復讐者は禁断魔術師~沈黙の聖戦~

黒い乙さん

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第7話 精霊魔術の使い道

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 辺りが夕暮れに染まった頃、俺とレイラは宿を出た。
 耳と尻尾を隠したスタイルに戻ったレイラは、俺と手を繋ぎながらチョコチョコと隣を歩いている。

 町にたどり着いて落ち着いた頃には、見るもの成すもの珍しかったようで、辺りをキョロキョロと見回したり、突然どこかに駆け出したりしたものだが、最近はようやく落ち着いてきたらしい。
 最も、獣人族である事を隠している手前、あまり外に出していないのだが、俺が居る時くらいは外に連れ出してあげなければかわいそうだろう。彼女は飼い猫でもなんでもないわけだし。

 安宿通りから街道に抜け、東に向かってゆっくり歩く。
 丁度太陽を背にするようになった為、二人の影が目の前を長く伸びており、その影を追いかけるようにレイラが軽く飛び跳ねながら、捕まえようとしている仕草が実に可愛らしかった。
 何と言うか、猫じゃらしに無邪気に飛びつく子猫のようで。

 夕暮れ亭はそれなりに繁盛しているようで、テーブルの空きがない程度には混雑しているようだった。
 俺は店内を見回すと、一番奥の壁際の席で一人ジョッキを傾けているグレイブを発見し、レイラを連れ立って歩いて行った。
 狭い店内に所狭しと並べられたテーブル。その中を縫うように進んでいくと、直ぐにグレイブの座る席へとたどり着く。
 既にテーブルの上にはエールの満たされたグラスが一つと、肉野菜炒め、何かの肉の香草焼きが並べられていた。

「おっ、ようやく来たね。さあさ、座って座って」

 俺たちの姿を発見したグレイブは既に少し酔っているのだろう。薄ら赤くなった顔で俺達に向かって手招きしている。
 と、言っても、彼の座っているテーブルは明らかに2人ようであるようで、中央付近に寄せられた丸テーブルとは違い、小さな四角いテーブルだった。
 椅子も丁度向かい合わせるように2つしかない。
 まあ、この混雑だ。恐らく橋にある小さな席しか取れなかったのだろう。
 俺はレイラを抱き上げると、椅子に座る。丁度俺の顔のすぐ下にきたベレー帽がピクピクと動いた。

「早速ですが、話って何ですか?」

 俺は挨拶もそこそこに切り出すと、丁度近くを通りがかった店員にミルクと冷たいお茶。それからなにか軽いものを注文する。
 注文を受けた店員が元気に復唱し、奥に向かって歩いている行くのを確認したあと、グレイブは苦笑交じりに返答する。

「せっかちだね。まずは語り合いながら食事でも……とはいかないわけ?」
「この町に一生腰を落ち着けるのならそうしましたけどね」

 テーブルに備え付けてあったフォークをレイラに握らせると、肉の皿を近くに持ってくる。すると、待っていたかのようにその肉の一切れにフォークを突き立て、そのまま口へと持っていった。
 フォークの柄を握りこんで無造作に突き刺し口に運ぶその動作は豪快そのものだが、初めてこの町に来て一緒に食事した時に、いきなり手掴みで食べ始めた頃に比べれば随分と行儀良くなったことだろう。
 一応、食事する機会は町にたどり着く前にもあったのだが、基本野宿の道程である。
 その頃はお互いに手掴みで食事する事も珍しくなく、まさか、レイラに道具を使って食事する習慣が無いとは思わなかったのだ。

「まあ、話って言っても仕事の話だけどね」

 グレイブはジョッキの中身を一気に煽ると、店員に追加のエールを注文する。
 その際、届けられたミルクとお茶。それからオムレツを受け取ると、テーブルの上に並べていく。
 最も、ケチャップの掛けられたオムレツの4分の1程は早速レイラの口の中に入っていったが。

