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第5話 犯した罪の行方
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這い回っている。
ボンヤリとした暗い意識の中、何かが顔中を這い回っている感じがする。
生ぬるい何かだ。例えるならば夏の熱気で湯だったナメクジだろうか。
いや、ナメクジにしてはザラザラしているような気がする。
要約すると、半端に茹で上がったざらついたナメクジ。
なんだそれは。
体も心なしか重いような気がする。
大量の魔力を失った反動だろうか。
前回の事を考えると、ある程度の魔力が回復しない限りは目が覚めないように思っていたが、そうでもないのかもしれない。
手に力を入れれば何とか反応はするようだし、ただの疲れの可能性はある。
ならば、と。目を開けようとしたところで何かに顔を抑えられた。更には、先程のざらついたナメクジが開けようとした瞼の上を比較的強めに通り過ぎた事で開眼の願いは絶たれてしまった。
何かが変だ。
とりあえず両手は動くし、恐らく顔の上を占拠しているであろうナメクジだかカタツムリだかを除去するのが先だ。
俺は動く右手を上にあげ、顔に向かって手を伸ばす。すると──
「みギャッ」
「…………」
想像していたよりも遥かに手前で何かを掴み、同時に奇妙な声が聞こえた。
手に触れたのはふわふわとした何かだった。
綿毛のように触り心地の良い暖かな何か。
なんだか、つい最近これと同じものを触った事のあるような気がする。
思い出そうとしてグリグリと触っていると、今度は頬の辺りをヌメったザラつきが通り過ぎた。
目を開ける。
今度はなんの抵抗もなく開くことが出来た。
初めに飛び込んできたのは逆光だった。
気を失った時はうつ伏せだったと思ったが、いつの間にか仰向けになっており、木々の間から差し込む陽の光が、ちょうど俺の視界に飛び込んでいた。
太陽の位置から察するに、時間は早朝といった所か。
俺が獣人族の集落に飛び込んだのが朝だった事を考えると、僅かに時間が逆戻り……する筈がないから……。
何て事。どうやら、少なくとも一日以上気を失っていたらしい。
村はどうなっているのだろうか。
あの時レアンドロは村に向かうと話していた。憂いを断つとも。
急がなければいけない。多少体が重くても、たとえ間に合わなかったとしても、俺は俺がしてしまった事を自分の目で確かめなければいけない。
そうと決まればじっとしているわけにもいかない。
俺は体を起こそうと正面を向く。
そこで、金色の瞳と視線が合った。
横から差し込む光を若干受けて綺麗に輝く金色の珠に、フワフワとした栗色の髪。
よく見ると俺の右手がその髪の中に入っている。先程から撫で回していたのはこの髪だったらしい。
頭の上には三角の耳が飛び出し、此方に向けてピコピコと動いていた。
視線を下げると俺の腹の上に跨ぐようにして乗っかり、両手を胸の上に置いて俺を覗き込んでいる。
通りで重かったはずだ。魔力の枯渇や疲労感からの重みではなかったようだ。
覗き込んでいるのは俺が頭の後ろを抑えているのもあっただろう。先程の変な声は、少女の呻き声だったというわけだ。
俺は少女の頭から手を離す。
とりあえず、今のまま押さえつけたままでは起き上がることもできないだろう。
そう思っての行動だったが、俺の手が離れた途端、少女は顔を近づけて俺の頬をペロンと舐めた。
……ナメクジの正体はこれだったらしい。
俺は舐める少女に気にせず両手を使って上半身を起こす。
すると、胸に乗っていた少女は後ろに向かってコロンと転がり、俺に向かって非難するように「ナウ」と鳴いた。
彼女の居場所が俺の膝の上に移ると、体に僅かな震えが奔る。
初夏とは言え早朝はまだ冷える。
恐らく、日が昇る直前はかなりの寒さだっただろう。
そこで俺は、獣人の少女が俺で暖を取っていたのだろうと気がついた。その証拠に、フンフンと鼻を鳴らしながら、再び少女は俺の腹あたりまで這い上ってきたから。
その時、俺はふと目にした少女の右手を見て思い出す。
初めて少女と会った時、彼女の右手には火傷があった。焼け爛れた切り傷があった。それが綺麗に消えていたのだ。
俺は腹まで登ってきた少女を抱き上げると、胸元を見る。
彼女は緑色の服を着ていたが、ちょうど胸の部分が黒ずんで横に切れ目が走っていた。
俺は何も言わずに腹から少女の服を捲くりあげた。
「にゃうッ」
少女は一瞬驚いたような声を上げたが、すぐに大人しくなる。
服の下にあったのは綺麗な腹と胸だった。
