28 / 36
第28話 平原に響く咆哮
しおりを挟む
プレイド平原は、かつての記憶のままだった。草原を風が吹き抜け、緑の絨毯がどこまでも広がっている。陽光は穏やかで、空はどこまでも高い。アルスはその光景を目にしながら、まだ自分が若かった頃を思い出していた。
あの頃、プレイド平原は彼にとって修行の場だった。行商人の護衛クエストを何度も受け、モンスターを退治しながら実力を磨いた。湿原や山岳地帯と違い、平原はどこまでも見渡せるため、襲撃にも気づきやすい。それでも、初めて戦ったモンスターの脅威と、自分の未熟さに打ちのめされた記憶が鮮明によみがえる。
「ここで何度も汗を流した……その時の経験が、今の俺を作った」
アルスは小さく呟きながら、足を進める。その隣を歩くマルタは、辺りを興味津々に見回していた。
「ねえアルスおじさん、ここって昔はもっと安全だったんでしょ?」
「……そうだ。だが今は違う。気を抜けば命を落とす場所だ」
アルスの言葉には警戒の色が滲んでいた。
しばらく進むと、平原の穏やかさは一変した。
目に飛び込んできたのは、行商人たちのなれの果てだった。壊れた馬車の残骸が散乱し、その周囲にはバラバラになった馬の亡骸が無残に横たわっている。引き裂かれた人の衣類が草原に引っかかり、風になびいていた。それは美しい風景の中で、あまりに異質で不気味な光景だった。
「……ひどいね」
マルタの声は小さく震えていた。だが、彼女の目にはその恐怖を超える好奇心が宿っていた。
「これ、みんなモンスターにやられたの?」
「……そうだろうな」
アルスの声は冷静そのものだった。彼は転がっている冒険者の剣や防具に目を向けた。それらもまた、無残に破壊されている。戦いの痕跡が生々しく残るその場で、アルスは一瞬足を止めたが、すぐに無表情のまま前へ進んだ。
「アルスおじさん、怖くないの?」
マルタの問いかけに、アルスは答えなかった。ただ淡々と進む彼の背中は、何かを深く考え込んでいるようにも見えた。
その後も、道中では時折モンスターが姿を現した。小型のオオカミや、平原特有の跳ねるように動くモンスターが襲いかかってくるたびに、アルスは手慣れた動きで対応した。剣を最小限の力で振り下ろし、相手を仕留める。
「アイテムは節約するぞ。必要なときに使えなければ意味がない」
「わかった!」
マルタもまた、ナイフを握り、軽快に動きながら少しずつ自分の力を発揮し始めていた。アルスのサポートを受けながら、効率的にモンスターを仕留める。その動きには幼さの中に、確かな成長が感じられた。
やがて、平原の広大さに退屈したのか、マルタは草原を走り回り始めた。彼女の笑い声が響き渡り、アルスはその様子を少しだけ眺めてから深く息を吐いた。
「お牛さん、出てこないねー!」
マルタが無邪気にそう叫びながら走り回る。
「おい、やめろ」
アルスの低い声が飛ぶが、マルタは足を止めず振り返った。
「なんでー? 平原ってこんなに気持ちいいんだもん!」
「クエスト中だぞ。緊張感を持たないと危険だ」
「でも、大丈夫だよ。出てこないし――」
その瞬間、空気が一変した。
「……っ!」
平原全体に響き渡るような低い咆哮が草原を揺るがした。それはただの音ではなかった。地面が震え、空気が震動し、全身の毛が逆立つような圧力を伴っていた。
「……な、なに……!」
マルタはその場で立ちすくみ、ビクッと肩を震わせる。その瞳は恐怖に見開かれ、彼女はアルスの方を振り返った。
「アルスおじさん……これって……」
アルスは剣の柄に手をかけながら、周囲を見回していた。その目にはいつもの冷静さと、明確な警戒が宿っている。
「なるほど……これが〝紅き猛牛〟か」
その呟きは、これから始まる戦いを前にした決意を感じさせた。
あの頃、プレイド平原は彼にとって修行の場だった。行商人の護衛クエストを何度も受け、モンスターを退治しながら実力を磨いた。湿原や山岳地帯と違い、平原はどこまでも見渡せるため、襲撃にも気づきやすい。それでも、初めて戦ったモンスターの脅威と、自分の未熟さに打ちのめされた記憶が鮮明によみがえる。
「ここで何度も汗を流した……その時の経験が、今の俺を作った」
アルスは小さく呟きながら、足を進める。その隣を歩くマルタは、辺りを興味津々に見回していた。
「ねえアルスおじさん、ここって昔はもっと安全だったんでしょ?」
「……そうだ。だが今は違う。気を抜けば命を落とす場所だ」
アルスの言葉には警戒の色が滲んでいた。
しばらく進むと、平原の穏やかさは一変した。
目に飛び込んできたのは、行商人たちのなれの果てだった。壊れた馬車の残骸が散乱し、その周囲にはバラバラになった馬の亡骸が無残に横たわっている。引き裂かれた人の衣類が草原に引っかかり、風になびいていた。それは美しい風景の中で、あまりに異質で不気味な光景だった。
「……ひどいね」
マルタの声は小さく震えていた。だが、彼女の目にはその恐怖を超える好奇心が宿っていた。
「これ、みんなモンスターにやられたの?」
「……そうだろうな」
アルスの声は冷静そのものだった。彼は転がっている冒険者の剣や防具に目を向けた。それらもまた、無残に破壊されている。戦いの痕跡が生々しく残るその場で、アルスは一瞬足を止めたが、すぐに無表情のまま前へ進んだ。
「アルスおじさん、怖くないの?」
マルタの問いかけに、アルスは答えなかった。ただ淡々と進む彼の背中は、何かを深く考え込んでいるようにも見えた。
その後も、道中では時折モンスターが姿を現した。小型のオオカミや、平原特有の跳ねるように動くモンスターが襲いかかってくるたびに、アルスは手慣れた動きで対応した。剣を最小限の力で振り下ろし、相手を仕留める。
「アイテムは節約するぞ。必要なときに使えなければ意味がない」
「わかった!」
マルタもまた、ナイフを握り、軽快に動きながら少しずつ自分の力を発揮し始めていた。アルスのサポートを受けながら、効率的にモンスターを仕留める。その動きには幼さの中に、確かな成長が感じられた。
やがて、平原の広大さに退屈したのか、マルタは草原を走り回り始めた。彼女の笑い声が響き渡り、アルスはその様子を少しだけ眺めてから深く息を吐いた。
「お牛さん、出てこないねー!」
マルタが無邪気にそう叫びながら走り回る。
「おい、やめろ」
アルスの低い声が飛ぶが、マルタは足を止めず振り返った。
「なんでー? 平原ってこんなに気持ちいいんだもん!」
「クエスト中だぞ。緊張感を持たないと危険だ」
「でも、大丈夫だよ。出てこないし――」
その瞬間、空気が一変した。
「……っ!」
平原全体に響き渡るような低い咆哮が草原を揺るがした。それはただの音ではなかった。地面が震え、空気が震動し、全身の毛が逆立つような圧力を伴っていた。
「……な、なに……!」
マルタはその場で立ちすくみ、ビクッと肩を震わせる。その瞳は恐怖に見開かれ、彼女はアルスの方を振り返った。
「アルスおじさん……これって……」
アルスは剣の柄に手をかけながら、周囲を見回していた。その目にはいつもの冷静さと、明確な警戒が宿っている。
「なるほど……これが〝紅き猛牛〟か」
その呟きは、これから始まる戦いを前にした決意を感じさせた。
0
あなたにおすすめの小説
ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜
KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞
ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。
諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。
そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。
捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。
腕には、守るべきメイドの少女。
眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。
―――それは、ただの不運な落下のはずだった。
崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。
その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。
死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。
だが、その力の代償は、あまりにも大きい。
彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”――
つまり平和で自堕落な生活そのものだった。
これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、
守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、
いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。
―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。
猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣で最強すぎて困る
マーラッシュ
ファンタジー
旧題:狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・
何かを拾う度にトラブルに巻き込まれるけど、結果成り上がってしまう。
異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。
ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。
断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。
勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。
ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。
勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。
プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。
しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。
それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。
そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。
これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。
『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合
鈴白理人
ファンタジー
北の辺境で雨漏りと格闘中のアーサーは、貧乏領主の長男にして未来の次期辺境伯。
国民には【スキルツリー】という加護があるけれど、鑑定料は銀貨五枚。そんな贅沢、うちには無理。
でも最近──猫が雨漏りポイントを教えてくれたり、鳥やミミズとも会話が成立してる気がする。
これってもしかして【動物スキル?】
笑って働く貧乏大家族と一緒に、雨漏り屋敷から始まる、のんびりほのぼの領地改革物語!
元・神獣の世話係 ~神獣さえいればいいと解雇されたけど、心優しいもふもふ神獣は私についてくるようです!~
草乃葉オウル ◆ 書籍発売中
ファンタジー
黒き狼の神獣ガルーと契約を交わし、魔人との戦争を勝利に導いた勇者が天寿をまっとうした。
勇者の養女セフィラは悲しみに暮れつつも、婚約者である王国の王子と幸せに生きていくことを誓う。
だが、王子にとってセフィラは勇者に取り入るための道具でしかなかった。
勇者亡き今、王子はセフィラとの婚約を破棄し、新たな神獣の契約者となって力による国民の支配を目論む。
しかし、ガルーと契約を交わしていたのは最初から勇者ではなくセフィラだったのだ!
真実を知って今さら媚びてくる王子に別れを告げ、セフィラはガルーの背に乗ってお城を飛び出す。
これは少女と世話焼き神獣の癒しとグルメに満ちた気ままな旅の物語!
家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜
奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。
パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。
健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【短編】子猫をもふもふしませんか?〜転生したら、子猫でした。私が国を救う!
碧井 汐桜香
ファンタジー
子猫の私は、おかあさんと兄弟たちと“かいぬし”に怯えながら、過ごしている。ところが、「柄が悪い」という理由で捨てられ、絶体絶命の大ピンチ。そんなときに、陛下と呼ばれる人間たちに助けられた。連れていかれた先は、王城だった!?
「伝わって! よく見てこれ! 後ろから攻められたら終わるでしょ!?」前世の知識を使って、私は国を救う。
そんなとき、“かいぬし”が猫グッズを売りにきた。絶対に許さないにゃ!
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
スキル【収納】が実は無限チートだった件 ~追放されたけど、俺だけのダンジョンで伝説のアイテムを作りまくります~
みぃた
ファンタジー
地味なスキル**【収納】**しか持たないと馬鹿にされ、勇者パーティーを追放された主人公。しかし、その【収納】スキルは、ただのアイテム保管庫ではなかった!
無限にアイテムを保管できるだけでなく、内部の時間操作、さらには指定した素材から自動でアイテムを生成する機能まで備わった、規格外の無限チートスキルだったのだ。
追放された主人公は、このチートスキルを駆使し、収納空間の中に自分だけの理想のダンジョンを創造。そこで伝説級のアイテムを量産し、いずれ世界を驚かせる存在となる。そして、かつて自分を蔑み、追放した者たちへの爽快なざまぁが始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる