孤独なオッサンと、無邪気な少女のスローライフ冒険譚

Mr.Six

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第28話 平原に響く咆哮

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 プレイド平原は、かつての記憶のままだった。草原を風が吹き抜け、緑の絨毯がどこまでも広がっている。陽光は穏やかで、空はどこまでも高い。アルスはその光景を目にしながら、まだ自分が若かった頃を思い出していた。

 あの頃、プレイド平原は彼にとって修行の場だった。行商人の護衛クエストを何度も受け、モンスターを退治しながら実力を磨いた。湿原や山岳地帯と違い、平原はどこまでも見渡せるため、襲撃にも気づきやすい。それでも、初めて戦ったモンスターの脅威と、自分の未熟さに打ちのめされた記憶が鮮明によみがえる。

「ここで何度も汗を流した……その時の経験が、今の俺を作った」

 アルスは小さく呟きながら、足を進める。その隣を歩くマルタは、辺りを興味津々に見回していた。

「ねえアルスおじさん、ここって昔はもっと安全だったんでしょ?」

「……そうだ。だが今は違う。気を抜けば命を落とす場所だ」

 アルスの言葉には警戒の色が滲んでいた。

 しばらく進むと、平原の穏やかさは一変した。

 目に飛び込んできたのは、行商人たちのなれの果てだった。壊れた馬車の残骸が散乱し、その周囲にはバラバラになった馬の亡骸が無残に横たわっている。引き裂かれた人の衣類が草原に引っかかり、風になびいていた。それは美しい風景の中で、あまりに異質で不気味な光景だった。

「……ひどいね」

 マルタの声は小さく震えていた。だが、彼女の目にはその恐怖を超える好奇心が宿っていた。

「これ、みんなモンスターにやられたの?」

「……そうだろうな」

 アルスの声は冷静そのものだった。彼は転がっている冒険者の剣や防具に目を向けた。それらもまた、無残に破壊されている。戦いの痕跡が生々しく残るその場で、アルスは一瞬足を止めたが、すぐに無表情のまま前へ進んだ。

「アルスおじさん、怖くないの?」

 マルタの問いかけに、アルスは答えなかった。ただ淡々と進む彼の背中は、何かを深く考え込んでいるようにも見えた。

 その後も、道中では時折モンスターが姿を現した。小型のオオカミや、平原特有の跳ねるように動くモンスターが襲いかかってくるたびに、アルスは手慣れた動きで対応した。剣を最小限の力で振り下ろし、相手を仕留める。

「アイテムは節約するぞ。必要なときに使えなければ意味がない」

「わかった!」

 マルタもまた、ナイフを握り、軽快に動きながら少しずつ自分の力を発揮し始めていた。アルスのサポートを受けながら、効率的にモンスターを仕留める。その動きには幼さの中に、確かな成長が感じられた。

 やがて、平原の広大さに退屈したのか、マルタは草原を走り回り始めた。彼女の笑い声が響き渡り、アルスはその様子を少しだけ眺めてから深く息を吐いた。

「お牛さん、出てこないねー!」

 マルタが無邪気にそう叫びながら走り回る。

「おい、やめろ」

 アルスの低い声が飛ぶが、マルタは足を止めず振り返った。

「なんでー? 平原ってこんなに気持ちいいんだもん!」

「クエスト中だぞ。緊張感を持たないと危険だ」

「でも、大丈夫だよ。出てこないし――」

 その瞬間、空気が一変した。

「……っ!」

 平原全体に響き渡るような低い咆哮が草原を揺るがした。それはただの音ではなかった。地面が震え、空気が震動し、全身の毛が逆立つような圧力を伴っていた。

「……な、なに……!」

 マルタはその場で立ちすくみ、ビクッと肩を震わせる。その瞳は恐怖に見開かれ、彼女はアルスの方を振り返った。

「アルスおじさん……これって……」

 アルスは剣の柄に手をかけながら、周囲を見回していた。その目にはいつもの冷静さと、明確な警戒が宿っている。

「なるほど……これが〝紅き猛牛〟か」

 その呟きは、これから始まる戦いを前にした決意を感じさせた。
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