煤けた服を来ていた為か少々胸のあたりに煤が付いていたが、服で拭き上げるとそこには傷跡一つ付いていなかった。
良かった。
俺は体の力が抜けて深い溜息を吐く。
どうやら、森の精霊は俺の願いを聞き入れてくれたらしい。
ただ、そうなると、もう一つ確認しなければならない事があるのを思い出し、自分の服も捲くり上げて見てみる。
そこには少女とは対照的に、醜く残った傷跡が見えた。
刃物で切った傷跡を熱で無理やり焼き付けたらこうなるんだろうかと思ってしまうほどに、はっきりと残った火傷後。
それでも、傷口からは出血一つしておらず、最低限の治療はしてくれたのだろう……と、思えるくらいではあったが。
その傷口を少女が舐める。
ペロペロと一生懸命舐めていた。
ふと思い出して、自分の頬を右手で触れる。
目が覚める前、少女が一心不乱に舐めていた場所だ。
触れてみると予想通り、細長い傷が残っているのが指先から伝わる感触から理解できた。
少女は俺の顔ではなく、傷口を絶えず舐めていてくれたのだ。さながら動物がそうするように。
俺は俺の腹の傷を舐めている少女を抱き上げると、そのまま立ち上がる。
多少足はふらついたが、歩けないほどではないらしい。
「なあ」
少女を見る。
俺に抱っこされた少女は、不思議そうに俺を見つめていた。
「俺って、どの位寝てたんだろ?」
あの時俺はドライアドに対して「残りカスでいい」と言った。
それは、少女を助けた後、残った魔力で回復してくれという意味だった。
つまり、俺の傷が回復しきっていない以上、一滴も残さず魔力を使い切ってしまった筈なのだ。
2、3日眠っていたと言われても否定は出来ない。
だが、どれ位寝ていたか分からないが、すぐにでも村には戻らなくては行けない。
それでも聞かずにはいられなかったのは、急ぐ為の理由が欲しかっただけなのかもしれなかった。
しかし、そんな俺に対して、彼女が発したのは、非常に場違いな一言だった。
「ナウ」
竜の爪痕を越える頃には少女は俺の手から離れ、一歩前をトコトコと歩いていた。
俺に抱き上げられるのが嫌なのかと思ったがそういう訳でもないらしく、何やら鼻をヒクヒクと動かしながら歩いている様子から、何かの匂いを追っているらしい。
時折俺の方を振り向いては「にゃあ」と言っている様が、「こっちだ」と言っているようにも見える。
だが、俺は少女の案内が無くとも、彼女が追っている者が通った道筋を辿る事が出来ただろう。
理由は単純だ。
少女が案内するこの道は、まっすぐ俺の村へと向かう道だったのだから。
嫌な予感は……もう確信へと変わっていた。
思えば、一つの夢から始まった今回の冒険は、初めから嫌な予感と最悪の現実の繰り返しだった。
様々な選択肢があったと思う。
でも、その全ての選択肢を俺は間違ってしまったのだと今なら思う。
だからこそ、今俺の足は重いのだ。
だからこそ、こんなにも俺の心は恐怖に染められているのだ。
あの夜の日に感じた恐怖。
あの時も足が止まってしまう程の恐怖だったが、それでも村に帰ってきたという喜びもあった。
けれど──。
村の目と鼻の先。
目を瞑ってもいても隅々まで巡れると豪語していた森の入口。
そこまで来ても俺の足は止まらない。むしろ速くなっていただろう。
あの時以上の恐怖を感じていたというのに。
森が開け、高くなった陽の光が辺りをはっきりと照らす。
焼け落ち、人気の全く無くなった……死の村と化した俺の故郷を。
村に着くと獣人族の少女は俺にぴったりと張り付き、俺の服をしっかりと握ってしまう。
時折鼻をぐしぐしと擦っていたが、その理由はよくわかる。
辺りに立ち込める木と肉の燃えた嫌な臭い。
俺がそう思うくらいなのだから、鼻のきく彼女は相当だろう。
俺はそんな少女を伴って、一つの場所を目指して歩く。
村の現状からやらなければならない事はわかっていたが、それでも確認せざるえなかった。
歩き慣れた。にも関わらず見慣れない道を歩いていくと、2件の家屋が見えてくる。
手前の家は完全に焼け落ちて元の姿の欠片もない。
その隣の家はその煽りを貰ったのか半分黒くなっていたが、焼け落ちるまでには至ってはいなかった。
焼け焦げた家を通り過ぎる時、俺は一瞬だけその焼け跡に視線を送る。
その家は、俺がみんなに迷惑をかけたあの夜に、幼馴染の少女が駆け込んだ場所だったから。
でも、俺は視線は向けても足は止めず、半分焼けた家に足を踏み入れる。
ツンとした匂いがした。
いつもだったら、この時間に帰宅すると美味しそうな匂いが漂ってきて、母さんが優しい笑顔を見せてくれた。
森の見張りがない日には、父さんもいて、俺に中に入るように促すのだ。
無口でいつも腕を組んでいる印象が合ったけれど、その実とても強く、優しいことを知っていた。
