トンネル抜けたら別世界。見知らぬ土地で俺は友人探しの旅に出る。

黒い乙さん

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プロローグ

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 走る走る。

 まるで別の意思を持ったかのように只々前へ前へと突き出される両足は、俺の心肺など関係ないと言わんばかりに止まる気配も見せずに鬱蒼と茂った草木の中、眼前に迫り来る木立の間を縫うように走る。
 そして、それは俺の思考も同様で、そんな余計なことを考えている時間があるのなら、今生き残ることを考えろと言わんばかりに視界に映る情報を瞬時に脳に送り込み、逃走に必要な指示を体の各所に送り続ける。

 逃走。そう、逃走だ。

 俺の背後には凄まじい地響きを立てながら迫り来る黒く巨大な毛玉が一つ。
 いや、正確には毛玉というにはあまりにも無粋な生物だけど。

「グオオオオオオオオオオッ!!」

 空気を震わせるような咆哮を上げると、『そいつ』がスピードを上げてこちらに迫ってきているであろう様子が見なくてもわかる。
 とにかく、追いつかれてはいけないこの状況で後ろを振り向くわけにはいかない俺には絶対とは言い切れなかったが、そいつは一言で言えば「熊」だった。

 最初に遭遇した時はお互い不意をつかれたこともあり、丁度お見合いをするような形になってしまったため、多少は観察する時間があった。
 その時のその獣の姿が、俺がよくしる動物である熊によく似ていたから、そう判断したわけだが当然おかしな部分もある。

 まず、今回遭遇した「熊らしき獣」は、俺の2倍近い体格をしていた事だ。
 一般的に日本に生息している熊はヒグマとツキノワグマの2種類だと言われている。
 そして、ヒグマは北海道、ツキノワグマは本州その他が生息地であるようだ。

 そうすると、今回俺達がはぐれた場所は辺境とは言え関東地方。普通に考えるならツキノワグマの生息域だが、一般的なツキノワグマの身長は一般男性のそれよりも低い、クマとしては小柄な部類だ。
 一応、希に150Kg級の大型な個体も発見される事もあるようだが、それでも2倍の体格は盛りすぎだ。ヒグマ、それも希に現れるという大型であってもありえない体格だった。

 そういった事情から今追いかけてきている獣は実は熊じゃないんじゃないか? という思考が芽生えそうになるが、よく考えたらこちらを捕食する気満々で追いかけてきている獣という時点で別にどちらでも関係ないという結論になり、今に至る。

「はあっ!! はあっ!!」

 心臓が破裂する。
 肺が酸素をもっとよこせと喚いている。
 結果、俺の口から吐き出されるのは激しい吐息のみ。

 辛うじて思考は回っているが、それも目まぐるしく変わる状況に次から次に破棄されては再思考を繰り返す。
 そんな状況でもはっきり分かっている事は、仕事に忙殺されている現状を言い訳に最近運動不足だという現状と。

「ガアアアアアアアアアァッ!!」

 後方からの咆哮に半ば反射的に体を捻りながら右前にあった木立に体当たり気味に飛び込み、蹴りつけるようにして方向転換した俺の顔のすぐ横を通り過ぎて、先ほど俺が進行方向を変える為に使った木を獣の爪が抉り割く……そんな変えようのない状況だけはどうしようも無かった。

「ゲホッ!! グホッ!!」

 とはいえ、このままでは待っているのは確実な死だ。
 俺は最早状況は一刻たりとも待ってはくれないと判断し、体勢を低くすると最後の力を使って前方の藪に向かって全力で駆ける。
 その際に先程まで俺の頭があった辺りを丸太のような何かが轟音を鳴らしながら通り抜けたが、今はこの状況を打破する事が先決だ。

 薮をつついて蛇をだす。
 鬼が出るか蛇が出るか。

 結果はどうなるか分からないが、どうせろくな結果にはならないだろう。
 それでも、現状がなにか変わればそれでいい。
 そんなちっぽけな願いも、藪から飛び出した視界にある意味俺の頭の中は真っ白となる。

 目に飛び込んできたのは崖。もっと言うなら断崖絶壁。
 どこまでも続く青い空に、眼下には樹海とも取れる緑の海が広がっていた。
 今この状況では崖下がどれほどの高さになるのかなどわからないし、そんな時間もない。
 後ろには手の届く距離に死神の爪。眼前3歩程の距離には地獄の谷とも取れる大地の終焉。

 もしもこれがゲームかなにかだったなら、ここで選択肢の一つでも出たのだろう。例えば、

1・このまま崖に身を踊らせる。
2・咄嗟に方向転換して逃走続行。
3・反転して獣と対峙する。

 と、言った所か。

 最も、これは現実であり、このような選択肢を悠長に選んでいたらあっという間に化け物の胃の中にお邪魔することになるだろう。
 だから、こうして呑気にこんな事を考えていられるのも、先ほどの選択肢を既に選んだあとだからだ。

 フワリと体にかかった浮遊感に、視線の先では先程まで追いかけてきていた「熊」がこちらに腕を伸ばしている。が、残念ながら彼だか彼女だかはしらないが、俺の体は文字通り奴の手が届かない場所にまで進んでいる。

 どうやら、無意識下の俺が咄嗟に選んだ選択肢は『1』だったようだ。
 確かに、2と3のどちらを選んでも、死を回避できる可能性は『0』だっただろう。
 ここから見える崖上の状況はどこかに逃げ出せるような地形ではないし、何処ぞの勇者でもヒーローでもない俺に熊に素手で勝てる能力は無い。

 でも、高所からの墜落であるならば、万が一にでも……例えそれが0%以下の確率だったとしても、生き残る可能性はあるだろう。
 何よりも、生きたまま獣の腹の中に入るくらいならば、死体となって入ったほうがなんぼかマシだ。
 
 とはいえ、それもこの崖の高さがどれくらいなのかがその生死を分ける鍵となるというわけで……。

「………………」

 水平に移動していた体が、今度は重力に引っ張られるように大地に向かって吸い寄せられる過程になってようやく向けた視線の先で。
 どこかの資料館でみたミニチュアのような光景に己の現在位置が嫌が応にも理解させられ。

 眼下の景色が猛烈な勢いで眼前に迫ったその最中、俺の意識はプツリと途切れた。
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