 その後グレイブの語った話を要約すると、この街から南東の森の中にある遺跡の中から、ナウキ草という薬草を取ってきて欲しい。という依頼らしい。
 これだけ聞くとただのお使いかなにかかと思いがちだが、南東の遺跡の話はこの町でもそこそこ有名だった。

「フォレストワーム……ですね」
「まーねー」

 小さく切ったオムレツを口の中に放り込みながら、グレイブは頷き答える。

「大森林の入口。更にその手前に存在する遺跡はずいぶん前に発見されて、既に発掘されて尽くされた古代の遺跡にしては簡単な部類になる場所だけど、この町ではそこに行って帰って来た者を一人前の冒険者として認める傾向にある。理由は一つ」

 ピッと指を上げてグレイブ。

「フォレストワーム。大森林の番犬の住処があの遺跡にあるからだ」

 ミルクの跡で真っ白になったレイラの口元を拭いながら、グレイブの話を聞いていた俺だったが、彼の言いたい事は何となくわかる。

 フォレスワーム。大森林の番犬。
 この町で冒険者をやっていれば嫌でも耳に入ってくるフレーズではあるが、番犬といっても本当に犬の姿をしているわけではなく、デカい蛇のような生物である。
 人間の成人男性とほぼ同じ位の胴体を持ち、その長さは10m近くあるとか。
 実際に見たことはないが、大森林の奥底に入ろうとした者、または自らの寝床に侵入した者を容赦なく襲って来るという事だ。
 同じ森の守護者というと真っ先にドライアドを思い浮かべる所だが、ドライアドよりも遥かに獰猛で話を聞くゆとりもない奴なんだという事は何となくわかった。
 そうなると、グレイブが俺に頼るのもわかるような気もする。こう言ってはなんだが、グレイブの冒険者の実力はお世辞にも高いとは言えない。
 何度か一緒に仕事をした事があるが、経験こそ俺よりも遥かにあるものの、こと戦闘力に関しては魔術を使っていない俺と同等か、やや劣る位だった。

「この町では大森林絡みの仕事をした事があるかどうかで評価がガラリと変わるからねぇ。今回偶々王都に行っていた知り合いが仕事の依頼をする為にこの町に来ていてね。無理を言って頼んだんだ。精霊魔術を使える仲間がいるって言ってさ」
「王都に行った知り合い……ですか?」
「そう。でも、多分テオは彼の事は知らないよ。彼が村を出たのはまだテオが3つか4つの頃だったから」

 新たに運ばれてきたジョッキを傾けながら答えるグレイブ。
 『彼』と言うからには男だろう。それに、同郷の人間だと思われる。
 王都から態々出向いて大森林絡みの依頼をしてくるということは、それなりの立場にいるのかもしれない。

「それにしても、薬草ですか」
「なんでも仕えてる主の娘さんが患った病に効くとか何とか。真偽はさておき藁にも縋りたい気持ちなのかもね。その証拠に報酬はこのレベルの依頼にしてはかなり破格だよ」
「幾らくらいなんですか?」
「銀貨2枚。テオと山分けしても銀貨1枚だ」

 美味しいだろ? と言いながら肉を口に運ぶグレイブ。別に料理の評価を促したわけではない事くらいわかっているが。
 それにしても、銀貨2枚か……。銀貨1枚は銅貨100枚の価値がある。今までの俺の仕事の報酬が大体銅貨2~5枚程だと考えると、確かに破格の報酬だ。
 それだけあれば、次の町に行くだけの軍資金には十分だ。非常に魅力的な話ではある。
 けれど、不安もあった。
 それは、先程からグレイブが口にしている精霊魔術についてだった。

 この町までの旅の道中や、この町で過ごした冒険者としての日々、それに本から得た知識などで今の俺は多少は精霊魔術についてわかってきていた。
 それは、以前先生から精霊魔術は不安定だと言われていた理由だ。
 俺はこれまでの経験として、精霊魔術発動までに3回の魔力消費のタイミングがある事を実感している。

