上げ、細身ながら筋肉質な体は何度か死線を潜り抜けていそうなものだが、オッサン戦士との戦いは、彼が強いのか、はたまたオッサン戦士が弱すぎたのか……。いずれにしろ、このままでは情報が手に入らない。

「すみません、何とかドラゴンに関する情報を教えていただけませんか?」

 ミレーユさんは口に手を当て、しばらく長考するが、やはり答えは変わらなかった。首を横に振り、ゆっくりと頭を下げる。

「申し訳ありません、そもそも冒険者でない方にはお伝え出来ません、ドラゴンは大変凶暴なモンスターで、毎年ドラゴン討伐で怪我人が何人も出ていますから……」

「そうですか……」

 仕方ない、こればかりはどうにもならないな。俺は肩を落とし、頭を下げると、クルっと入り口に体を向けた。

「おい、いいのか? ドラゴンの情報手に入んないぞ?」

 ブレイドは声を出して俺を呼び止めるが、気にも留めずにクエスト広場を出た。とはいえ、外に出たはいいけど、この後はどうしようか……。ふと気が付くと、UIのクエストタブが淡く点滅していた。

「あれ? 今はクエスト発行されないんじゃ……」

 気になって、クエストを開く。UIには、いくつものサブクエスト達成報告が並んでいた。ゾンビ討伐、マンイーター討伐、王都到達――経験値とスキルポイントが一気に増え、能力値の振り分けも手に入った。さらに銀貨まで。まるで一晩で大商人になったような気分だ。

《サブクエスト達成! 報酬獲得!》×4
報酬合計:経験値+100、スキルポイント+7、能力値振り分け+7、銀貨+5枚

「嬉しいんだけど、銀貨5枚かぁ……」

 もし、宿に泊まるなら、すぐに無くなっちまう。この銀貨を上手く活用しないと、今回のクエストは達成できない。俺は直感でそう感じた。そうと決まれば、さっそくこの銀貨の使い道を――

「お~い、急にどこに行くんだよ!」

 背後からやけに大きな声が響く。振り返ると、ブレイドが片手を大きく振りながら、慌てた様子で駆け寄ってきた。

「おわぁ! ……っ! ったく、また君か。今度は何?」

 俺が眉をひそめると、彼は息を切らせながらも、得意げに顎を上げた。

「いや、アンタのあの技教えてもらってないだろ?」

「はぁ? 結局ドラゴンの情報教えてくれなかったじゃないか」

 俺が腕を組んで見下ろすと、彼は一瞬だけ目をそらし、鼻の頭を指でかく。

「いや、それはそうだけどよ。いいじゃねぇか、別に教えてくれたって。減るもんじゃないし」

「増えるもんでもないぞ……俺は忙しいんだ。冒険者なら、ちゃんとパーティ組んで腕を磨きなよ」

 俺が軽く手をひらひらと振って追い払う仕草をすると、彼は舌打ちして顔をしかめた。

「……チッ。いいか! 今度俺を頼っても、何も教えてやらねぇからな!」

 俺は彼の捨て台詞を背中で聞き流し、肩をすくめながらその場を離れた。空を見上げると、既に夕方に差し掛かっている。ブレイドという男のせいで無駄な時間を過ごしてしまった。それに、寝ずにここまで来たからか、眠気も襲い掛かってきている。これは早いところ、寝床の準備も進めていかないとな。

 俺は王都の通りを歩きながら、安宿の看板を探していたが、やはりここは王都価格。安くても銀貨4枚以上はしてしまう。あまりの貧乏生活に思わず漏れるため息。そうこうしている間も、時は刻一刻と過ぎていき、ついに太陽は姿を消した。

「はぁ……せめて3枚以下だったらなぁ……」

 そんなことを思いながら王都の街路を歩いていると、ふわりと、夜の冷たい空気に溶け込むような灯りが目に入った。

 【酒場 ~星の雫~】――。 白く塗られた壁は街灯に照らされ、柔らかい陰影を帯びている。入口の上には木製の看板が揺れ、暖色のランタンがその名をやさしく照らしていた。扉は閉じられているのに、甘やかな果実リキュールの香りが漂ってくる。鼻腔をくすぐるその香りは、誘うようであり、危うい魔法のようでもある。

 入口脇には樽が三段に積まれ、その頂に置かれた木札にはこうある。

 【熟成された高級ワイン、レイド・ブリューク 1杯10金貨】――。

「うわぁ、すげっ。今までで一番高いかも……」

 まるで高値の花のような価格。現代で言えばロマネ・コンティみたいなものか。しかし、目を引いたのはそれだけじゃない。その下には小さく【1杯500銅貨から】と書いていた。それぐらいなら俺でも手が届く。こう見えて、お酒は嗜める方だ。酒場なら、何か情報が手に入るかもしれないし。それに……。

 グゥゥゥ――。

 お腹が正直すぎて、ふふっと笑みが零れる。パンはインベントリにあるからお酒を少し飲んで、気分を切り替えたら、またドラゴンの情報でも探しに行くとするかな。俺は香りに背中を押されるまま、扉をゆっくりと押し開けた。

 中は外観以上に洒落ていた。柔らかな灯りに包まれた空間は、外の喧騒を一瞬で忘れさせる。黒光りする床は磨き上げられ、足音すら吸い込んでしまいそうだ。L字型の木製カウンターには、深みのある琥珀色が染み込み、年月が刻んだ艶がある。奥の棚には瓶が整然と並び、黄金、紅、翡翠色の液体がランプの光を受けて宝石のように輝いていた。

 そのカウンターの内側に立つ男――おそらくこの店のマスターだろう。

 五十代ほど、白髪混じりの髪をきっちり撫で付け、鋭すぎない切れ長の目。綺麗に手入れされた白髭、黒のタキシードに蝶ネクタイ、シャツには一切のシワがなく、袖口から覗く手首は年齢を感じさせぬほど引き締まっている。シェイカーを振る所作は、まるで舞を見ているように滑らかで、氷がグラスの中で奏でる軽やかなリズムは、不思議と耳に心地よい。その立ち姿は、ただ酒を作る男ではない。客の夜を演出する、舞台の主役だった。

 カウンターには茶色いコートを羽織った男の人が、マスターと談笑をしている。この店の常連かなにかだろう。

「いらっしゃいませ、こちらのカウンターの席へどうぞ、この席なら、店の空気もお酒の香りも一番よく感じられます」

 俺に気づいたマスターが、シェイカーを振りながら、席を案内してくれた。案内されたのは、男の客がいる席から一つ開けた席。俺は店の雰囲気を壊さないよう、足音を立てないように歩いて、椅子に腰を掛ける。なるほど、マスターの言うとおり、クルっと見渡すと、お店の雰囲気を一気に感じ取れる。

 このマスター……できる!

 とはいえ、この店……いや、この世界のお酒は何があるのかわからない。しかも、この店はメニューが無いと来た。う~ん、何を頼めばいいんだろうか――

「お言葉ですが……ここは初めてですか?」

 マスターは作ったお酒をグラスにいれ、コートの男にスッと出しながら、話しかけてきた。俺は苦笑いを浮かべながら、申し訳なさそうに答えた。

「そう……ですね。メニューが無くて、え~っと――」

「今の気分を仰っていただければ、私がピッタリのカクテルをお作りいたしますよ。一見さんには最初の1杯はお気持ちでお渡ししてますので、遠慮せず仰ってください」

 なんだと? ということは1杯タダ!? この王都価格で悩んでいる俺に、無料という響き程、魅了されるワードは無い。ここで、俺の心の悪魔が囁く。

(店の外のワインを頼めばいいじゃないか……1杯タダなんだぜ?)

