復讐者は禁断魔術師~沈黙の聖戦~

黒い乙さん

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第3話 森で出会った冒険者

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 真っ白な空間にいた。

 この場所が夢だとすぐに気がついたのは、今朝方同じ夢を見たばかりだからに違いない。
 最も、今朝見た夢と違うのは、現実の俺と同じようにうつ伏せになり身動きひとつ出来ない状態だからだろう。
 夢なので痛みは全く感じないが、指先一つ動かす事もままならず、ただ過ぎゆく時間を持て余すさまは、苦痛以外の何者でもなかった。

 そんな中において、前方すぐそばに、何者かの気配を感じることが出来た。
 場所的には意識を失う前にリトルベアーが倒れていた場所あたりか。僅かに動く視線の先に、明らかに人とわかる足が見えたから。

 素足だった。
 だが、その足の大きさから子供のものだとすぐわかる。
 ここが森の中であったなら何をやっているのかと疑問に思うところだが、生憎ここは夢の中。素足だろうと怪我をすることはないだろう。

 その足を見て、俺はなんとなくこの足の持ち主は幼馴染の少女の物なのだろうな、と思っていた。
 今朝夢で見ていたし、もしもこれが噂の走馬灯というやつならば、生まれてからここまで、多くの時間を共有してきた彼女が現れるのは不思議でもなんでもなかったから。

(そうか……俺は死ぬんだな)

 走馬灯──その単語を思い浮かべた時、否応なく自らの死を連想してしまった。
 最後に熊の突進をまともに受けた事も、その時に肋骨が折れた音が聞こえた事も記憶にある。
 吹き飛ばされ、木に激突した時も同じような音を聞いたような気がする。ひょっとしたら、その時に背骨でも折れてしまったのかもしれない。ならば、全く身動きできない今の現状も納得できた。

 しかし、そんな簡単に死んでしまうのだろうか? 
 俺は人の死を間近に見たことは少ない。
 見たとしてもその殆どが病気や老衰だったから、どれくらいの怪我で人が死んでしまうのか、知識も経験も持ち合わせていなかった。
 しかし、体が動かない現実と、走馬灯であろうこの夢が、俺にとってそう思わせるにの十分だった。

(死にたくないな……)

 まだやりたいことも何一つやっていない。
 狩人になって、あの村で静かに過ごす。
 特に結婚願望はなかったはずだが、こういう状況に陥って初めて、お嫁さんを貰い、子供と一緒に過ごす生活に憧れていた事に気がつき自分でも驚いた。
 その想像の中の愛する人は、幼馴染の少女では当然なく、何故か母さんだったり。
 マザコンではない……筈だ。ただ、俺の理想の家族像が、今の俺の家族なのだと思っているだけだ。
 その理想の家族と共に、いつまでも穏やかな生活を続けていく。死ぬのはその後だずっと、ずっと先なのだ。
 だが、現実はあっけないものだ。
 その為の手段として狩人を目指し、森の中で訓練をするつもりが野生の獣に返り討ち。
 実に無様。無様過ぎて泣きたくなる。
 最もここは夢の中だから、泣いた所で感覚はないのだろうけど。

 ふと、視線を感じた。

 こちらの視線の位置は変えていなかったが、考え事をしていたせいで頭の中に入っていなかったのだろう。
 先程までは足しか見えていなかった景色が変わり、膝と膝に回された両手が見えた。
 要するに、目の前の人物が踵を上げてしゃがみこむ様な姿勢に変えたためだろう。白地のスカートを履いていた為、非常にローアングルな俺の視界からはその中身が見えそうになっていたが、彼女が両手で足を抱え込むことでそれをガードしていた。
 どうせ死ぬのだから最後にサービスくらいしてくれとも思ったが、思えばいつだってこの少女はそうだった。
 かつては共にお風呂に入ったこともある間柄だが、いつしか俺を嫌悪し、今に至るのだから。
 それでも最後くらいは顔を拝んで死にたかった。

 たとえこれが夢でも。

 独り寂しく死んで行くのは余りにも辛い事だったから。
 最後の力を振り絞る。
 夢なのに物理的な力が働くのはどうかと思うが、無理やり顔を上に向ける。
 動いたのはわずか2cm程だったが、十分だった。

 彼女は覗き込むように俺を見ていた。
 膝を抱えた状態で、前のめりになって俺の顔を覗き込んでいた。
 だから、その表情までよくわかる。
 一言で言えばきょとんとしていた。「この人こんな所で何やってんの?」という呟きが聞こえてきそうだ。
 真っ白な肌に可憐な顔立ち。
 そして。

