34 / 37
第三章 魔術都市ランギスト
14 【魔力喰い】
しおりを挟む
それは例えるならば連続写真。もしくは、超スロー再生した動画だろうか。
俺の視界の先にいるワイバーンはゆっくりとしたスピードで幾重にも残像を残しながら旋回すると、やはりゆっくりとしたスピードで降下する。
俺は立ち上がると自身の右手を確かめる。
その手には既に短剣は握られていなかったが、何故か黒い霧のような物が俺の体に吸い込まれているようだった。
不思議に思って右手以外の体を見回してみると、左手側には赤い霧が、足元には虹色の霧、そして、眼前では白い霧がやはり俺の体に、それこそ立ち上った湯気が呼吸と共に口内に吸い込まれていくように、俺の体に吸い込まれていった。
「イーヴル!!」
デスガーの声で俺は今が戦闘中である事を思い出し、腰に下げられていた長剣を引き抜くと空を見る。
しかし、予想に反してワイバーンはまだ降下の最中にいるようで、今からでも十分迎撃に間に合う位置にいた。
遅い?
一瞬、そんな感想が頭をよぎるが、今はそんな事を考えている暇はない。
あの時の痛みを思えば確実に大怪我をしたはずだが、現状、それほどの痛みも感じなければ体の不具合も感じない。
恐らく、危機に貧して再生の力が強く働いたのだろうが、それも一撃で命を刈り取られなかったからこそだ。
ならば、これからも何とか致命傷だけは避けなくてはならない。
だが、あのスピードならば……。
俺は剣を片手にワイバーンに突っ込むと、寸での所で体を横回転させながらワイバーンの爪の切っ先を躱す。
その際、羽ばたきによる暴風が荒れ狂うが、俺は剣を縦に立たせて突っ切ると、そのままワイバーンの体に長剣を叩きつけた。
だが──。
「────っ!!」
俺の目の前で砕け散る長剣。
どうやら、魔石による性能の上昇の加護を受けていない唯の長剣ではワイバーンの鱗に勝てなかったらしい。
いや、それにしてもおかしくないだろうか?
俺の力であれば剣が砕ける前に弾かれると思う。
だが、そんな事を考えている間にも事態は動く。
俺の目の端にワイバーンの尻尾の先が動いて迫り、俺は咄嗟に尻尾を掴むと思い切り振り払った。
すると、完全に自棄糞で起こしたその行動の結果、ワイバーンは面白いくらいに吹き飛び、岩に叩きつけられて憤怒の声を上げた。
「……何だ? さっきからおかしな事ばかりが……」
「止まるなイーヴル! ──いや、クリタ・ソウマ!! 今のお前ならワイバーンの攻撃を食らっても死ぬ事はない!! この隙を逃すな!! 奴が飛び立つ前に──」
デスガーが叫び、ワイバーンが羽を広げる──頃には既に俺は駆け出していた。
──遅い。
だが、それはワイバーンだけでなくデスガーもだ。
ここへ来てようやく周りが遅いのではなく俺が速いのだと気付く。
俺は大きく羽ばたき、飛び立つ寸前だったワイバーンの尻尾を掴むとそのまま地面に叩きつけるが、その程度では仮にも“竜”の端くれであるワイバーンは怯まない。
翼竜は叩きつけられながらも爪を振り回し、掴まれた尻尾を離させようと暴れに暴れる。
対する俺の方はというと、ワイバーンの動きは見えるが体の方が完全についてこられるわけでもない。
咄嗟に躱すも爪の先を引っ掛けられ、5m程吹き飛ばされる。
そして、その距離は致命的だった。
ワイバーンが羽ばたき、空へと逃げようと大きく跳ねる。
もしもこのまま逃げられたらワイバーンはそのまま山を降下するだろう。
そして、その動きに合わせて霊峰の魔獣共が人々の領域へと雪崩込む。
俺は走る。
だが、如何に俺の方が速くとも、あと僅か。ほんの僅かリーチが足りない。