 外のワイン……熟成された高級ワイン、レイド・ブリューク。果たしてどんな味なのだろうか、凄く気にはなるが、今度は心の天使が囁いてくる。

(ダメよ! 相手の良心に付け込むなんて、ここは安いお酒を頼むのよ!)

 次第に悪魔と天使が喧嘩を始め、頭が壊れそうだ。俺は首をブンブンと振り、マスターにこう告げた。

「マスターのオススメをください!」

 一瞬、キョトンとしたマスターだが、すぐに微笑み「かしこまりました」と頭を下げると、後ろにある棚から、いくつかのリキュールをとってお酒を作り始めた。酒場に行く醍醐味はこのお酒を作っているときの、この待ち遠しい時間だ。それは高級な店であればあるほど、その時間は一瞬で過ぎていき、またその時間が至福なひと時である。それは言葉で言うなら、そう――

 ――刹那。

 そしてこのマスターの作るお酒はその刹那という時間が感じ取れる数少ないお店の1つではないだろうか? しばらくすると、マスターは俺の前にコースターを用意し、その上に、先程作ったカクテルをトンッと置いてくれた。

「お待たせしました。『海と砂浜』をイメージした、”クリスタル・マリン”です」

 差し出されたグラスは、ただのカクテルじゃなかった。深海のように沈んだ濃い青が底に、そこから水面へと溶け出すように透き通った水色、そして縁を彩るのは夕陽を浴びた砂浜のような黄金色。色は決して混ざらず、境目さえ一つの景色のように自然に溶け合っている。カクテルの上に添えられたサクランボは太陽をイメージしているのか、真っ赤な実が目の前のカクテルに命を吹き込んでいるようで、わずかに揺らせば、光が水面を跳ねるように反射し、まるでグラスの中に小さな海を閉じ込めたみたいだった。

 カクテルで色のグラデーションを出すには繊細な腕が必要で、難易度が高いはず。それもここまで綺麗な色合いにするには、熟練の腕がなせる業。このグラスに注がれたカクテルを見ただけで俺はすぐに理解した。

 色合いと演出。さらに、この席の照明がグラスを正面から拾う――だから、液面がいっそう“光って”見える。もし、ここまで計算しているのだとしたら、このマスター……かなりの腕前だぞ。

 これだけの芸術品を前にして、誰がすぐに飲み干す?

 否っ!

 マナーにはマナー。これでも俺は35歳、それなりのマナーは身に着けてきたつもりだ。まずは、このカクテルを作ってくれたマスターに敬意を表し、目で存分に愉しもうじゃないか。俺は、カクテルをしばし、目で堪能した。光の当たり具合、グラスについた水滴、色のグラデーション、充分目を愉しませた俺は、ステム部分を持ち上げ、カクテルの匂いを存分に愉しんだ。

「……ふっ」

 マスターは俺の所作を見て、笑みをこぼす。カクテルに鼻を近づけた途端、鼻腔内に広がる塩の香り……まるで、海の中に直接ダイブした、そのような感覚に陥る。

 俺はついにカクテルを口に少しだけ含む。その瞬間、口いっぱいに弾けるレモンの爽やかな酸味、そして、海を感じさせる塩味がぶつかり合い、口の中で何度も美味しいの波が押し寄せる。目を見開き、その味の完成度に驚きを隠せない。

「これは……味が、もう“演出”の域ですね」

 そういうと、マスターは手を前に添えてゆっくりと頭を下げた。

「それはそれは……お口にあって何よりです。お客様もまた、お酒の愉しみ方を知ってる方と見受けられます……中々そこまで知ってる方はおられませんよ?」

 ”イケおじ”という言葉がここまで似合う方はそうはいない。俺はそのままカクテルを愉しもうとした時、マスターが俺の目を見た途端、首を傾げ始めた。

「おや……お客さん、ただの冒険者……ではなさそうですね」――
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