 若葉を思わせる綺麗な緑色の長髪を俺の頬の辺りまで垂らしながら、同じ色の瞳を俺に対して向けていた。

「……どちら様?」

 まず、声が出た事に驚いた。
 だが、彼女は俺の問には答えず、膝に回していた右手をゆっくりと俺の頬へと移動させる。
 優しく、柔らかく。ゆっくりと撫でるその動きはまるで母さんがそうしてくれているかのような温もりと安心感を覚えるものだった。

「君は、誰?」

 再び問いかける。

 それでも彼女は答えない。
 只々俺の頬を撫で、やがて小さく微笑んだ。

 その微笑みを目にした途端、俺の体から急速に何かが抜け落ちるかのような強烈な倦怠感を感じる。
 それが何かはわからない。だが、生まれ初めて味わうような脱力感だ。

 ふと──

 以前先生から借りた書物に、魔大陸に生息するある魔獣の記載を思い出す。
 その魔獣は、旅人を甘い息で眠らせたあと、その生気を吸って死に至らしめるというものだった。
 でも、よく考えればどの道俺は死んでゆくのだ。
 この大陸に本当に魔獣がいるのかは分からないが、死に際に誰かの役にたつのもいいだろう。
 何より──

(何より、可愛いし……な)

 そんな事を思いながら、俺の視界はゆっくりと暗闇に閉ざされた。





 パチパチと何かが弾ける音がする。
 それが焚き火の音だと気がついたのは、閉ざされたと思っていた暗闇に星の光が瞬いているのに気がついたからだ。

 視界は暗い。
 しかし、漆黒というわけではなく、淡い朱色が薄らと木の葉を浮かび上がらせ、ポカポカと暖かい空気を運んでくれていた。
 鼻を鳴らすと、何やら香ばしい匂いも漂ってきていた。

 辺は夜。
 夢の中で意識を失ったと思っていたが、単純に夢から覚めただけだったらしい。
 あの時感じた彼女の温もりも、今感じている焚き火の暖かさだったのだろうかと考えてしまう程だ。

 指先に力を入れる。動く。
 足首。動く。
 ならば、と。動く手と足を使って、上半身を起こしてみた。多少体の重みは感じたものの、難なく起き上がる事が出来た。
 その際、体にかけられていたのだろう。膝の上に落ちた何かを見下ろすと、それは男物の外套だった。

「目が覚めたね」

 焚き火があれば当然人がいる。
 声のした方に顔を向けると、そこに居たのは若い男。
 ちょうど焚き火の反対側に腰掛けている旅装束の男は、その格好から旅人か冒険者に見える。
 いや、ただの旅人がこんな夜更けにこの森の中にいるはずはないから、後者だろうが。
 アレックス先生と同じ黒髪黒目なのだが、その鋭い目つきから受ける印象は全く違っていた。

「俺は……生きてる……?」

 俺は自分の胸元に右手を這わせると、押したりさすったりと痛みを確認する。
 しかし、くすぐったさはあれど、痛みは全く感じなかった。
 若干服に血が付いていたが、これはリトルベアーの返り血だろう。

「だいぶ混乱しているようだねぇ」

 言いつつ、青年は先程まで火であぶっていた何かを俺に向かって差し出した。
 肉の焦げた香ばしい香り。先程から感じた匂いの正体はこれらしい。

「これは?」

「君の獲物」

 言われて周りを見渡すと、視界の箸に解体された肉の塊が見えた。
 改めて周りを見渡すと、どうやらここは俺が最後に倒れていた場所らしかった。

「驚いたよ。仕事でこの森に来たんだけど、こんな深い森の中で、子供と熊が仲良く寝てる所を見つけた時は。でも、よく見れば熊は死んでるし、君は無傷で血塗られたナイフを握っていた。すぐにこの場で死闘があったのだと確信したよ。最後に気絶したのは頂けないが、中々やるじゃないか小さな戦士クン」

「……ええ。まあ」

 わざとらしい口調で話す青年から焼いた熊の肉を受け取りながら、返事をする。
 足元を見ると、綺麗に血を拭い取られたブッシュナイフが置かれており、月明かりと炎の灯りでぼんやりと発光しているように見えた。

「色々とありがとうございました」

「いやいや」

 俺は手にしたナイフを腰に戻すと、青年に向かって頭を下げる。
 そんな俺の態度に、青年は俺の言葉を制すると、にこやかに笑いかけた。

「日も落ちたし、僕もそろそろ休もうと思っていたところだし、労せず食料も確保できた。お礼を言うのはこっちの方さ」

 青年は火で炙っている熊の串焼きを一本口に運ぶと、満足そうに頷いた。
 その様子を見て俺は受け取った串焼きを口に運ぶ。非常に硬く、食べやすいとは言えなかったが、塩や香草で味付けされたそれは、空腹を訴え始めた俺にとっては非常に美味しく感じられた。