それでも俺は手を伸ばし、せめて尻尾の先にでも触れられれば……。そう思った瞬間、突然目の前に一枚の映像が浮かび上がった。
俺は即座に回転し、ワイバーンの視界にわざと躍り出る。
ワイバーンは俺の姿を視界に収め、まるであざ笑うかのように大きく口を開け──。
突然何かに驚いたようにワイバーンが身を翻すのと、その方向に俺が飛び上がるのは殆ど同時だった。
「クリタ・ソウマッ!!」
飛び上がった俺は右手を思い切り握りこむ。
握りこんだことで生まれた確かな抵抗は、俺の肩口まで凄まじい衝撃を伴って体勢を崩そうとするが、事前に回転していた事で得られた揚力がそれを押さえ込む。
右手に握ったそれ──魔剣シルフィードはデスガーによって投擲された威力と、その後に回転させた俺の力が加わって、竜巻の如くワイバーンに向かって振り抜かれる。
僅かに届かなかったその距離は、よりもよってデスガーの──俺の監視者によって埋められたのは余りにも皮肉だった。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
思い出されるのは目の前で砕け散った長剣の姿。
だが、デスガーは言った。
この剣はよほどの事がない限り折れる事はない、と。
それに何より、俺はこの直後に訪れる光景を、実際にこの目で見ているのだから。
魔剣は振り抜かれ、ワイバーンの首が回転しながら切り離される。
その際手にかかる負担は全く無く、俺は回転しながら地面に向かい、目に入った空には血を噴出させながら墜落していく魔獣の姿が見える。
それは、手を伸ばし、届かないと思ったあの時に唐突に目の前に浮かび上がった光景と全く同じで──。
──俺は地面に叩きつけられながらも、何となく自分の力が何なのか、理解し始めていた。
俺の視界の先にいるワイバーンはゆっくりとしたスピードで幾重にも残像を残しながら旋回すると、やはりゆっくりとしたスピードで降下する。
俺は立ち上がると自身の右手を確かめる。
その手には既に短剣は握られていなかったが、何故か黒い霧のような物が俺の体に吸い込まれているようだった。
不思議に思って右手以外の体を見回してみると、左手側には赤い霧が、足元には虹色の霧、そして、眼前では白い霧がやはり俺の体に、それこそ立ち上った湯気が呼吸と共に口内に吸い込まれていくように、俺の体に吸い込まれていった。
「イーヴル!!」
デスガーの声で俺は今が戦闘中である事を思い出し、腰に下げられていた長剣を引き抜くと空を見る。
しかし、予想に反してワイバーンはまだ降下の最中にいるようで、今からでも十分迎撃に間に合う位置にいた。
遅い?
一瞬、そんな感想が頭をよぎるが、今はそんな事を考えている暇はない。
あの時の痛みを思えば確実に大怪我をしたはずだが、現状、それほどの痛みも感じなければ体の不具合も感じない。
恐らく、危機に貧して再生の力が強く働いたのだろうが、それも一撃で命を刈り取られなかったからこそだ。
ならば、これからも何とか致命傷だけは避けなくてはならない。
だが、あのスピードならば……。
俺は剣を片手にワイバーンに突っ込むと、寸での所で体を横回転させながらワイバーンの爪の切っ先を躱す。
その際、羽ばたきによる暴風が荒れ狂うが、俺は剣を縦に立たせて突っ切ると、そのままワイバーンの体に長剣を叩きつけた。
だが──。
「────っ!!」
俺の目の前で砕け散る長剣。
どうやら、魔石による性能の上昇の加護を受けていない唯の長剣ではワイバーンの鱗に勝てなかったらしい。
いや、それにしてもおかしくないだろうか?
