トンネル抜けたら別世界。見知らぬ土地で俺は友人探しの旅に出る。

黒い乙さん

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第三章 魔術都市ランギスト

12 揺れる聖域

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「今のは……」

 いきなり切られたテレビのように映像がブツリと切れて目の前に広がったのは穴の空いた石造りの建築物の天井と青い空だった。
 俺は起き上がると頭を押さえる。
 
 海斗が現れる夢はこれまでにも一度だけ見た事がある。
 あれは、確かこの世界に来たばかりの頃で、夢の中の海斗は俺に自分を探して欲しいと訴えかけていた。
 正直な話、あの夢だけだったらただの夢だと一蹴する事もできたのだろうが、今回の夢は何か妙に現実感が高すぎた。

「……今のが夢じゃないなら、どうしてあんな……ん? これは……」

 俺は床に転がっていた白く丸い石を拾い上げる。
 この石には見覚えがあった。たしか、英雄の石像の胸についていた魔石だった。
 
 俺は立ち上がると再度石像に向かい合う。
 魔石が抜け落ちたからだろう。胸の部分に丸い窪みが出来ていた。
 だが、その胸の部分を見ても最初に見たときにここに魔石が嵌っていた状態をどうしても思い出す事が出来なかった。

「どういう事だ? それとも、俺の記憶違いなのか……」

 単純に同じ色だから見逃していたというのが自然な考えだけど、いくら俺でも魔石と石像の一部を見間違えるだろうか?
 そう思い、石像に手を伸ばした時だった。

 ドウ! と、聖堂全体を揺らすような衝撃と轟音。
 俺は一瞬蹈鞴を踏むが柱に手をおいて体勢を整えると音のした方──出口に体を向ける。

「何だ!?」

 俺がすぐに確認したのは腰に下げた剣と同じく腰に下げた短剣。
 ただの地震かとも思ったが、すぐに穴だらけの聖堂の外から聞こえてきた甲高い咆哮を聞いてすぐにそんな考えを吹き飛ばして駆け出した。
 
 来る時は「邪魔だな」程度にしか思っていなかったろうかの瓦礫だが、今では本当にただの障害物にしか感じない。
 まるで難易度の高い障害物競走のような廊下を通り抜けると、目の前に広がるのは聖堂に入る前に眺めた雲海と。

 視界の半分を覆うようにして現れたコウモリのような羽を広げた濃緑の巨大な魔獣と、その魔獣に向かって大剣を振りかざしているデスガーの姿だった。

「イーヴル!? くっ! 全く、一番面倒な時に現れるとは、相変わらず胸糞の悪くなる男だ!」

 叫び、剣を振り抜く。
 
 だが、デスガーの振った剣をあざ笑うかのように避けると、魔獣は風を生じさせながら舞い上がると、上空でクルリと旋回した。

「……ワイバーン!」
「ふん。相変わらず無駄に知識だけはあるようだなイーブル。だが、あのレベルの魔獣相手に貴様を守りながらでは勝負にならん。この隙に下まで逃げ降りるといい」
「貴方はどうするんですか?」

 剣の柄に手を掛けて見上げた俺を、半ば突き飛ばすように下山するための山道に押しやったデスガーに問いかけるが、デスガーは珍しく口ごもった後に口を開けた。

「……先にも言ったが、貴様を守りながらあれの相手をするのは不可能だ。ならば俺は貴様が逃げている間ここであれを止めるのみ」
「出来るんですか? ワイバーンと言えば翼竜。ドラゴンの一種だ。ドラゴンといえば最強の魔獣でしょう? そんなのを相手に一人で──」
「我は! 我が名はデスガー・バイド! ランギスト最強のハンターにしてアルベール卿の共感者なり!!」

 デスガーは大剣を振りかぶり大地に叩きつけ、俺に背を向けワイバーンと対峙する。

「イーブル。貴様が本当にアルベール卿が言う“希望”なら、生きてそれを証明して見せろ。この俺を認めさせるといい。それがこの俺と、愛剣シルフィードから逃れる唯一の方法だ」

 ワイバーンが再び降下する。
 デスガーは大地を蹴ると大剣を竜巻のように振り回しながら翼竜に向かう。

「貴様が役立たずの異邦人イーヴルでないのなら! 霊峰に住まう魔獣などにやられたりはしないはずだ! 行け! 生きてそれを証明して見せろ! 【魔力喰らいマナイーター】!!」

 大剣と翼竜が激しく激突し、その衝撃波が周囲に波紋のように広がり、俺は吹き飛ばされる。
 押し出されるように遠のく戦場において、目の端に映ったデスガーが俺に向かってニヤリと笑いかけたような気がした。



◇◇◇◇



 吹き飛ばされた俺は半ば転がるようにして斜面を下り、一際大きな木の幹に当たって止まる。
 見上げれば木々の隙間から見える空に一瞬翼竜の翼が映りすぐに消える。
 どうやら、聖域での戦いはまだ続いているようだ。それは、未だデスガーが健在だという事を意味する。

「……いいのか?」

 それは何に対しての自問だったのだろう。

「俺が行っても足でまといだ。逆にデスガーの実力を削ぐ結果になりかねない」

 そんな事はわかりきった答えだった。
 だからこそ、デスガーも危険であるはずの霊峰を一人で降りろ等と普段ならば絶対に口にしない命令を口にしたのだ。
 それは、ワイバーンに立ち向かうことの方が霊峰を下るよりも危険度が高い事を意味する。

「なりかねない……けど」

 そう。だけど。

「俺はアルベール教授からの最後の課題……自らの力をまだ示していない」

 俺は腰から──短剣を引き抜く。
 ベンズさんから貰った長剣ではなく、アルベール教授から貰った短剣──魔道具を。

「ここで逃げたら俺は本当に【イーヴル役立たず】だ。それじゃあ意味がないんだ。それじゃあ海斗に届かないんだよ」

 俺は腰の布袋から黒い魔石を取り出すと、短剣の鍔の穴にはめ込んで。

「侮るなよデスガー。俺はしぶとさ・・・・だけはこの世界の人間にも負けはしない!」

 短剣を片手に俺は走る。
 空では再び翼竜が旋回し、甲高い咆哮を上げた所だった。
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