今は母さんは笑っていない。
今は父さんは組む腕も……その顔すらない。
壁際に倒れた母さん。
その表情は恐怖に引き攣り、胸元がドス黒く染まっていた。
父さんはそんな母さんを庇うように倒れていたけれど、たくましい腕はその場にはなく、俺の部屋のドアの前に、槍を握ったまま転がっていた。
服や体格はいつもと何ら変わらない。でも、『あれ』が本当に父さんなのか俺には断言できない。
断言したくない。
だって、だって……。
首から上が無くなっているのだから。
後ずさる。
父さんの顔が見つからない。
首は焼爛れながらも、鋭い刃物で切り裂いたようになっている。
後ずさる。
父さんの顔が見つからない。
あの夜の日、ただ一言「帰るぞ」と言ってくれた父さんの顔が。
森に入る俺を引き止めて、竜の爪痕を超えてはいけないといった父さんの顔が。
──俺が約束を破ったから。
「うわあああああああぁああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁっ!!」
限界だった。
それ以上あの二人を見ている事が出来なかった。
俺は服にしがみついていた女の子を振り払うと、がむしゃらに走り出す。
俺のせいだった。
こうなってしまったのは全部。
誰もいなくなってしまった。
大好きな母さんも。
大好きな父さんも。
そして……。
本当は好きだった幼馴染も。
「オええええええええええエええっ!」
走った末に俺は倒れ、その場で胃の中のもの全てを吐き出してしまう。
最も、随分何も食べていなかったから、出てくるのは胃液だけだ。
吐いても吐いてもツンとした匂いが離れない。
焼け焦げた臭いが無くならない。
吐いて吐いて、吐き尽くしても、周りの臭いに責め立てられて再び吐く。
喉が焼ききれてしまうんじゃないかと思うほどに吐いて、
息が出来なくなるくらいまで吐いて。
そんな時。
俺は左腕に鋭い痛みを感じて、目を向ける。
そこには獣人の少女がいた。
その鋭い歯を、俺の左腕に突き立てて。
よく見ると、そこ以外に何箇所も噛まれた跡があり、うっすら血が滲んでいた。
「はあ……はあ…………はあ」
ようやく止まった嘔吐の隙を突くように、肺が不足していた酸素を取り入れようと大きな呼吸を繰り返す。
俺が大人しくなったのがわかったのか、獣人の少女は腕から口を離し、俺を見た。
眉を少し寄せたその表情は、何故かとても悲しそうだと感じた。
しばらく俺を見つめていた少女だったが、俺の左手を触ると、自分が噛み付いたであろう傷口を丹念に舐めてゆく。
まるで俺を慰めるように。
「……ごめん」
急に情けなくなって、俺は少女の頭に額を預け少しだけ泣いた。
顔一杯に広がった綿毛のような栗色の髪は、いつか嗅いだ時と同じように日向の匂いがした。
多少落ち着いた俺は少女を伴い村を回ってみることにした。
ひょっとしたら生存者がいるかもしれないという期待と、逃げる事が出来た人が居るのなら、その証拠が欲しくて。
いつの間にか村の奥まできてしまっていたようで、道順としては村の中心部に戻って行くようなものだったが、村の中心地。村の人達の憩いの場となっていた井戸の前で、俺は三つの蠢く個体を見つけた。
それは黒い毛皮。
最近見たことのある、今回の俺のケチの付け始め。
その現況が。
この村の人を。その体を。自らの口から腹の中に収めている所だった。
「……何してる」
体が熱い。
先程までのどうしようもなく冷たかった気持ちが、沸々と激っていくのを感じる。
「何をしているのか聞いている」
三つの獣が俺を見た。
見覚えのある体躯。真っ赤に染まった凶悪な牙。
その憎らしい顔。
その顔を見た瞬間、俺の中で何かが‘切れた’。
一つの気配が俺の背後に現れる。
リトルベアーが唸りを上げる。
俺の意識が後ろの気配と一つになる。
リトルベアーが俺に飛びかかろうと重心を下げる。
一つになった俺の意識は、一つの光景を思い描く。
リトルベアーが俺に向かって飛びかかってくる。
「ドライアド」
その名を呼ぶ。
体がほんの少し重くなる。何かが僅かに抜けた感覚がする。
それと同時に地面から蔦が勢いよく飛び出し、三頭の熊に巻き付きその動きを止めた。
だが、そんなものじゃない。
俺が思い描いた光景はこんな生ぬるいものじゃない。
「そいつらを──」
後ろの気配とは完全に意識が繋がっている。
俺が細かい想像をしなくとも、もう一人の意識が俺の望む光景を補完して、即座に力を発揮してくれる。
「殺せ」
若木が飛び出す。
蔦に絡まった熊の真下から現れた3本の若木が、それぞれの体を貫いた。
熊を貫いた若木はそのまま成長を止めず、次第に立派な木へと成長していく。