 青年はレアンドロと名乗った。
 冒険者をやっているらしく、今回も仕事でこの森にきたらしい。
 森に入ってからここまでたどり着くまでの時間を考えると、俺の住む村の反対方向から入ってきたのはすぐにわかった。
 最も、俺の村は既にその存在が忘れ去られて久しい。当然、殆どの人間が大森林の反対側にちっぽな集落があるなんて知らないだろう。
 だからこそ、さっきレアンドロは俺を発見した場所を「森の奥深く」と形容したのだ。

「冒険者ですか……その割には随分と軽装なんですね」

「僕は偵察を兼ねた露払い。他にも仲間はいて、大きな荷物は彼らに任せているんだ」

「露払い?」

「そう。こう見えて僕は強いよ? 何しろ、剣も魔術も一級品! だからね」

 俺の問いにレアンドロはムンと力こぶを作るような動作をした後、パッと握っていた掌を広げた。
 すると、小さな火の塊が空中に浮かび、すぐに分裂してあたりをゆらゆらと漂い、スッと消えた。
 それはさながら火の粉の舞。
 恐らく、火と風の物質魔術を交互に使って見せたのだろう。

「すごいですね」

「冒険者をやってればこれくらいはね」

 俺の賞賛に気を良くしたのか、嬉しそうに串焼きに齧り付くレアンドロ。
 最も俺は、魔術を見たことでもっと重大な事を思い出していた。

「すみません。俺、もう帰らないと」

 立ち上がり、頭を下げる俺に、レアンドロはパチパチと目を瞬かせる。

「帰る? もう夜中だよ? 今日は野宿して明日帰ったら?」

「いえ。父さんも母さんも心配しているから……」

 何しろ、今日はただの訓練としか言っていないのだ。
 すぐに帰らないととんでもない騒ぎになってしまう。いや、ひょっとしたらもうなっているかもしれない。
 だが、俺の言葉にレアンドロは渋い顔だ。
 腕を組んでうーんと悩むその姿は、自分の役目と俺の保護を天秤にかけているのかもしれない。

「そこまで言うなら止めないし、本当は俺が送ってあげたいところだけど……」

「大丈夫。この森は俺にとって庭みたいなものですから」

 それこそ、目をつぶっても帰れる。とは言わない。
 そもそもこんな事になった原因の一つが、考え事をしながら森を歩いていたせいなのだから。

 それでもレアンドロは悩んでいた。
 が、俺を止めるのは無駄だと悟ったのだろう。
 自分の荷物から何やら棒切れを取り出すと、焚き火の中に突っ込んだ。
 木の先に布が巻いてあるところを見るに、あれは松明だろう。

「ほい」

 先に火が付いたそれを、俺に差し出すレアンドロ。

「止めても無駄みたいだからこれ以上止めないけど、暗闇の中を帰るのはダメだ。これ持ってきな」

「ありがとうございます」

「俺は何もしてないよ。気をつけて帰るんだよ」

 お礼を言いながら受け取る俺に、渋面を作りながらも見送ってくれるレアンドロに、俺は俺はもう一度頭を下げたあと村に向かって歩き出す。
 しばらく進んだあとに振り返ると、立ち上がったままの人影が、炎の灯りに照らされて揺れているのが見えた。
 どうやら、俺の姿が見えなくなるまで見送るつもりらしい。
 俺は、気を失った後に見つかったのがいい人だった事にホッとしつつ、村への道を小走りで進んだ。



 随分遠くまで逃げていたらしい。
 その事に気がついたのは、少し進んであの場所が竜の爪痕のすぐ傍だとわかったからだ。
 小走りだった歩調も徐々に焦りの色を見せ始めるが、松明一本では足元の全てを見通すことは出来ない。
 本当は走り出したい気持ちをグッと抑え、可能な限り早足で進む。

 初めに熊と対峙した場所を通り過ぎ、いつも見慣れた場所が現れた頃、先の方でユラユラと5つ程の火のあかりが目に止まった。
 恐らく松明の明かりだろう。ここに来てようやく安堵する。
 帰れた。村はもう目の前だ。

 近づくと、「いたか!」、「いない! よく探せ!」といった怒号まで聞こえてくる。
 そこまで来ると、今度は逆に歩調が遅くなるのを自覚した。

 ──大事になってしまっている。

 急に恐怖を感じたが、ここまで来て帰らないわけにはいかない。
 俺はもう完全に気の抜けた速度にまで歩調を落としてしまったが、あちらの火が見えていると言うことは、こちらの火も見えているということだ。
 誰かの気づいた声が上がる。
 すると、すぐに前方の火が一箇所に集まると、真っ直ぐにこちらに向かってきた。

 俺の足は完全に止まっている。
 立ち止まり、震えながら前方の火が近づいてくるのを待っていた。
 あの時、熊を目の前に感じた恐怖とは全く別種の恐怖だった。

 やがて、土枝を踏みしめる音と共に、6人の男が姿を現した。
 先頭を歩いていたのは誰でもない。自分の父親だった。

 父さんは右手に松明を持ったまま俺に向かって歩いてくると、一歩分の距離まで近づいて止まった。
 すぐに言葉はない。ただ、じっと俺を見下ろすように向けてくる表情は、何色も感じないまっさらな無表情だ。しかし、その性質はフィリスとは別種の威圧感を感じた。

「いい訳を聞こうか」

 ただ一言。
 父さんは静かにそう言った。
 非常にご立腹だ。
 普段から無口な父親だが、怒っている時はすぐわかる。
 こういう時は下手に言い訳すると後が怖いので、俺のとる行動は一つだけだ。

「ごめんなさい」

 直後に脳天を直撃する凄まじい衝撃。
 危うく地面とキスしてしまうほどの豪快な一撃だった。
 今まで父さんを怒らせたことは数あれど、比較にならない痛みだった。

「帰るぞ」

 頭を抑えて呻く俺に向かって放つ声。
 どうやら、今の一撃でなんとか怒りを収めてくれたらしい。
 頭蓋骨が陥没するんじゃないかと思うほどの壮絶な拳骨だったが、こういうさっぱりした所が父さんの美徳でもある。
 顔を上げ、父さんの後ろをついていこうとした俺だったが、残りの5人から更に一つずつ、愛の拳骨を頂くのだった。



 村にたどり着くと、殆どの村人が外に出ているようだった。
 篝火が焚かれ、老若男女問わず、狭い村の中を右往左往している。
 その中に、母さんとフィリスもいた。
 スカートの裾を握り締め、何やら俯いているフィリスを、沈んだ表情の母さんが何事かを言い聞かせながら頭を撫でている。
 その傍にはフィリスのお母さんもおり、キョロキョロとあたりを見回していた。
 すると、その瞳と俺の瞳がバッチリあった。

「テオちゃん!」

「えっ!?」

 おばさんの声に反応するように、フィリスが勢いよく顔を上げた。
 暗闇に遠めだったが何故かその表情がよく見えた。
 それはいつものしかめっ面でも無表情でも、夢の中で見た笑顔でもなく、今にも泣きそうなそんな顔。

 村の中に「居たぞー!」という声が上がる。
 その声に誘われるように森の入口から近い場所にいた人からこちらに集まってきたが、その人達を押しのけるように、フィリスは走ってやってきた。

 その頃にはもう……なんていうか、見た事もない程の怒りの表情だった。

「どこ行ってたの」

 非常に刺々しい声だった。
 労りも何もない、詰問口調。
 すぐに謝るべきだったのはわかる。
 しかし、余りにもいつもと違うその態度に、思わず言葉に詰まってしまった。

「どこに。行っていたの」

 まごまごしている俺に容赦なく降りかかる非難の声。
 その間に母さんがフィリスの傍までやってきて、その肩に手を置くが、フィリスはその手を乱暴に振り払ってしまった。
 普段絶対にそんな事をしない子だけに、信じられないものを見た気持ちになる。

「ちょっと、そこまで……狩りに……」

 父さんの時と同じようにまず謝ろうと思っていた。
 心配かけてごめん。
 もう二度としないよ。
 ただ、目の前の女の子があまりにもいつもと違いすぎた。
 だから、思わず出てしまったのは、みっともない言い訳。

 その言葉が終わるやいなや、辺りに大きな乾いた音が響きわたる。

 俺の首は強制的に横に向けられ、向けられた方に一歩二歩とよろけてしまうほどだった。
 じんわりと痛みを感じる左頬を抑えながら振り向くと、両方の母親に取り押さえられている彼女と目が合いギョッとした。

 フィリスは泣いていた。
 フーフーと荒い息を付きながらボロボロと大粒の涙を流し、必死に堪えようととしているのか歯を目一杯噛み締めて。
 俺は何も言えない。
 周りの人達も何も言わない。
 ただ、だんだんと激しく肩を上下させながらシャックリを上げ始めた少女を見ていた。
 だが、そんな時間も長くは続かない。
 フィリスは俺は見て最後にクシャっと表情を崩すと、

「馬鹿ッ!!」

 そう叫び、引きとめようとする母さんとおばさんの手を振り払って自分の家に向かって駆け出していってしまった。

 その後、村人達は解散し、母さんからとても強く抱きしめられた俺だったが……。

 最後のフィリスの顔が中々頭の中から離れなかった。
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