 1度目は精霊と意識を繋げる時。2度目は発動範囲を決める時。最後が発動の瞬間だ。
 その3回のタイミングでは別々の魔力消費の条件があるようで、その合算が合計の魔力消費量となるようだった。

 1度目の意識を繋げる際に消費する魔力量はどうも精霊の適応地域との距離にあるようだ。
 ドライアドを例に例えるが、彼女の主な活動領域は森の中である。
 その為、森の中で彼女と意識を繋げたとしても、殆ど魔力は消費しない。初めて彼女の力を借り始めた頃に、魔術発動の瞬間まで魔力消費の感覚が無かったのはそれが理由のようだ。
 その事に気がついたのは、初めて街道上で魔術を行使した際に、意識を繋げただけで体の重みを感じた時だ。
 どうも、森と距離が離れるか、その力が及ばない場所に行けば行くほど魔力の消費が跳ね上がっていくらしい。

 2度目の発動範囲に関してはそのままの意味で、広範囲に魔術を展開するほど消費量は多くなるようだ。
 例えば、自分自身や自分のすぐ傍の相手に対して狭い範囲で使用する分にはあまり魔力は消費しないが、遠方広範囲に使用した場合は大きく消費する。というように。

 最後の発動時の魔力の消費量は使用した魔術の質で消費量は決まっているようだ。
 例えば蔦での拘束などはあまり魔力は消費しないが、体内の修復力を増進させる回復魔術は消費量が非常に大きい。
 以前、重症状態だった俺自身を回復した時は眠りに落ちたし、死にかけた俺とレイラを回復した時は魔力を使い切った上に2日程気を失っていたのは記憶に新しい。
 冒険者としての仕事を始めてからも何種類かの魔術を使用してみたが、回復魔術の魔力消費量は頭一つ抜けていた。レイラの切り傷を治療しただけで疲労感を感じる位には。
 だから、俺は一応回復魔術を使用する為に必要な魔力は1回分は残すようにして仕事をこなしてはいるが、あくまで最後の手段だと割り切っていた。

 それを踏まえた上で今回の仕事を考える。
 今回の遺跡は大森林の入口近くにある洞窟の奥にある。
 一見するとただの自然の洞窟だが、その奥には祭壇があり、かつての森の守護神を祀っているという話だった。

 そう、洞窟の中……である。
 森の精霊であるドライアドの力がどれほど影響しているかは分からない。
 少なくとも、人口の洞窟である遺跡に木々が生い茂っているとは思えないので、魔力の消費はあるだろう。
 もしもその場所にフォレストワームがいた場合戦闘になるだろうが、巨体をもつ相手に低範囲で魔術を使うとも思えないし、殺傷力の低い魔術を使用するとも思えない。
 最悪の場合、意識を繋げて魔力範囲を設定しただけで魔力切れを起こして発動までいかないかもしれないのだ。
 以前先生が精霊魔術は発動しないことがあるらしいと言っていたが、恐らく原因はこれだ。
 今の俺が砂漠に放り出されたとしたら、魔術を使用することも出来ずに野垂れ死にしてしまうだろう。
 それはよくわかっていたが──

「分かりました。その依頼受けましょう」

 不安の種は尽きない。
 でも、これ以上この場所で燻り続けることが本意ではない以上、何処かで冒険はする必要はあったのだ。
 ならば、折角の機会を逃す手はない。
 俺の言葉にグレイブは嬉しそうに頷くと、手にしたジョッキの中身を一気に煽った。

「ありがとう。出発は明後日の日の出の時刻にしよう。明日はよく準備をしておいてくれ。体を休めるのもいいかもね」

 俺の膝の上に座っているレイラに視線を向けつつそう言ってくるグレイブに向かって頷くと、俺はこの店に来てようやく食事にありついた。既に料理の多くは獣人の少女に食べれれ、お茶は温くなってしまっていた。



