中年オジが異世界で第二の人生をクラフトしてみた

Mr.Six

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5話 寝起きからの絶望

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「……きろ! 起きろ……!」

 俺の耳元で誰かが叫んでいる、やけに聞きなじみのある声だ。

「おい、起きろ中島!」

「は、はぁい!!!!!」

 俺は咄嗟に勢いよく上体を起こした。周りを見渡すと、そこは、俺が勤めている商社で、どうやら俺は自分のデスクで爆睡していたらしい。

「あ、あれ? 俺、確か……荒壁パネルを作って、それで……」

「何を言ってんだ? 中島、頭でもうったんじゃないのか?」

 俺の目の前にいる人は、俺の上司の前田部長、何かあるとすぐに俺に当たってくる嫌な上司だ。でも、おかしいな、俺はゾンビが出てくる世界に飛ばされて散々に怖い思いをしていたはず……。

「なんだ、夢か……」

「やっぱり頭おかしいじゃねぇか、いいか、この後は大事な商談があるんだ、気を抜くんじゃねぇぞ」

 前田部長はそう言って、俺の頭をゴツンと叩いた。今の時代手を出したらパワハラだなんだと言われてるのに、時代の逆行を行くようなクソ上司め、ったく。俺は頭をポリポリと掻きながら、目の前のパソコンを開いて、電源を入れた。すると、オフィスの扉を勢いよく、同僚が開けた。

「た、大変です! 光二物産が偽計業務妨害容疑で家宅捜索を受けました! メインバンクも手を引くって噂です。事実上の倒産に…!」

 隣の席に叩きつけられた報告書を見て、血の気が引いた。

 光二物産――最終稟議を通したのは、他でもない俺だ。

「総務から連絡。被害額は十億円。去年の純利益が全部吹っ飛ぶ計算だぞ、誰だこの稟議を最後に通した奴は!」

 部長の顔が蒼白を通り越し、怒りで引きつっている。

 ――やばい。終わった。俺はなるべく目を合わせないようにシラを切ろうとしたが、尋常じゃない汗が噴き出し、同僚の目が全て俺に向いている。あぁ、これはもう言い逃れができない、一瞬にして静寂が訪れる、この前触れは前田部長の怒号が飛び交う前の嵐の静けさ……前田部長も俺に足音を立てながら近づいて来る。

「な~か~し~ま~ぁぁ!!!!!」

「す、すいませぇぇぇん!!!!!」

 俺が急いで立ち上がり、土下座をすると突然、視界がぐにゃりと溶けた。血の気が引き、耳鳴りがキーンと鳴る。  次の瞬間、意識がスッと闇に落ちた。

 ◆ ◆ ◆

 ひんやりした硬い感触と温度が頬を伝って全身に広がっていく。意識がはっきりしてきて、まぶたをゆっくりと開けた。

「ん? あれ?」

 上体を起こして周りを見渡すと、薄暗い四角い部屋、そこに差し込む一筋の光、部屋の隅に配置された作業台……これは。

「拠点……か」

 なんだ、が夢なのか。まぁ、あんな生活ならこっちの方がまだ生きてるって感じがするか……そういえばゾンビは? 部屋の中をキョロキョロと見渡すが、特に荒らされているような形跡はない。扉に耳を当てて外の様子を伺ってみるが、うめき声どころか足音すら聞こえてこない。もしかして部屋の中には入ってこない……? そういえば俺が初日に襲われたときも朝になると突然奴らは姿を消したよな……、光、空間……これらが何か関係するのかもしれないな。少なくとも部屋の中は安全か。小さく息を吐き、壁に背を預けたそのとき――

 ズキッ……!

「いっ!」

 左腕がズキズキと痛む、体中あちこちに痛みが走るが、左腕は尋常じゃないぞ! 俺は思わず左腕に視線を流す。俺の左腕はパンパンに膨れ上がり、紫色に変色した異様な左腕がそこにはあった。

「げっ……おい、冗談だろ!?」

 モンスターみたいな腕してやがる! それに傷口からは変な白い膿のようなものまで出てるうえに鼻を刺激するような不快な匂いまで発してる。

「これは……早急に対処しないと――ん? ステータスのタブが赤いな……」

 俺は気になってステータスタブを開いた、そこには赤文字の〈感染〉の二文字……。そして、その横の表記に謎の72:00:00という数字。

「は?」

 さらに〈感染〉という文字に焦点を当ててみると、何やら文章が浮かび上がる。

《感染しました。72時間以内に解毒をしないとゾンビになります》

 一瞬理解が追いつかない、いや、脳が”理解”を拒んだ。

 は? 感染? 72時間以内に解毒? ゾンビになるだと?

 ドクン ドクンッ――

 胸を内側から殴るような鼓動。視界の端がチカチカと暗く揺れる。

「えっ、ちょ、ちょ待って!」

 声が裏返り、喉がカラカラで息が続かない。呼吸が浅く速くなり、肺が空気を拒む。膝が突然笑い、触れもしないUIを手で何度も触ろうと空中を何度も空振った。

「嘘だろ? ウソだろウソだろウソだろッ……っ!」

 背中に冷たい汗が伝い、頭の中で警報が鳴ってるかのような錯覚に陥る。72時間以内に解毒しないとゾンビになるだって!? もしかして、ゾンビに引っかかれた傷口から感染したってのか!? おいおい、マジかよ、勘弁してくれ。俺はこの世界に来てまだ全然日も立ってないんだぞ? それに解毒方法もわかんないし、一体どうすりゃいいんだよ! 俺は頭を抱え、茫然自失……しばらく何もする気にならなかった。

 突然訪れた絶望に俺はその場に大の字で寝転んで天井を見つめた。その後、どれくらい時が経過しただろうか? ……作業台の上に蠅が、低く羽音を立てている。それだけが時を刻むメトロノームのようだ。72時間……。耳の奥で同じ数字が何度も反響して、思考の歯車が空回りする。いつしか俺は腹が減ってることを忘れていた。まさか、こんな形で人生を終えることになるなんて……。ゆっくりと目を閉じたその時、ふとこの前の出来事を思いだした、それは俺が決めたこと……――

 絶対に、生き延びてやる!