当然、途中で貫かれていた三頭の獣は絶命、引き裂かれ、肉片を辺りに撒き散らした。
「にゃっ!」
吃驚したように声を上げた少女の目を俺の腹に押し付け視界を遮る。
その時、ふと、視界の端に緑色の髪の少女が移ったが、気がつかないふりをした。
その瞳の色は見なくともわかる。
何故なら、今俺と彼女の心は一つになっているのだから。
自分の森の住人を殺す手伝いを強要されたのだ。悲しまない方がおかしいだろう。
それはわかっている。わかってはいるのだ。
でも、それをわかってあげられるほど、俺は人間できていない。
「みんなの命……」
言葉が漏れる。
「これほど沢山の命を犠牲にしてまで手に入れる価値が有るってのかよ……」
跪く。
地面の上にポツポツと水滴が落ちていく。
雨が降っている様子は無い。
それが何かわかっていたが、俺にはどうしても止める事が出来なかった。
「こんなくだらない力が……みんなの命と等価だって言うのか……」
胸の中の少女を強く抱きしめ、俺は声を隠さず大声で泣いた。
俺が泣いている間、精霊は何も語りかけては来なかった。
ただただ、悲しみの感情だけを俺に送り続けていた。
それが唯一の主張だとでも言うように。
太陽が中天を過ぎた頃、俺は村の見回りを再開した。
獣に荒らされた遺体。炎に焼かれ、男女すら判断できないような遺体もあったが、おおよそ村の人達の人数に違いなかった。
合わせて3人程足りなかったが、食い散らかされた肉片の一つ一つまで確認はしない、いや、出来なかった。
父さんの首も見つける事が出来た。
黒く染まった母さんのお腹の上。ちょうど二人が抱き抱えるようにして隠れていただけだった。
みんなの遺体を集めていて分かった事は、どうやら俺は2日程意識を失っていたのだろうという事。
2日もの間放置してしまった事を謝ると、俺はみんなの遺体を村の中央に出現した木の根元に纏めて埋める。
怒りに任せて魔術で育てた木が墓標になるとは、皮肉以外の何者でもなかっただろう。
全ての作業を終えた頃には、日は陰りを見せ始めえ、夕暮れへと移行しようとしているところだった。
こんもりと盛り上がった木の根元をしばらくボンヤリと眺める俺の隣で、獣人の少女はペタンと座り込んで俺と同じように盛土を眺めているようだった。
俺と同じように仲間達を失った彼女が何を考えているかはわからない。
まだ、悲しみを受け入れるほど精神が成熟していないのか、それとも、俺と同じように大きな喪失感に襲われているのか。
俺は無言で立ち上がる。
それに合わせるように、少女も立ち上がり、俺の顔を見上げてみせた。
俺は彼女の服やお尻に付いた泥を叩いて落とすと、自分の足についた泥も叩いて落とす。
もうすぐ夜が来る。
しかし、夜を明かすにはこの村は悲しみに溢れすぎていた。
「行こう」
俺は少女に手を伸ばす。
少女はキョトンとしていた。
不思議そうに俺を見上げた後、俺の顔と手を交互に見つめている。
「あいつらを追う。あいつらは獣人族を売るのが仕事だと言っていた。なら、君の仲間達はきっと今でも生きている」
少女に言葉は通じない。
それはここまでの付き合いで気がついていた。
元々獣人族は言語を使用しないのか、それとも、人間族の言葉を使わないだけなのかはわからない。
でも、俺には俺の言葉で語りかけるしか少女の心に気持ちを伝える方法はなかったから。
「君は会うんだ。お父さんと、お母さんと。そして……大切な友達と。俺が必ず合わせてやる。その為の力だ。これはきっと、その為の力なんだ」
それは願望も含まれていただろう。
それでも、何か理由を見つけなければ、俺はこの場所から一歩も動けないと思った。
この、絶望しか残されていない、終わってしまった集落に。
見つめ合う目と目。
しばらくそうした後、少女はしっかりと俺の手を握った。
躊躇いは感じなかった。
そう言えば、ここに来るまで彼女はそんな素振りは全く見せなかった。
あれ程俺を拒絶していた少女にどんな心境の変化があったのかは分からないが、今は一人よりも二人でいる方が心強いだろう。
お互いに。
二人手を取り合って、夕暮れの村を後にする。
辺境のこの村から次の街につくまでには長い距離を進むことになる。
夜になるこの時間帯に、小さな子をつれて旅立つのは狂気の沙汰ではないだろう。
ふと、俺はあの時、一人の冒険者が「暗い中帰ってはいけない」と松明を渡してくれたのを思い出す。
あの時の冒険者は心底心配そうにしていた。
けれど、本気で子供を心配する人間でさえ、平気で残酷な事が出来るのだ。
(俺も人のことは言えないけど……な)
左手に感じる暖かな感触を味わいながら、俺はふと考える。