 出発の日は雲一つない天気だった。
 早朝という事もありひんやりとした風が吹いていたが、逆に気持ちいいくらいだ。
 これが日が昇ってしばらく立つと茹だるような暑さになってしまうのだから。

 俺は出発する時に隣で腹を出して寝ていたレイラを思い出し少しだけ不安になったが、今日の事もあり昨日は一日一緒にいたのだ。寂しさのあまり泣き出す……という事はないはずだ。多分。

「おはよう」

 まだ薄暗い周りの景色に溶け込むように、町の出口で待っていたグレイブは挨拶してくる。
 服装はいつもと変わりないが、今日はいつも腰に差しているロングソードの他にその背に弓を背負っていた。
 元々村では狩りをしていた彼の仕事時の正装である。

「おはようございます。相変わらす早いですね」

 俺の言葉にグレイブは苦笑する。

「はは。戦闘で大して役に立たない俺が出来るのは道案内位だしね。これで待たせてたらそれこそどうしようもないだろ?」

 基本的にグレイブは悪い人間ではない。
 名を上げる為に村を出たのは確かだが、この町にたどり着いて早々自分の実力はわかったらしい。
 『どうせ王都に行った所で名を上げる事など不可能だ』そう理解した彼は、自分達の後に村を出る若者がこの町に訪れた時に躓く事がないように、敢えてこの町に留まり、少しでも手助けしたいと思ったという事だった。
 つまり、俺達がこの町にたどり着いて早々彼と接触する事が出来たのは半ば必然であり、彼はこの町に来る新顔を常にチェックしているのかもしれない。
 今回の仕事を持ってきてくれたのも、金策に困っている俺たちを見かねての事だったのかもしれない。自身の冒険者としての格をあげたかったのもあるだろうが、それだけではないだろう。

 町を出てしばらく進むとチラホラと乱立する木立が現れてくる。
 ここから更に先に進むと、大森林の最西端。大森林の入口とも言われる竜の顎と呼ばれる岸壁が見えてくる。
 嘗て俺とレイラが出会った竜の爪痕とは違い、正真正銘の自然の地形であったが、その先に進む事でしか生息確認の取れていない猛獣等も現れるようになる事からいつしかそう呼ばれるようになっていた。

 件のフォレストワームもその一つ。

 大森林の神聖性が謳われる以前からかどうかは分からないが、その近辺に必ずと言っていいほど現れる凶悪な大蛇に対して、いつしか付けられたのが、『大森林の番犬』という二つ名だった。

 それまでの道程において、グレイブの弓をメインとしながら、なるべく魔術は使用せずに進んでいく。グレイブには本番に備えてなるべく魔術は温存していると伝えておいたので、特に文句も出なかった。そもそも、グレイブの弓と俺の近接戦闘でここまでの戦闘は特に苦戦もしなかったので問題も何もなかったが。

 見える景色ももう完全に森の中となり、出てくる獣も小型のラッド達から中型である狼達へと変化していったが、俺達は特に陣形を変えずに進んでいく。

 やがて、遠目からでも岸壁が見える位置にまできた頃、ようやくグレイブは足を止めると辺りを見回し方向を変えた。
 例の遺跡は竜の顎のどこかに口を開けている洞窟という事だから、その場所に向かっているのだろう。
 彼の後について歩きながら、辺りを見回し頭の中の地図と照らし合わせてみる。
 どうやら、大森林の入口を避けて遺跡に向かうルートを通っているようだった。

 いい判断だ。
 俺達の目的はフォレストワームの討伐ではなく、あくまで遺跡の中に生えている薬草の採取なのだから、敢えて危険に飛び込む必要はない。
 運悪く遺跡で顔を合わせてしまったら戦うしかないだろうが、そこには逃走という選択肢も含まれる。
 ともかく、俺達二人には荷が勝ちすぎている相手だというのはよくわかっていたのだから。