俺の力であれば剣が砕ける前に弾かれると思う。
だが、そんな事を考えている間にも事態は動く。
俺の目の端にワイバーンの尻尾の先が動いて迫り、俺は咄嗟に尻尾を掴むと思い切り振り払った。
すると、完全に自棄糞で起こしたその行動の結果、ワイバーンは面白いくらいに吹き飛び、岩に叩きつけられて憤怒の声を上げた。
「……何だ? さっきからおかしな事ばかりが……」
「止まるなイーヴル! ──いや、クリタ・ソウマ!! 今のお前ならワイバーンの攻撃を食らっても死ぬ事はない!! この隙を逃すな!! 奴が飛び立つ前に──」
デスガーが叫び、ワイバーンが羽を広げる──頃には既に俺は駆け出していた。
──遅い。
だが、それはワイバーンだけでなくデスガーもだ。
ここへ来てようやく周りが遅いのではなく俺が速いのだと気付く。
俺は大きく羽ばたき、飛び立つ寸前だったワイバーンの尻尾を掴むとそのまま地面に叩きつけるが、その程度では仮にも“竜”の端くれであるワイバーンは怯まない。
翼竜は叩きつけられながらも爪を振り回し、掴まれた尻尾を離させようと暴れに暴れる。
対する俺の方はというと、ワイバーンの動きは見えるが体の方が完全についてこられるわけでもない。
咄嗟に躱すも爪の先を引っ掛けられ、5m程吹き飛ばされる。
そして、その距離は致命的だった。
ワイバーンが羽ばたき、空へと逃げようと大きく跳ねる。
もしもこのまま逃げられたらワイバーンはそのまま山を降下するだろう。
そして、その動きに合わせて霊峰の魔獣共が人々の領域へと雪崩込む。
俺は走る。
だが、如何に俺の方が速くとも、あと僅か。ほんの僅かリーチが足りない。
それでも俺は手を伸ばし、せめて尻尾の先にでも触れられれば……。そう思った瞬間、突然目の前に一枚の映像が浮かび上がった。
俺は即座に回転し、ワイバーンの視界にわざと躍り出る。
ワイバーンは俺の姿を視界に収め、まるであざ笑うかのように大きく口を開け──。
突然何かに驚いたようにワイバーンが身を翻すのと、その方向に俺が飛び上がるのは殆ど同時だった。
「クリタ・ソウマッ!!」
飛び上がった俺は右手を思い切り握りこむ。
握りこんだことで生まれた確かな抵抗は、俺の肩口まで凄まじい衝撃を伴って体勢を崩そうとするが、事前に回転していた事で得られた揚力がそれを押さえ込む。
右手に握ったそれ──魔剣シルフィードはデスガーによって投擲された威力と、その後に回転させた俺の力が加わって、竜巻の如くワイバーンに向かって振り抜かれる。
僅かに届かなかったその距離は、よりもよってデスガーの──俺の監視者によって埋められたのは余りにも皮肉だった。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
思い出されるのは目の前で砕け散った長剣の姿。
だが、デスガーは言った。
この剣はよほどの事がない限り折れる事はない、と。
それに何より、俺はこの直後に訪れる光景を、実際にこの目で見ているのだから。
魔剣は振り抜かれ、ワイバーンの首が回転しながら切り離される。
その際手にかかる負担は全く無く、俺は回転しながら地面に向かい、目に入った空には血を噴出させながら墜落していく魔獣の姿が見える。
それは、手を伸ばし、届かないと思ったあの時に唐突に目の前に浮かび上がった光景と全く同じで──。
──俺は地面に叩きつけられながらも、何となく自分の力が何なのか、理解し始めていた。
0
あなたにおすすめの小説
キャンピングカーで走ってるだけで異世界が平和になるそうです~万物生成系チートスキルを添えて~
サメのおでこ
ファンタジー
手違いだったのだ。もしくは事故。
ヒトと魔族が今日もドンパチやっている世界。行方不明の勇者を捜す使命を帯びて……訂正、押しつけられて召喚された俺は、スキル≪物質変換≫の使い手だ。
木を鉄に、紙を鋼に、雪をオムライスに――あらゆる物質を望むがままに変換してのけるこのスキルは、しかし何故か召喚師から「役立たずのド三流」と罵られる。その挙げ句、人界の果てへと魔法で追放される有り様。
そんな俺は、≪物質変換≫でもって生き延びるための武器を生み出そうとして――キャンピングカーを創ってしまう。
もう一度言う。
手違いだったのだ。もしくは事故。
出来てしまったキャンピングカーで、渋々出発する俺。だが、実はこの平和なクルマには俺自身も知らない途方もない力が隠されていた!
そんな俺とキャンピングカーに、ある願いを託す人々が現れて――
※本作は他サイトでも掲載しています
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる