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6話 見つからない焦り
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俺は拠点を出て、食料採集に勤しんだ、まずは腹が減っては何とやらだ。キノコ、野菜、お肉、何でもいい。とにかく腹に入るものを手に入れないと、さすがに2日食べてないのはキツイ。水をたらふく飲んだとはいえ、すぐに空腹になるのも時間の問題だからな。
「さぁて、どこにあるかな? ん~っと、食料~、どこだ~?」
中々お目当ての食料には出会えない。木の槍を振り回せば、勝手に耐久値を減らされるから、手で掻き分けるしかないのが不便だな。それに解毒も急がないと、食料を集める傍ら、解毒薬として使えそうな草も並行して探す。二つ同時に何かをするのは意外と得意なんだよな、仕事での嫌な毎日がまさかここで活かされるとは思ってもいなかったけど。
「この草はどうだ? 食べられるか? それとも、解毒薬に使えるか……」
手に取ったのは、緑色の綺麗な雑草、見た目はミントのような葉だが、ところどころに白い粒のような汁が付着しているみたいだ。匂いは少し甘ったるくて、香りもいい、もしかしたら回復手段として使えたりするかな? 俺は勇気を振り絞って一口かじって舌で食感を確かめた。
その瞬間――
舌がピリピリとし始め、強烈な激痛が舌を襲った。
「う゛ぅえ゛ぇっ、あんだこえっ!?」※(うぅえぇ、なんだこれ!?)と言っています。
舌が麻痺したのかうまく言葉を話せない、こんな即効性のある草なのか!? 俺はそこで閃いた、インベントリを確認したら何かわかるんじゃないか? そう思い、インベントリを開くと〈左手:神経草〉と表記されていた。少なくとも、薬に使えそうなものではないことが判明、とはいえ、このまま捨てておくのも勿体ない、一応インベントリにしまっておこう。しばらく口が使えなくなるが仕方ないな。そしてさらに散策を続ける。
続いて見つけたのは、赤く染まった見るからにヤバい草、茎が黒く、見た目は完全に毒草……。こんなの食ったら絶対危険だよな? インベントリを確認すると〈毒草〉の表記。
「おあ、見お! おくそうやねぇあ!」※(ほら、見ろ! 毒草じゃねぇか!)と言っています。
俺は苛立ちながらも、何かに使えそうな毒草をインベントリにしまった。毒草と神経草――調合するアイテムとかをクラフトすれば強力なアイテムに変わりそうだな。そうこうしている間も俺のお腹は容赦なく太鼓を鳴らす。感染までの時間にまだ余裕があるとはいえ、食料が見つからないことで少しずつ焦りを感じ始めていた。拠点から少し離れ、森の奥に進むしかないと思い、足を踏み入れていく。土を踏むたび、湿った腐葉土が靴底にへばりつき、左腕の傷がズキズキと疼きだす。どこかに一口、食料になりそうなものはないのか。
斜面を少し上ったあたりで、木の影でほのかに赤い影がチラリと覗いている。思わず息を呑む、そこには念願の食料であるキノコが自生していた。だが、油断はできない。なぜなら見た目が危なすぎる。白い傘には赤い樹液が水玉模様のように付着し、赤色の柄をしている。匂いもキノコ特有の匂いだが、さっきの神経草の事もある。ここは口に入れずにインベントリで名前を確認しよう。
……〈毒キノコ〉……。
クソッ! この森はまともな草やキノコは生えてないのか! こんなんじゃ時間がいくらあっても足りないぞ! 動物も見る限り、どこにもいやしない。川も散策したが、魚もほとんど生息していなかった。辺りも暗くなってきたし、そろそろ引き上げる時間か? いや、クエストの制限時間は残り6時間、帰って態勢を整えてたんじゃ恐らくクエストは失敗、クエスト報酬のパンは手に入らない。徐々に焦りは俺から冷静さを奪っていく。冷静さを失い、焦り、また冷静さを失うの負のループ、これを抜け出すには早急に食料を確保しなければ。
「もう少し……このまま突き進もう」
俺は意を決して、森のさらに奥地に足を踏み入れた。もうここまで来たら何が何でも食料をゲットして拠点に帰ってやる。さらに奥地に進むと、太陽の光もほとんど届かないまさに”樹海”と呼ばれる場所に行きついた。かすかに足元が認識できるほどの暗さで、もはやどこに何かあるかもわからなくなってきている。
「流石に、踏み込み過ぎたか? 明かりがあればいいんだけど」
この時、俺はすっかり忘れていた。夜になるとゾンビが現れ、あの恐怖が蘇ることを――
周辺を探しておよそ小一時間が経過していた。太陽の光はこの樹海には届かず、まだ夕暮れ時なはずだが夜同然の暗闇が樹海を包み込む。さすがにもう無理か……。こんなに探すのに手間取るとは思ってもいなかった、考えが甘かったか。俺は諦めて引き返そうとした時――
「あれ? 来た道はこっちで合ってたっけ?」
しまった……! 方向感覚がわからなくなってしまい、帰る道を見失ってしまったぞ。風が木々を恐ろしく揺らすたびに、ゾワッと寒気で全身の毛が逆立つ。太陽の光も届かないこの場所で、道がわからなくなることは致命的だ。何を頼りに拠点に戻ればいい?