 そうだ、72時間しかんじゃない。72時間の。諦めるな……。まだ猶予はあるぞ、この状況を打開しろ、男、中島ぁ! 俺は立ち上がり、意を決した。

「状況を整理しろ、まず今の俺にできることを考えろ……」

 俺は顎に手を当てて、状況の整理を開始した。この腕が恐らく感染したことで、72時間でゾンビ化してしまう。まずはこの腕を治療することを最優先に行動するべきだ、だけど……。

 グウゥゥ……――

「まずは、腹ごしらえからだな」

 そういえばこの二日まともに食料を口にしていない、お腹が鳴るのも当然か……腕は痛むし、体の疲れも取り切れていないが、眠たくないだけマシか。とりあえず、ワイシャツを包帯代わりにして、腕に巻き付けるか。俺はワイシャツの袖を口で引きちぎり、肘より少し上の高さを力強く締め上げた。強く締め上げたことで、多少痛みが和らぐ、これなら我慢できるな。とりあえず川に行って、傷口を洗い流そう、そしてついでに水を飲んで喉を潤すとするか。

 俺は扉を開けて拠点から外にでると、音を頼りに川に向かった。ここの川は透明感があって、傷口を洗い流すのにはもってこいだ。

「くぅっ、傷口に染みるな……」

 傷口を川の水にさらすと、傷口からどす黒い色の血が綺麗な川を汚した。それは下流に流れていき、どす黒い血は徐々に赤い血へと変わっていく。応急処置はこんなもんだろ、処置をしたおかげで痛みも腫れも少しだが引いてきた。その後、俺は空腹を満たすため、水をたんまり飲み込んだ。

「ゲップっ、さすがにこれ以上は飲めないか……さてと」

 まずは昨日のクエストを達成したかどうかを確認しないとな……俺はクエスト画面を開いた。そこには新しいクエストが発行されていたのと、クエスト達成の文字が表示されていた。

《クエスト発行!》
食糧を確保しろ
制限時間:12時間
報酬:経験値+10、スキルポイント+1、パン+3

《クエスト達成! 報酬獲得!》
ゾンビから安全に身を守れ!
報酬:経験値+10、スキルポイント+1、羊毛+3

 おっ、丁度いいタイミングで食料確保のクエストは嬉しいな。まぁ、12時間の猶予があるんだ、くまなく探せばきっと何か見つかるはずさ、それに昨日のクエストも達成しているみたいだ、さっそくベッドでもクラフトするかな。俺は拠点に戻り、作業台の前でインベントリを覗いた。よし、しっかり〈羊毛:3〉と表示されている。そしてそのまま、木材3つと羊毛3つでベッドをクラフトした。

「よし、ベッド完成! あとは……」

 ベッドをどこに置こうかな……見栄えを気にするというわけではないけど、まぁ、やっぱり壁際だよな、作業台とは反対に置いてみよう。俺がベッドを置くとクエストタブがポンと淡く光った。恐らくサブクエストを達成したんだろう。

《サブクエスト達成!》
ベッドをクラフトして、配置しろ!
報酬:枕のレシピ解放

「ん? 枕のレシピ?」

 まさか報酬がレシピとはなんか拍子抜けだな。今までスキルポイントとか経験値とかもらえてたのに、俺はとりあえず枕のレシピを確認してみる。

【枕】
必要資材:綿3、糸6

 あれ? 綿って持ってたっけ? それに糸も所持してないはず……。今の手持ちは木の槍と、木材6のはずだ。もしかして、必要な資源を教えてくれたのか? なるほど、確かに、情報が少ないこの世界で先にレシピが公開されるのは凄く助かるな。

「よし、とりあえず食料を確保しに行くか、野生の動物とかなら木の槍で何とか仕留められ――ん?」

 木の槍の先が少し欠けてる……。おかしいな、木の槍クラフトした後、俺は眠りについたはずだけど。気になってインベントリを開き、木の槍を確認してみた。すると、〈耐久:9/10〉木の槍の耐久値が10から9に減少している。

「ま、まさかこの部屋の中にゾンビが!?」

 俺は咄嗟に身構えた。冗談じゃない、この部屋の中にゾンビなんか現れたら俺の休息の地じゃなくなっちまう! 槍を構えて、その場でクルクルと回って周囲を確認するがそれらしい影は見当たらない、薄暗い部屋とはいえ、ゾンビを見落とすなんてことは無い、ってことは今この部屋にいないってことになる。ならなんで木の槍の耐久値が減ってるんだ? 俺は構えを解き、槍を地面に突き立てた。

「……ちょっと待てよ?」

 俺はもう一度、インベントリを開き、木の槍を確認した。すると、〈耐久:8/10〉……耐久値がまた1減少している。

「……」

 これは、もしかして、木の槍が地面に触れると使用したことになっている? そういえば、俺が倒れる時も木の槍を杖代わりに使ったっけ?

 ……

「おい! そこは親切設計にしてくれよ! なんだよ、まだ槍として役目果たしてないのに! せめて使った認識ぐらいさせてくれよ!」

 俺は思わず、怒りに任せて木の槍を引き抜き、壁に投げつけた。そして、〈耐久:7/10〉……木の槍の耐久値が減ったのは言うまでもない――
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