「着いたよ。ここが目的の遺跡だね」 

 森の中とは言えじんわりと汗が滲んでくる程には太陽が昇った頃、俺達はようやく遺跡の入口にたどり着いた。
 見た目はありふれた自然の洞窟だ。
 周囲の岩や絡まる蔦や積み上がる土に隠れがちだが、近づくと確かに奥に続く暗闇が見えた。

「思っていたより全然遺跡っぽくないですね」
「入口はね」

 言って、グレイブは松明に火を灯す。

「奥に行けば必要はなくなるけど、しばらくは足元が危険だからね」

 その行為を見ていた俺に対してグレイブはそう口にしたが、俺はむしろ疑問を深めただけだった。

「奥では必要なくなるんですか?」
「行けばわかるよ」

 行けばわかるらしい。
 俺は多少の疑問は感じていたが、この辺りの知識と経験は俺よりもグレイブの方が豊富にある。
 俺は松明の光が届く範囲で彼の前に立ちながら、洞窟の奥へと進んでいった。

 しばらく薄暗い洞窟の中を進んでいくが、これまで頻繁に現れていた獣の姿はぱったりとやんでしまった。
 ひょっとしたら、ここがフォレストワームの寝床だからなのかも知れない。態々強者の寝床に入り込んで、自らを餌とする酔狂な獣はいないという事なのだろう。
そんな事を考えながら進んでいると、進む先にボンヤリと光る何かが見えたような気がした。
 初めは気のせいかとも思ったが、どうやら気のせいではないらしい。
 進めば進むほどに松明とは違う光が満ちてゆき、ついには自分の足元が見えるようになってくる。
 後ろを歩いているグレイブも松明を消し、今では片手を弓に持ち替えて遺跡に来るまでの陣形へと戻っていた。

 光の正体は直ぐにわかった。
 人が二人並ぶ位の幅しかなかった洞窟の最奥は、一言で言い表すならばホールのような場所だった。
 目の前には半分以上崩れた祭壇と思われる人工物が見え、左右の壁にはいくつかの横穴が見て取れる。
 俺達が出てきた穴もそうだが、ここにたどり着くまでの洞窟は、そもそもフォレストワームの通り道なのかもしれない。
 その証拠が光の光源。
 それは太陽の光だった。
 ホールの上は筒抜けとなっており、見上げて見えるのは青い空。
 その高さから見て、その口は竜の顎の頂上に空いているのだろう。
 ここにたどり着くまでの横穴がフォレストワームの通り道だというのなら、この天井の穴こそが、本当の意味でのこの遺跡の玄関なのかもしれない。

「さあさ、ここには観光に来たわけじゃないんだ。さっさと目的のモノ探して帰るよ」

 グレイブの声に俺は目的を思い出し、懐から一枚のイラストを取り出す。
 そこに描かれていたのはひと房の草の絵。どうやら、ここの絵の草がナウキ草らしい。
 辺りを見ると、既にグレイブは草を探し始めているようで、左手側の壁際を歩いている。
 俺は反対側に足を向けると、目的の薬草を探し始めた。
 とりあえず、フォレストワームがいなかったのはありがたかった。

 お互い円を描くように壁を伝って探していた俺たちだったが、結局見つけたのは二人の合流地点。ホールに入って丁度目の前に見えた祭壇の脇だった。
 どうやら、この場所はこの薬草の群生地だったらしく、丁度祭壇を囲むように生えていたので採取自体は楽だった。
 俺達は持って帰ってから足りないと言われるのだけは避けたかったので、その中から10房ほど刈り取ると、持ってきていた紐で纏めてグレイブの荷物袋の中に詰めることが出来た。

「何事もなく見つけられて良かったですね」
「そうだね。正直ちょっとドキドキしてたから、今はすごくホッとしているよ」

 目的の物を手に入れた事でようやく緊張も解けたのだろう。俺達は僅かに表情を緩めて笑いあった。
 フォレストワームを相手にしなくてもいいのなら、帰りの道中は精霊魔術も使えるわけだし、何も問題もない。
 逆に、この程度の仕事で銀貨2枚は貰うのが悪いと思うくらい呆気ないものだった。