俺が犯してしまった大きな罪は、どこへ向かい、どうすれば償うことができるのだろう……と。
ボンヤリとした暗い意識の中、何かが顔中を這い回っている感じがする。
生ぬるい何かだ。例えるならば夏の熱気で湯だったナメクジだろうか。
いや、ナメクジにしてはザラザラしているような気がする。
要約すると、半端に茹で上がったざらついたナメクジ。
なんだそれは。
体も心なしか重いような気がする。
大量の魔力を失った反動だろうか。
前回の事を考えると、ある程度の魔力が回復しない限りは目が覚めないように思っていたが、そうでもないのかもしれない。
手に力を入れれば何とか反応はするようだし、ただの疲れの可能性はある。
ならば、と。目を開けようとしたところで何かに顔を抑えられた。更には、先程のざらついたナメクジが開けようとした瞼の上を比較的強めに通り過ぎた事で開眼の願いは絶たれてしまった。
何かが変だ。
とりあえず両手は動くし、恐らく顔の上を占拠しているであろうナメクジだかカタツムリだかを除去するのが先だ。
俺は動く右手を上にあげ、顔に向かって手を伸ばす。すると──
「みギャッ」
「…………」
想像していたよりも遥かに手前で何かを掴み、同時に奇妙な声が聞こえた。
手に触れたのはふわふわとした何かだった。
綿毛のように触り心地の良い暖かな何か。
なんだか、つい最近これと同じものを触った事のあるような気がする。
思い出そうとしてグリグリと触っていると、今度は頬の辺りをヌメったザラつきが通り過ぎた。
目を開ける。
今度はなんの抵抗もなく開くことが出来た。
初めに飛び込んできたのは逆光だった。
気を失った時はうつ伏せだったと思ったが、いつの間にか仰向けになっており、木々の間から差し込む陽の光が、ちょうど俺の視界に飛び込んでいた。
太陽の位置から察するに、時間は早朝といった所か。
俺が獣人族の集落に飛び込んだのが朝だった事を考えると、僅かに時間が逆戻り……する筈がないから……。
何て事。どうやら、少なくとも一日以上気を失っていたらしい。
村はどうなっているのだろうか。
あの時レアンドロは村に向かうと話していた。憂いを断つとも。
急がなければいけない。多少体が重くても、たとえ間に合わなかったとしても、俺は俺がしてしまった事を自分の目で確かめなければいけない。
そうと決まればじっとしているわけにもいかない。
俺は体を起こそうと正面を向く。
そこで、金色の瞳と視線が合った。
横から差し込む光を若干受けて綺麗に輝く金色の珠に、フワフワとした栗色の髪。
よく見ると俺の右手がその髪の中に入っている。先程から撫で回していたのはこの髪だったらしい。
頭の上には三角の耳が飛び出し、此方に向けてピコピコと動いていた。
視線を下げると俺の腹の上に跨ぐようにして乗っかり、両手を胸の上に置いて俺を覗き込んでいる。
通りで重かったはずだ。魔力の枯渇や疲労感からの重みではなかったようだ。
覗き込んでいるのは俺が頭の後ろを抑えているのもあっただろう。先程の変な声は、少女の呻き声だったというわけだ。
俺は少女の頭から手を離す。
とりあえず、今のまま押さえつけたままでは起き上がることもできないだろう。
そう思っての行動だったが、俺の手が離れた途端、少女は顔を近づけて俺の頬をペロンと舐めた。
……ナメクジの正体はこれだったらしい。
俺は舐める少女に気にせず両手を使って上半身を起こす。
すると、胸に乗っていた少女は後ろに向かってコロンと転がり、俺に向かって非難するように「ナウ」と鳴いた。
彼女の居場所が俺の膝の上に移ると、体に僅かな震えが奔る。
初夏とは言え早朝はまだ冷える。
恐らく、日が昇る直前はかなりの寒さだっただろう。
そこで俺は、獣人の少女が俺で暖を取っていたのだろうと気がついた。その証拠に、フンフンと鼻を鳴らしながら、再び少女は俺の腹あたりまで這い上ってきたから。
その時、俺はふと目にした少女の右手を見て思い出す。
初めて少女と会った時、彼女の右手には火傷があった。焼け爛れた切り傷があった。それが綺麗に消えていたのだ。
俺は腹まで登ってきた少女を抱き上げると、胸元を見る。
彼女は緑色の服を着ていたが、ちょうど胸の部分が黒ずんで横に切れ目が走っていた。
俺は何も言わずに腹から少女の服を捲くりあげた。
「にゃうッ」
少女は一瞬驚いたような声を上げたが、すぐに大人しくなる。
服の下にあったのは綺麗な腹と胸だった。
煤けた服を来ていた為か少々胸のあたりに煤が付いていたが、服で拭き上げるとそこには傷跡一つ付いていなかった。
良かった。
俺は体の力が抜けて深い溜息を吐く。
どうやら、森の精霊は俺の願いを聞き入れてくれたらしい。
