トンネル抜けたら別世界。見知らぬ土地で俺は友人探しの旅に出る。

黒い乙さん

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第一章 心霊スポットと白い影

07 トンネルの先

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「あ……づ……」

 夢から覚めた……と、実感できたのは腹部からの鈍い痛みからだった。
 最も、意識を失う前の状況が俺の見間違いでないのなら、『腹が痛い』等というレベルではないはずなのだが、取りあえずは我慢できる範囲で収まっている。
 
 とはいえ──

「……取り敢えず明かりだ。この状況じゃあ現状の確認も出来やしない」

 辺りが暗すぎて今の自分の状況もさる事ながら、海斗と中野がどうなったのかもわからない。
 明かりといえば中野から預かったハンドライトだが、あれは海斗を逃がすために投げ捨ててしまった。
 しかし、俺にはライト機能が搭載されたモバイルバッテリーがある。確か、電池が完全に無くなる前にコートのポケットにしまったはずだ。

「まさか、こんなちゃちいライトが役にたつ日が来るとは思わなかったな。……よし」

 俺はポケットを探ってモバイルバッテリーを取り出すと、ライトを付けて周りを見渡す。

「海斗? 中野? 無事か?」

 しかし、ライトを向けた先にあったのは壁だった。
 たしか、俺は壁を背にして白い影に飛びかかり、そのまま倒れ込んだのでは無かったか? だとしたら、俺の目の前には空洞があるべきなのにどういう事だろう?

 いや、今はそんな事はどうでもいい。
 俺は体を反転させてライトを翳す。
 しかし、ライトの光が届く範囲には二人の姿を見つけることは出来なかった。
 
 いや、それよりも不思議な事がある事に俺はこの時ようやく気がついた。

「……トンネルが広くなってる?」

 確か、元々トンネルの横穴でしかなかったこの場所は、人一人がようやく歩いて進めるだけの幅しかなかったはずだ。
 にも関わらず、今俺の目の前に広がっている空間は、大人の男が横に3人は並んで歩く事は出来る広さになっていた。

「…………」

 ひょっとしたら俺は夢の続きでも見ているのだろうか。
 そう思って自らの腹をライトで確認してみると、コートとトレーナーには確かに何かが刺さったような横一線10Cm程の切れ目が走っていたが、その下にある腹にあるはずの傷が無かった。
  けど、トレーナーにはべっとりと血がついていたし、指で腹を押すと我慢できない程ではないとは言え、鈍痛を感じる。

「夢じゃ……ない。けど、現実味もない。そもそもここはどこなんだ。ひょっとして、あのトンネルのどこか別の場所まで運ばれたのか……」

 そこまで考えて思い出されるのは、意識を失う前に白い影が海斗を担ぎ上げた光景。
 もしもあれが現実ならば、あの後俺も別の場所に運ばれた可能性が高い。

「……ともかく一度外に出よう。ひょっとしたら、中野か海斗、どちらかは外に出ているかもしれない」

 俺は独りごちるとスマホを取り出し電源を入れるが、電波は圏外。予想通りと言えばそうだが、この場からは連絡できそうもないらしい。
 まあ、連絡が取れないのは仕方がない。
 弱くなったライトの光を頼りにこの空洞の先に行くしか今の俺には選択肢がないのだから。



◇◇◇◇



 どれくらい歩いただろう。
 既にモバイルバッテリーの電力は空になり、俺は壁伝いに右手を置いた状態で暗闇の中を進んでいる。
 暗闇に目が慣れた事で多少の凹凸を判断すること位は出来るようになっていたが、はっきり言って事態は何一つ好転してはいなかった。

 ただ、幸いだったのはこの空洞が一本道だったことだ。
 もしもこの空洞があのトンネルならば、このひたすら一本みちの状況は、出口が俺達が入ってきた出発地点に繋がっているということだから。

 一つ疑問があるとすれば、中野はこの洞窟を『トンネル』と口にしていたこと、そして、一度このトンネルを通り抜けて再び戻るのがこの心霊スポットの楽しみ方だとも取れる言動をしていた事だ。
 それが本当ならば俺が倒れていた場所が行き止まりだった説明がつかないが、中野の情報がいつの頃の事だったかも不明といえば不明だ。古い情報ならばトンネルの途中で崩落でもあったのだとすれば説明もつく。
 何しろ、危険を理由に立ち入り禁止にするくらいなのだから、その可能性もあるだろう。

 ただ、それだと説明出来ない事もあったのだが。

「……4時間」

 それは、俺が目を覚ましてからここまで歩いてきた時間だ。
 スマホに搭載されている時計は既に午前6時を表示していた。俺が目を覚ましたのが午前2時で、洞窟に入ったのが午後11時前後。行って帰って、日付を跨いでから帰ろうとしていたからそんな夜中にこんな所に来たわけだが、いくらなんでも4時間歩いて通り抜けられないトンネルに行こうとは中野も思わないだろう。
 そう考えると、俺が今歩いているこの洞窟があの場所とは違う場所である。つまり、あの時の女に別の場所に運ばれたという可能性が高くなったという事だ。
 特に、俺は明かりがなくなって歩行スピードが落ちているだろうから、気を失ってから目を覚ますまでの3時間弱は移動時間だった考えればしっくりくる。

 既に足の裏の痛みも限界に達し、喉も乾いたし何より疲れた。

 本当ならば今すぐ座り込んでしまいたかったのだが、まさかこんなどこともわからない場所で一人過ごしたいとも思わないし、どの道自分から行動しないと救助の当てだってないのだ。
 幸いこの洞窟は一本道のようだし、いつかは出口に出られるだろう。



◇◇◇◇



 目を覚ましてから6時間経過。
 スマホの時計は午前8時を示し、電池の残量も残り5%。
 壁に触れている右手の掌は既に傷だらけで感覚もないくらいだし、両足は疲労のあまり既に引きずっている。足の裏の皮は既に剥がれているのだろう。確認してはいないが歩くどころか地面に足を置くだけで刺すような痛みを主張してくる。
 最も、この痛みが眠気覚まし替わりになってくれていたのだが。

「…………もう…………無理だ……」

 それでも、流石に無理だった。
 
 手を付いていた壁を背にして座り込む。
 座った事で両足が痺れたように熱をもち、もう動かないぞと主張する。
 体力に関しては言わずとも知れるし、何よりも喉の渇きが限界だった。

 暑い。とにかく暑い。

 歩き通しだったからだろうか。今は冬の筈なのに流れる汗が止まらない。
 今ではコートとトレーナーの袖は捲くり上げていたが、そんなものが気休めにしかならない位になっていた。

「おかしいな……。普通、出口が近づいてきたら寒くなるもんじゃないか? 風も生ぬるいし、どうなって──」

 ──風?

 そう。頬に当たる生ぬるい空気は確かに風だ。
 気がついたときには立ち上がっていた。
 そして、右手で壁を押さえると、左手の指を舐めてあたりを漂わせると、確かにこれから俺が向かおうとしている方向から風が流れてきているようだった。

 外。
 出られる。

 今まで当てもなくただ歩き通しだっただったからか、ゴールが見えた途端にこれまでの疲れも痛みも吹っ飛んでしまった。
 我ながら単純だと思わないでもないが、こんなに長時間の歩行。しかも、暗闇を一人で歩き続けることなんか無かったから、体力よりも精神のほうが参っていたのだと思う。

 だから、そこから30分もしない内に眩い光が眼前に現れたときは、まるで光に誘い込まれる昆虫のように無心になって只々進んだ。
 そして、差し込んだ光の元。洞窟の入口に到着し、改めて見回した俺の心境が如何程だったか。
 それがわかる人はそうそういないだろうと思う。

「……何だよこれ……どこだよ……」

 洞窟の入口を隠すように垂れ下がった多数の蔦。
 それを引きちぎって外に出た俺の目の前に広がった光景は──。

 視界一杯の樹木の群れと、とても人が立ち入った事があるとは思えないような写真でしか見たことがない原生林のような樹海の一角。

 

 これが、俺が熊のような獣に遭遇し、崖下にダイブする数十分前までの出来事だった。


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