「さて、こんな場所に長居は無用だ。家主が帰ってくる前に退散しよう」
「そうですね」

 グレイブに同調し、立ち上がると二人並んで元来た道を引き返す。
 町に戻ったら、明日は必要な物を買い揃えて直ぐにでも馬車で次の町に向かうとしよう。
 報酬額が報酬額だし、そのまま王都に向かってもいいかもしれない。
 俺は町に居るであろうレイラの笑顔を思い出し、足取り軽く洞窟へと向かう。
 しかし、松明に火を付けようと背嚢に手を伸ばして止まるグレイブの姿を見て、不思議に思った瞬間、グレイブの行動の意味を悟った。

「……やばい」

 グレイブは呟く。
 その視線の先。俺達が通ってきた洞窟の奥から、すごい速度で何かが引きずるような音が聞こえてきたからだ。

「引くよ!」
「どこに!?」
「こことは別の穴! 早く!」

 振り返りながら叫び、弾けるように右手に向かって駆け出したグレイブの行動に、一瞬躊躇してしまったのが不味かった。
 目の前の穴から飛び出したのは巨大な大蛇。
 大木ほどの太さの青黒い胴体に、鋭い牙をたたえた大きな頭部。あれに噛まれるか、巻つかれでもしたらただでは済まないだろう。

 直ぐに反応できたは僥倖だった。

 すぐ目の前にいた俺に向かって大きく口を開けて迫ってきたフォレストワームの突進を大きく左に跳んで躱すと、

「ドライアド!」

 意識を繋げ、魔力を展開、発動する。

 即座に俺の目の前に魔力でコーティングされた数十枚の木の葉が現れると、鋭く回転しながら大蛇の横っ面に直撃する。
 だが、その程度では怯まない。
 しかし、少なくとも俺よりはグレイブの方が組みやすいと感じたのか、大蛇は魔術で弾かれた勢いそのままに、今度は逃げるグレイブに向けて進行していく。

「行かせるか!」

 地面に手を付き魔力を込める。
 大蛇の真下の地面から4本の蔦が飛び出し、その内2本はフォレストワームの体に巻き付き、2本はその身を貫いた。
 だが、短時間のこの攻防で、俺は自身が最悪に近い状況に陥った事に気がついていた。

「……たった2回の魔術で……これ?」

 息が乱れ、心臓の鼓動が耳に届く。
 魔術を発動する為に右手を地面に置いたそのままの体制で、蠢くフォレストワームを見上げていたが、意識を繋げたはずのドライアドの存在感があまりにも……遠い。
 本当はもっと沢山の蔦を出して動きを完全に止めるはずだった。しかし、ごっそりと抜け落ちる魔力に驚き、結局具現化させることが出来たのはたったの4本だけだった。
 とりあえず、あの数でも何とか動きを封じられている所を見るに、噂程強力な生物でもなかったのか。ひょっとして、森の中で戦っていたら勝っていたかもしれない。

 だが、全ては今更だ。
 俺は遠くに感じるドライアドの意識をたぐり寄せるように集中すると、発動範囲をフォレストワームの頭部に合わせる。

 今の所抑えてはいるが、蔦4本程度では長くは持たないだろう。ならば、次の一撃で決めなければこの後待っているのはそれこそ最悪の結末だ。
 だが、高威力の魔術の組立を行う為に必要な意識の繋がりを確立したと同時に、フォレストワームは蔦を引きちぎり此方に迫る。

 間に合うか。

 右手を前に突き出す。
 迫る頭部。

 僅かに間に合わないか。

 そう思った刹那、大蛇の目に一本の矢が突き立ち、大蛇の顎が大きく上がる。
 今しかない。

「根を降ろせ! ドライアド!!」

 開かれた大蛇の口の中で、突然現れる一本の木。
 唐突に自らの口の中に現れた異物を、おそらく飲み込もうとしたのだろう。口を閉じたその瞬間、此方に目を向けることもできずにその頭部が爆散する。
 辺りに肉片が飛び散り、遅れて人間の倍くらいまで成長した木が大きな音を立てて地面に落ちた。根の部分にしっかりと大蛇の舌と顎の骨を絡ませて。