ただ、そうなると、もう一つ確認しなければならない事があるのを思い出し、自分の服も捲くり上げて見てみる。
そこには少女とは対照的に、醜く残った傷跡が見えた。
刃物で切った傷跡を熱で無理やり焼き付けたらこうなるんだろうかと思ってしまうほどに、はっきりと残った火傷後。
それでも、傷口からは出血一つしておらず、最低限の治療はしてくれたのだろう……と、思えるくらいではあったが。
その傷口を少女が舐める。
ペロペロと一生懸命舐めていた。
ふと思い出して、自分の頬を右手で触れる。
目が覚める前、少女が一心不乱に舐めていた場所だ。
触れてみると予想通り、細長い傷が残っているのが指先から伝わる感触から理解できた。
少女は俺の顔ではなく、傷口を絶えず舐めていてくれたのだ。さながら動物がそうするように。
俺は俺の腹の傷を舐めている少女を抱き上げると、そのまま立ち上がる。
多少足はふらついたが、歩けないほどではないらしい。
「なあ」
少女を見る。
俺に抱っこされた少女は、不思議そうに俺を見つめていた。
「俺って、どの位寝てたんだろ?」
あの時俺はドライアドに対して「残りカスでいい」と言った。
それは、少女を助けた後、残った魔力で回復してくれという意味だった。
つまり、俺の傷が回復しきっていない以上、一滴も残さず魔力を使い切ってしまった筈なのだ。
2、3日眠っていたと言われても否定は出来ない。
だが、どれ位寝ていたか分からないが、すぐにでも村には戻らなくては行けない。
それでも聞かずにはいられなかったのは、急ぐ為の理由が欲しかっただけなのかもしれなかった。
しかし、そんな俺に対して、彼女が発したのは、非常に場違いな一言だった。
「ナウ」
竜の爪痕を越える頃には少女は俺の手から離れ、一歩前をトコトコと歩いていた。
俺に抱き上げられるのが嫌なのかと思ったがそういう訳でもないらしく、何やら鼻をヒクヒクと動かしながら歩いている様子から、何かの匂いを追っているらしい。
時折俺の方を振り向いては「にゃあ」と言っている様が、「こっちだ」と言っているようにも見える。
だが、俺は少女の案内が無くとも、彼女が追っている者が通った道筋を辿る事が出来ただろう。
理由は単純だ。
少女が案内するこの道は、まっすぐ俺の村へと向かう道だったのだから。
嫌な予感は……もう確信へと変わっていた。
思えば、一つの夢から始まった今回の冒険は、初めから嫌な予感と最悪の現実の繰り返しだった。
様々な選択肢があったと思う。
でも、その全ての選択肢を俺は間違ってしまったのだと今なら思う。
だからこそ、今俺の足は重いのだ。
だからこそ、こんなにも俺の心は恐怖に染められているのだ。
あの夜の日に感じた恐怖。
あの時も足が止まってしまう程の恐怖だったが、それでも村に帰ってきたという喜びもあった。
けれど──。
村の目と鼻の先。
目を瞑ってもいても隅々まで巡れると豪語していた森の入口。
そこまで来ても俺の足は止まらない。むしろ速くなっていただろう。
あの時以上の恐怖を感じていたというのに。
森が開け、高くなった陽の光が辺りをはっきりと照らす。
焼け落ち、人気の全く無くなった……死の村と化した俺の故郷を。
村に着くと獣人族の少女は俺にぴったりと張り付き、俺の服をしっかりと握ってしまう。
時折鼻をぐしぐしと擦っていたが、その理由はよくわかる。
辺りに立ち込める木と肉の燃えた嫌な臭い。
俺がそう思うくらいなのだから、鼻のきく彼女は相当だろう。
俺はそんな少女を伴って、一つの場所を目指して歩く。
村の現状からやらなければならない事はわかっていたが、それでも確認せざるえなかった。
歩き慣れた。にも関わらず見慣れない道を歩いていくと、2件の家屋が見えてくる。
手前の家は完全に焼け落ちて元の姿の欠片もない。
その隣の家はその煽りを貰ったのか半分黒くなっていたが、焼け落ちるまでには至ってはいなかった。
焼け焦げた家を通り過ぎる時、俺は一瞬だけその焼け跡に視線を送る。
その家は、俺がみんなに迷惑をかけたあの夜に、幼馴染の少女が駆け込んだ場所だったから。
でも、俺は視線は向けても足は止めず、半分焼けた家に足を踏み入れる。
ツンとした匂いがした。
いつもだったら、この時間に帰宅すると美味しそうな匂いが漂ってきて、母さんが優しい笑顔を見せてくれた。
森の見張りがない日には、父さんもいて、俺に中に入るように促すのだ。
無口でいつも腕を組んでいる印象が合ったけれど、その実とても強く、優しいことを知っていた。
今は母さんは笑っていない。
今は父さんは組む腕も……その顔すらない。
壁際に倒れた母さん。
その表情は恐怖に引き攣り、胸元がドス黒く染まっていた。