「落ち着け、一旦食料は無視しろ、まずは帰ることを最優先に考えるんだ」
俺は何か手掛かりになるものを探すため、ゆっくりと足を動かしたその時、足元が微かに緩いことに気が付いた。そうか、ここの土は腐葉土に近い、湿り気のあるこの土なら、俺の足跡がわずかについているはず。日没までまだ時間はある、ゾンビに出会う前に拠点に戻ろう。俺は微かに灯った希望を頼りに、目を凝らして足元を観察した。
「み、見つけた!」
それは俺がここまで来たであろう足跡の痕跡、35歳で中腰はかなり腰に負担が来るがここは致し方ない。足音をなるべく立てないように、ゆっくり、だけども迅速に行動する。足跡を頼りに戻る事一時間、なんとか樹海を抜け、拠点までもう少しという所、既に太陽は沈み、月の光があたりを照らしていると、あの悪夢のような夜が再びやってきた。俺が足音を立てずに歩いていると、遠くの方から「うぅ……」という低く鈍い声が響いた。その瞬間、俺の脳内に最初の頃の光景が何度も再生される。
「うっ……!」
落ち着け、奴はまだ俺に気づいていない。だが、ゾンビが湧き始めたのも事実。このまま外にいたんじゃ今度こそ噛みつかれて終わりだ。それだけじゃない、俺は今感染状態、奴らと同じになるなんて絶対にごめんだ。拠点まで残り数百mといったところ、走って扉に閉めればもしかしたら間に合うかもしれない。でもその間に追いつかれたら? 他にもゾンビが行く手を阻んだら? 体力が尽きかけてどのみち終わりか……なら。俺は手に持った木の槍をギュッと握りしめた。
「覚悟を決めろ、中島佑太……っ!」
ゾンビと戦おう、少なくとも、こちらに向かってくるゾンビは迎え撃たないといけないし、どのみちいつか、相対する運命なんだろ? それが遅いか早いかの違い、今がその時だろ!
そうと決まれば、今のままじゃ勝ち目は薄い、幸い、スキルポイント、能力値も振り分けられる。木の槍は攻撃力が1だから、ゾンビに致命傷は与えられないだろう、とにかく歩きを止めずに、まずは能力値の振り分けだ。今のステータスを確認しよう。
【中島雄太】〈感染〉残り64:00:00
レベル:3 スキルポイント:6 能力値振り分け:2
体力:10
筋力:5
敏捷:5
技術:5
感性:5
魅力:5
あれ? レベルが3になってる……いつの間に? いや、そんなことは後だ、この中で最も攻撃力に直結しそうなのは筋力だな。本当はしっかりと理解したうえで振り分けたかったが仕方ない、死んだら元も子もないんだ。俺は能力値振り分けを全て筋力に割り振った。
筋力:5 → 7
そのあとは、スキルだな……――俺がスキルを取得しようとしたその時、耳元で低い声が響いた。俺の全身が恐怖で一瞬硬直する。汗が止まらない。
バレた……――
俺は急いで振り返った。しかし、既に遅かった。奴の右腕が俺の腕を掴もうとしていたのだ。
「くそっ!」
俺は全力で腕を振り払ったが奴の爪が俺の右腕を抉った。左腕だけじゃなくて右腕もやられたか、だが覚悟していた、前ほどの痛みじゃない。多分慣れちまったんだろうな。俺は木の槍をギュッと握りしめ、目の前のゾンビに矛先を向けた。スキルを選んでる暇はない、今のこの能力値で戦うしかない。木の槍でちょっとずつ間合いを計りながら拠点へじりじりと近づいていく。他のゾンビが集まったらアウト、それまでに確実にこのゾンビだけは倒しておかないと。俺とゾンビの間に一瞬の静寂が訪れる。お構いなしに距離を詰めるゾンビに、俺は目を背けない、俺が足を一歩引いた瞬間、奴は口を開け、両腕を振り上げながら突進してきた。
「……っ! ここだぁ!」
俺はゾンビとの距離を詰め、木の槍を喉元めがけて突きを放った。ゾンビは反応が遅いからか、俺の放った攻撃をもろに直撃し、喉元を木の槍が貫いた。ゾンビに与えた一撃は致命傷だったのか、その場にすぐさま倒れ、異臭を放ちながら煙のような蒸気が立ち込めた後、そこにはまるで何もなかったかのように消えていった。
「はぁ、はぁ……っ、やった!」
歓声を上げたい衝動を必死に飲み込み、代わりに拳を小さく握りしめた。──やった。右も左も分からないまま放り込まれたこの世界で、俺はたったひとりでゾンビを仕留めたんだ。胸の奥で達成感がじわりと熱を広げる。その余韻に浸りながらふと足元へ目を落とすと、倒れたゾンビの跡に赤黒い何かが転がっているのが見えた。
「ん? なんだこれ?」
それは繊維がほどけたような柔らかい塊で、近づくと腐脂と鉄錆が混じったような嫌な匂いが鼻を刺した。──ゾンビのドロップ品なら、後で何かに使えるかもしれない。そう判断して急ぎインベントリへ放り込む。辺りに新たな唸り声はない。今のうちだ。俺は木立の影を縫うように駆け出した。湿った土を蹴るたび、半壊した木の槍が背で軋む。左腕の傷は脈打つたびに痛むが、背後が静かなうちは立ち止まれない。
やがて、拠点の輪郭が暗闇の向こうに浮かんだ。拠点だ──もう少し。息を吐き切らないうちに扉へ飛び込み、内側から横木を掛ける。荒い呼吸で胸を上下させながら、ようやく背を壁に預けた。付近にはゾンビがいたが、やはり部屋の中にはそれらしい気配はない。部屋の中は安全なのだと、改めて実感した。
「ふぅ~! 危なかった~っ!」
やっと一息つけるな。俺はよろよろと、明かりのない部屋の中を手探りで歩きながらベッドに近づき、腰を下ろした。ベッドのふかふかな感触が、俺の疲れを一瞬で吹き飛ばすかのようだ。
「そういえば、ゾンビのドロップ品はなんだろう?」
インベントリを覗いてみると〈腐った肉〉という表記。ここに来て食料とは言い難いが食料になりそうな物が来たな。俺はインベントリから取り出してみると、それはとても食えたような代物ではない。吐き気を催すほどの異臭、触るたびに残る不快な感触、何より、薄気味悪い糸まで引いている。
「うわ、くっさ! マジか、こんなのどこで使うんだよ……」
何に使えるかわからないし、こんなの持っていても仕方ない、俺は捨てようと思ったが、その瞬間、部屋中に響き渡る腹の音、俺の腹は限界を迎えているようだ。俺はしばらく腐った肉を眺めた。すると不思議なことに、腐った肉が美味しそうに見えてくる。これはきっと幻覚だ、だが、そう思う程に空腹が押し寄せてきている。
「食わなきゃ……死ぬか……」
俺は匂いが込み上げてこないように、鼻をつまみ、一口で腐った肉を頬張った。口に入れた瞬間、一気に押し寄せる不快感、それを我慢しながら、一気に肉を飲み込んだ。口の中に残る不快感を舌で拭いながら、しばらくしてつまんでいた鼻を開放した。
「……っ! う゛えぇぇぇぇぇぇっっっ!」