 頭部を失ったフォレストワームの胴体はゆっくりと崩れ落ち、しばらくの間は蠢いているようだったが、次第に動きを少なくし、やがてピクリとも動かなくなった。

「テオ! 大丈夫かい!?」
「……グレイブさん」

 膝をつけたまま息を荒げる俺の傍に、グレイブが駆けつける。
 手には弓を握っていた。

「さっきは助かりました。グレイブさんの援護がなければ多分やられてた」
「いや、助けられたのは俺の方だよ。よくもまあ……」

 俺に肩を貸しながら、グレイブは横たわるフォレストワームの死体に目を向ける。

「こんな化物を倒せたものだね。やっぱりすごいな。魔術って」

 ふと、寂しそうにそう呟くグレイブの言葉に、俺は以前聞いた事を思い出す。
 元々英雄願望があったグレイブ。その望みはアレックス先生の教えを受けても魔術を覚える事が出来なかった事で打ち砕かれてしまう。
 それでも何とか名を挙げようと得意な弓を持って旅に出たはいいものの、冒険者になってすぐにその自信も打ち砕かれてしまった。
 自分の弓の腕など、現役の冒険者に比べれば児戯に等しいものだと気づいてしまったのだ。

「……グレイブさんの弓の腕だって、すごいですよ。あの状況であの位置から正確に眼を狙うなんて、俺にはとても出来ない」

 俺はかつて故郷の森で至近距離でも関わらず、狙った場所に命中させる事の出来なかった過去の出来事を思い出した。
 あれ以降俺は弓を手にしていない。自分に才能がない事がわかったからだ。
 だからこそ、グレイブさんの弓の腕前がすごいのはよくわかる。純粋に彼の腕を褒めたつもりだったのだが、彼は「ありがとう」とお礼を言って、小さく笑っただけだった。
 ひょっとして、彼が感じる劣等感は、俺が弓の腕に感じるものと同じなのかもしれない。

 グレイブの肩を借りて立ち上がるが、まだ何とか魔力は残っているようで、これから帰る分には支障はないように感じた。
 最も、外ならまだしも、この場所で魔術を行使するのはもう無理だったろうが。

「珍しいな」

 声が聞こえたのはそんな時だった。
 俺とグレイブはお互い顔を見合わせた後、声のした方に視線を移す。

 そこには一人の少年が立っていた。
 丁度俺達がいる反対側の穴の前。
 初めにグレイブが逃げる時に向かった穴である。
 黒いローブで腕を組んでいる姿はとても少年とは思えない程に落ち着いた雰囲気を漂わせていた。
 肩まで伸ばされた黒髪に、浅黒い肌。先が尖った耳に、何より目立つ赤い瞳。

「尖った耳に……赤い眼?」

 隣のグレイブが一歩後ずさった。
 理由はわからないでもない。
 俺もその特徴と存在は他ならぬアレックス先生から聞いていた。

「こんな辺境に精霊魔術師とは。面白い」

 組んでいた腕を解き、ゆっくりと此方に歩いてくるたびに、広いはずのホールが猛獣の入った檻に入れられてしまったように感じる。
 圧倒的な魔力の圧迫感。
 その存在は、半ば畏怖の対象として人間族の本能に植え付けれている。

「そこの精霊魔術師。この俺と──」

 その恐怖を抱えたまま引きつる表情を浮かべたグレイブと、足が竦んで動けない俺に向かってそいつは──

「──戦え」

 ──現存する全ての生物中最大の魔力を誇り、単体としては史上最強の人類。

 ‘魔人族’の男は凄絶な笑顔を浮かべながらそう告げた。
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