父さんはそんな母さんを庇うように倒れていたけれど、たくましい腕はその場にはなく、俺の部屋のドアの前に、槍を握ったまま転がっていた。
服や体格はいつもと何ら変わらない。でも、『あれ』が本当に父さんなのか俺には断言できない。
断言したくない。
だって、だって……。
首から上が無くなっているのだから。
後ずさる。
父さんの顔が見つからない。
首は焼爛れながらも、鋭い刃物で切り裂いたようになっている。
後ずさる。
父さんの顔が見つからない。
あの夜の日、ただ一言「帰るぞ」と言ってくれた父さんの顔が。
森に入る俺を引き止めて、竜の爪痕を超えてはいけないといった父さんの顔が。
──俺が約束を破ったから。
「うわあああああああぁああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁっ!!」
限界だった。
それ以上あの二人を見ている事が出来なかった。
俺は服にしがみついていた女の子を振り払うと、がむしゃらに走り出す。
俺のせいだった。
こうなってしまったのは全部。
誰もいなくなってしまった。
大好きな母さんも。
大好きな父さんも。
そして……。
本当は好きだった幼馴染も。
「オええええええええええエええっ!」
走った末に俺は倒れ、その場で胃の中のもの全てを吐き出してしまう。
最も、随分何も食べていなかったから、出てくるのは胃液だけだ。
吐いても吐いてもツンとした匂いが離れない。
焼け焦げた臭いが無くならない。
吐いて吐いて、吐き尽くしても、周りの臭いに責め立てられて再び吐く。
喉が焼ききれてしまうんじゃないかと思うほどに吐いて、
息が出来なくなるくらいまで吐いて。
そんな時。
俺は左腕に鋭い痛みを感じて、目を向ける。
そこには獣人の少女がいた。
その鋭い歯を、俺の左腕に突き立てて。
よく見ると、そこ以外に何箇所も噛まれた跡があり、うっすら血が滲んでいた。
「はあ……はあ…………はあ」
ようやく止まった嘔吐の隙を突くように、肺が不足していた酸素を取り入れようと大きな呼吸を繰り返す。
俺が大人しくなったのがわかったのか、獣人の少女は腕から口を離し、俺を見た。
眉を少し寄せたその表情は、何故かとても悲しそうだと感じた。
しばらく俺を見つめていた少女だったが、俺の左手を触ると、自分が噛み付いたであろう傷口を丹念に舐めてゆく。
まるで俺を慰めるように。
「……ごめん」
急に情けなくなって、俺は少女の頭に額を預け少しだけ泣いた。
顔一杯に広がった綿毛のような栗色の髪は、いつか嗅いだ時と同じように日向の匂いがした。
多少落ち着いた俺は少女を伴い村を回ってみることにした。
ひょっとしたら生存者がいるかもしれないという期待と、逃げる事が出来た人が居るのなら、その証拠が欲しくて。
いつの間にか村の奥まできてしまっていたようで、道順としては村の中心部に戻って行くようなものだったが、村の中心地。村の人達の憩いの場となっていた井戸の前で、俺は三つの蠢く個体を見つけた。
それは黒い毛皮。
最近見たことのある、今回の俺のケチの付け始め。
その現況が。
この村の人を。その体を。自らの口から腹の中に収めている所だった。
「……何してる」
体が熱い。
先程までのどうしようもなく冷たかった気持ちが、沸々と激っていくのを感じる。
「何をしているのか聞いている」
三つの獣が俺を見た。
見覚えのある体躯。真っ赤に染まった凶悪な牙。
その憎らしい顔。
その顔を見た瞬間、俺の中で何かが‘切れた’。
一つの気配が俺の背後に現れる。
リトルベアーが唸りを上げる。
俺の意識が後ろの気配と一つになる。
リトルベアーが俺に飛びかかろうと重心を下げる。
一つになった俺の意識は、一つの光景を思い描く。
リトルベアーが俺に向かって飛びかかってくる。
「ドライアド」
その名を呼ぶ。
体がほんの少し重くなる。何かが僅かに抜けた感覚がする。
それと同時に地面から蔦が勢いよく飛び出し、三頭の熊に巻き付きその動きを止めた。
だが、そんなものじゃない。
俺が思い描いた光景はこんな生ぬるいものじゃない。
「そいつらを──」
後ろの気配とは完全に意識が繋がっている。
俺が細かい想像をしなくとも、もう一人の意識が俺の望む光景を補完して、即座に力を発揮してくれる。
「殺せ」
若木が飛び出す。
蔦に絡まった熊の真下から現れた3本の若木が、それぞれの体を貫いた。
熊を貫いた若木はそのまま成長を止めず、次第に立派な木へと成長していく。
当然、途中で貫かれていた三頭の獣は絶命、引き裂かれ、肉片を辺りに撒き散らした。
「にゃっ!」
吃驚したように声を上げた少女の目を俺の腹に押し付け視界を遮る。
その時、ふと、視界の端に緑色の髪の少女が移ったが、気がつかないふりをした。
その瞳の色は見なくともわかる。
何故なら、今俺と彼女の心は一つになっているのだから。
自分の森の住人を殺す手伝いを強要されたのだ。悲しまない方がおかしいだろう。
それはわかっている。わかってはいるのだ。
でも、それをわかってあげられるほど、俺は人間できていない。
「みんなの命……」
言葉が漏れる。
「これほど沢山の命を犠牲にしてまで手に入れる価値が有るってのかよ……」
跪く。
地面の上にポツポツと水滴が落ちていく。
雨が降っている様子は無い。
それが何かわかっていたが、俺にはどうしても止める事が出来なかった。
「こんなくだらない力が……みんなの命と等価だって言うのか……」
胸の中の少女を強く抱きしめ、俺は声を隠さず大声で泣いた。
俺が泣いている間、精霊は何も語りかけては来なかった。
ただただ、悲しみの感情だけを俺に送り続けていた。
それが唯一の主張だとでも言うように。
太陽が中天を過ぎた頃、俺は村の見回りを再開した。
獣に荒らされた遺体。炎に焼かれ、男女すら判断できないような遺体もあったが、おおよそ村の人達の人数に違いなかった。
合わせて3人程足りなかったが、食い散らかされた肉片の一つ一つまで確認はしない、いや、出来なかった。
父さんの首も見つける事が出来た。
黒く染まった母さんのお腹の上。ちょうど二人が抱き抱えるようにして隠れていただけだった。
みんなの遺体を集めていて分かった事は、どうやら俺は2日程意識を失っていたのだろうという事。
2日もの間放置してしまった事を謝ると、俺はみんなの遺体を村の中央に出現した木の根元に纏めて埋める。
怒りに任せて魔術で育てた木が墓標になるとは、皮肉以外の何者でもなかっただろう。
全ての作業を終えた頃には、日は陰りを見せ始めえ、夕暮れへと移行しようとしているところだった。
こんもりと盛り上がった木の根元をしばらくボンヤリと眺める俺の隣で、獣人の少女はペタンと座り込んで俺と同じように盛土を眺めているようだった。
俺と同じように仲間達を失った彼女が何を考えているかはわからない。
まだ、悲しみを受け入れるほど精神が成熟していないのか、それとも、俺と同じように大きな喪失感に襲われているのか。
俺は無言で立ち上がる。
それに合わせるように、少女も立ち上がり、俺の顔を見上げてみせた。
俺は彼女の服やお尻に付いた泥を叩いて落とすと、自分の足についた泥も叩いて落とす。
もうすぐ夜が来る。
しかし、夜を明かすにはこの村は悲しみに溢れすぎていた。
「行こう」
俺は少女に手を伸ばす。
少女はキョトンとしていた。
不思議そうに俺を見上げた後、俺の顔と手を交互に見つめている。
「あいつらを追う。あいつらは獣人族を売るのが仕事だと言っていた。なら、君の仲間達はきっと今でも生きている」
少女に言葉は通じない。
それはここまでの付き合いで気がついていた。
元々獣人族は言語を使用しないのか、それとも、人間族の言葉を使わないだけなのかはわからない。
でも、俺には俺の言葉で語りかけるしか少女の心に気持ちを伝える方法はなかったから。
「君は会うんだ。お父さんと、お母さんと。そして……大切な友達と。俺が必ず合わせてやる。その為の力だ。これはきっと、その為の力なんだ」
それは願望も含まれていただろう。
それでも、何か理由を見つけなければ、俺はこの場所から一歩も動けないと思った。
この、絶望しか残されていない、終わってしまった集落に。
見つめ合う目と目。
しばらくそうした後、少女はしっかりと俺の手を握った。
躊躇いは感じなかった。
そう言えば、ここに来るまで彼女はそんな素振りは全く見せなかった。
あれ程俺を拒絶していた少女にどんな心境の変化があったのかは分からないが、今は一人よりも二人でいる方が心強いだろう。
お互いに。
二人手を取り合って、夕暮れの村を後にする。
辺境のこの村から次の街につくまでには長い距離を進むことになる。
夜になるこの時間帯に、小さな子をつれて旅立つのは狂気の沙汰ではないだろう。
ふと、俺はあの時、一人の冒険者が「暗い中帰ってはいけない」と松明を渡してくれたのを思い出す。
あの時の冒険者は心底心配そうにしていた。
けれど、本気で子供を心配する人間でさえ、平気で残酷な事が出来るのだ。
(俺も人のことは言えないけど……な)
左手に感じる暖かな感触を味わいながら、俺はふと考える。
俺が犯してしまった大きな罪は、どこへ向かい、どうすれば償うことができるのだろう……と。
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