我慢できなかった。込み上げてくる腐った肉の腐敗臭が、俺の鼻、口、さらには周囲を包み込み、俺はその場に倒れこむ。
「これはダメだ……おろろろろろろ!」
この日、結局俺はベッドで一睡もすることなく吐き気と死闘を繰り広げたのだった――
「さぁて、どこにあるかな? ん~っと、食料~、どこだ~?」
中々お目当ての食料には出会えない。木の槍を振り回せば、勝手に耐久値を減らされるから、手で掻き分けるしかないのが不便だな。それに解毒も急がないと、食料を集める傍ら、解毒薬として使えそうな草も並行して探す。二つ同時に何かをするのは意外と得意なんだよな、仕事での嫌な毎日がまさかここで活かされるとは思ってもいなかったけど。
「この草はどうだ? 食べられるか? それとも、解毒薬に使えるか……」
手に取ったのは、緑色の綺麗な雑草、見た目はミントのような葉だが、ところどころに白い粒のような汁が付着しているみたいだ。匂いは少し甘ったるくて、香りもいい、もしかしたら回復手段として使えたりするかな? 俺は勇気を振り絞って一口かじって舌で食感を確かめた。
その瞬間――
舌がピリピリとし始め、強烈な激痛が舌を襲った。
「う゛ぅえ゛ぇっ、あんだこえっ!?」※(うぅえぇ、なんだこれ!?)と言っています。
舌が麻痺したのかうまく言葉を話せない、こんな即効性のある草なのか!? 俺はそこで閃いた、インベントリを確認したら何かわかるんじゃないか? そう思い、インベントリを開くと〈左手:神経草〉と表記されていた。少なくとも、薬に使えそうなものではないことが判明、とはいえ、このまま捨てておくのも勿体ない、一応インベントリにしまっておこう。しばらく口が使えなくなるが仕方ないな。そしてさらに散策を続ける。
続いて見つけたのは、赤く染まった見るからにヤバい草、茎が黒く、見た目は完全に毒草……。こんなの食ったら絶対危険だよな? インベントリを確認すると〈毒草〉の表記。
「おあ、見お! おくそうやねぇあ!」※(ほら、見ろ! 毒草じゃねぇか!)と言っています。
俺は苛立ちながらも、何かに使えそうな毒草をインベントリにしまった。毒草と神経草――調合するアイテムとかをクラフトすれば強力なアイテムに変わりそうだな。そうこうしている間も俺のお腹は容赦なく太鼓を鳴らす。感染までの時間にまだ余裕があるとはいえ、食料が見つからないことで少しずつ焦りを感じ始めていた。拠点から少し離れ、森の奥に進むしかないと思い、足を踏み入れていく。土を踏むたび、湿った腐葉土が靴底にへばりつき、左腕の傷がズキズキと疼きだす。どこかに一口、食料になりそうなものはないのか。
斜面を少し上ったあたりで、木の影でほのかに赤い影がチラリと覗いている。思わず息を呑む、そこには念願の食料であるキノコが自生していた。だが、油断はできない。なぜなら見た目が危なすぎる。白い傘には赤い樹液が水玉模様のように付着し、赤色の柄をしている。匂いもキノコ特有の匂いだが、さっきの神経草の事もある。ここは口に入れずにインベントリで名前を確認しよう。
……〈毒キノコ〉……。
クソッ! この森はまともな草やキノコは生えてないのか! こんなんじゃ時間がいくらあっても足りないぞ! 動物も見る限り、どこにもいやしない。川も散策したが、魚もほとんど生息していなかった。辺りも暗くなってきたし、そろそろ引き上げる時間か? いや、クエストの制限時間は残り6時間、帰って態勢を整えてたんじゃ恐らくクエストは失敗、クエスト報酬のパンは手に入らない。徐々に焦りは俺から冷静さを奪っていく。冷静さを失い、焦り、また冷静さを失うの負のループ、これを抜け出すには早急に食料を確保しなければ。
「もう少し……このまま突き進もう」
俺は意を決して、森のさらに奥地に足を踏み入れた。もうここまで来たら何が何でも食料をゲットして拠点に帰ってやる。さらに奥地に進むと、太陽の光もほとんど届かないまさに”樹海”と呼ばれる場所に行きついた。かすかに足元が認識できるほどの暗さで、もはやどこに何かあるかもわからなくなってきている。
「流石に、踏み込み過ぎたか? 明かりがあればいいんだけど」
この時、俺はすっかり忘れていた。夜になるとゾンビが現れ、あの恐怖が蘇ることを――
周辺を探しておよそ小一時間が経過していた。太陽の光はこの樹海には届かず、まだ夕暮れ時なはずだが夜同然の暗闇が樹海を包み込む。さすがにもう無理か……。こんなに探すのに手間取るとは思ってもいなかった、考えが甘かったか。俺は諦めて引き返そうとした時――
「あれ? 来た道はこっちで合ってたっけ?」
しまった……! 方向感覚がわからなくなってしまい、帰る道を見失ってしまったぞ。風が木々を恐ろしく揺らすたびに、ゾワッと寒気で全身の毛が逆立つ。太陽の光も届かないこの場所で、道がわからなくなることは致命的だ。何を頼りに拠点に戻ればいい?
「落ち着け、一旦食料は無視しろ、まずは帰ることを最優先に考えるんだ」
俺は何か手掛かりになるものを探すため、ゆっくりと足を動かしたその時、足元が微かに緩いことに気が付いた。そうか、ここの土は腐葉土に近い、湿り気のあるこの土なら、俺の足跡がわずかについているはず。日没までまだ時間はある、ゾンビに出会う前に拠点に戻ろう。俺は微かに灯った希望を頼りに、目を凝らして足元を観察した。
「み、見つけた!」
それは俺がここまで来たであろう足跡の痕跡、35歳で中腰はかなり腰に負担が来るがここは致し方ない。足音をなるべく立てないように、ゆっくり、だけども迅速に行動する。足跡を頼りに戻る事一時間、なんとか樹海を抜け、拠点までもう少しという所、既に太陽は沈み、月の光があたりを照らしていると、あの悪夢のような夜が再びやってきた。俺が足音を立てずに歩いていると、遠くの方から「うぅ……」という低く鈍い声が響いた。その瞬間、俺の脳内に最初の頃の光景が何度も再生される。
「うっ……!」
落ち着け、奴はまだ俺に気づいていない。だが、ゾンビが湧き始めたのも事実。このまま外にいたんじゃ今度こそ噛みつかれて終わりだ。それだけじゃない、俺は今感染状態、奴らと同じになるなんて絶対にごめんだ。拠点まで残り数百mといったところ、走って扉に閉めればもしかしたら間に合うかもしれない。でもその間に追いつかれたら? 他にもゾンビが行く手を阻んだら? 体力が尽きかけてどのみち終わりか……なら。俺は手に持った木の槍をギュッと握りしめた。
「覚悟を決めろ、中島佑太……っ!」
ゾンビと戦おう、少なくとも、こちらに向かってくるゾンビは迎え撃たないといけないし、どのみちいつか、相対する運命なんだろ? それが遅いか早いかの違い、今がその時だろ!
そうと決まれば、今のままじゃ勝ち目は薄い、幸い、スキルポイント、能力値も振り分けられる。木の槍は攻撃力が1だから、ゾンビに致命傷は与えられないだろう、とにかく歩きを止めずに、まずは能力値の振り分けだ。今のステータスを確認しよう。
【中島雄太】〈感染〉残り64:00:00
レベル:3 スキルポイント:6 能力値振り分け:2
体力:10
筋力:5
敏捷:5
技術:5
感性:5
魅力:5
あれ? レベルが3になってる……いつの間に? いや、そんなことは後だ、この中で最も攻撃力に直結しそうなのは筋力だな。本当はしっかりと理解したうえで振り分けたかったが仕方ない、死んだら元も子もないんだ。俺は能力値振り分けを全て筋力に割り振った。
筋力:5 → 7
そのあとは、スキルだな……――俺がスキルを取得しようとしたその時、耳元で低い声が響いた。俺の全身が恐怖で一瞬硬直する。汗が止まらない。
バレた……――
俺は急いで振り返った。しかし、既に遅かった。奴の右腕が俺の腕を掴もうとしていたのだ。
「くそっ!」
俺は全力で腕を振り払ったが奴の爪が俺の右腕を抉った。左腕だけじゃなくて右腕もやられたか、だが覚悟していた、前ほどの痛みじゃない。多分慣れちまったんだろうな。俺は木の槍をギュッと握りしめ、目の前のゾンビに矛先を向けた。スキルを選んでる暇はない、今のこの能力値で戦うしかない。木の槍でちょっとずつ間合いを計りながら拠点へじりじりと近づいていく。他のゾンビが集まったらアウト、それまでに確実にこのゾンビだけは倒しておかないと。俺とゾンビの間に一瞬の静寂が訪れる。お構いなしに距離を詰めるゾンビに、俺は目を背けない、俺が足を一歩引いた瞬間、奴は口を開け、両腕を振り上げながら突進してきた。
「……っ! ここだぁ!」
俺はゾンビとの距離を詰め、木の槍を喉元めがけて突きを放った。ゾンビは反応が遅いからか、俺の放った攻撃をもろに直撃し、喉元を木の槍が貫いた。ゾンビに与えた一撃は致命傷だったのか、その場にすぐさま倒れ、異臭を放ちながら煙のような蒸気が立ち込めた後、そこにはまるで何もなかったかのように消えていった。
「はぁ、はぁ……っ、やった!」
歓声を上げたい衝動を必死に飲み込み、代わりに拳を小さく握りしめた。──やった。右も左も分からないまま放り込まれたこの世界で、俺はたったひとりでゾンビを仕留めたんだ。胸の奥で達成感がじわりと熱を広げる。その余韻に浸りながらふと足元へ目を落とすと、倒れたゾンビの跡に赤黒い何かが転がっているのが見えた。
「ん? なんだこれ?」
それは繊維がほどけたような柔らかい塊で、近づくと腐脂と鉄錆が混じったような嫌な匂いが鼻を刺した。──ゾンビのドロップ品なら、後で何かに使えるかもしれない。そう判断して急ぎインベントリへ放り込む。辺りに新たな唸り声はない。今のうちだ。俺は木立の影を縫うように駆け出した。湿った土を蹴るたび、半壊した木の槍が背で軋む。左腕の傷は脈打つたびに痛むが、背後が静かなうちは立ち止まれない。
やがて、拠点の輪郭が暗闇の向こうに浮かんだ。拠点だ──もう少し。息を吐き切らないうちに扉へ飛び込み、内側から横木を掛ける。荒い呼吸で胸を上下させながら、ようやく背を壁に預けた。付近にはゾンビがいたが、やはり部屋の中にはそれらしい気配はない。部屋の中は安全なのだと、改めて実感した。
「ふぅ~! 危なかった~っ!」
やっと一息つけるな。俺はよろよろと、明かりのない部屋の中を手探りで歩きながらベッドに近づき、腰を下ろした。ベッドのふかふかな感触が、俺の疲れを一瞬で吹き飛ばすかのようだ。
「そういえば、ゾンビのドロップ品はなんだろう?」
インベントリを覗いてみると〈腐った肉〉という表記。ここに来て食料とは言い難いが食料になりそうな物が来たな。俺はインベントリから取り出してみると、それはとても食えたような代物ではない。吐き気を催すほどの異臭、触るたびに残る不快な感触、何より、薄気味悪い糸まで引いている。
「うわ、くっさ! マジか、こんなのどこで使うんだよ……」
何に使えるかわからないし、こんなの持っていても仕方ない、俺は捨てようと思ったが、その瞬間、部屋中に響き渡る腹の音、俺の腹は限界を迎えているようだ。俺はしばらく腐った肉を眺めた。すると不思議なことに、腐った肉が美味しそうに見えてくる。これはきっと幻覚だ、だが、そう思う程に空腹が押し寄せてきている。
「食わなきゃ……死ぬか……」
俺は匂いが込み上げてこないように、鼻をつまみ、一口で腐った肉を頬張った。口に入れた瞬間、一気に押し寄せる不快感、それを我慢しながら、一気に肉を飲み込んだ。口の中に残る不快感を舌で拭いながら、しばらくしてつまんでいた鼻を開放した。
「……っ! う゛えぇぇぇぇぇぇっっっ!」
我慢できなかった。込み上げてくる腐った肉の腐敗臭が、俺の鼻、口、さらには周囲を包み込み、俺はその場に倒れこむ。
「これはダメだ……おろろろろろろ!」
この日、結局俺はベッドで一睡もすることなく吐き気と死闘を繰り広げたのだった――
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